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2-13 雷神招来
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剣を振れば雷が走って、イノシシを跳ね飛ばす。
剣で切り付ければ内から焼いて、イノシシを真っ黒に焦がす。
今や、赤の森は雷雲の中だった。それくらい電撃が満ち溢れていた溢れていた。
「痺れて、焼かれて、灰になれ!」
その中心に居るのは言うまでもない。クラリスだ。あの長身で怖い女性が剣や手のひらから雷をまき散らしているのだ。
それは圧倒的な攻撃範囲で、威力も申し分がない。
ただ、申し分がある点と言えばと、雷撃は敵味方を選べないという点だけだ。
「死ぬ死ぬ死ぬッ!?」
勿論僕にもその余波が来るわけで、当たり所が悪いと即死してしまう一撃に肝が冷えた。
必死に逃げて木の後ろに逃げ込む。と、上の枝が雷撃で折れて落ちて来る。
凄い攻撃範囲だ。それに威力も強い。腕に当たっていなかったら死んでいただろう。
「あの、クラリスさん?」
「皆殺しだ! 豚共は塵芥も残さん!!」
聞いていない。というか、凄いこと言ってる。
それに剣を振るったり、雷を撃ち出す様は、まるで鬼神みたいだった。
何故こんなことになってしまったのだろうか。
手伝えとは言ったけど、味方を無視して殺しまくれなんて誰も言っていないのに。
「おう、大丈夫か?」
そこに、金網の衝立を用意したゲイルが現れた。
その金網はしっかりと地面に電流を流す使用らしくて、雷の中なのにゲイルは随分と快適そうだった。
もしかして、クラリス専用の道具かな。
「ゲイルさん。これって」
「クラリスのスキルだな。雷神の加護って奴で、雷に打たれても平気だし、全身から雷を発することだって出来る。その代り雷を纏った状態だと見境がなくなることがあるが」
「見境がなくなることがあるって言うけど、もうなくなってるよね。彼女」
ここの一帯を万遍なく攻撃している彼女に、理性とか常識とかが備わっている様子はない。
狂戦士状態だ。誰か状態異常を治す魔法を使わないと、時期にここが焦土と化すぞ。
「いや、電撃の余波を考えて、人体に影響がない位に抑えてる。理性的ではあるな」
「あれで、理性的!?」
あれが理性的ならご飯を前にしたリンだって理性的だ。
「おう。だから気にすんな。あれはレイを嫌ったわけじゃない。人を気にしない質なだけだ」
「余計質が悪いよ! 周りの人が死んだらどうするの!?」
「大丈夫だ。あの程度では死なねえよ」
「無責任な言葉だよ。それ」
「無責任だが、実証見分はしている。あれを三十分受けようが平気だったぜ。俺はな」
「うわっ。……良く毛根だけで済んだね」
「禿げてねえよ。スキンヘッドだ」
それにしても、迫力ある光景だ。
金網の裏から落ち着いて見ると、それが凄まじいスキルだと嫌でも分かる。
クラリスの鎧は常に雷を帯びていて、イノシシが突撃すると同時に弾いてしまう。
剣の先からも紫電が空にまき散らしていて、それが放たれると一瞬で群れを駆け巡り、焼き滅ぼした。
見て分かる一撃が重い。そして当然だけど速い。何よりやっぱり攻撃範囲が広い。
一振りで、一瞬で、半径五十メートルの命が刈り取られている。
「何かあっちの方が僕のスキルよりかっこいいなあ」
「お前だってやればできるんじゃないか?」
「色々工夫すればできそうだけど、工夫するための道具を作るのが大変なんだよ」
「電撃出す道具とそれを防ぐ道具か?」
「しかもどれも高レベルじゃないと駄目だから。時間と労力がかかるよ」
あの次元に到達するまで、どれだけのレベルが必要だろうか。想像もしたくない。
「いっそ魔法を勉強したらどうだ? 水魔法の強化って能力を欲しがるってことは」
「うーん、勉強したいんだけどねえ」
僕は生まれてこの方、魔法というものを勉強したことがない。
多分僕の好奇心対策だろうけど、シュリが管理するスケジュールには魔法の二文字は全くと言っていいほど出てこなかった。
貴族のイロハから魔物の利用法、サバイバル術に暗殺術と多岐にわたる授業だったけど、そこだけは不可侵の聖域みたいに避けていた。
だから魔法が一体どんな仕組みで働いているかとか、全く分からない。
何を用意してどんなことをすればいいのか知らないのに、どうして予定に組めるだろうか。
「って言ってもせっかく魔法があるんだし……独力で何とかなるのかなあ」
「出来るぜ。俺の魔法なんて独学でやってるぜ」
「へえ。そう言えばゲイルは風使ってたね」
「まあな。良かったら教材貸してやるぜ」
「もしかして、有料?」
「よく分かったな。流石だ」
「うわ、子供を食い物にして楽しい?」
「あったりまえだろ?」
にやりと笑った後でゲイルが僕の頭をポンと撫でる。
「まあ、例の剣には価値があるらしいからな。水の剣と教材込みで買ってやるよ」
「本当に? やった」
こういう所で甘いから、ゲイルを嫌いになれない。鬱陶しい時はとことん鬱陶しいけど。
「所でお前が持って居た剣の能力ってなんだっけ?」
「錆びない」
「……おい。凄い能力じゃねえのかよ」
「そうとは言ってないよ。能力は錆びないだけだけど基本的な攻撃力は強いから貴重なんだよ」
「……大人を食い物にして楽しいか」
「当たり前でしょ?」
僕は雷飛び散る森の中で、にやりと笑ってやった。
「なんで避難していた? せっかく手伝ったのに。お前さぼったな」
「違うよ。あんな中で戦えないからだよ」
机に教材を開いて、勉強する。
魔法というのは魔法陣があって初めて成り立つらしくて、それを書くために勉強が必要みたいだ。
言ってしまえば、そこだけが問題であり、後は流れで何とかなる……らしい。
「ゲイルは平気だったぞ。三十分は居たが、生きてる」
「僕が倒せなきゃ意味ないでしょ」
問題の魔法陣は複雑怪奇で覚えることが多い。でもそれは勉強範囲を水関係に絞ってしまえば、竜の里に着くまでに何とかなるだろう。
それにしても興味深い。まず第一に魔力とは人の思考にすら変化する、という一文が出るのが不思議だ。
だからこそ、魔法を使うときは精神をむやみに乱してはならないらしいけど……僕の周りではかなりハイテンションで使っていた様な……。
「意味ある。精神が鍛えられる。共闘で私の好感度も上がる。そもそも人と話す時は顔を上げて」
「ていうか、収容空間にまで押しかけないでくれるかな! クラリスさん!!」
対面に座る偉丈夫に、僕は叫んだ。
この雑多な山が居並ぶ『収容空間』に居るのは、ゲイルの提案だった。
僕達はなるべく早く竜の里に行きたくて、だけど全力で行くととても目立ってしまう。
それなら俺が走ってやるからお前らは隠れていろ、と言って僕とリンをそこに引き籠らせたのだ。
そんな事で僕達はダンジョンで一泊以外の時には出て後はここに籠っているのだけど、そこに何故か押しかけてきているのがクラリスだ。
しかもその内容が先の戦いのあれなのだから、僕も少し疲れてくる。
何となくだけど話しぶりから、クラリスは融通が利かず、真っ直ぐにしか進めない質なのだろう。
そして、それを誰かに強要する質だというのも、何となく分かった。
つまり、僕が手伝えと言ったならそれは即ち『手伝い』なのだ。僕が逃亡してしまっては『僕の手伝い』にならないのだ。
貴方はプログラミング言語か何かで動いているのではないかと聞いてみたくなる。
「それでどうやって来たの? ゲイルさんが開けないとここには入れないでしょ?」
「ゲイルの首にフォークを当てた。ごねたが開けてくれた。後一時間でまた開くらしい」
「い、一時間?」
後一時間もこのクラリスと一緒なのか。
というか、フォークを突き付けられた状態で尚もごねたのか。ゲイルさん。
そんな彼の抵抗も空しくここに機械人間が来たのだけど。
「リン、何とかしてよ」
「駄目だ。私も、修練が、あるし」
リンはさっきから剣を振っては首を傾げ、首を傾げては剣を振ってを繰り返している。
半袖のシャツとズボンという簡素な姿で、汗を流しながら型に沿って体を動かしている。
黙々と、一心不乱に。
彼女はもっぱらレベル上げと入手したばかりの剣の練習に勤しんでいるらしい。
だんだん上手くなっていて、レベルも少しずつ上がっているみたいで、順調に仕上げているみたいだ。
多分百回を超えたあたりだろう。リンが剣を下ろしてタオルで汗を拭った。
「ふうう。腹減ったあ。クラリスなんか持ってない?」
空腹で集中力が切れたらしい。
「何か? ビスケットならある。でもトナに渡せと言われている」
そういってクラリスが取り出したのは、多分バタークッキーだ。いい匂いが漂っている。
「おお!」
そして話を聞いていなかったのか、リンがそれに目を輝かせて歩み寄る。
人の物だというのに。本当に食べ物となると執着するようだ。
こういう人が『飴をあげるからおじさんと遊ぼう』という妙な理屈に惑わされてしまうのだろう。
でもその匂いに惹かれるように、もう一人クッキーに近づく人間が現れた。
クッキーの正当な所有者トナだ。ガラクタの山からぬらりと出て来る。
そしてフラフラと近付くと、リンの前で両手を広げた。
「これは私の」
でもリンもお腹を押さえて詰め寄った。
「少し分けてくれ。腹が減って死にそうなんだ」
「ダメ。絶対ダメ」
「じゃあ何か食べるものないか?」
「馬がある」
ここでなんと、クッキーの代わりに馬を差し出す暴挙に出た。
一応管理人なのにそれでいいのか。
「馬刺しか……いいな」
解体する気満々なリンも問題だ。馬を食べるのか。だって馬だよ。
と思った所で、クラリスが目を鋭くさせる。
「あれは軍馬だぞ。育成に時間がかかっている。金もかかっている」
そう、馬は育成に時間がかかる。戦闘用ともなれば調教や体重管理など並々ならない手間をかけているのだ。
それを食べるなんて言語道断だ。
「なるほど高級志向の肉か。いいじゃん」
「食べ物じゃない! 軍馬は武具だ! 食べるな!」
そう言えば、ロペス家の軍用馬もかなりの金と手間をかけていると文献に書いてあった。
だからこそ、珍味としてひそかに流通しているとも書いてあったけど。
即ち、クラリスが立ち塞がっていないと、ここの馬は全て『収容空間』から『消化空間』に引っ越すことになっただろう。
「でもお腹減ったぜ。ここには鉄とかガラスしかねえんだぜ」
もう力が出ないのか、遂にリンがトナにぐったりと寄りかかる。
汗臭いのか、トナはそれを押しのけて後ろの方を指を差した。
「兵糧ならある。味は保証しないけど」
「味はいい。腹に入れて平気なら文句なしだ」
そう言ってリンがトナを持ち上げる。
「早く案内してくれ。あっちだよな」
「うん」
……結局クラリスの事は僕が何とかしないといけないらしい。
「というか、勉強できてなかったよ」
クッキーから馬を巡る諍いに、集中力をかき乱されてしまった様だ。
いけない。早く魔法陣の記号を全部覚えないと。
「話を戻す。あの場を逃げたのは頂けない。次はきちんと共闘すべきだ」
……うん。一時間休憩しよう。
剣で切り付ければ内から焼いて、イノシシを真っ黒に焦がす。
今や、赤の森は雷雲の中だった。それくらい電撃が満ち溢れていた溢れていた。
「痺れて、焼かれて、灰になれ!」
その中心に居るのは言うまでもない。クラリスだ。あの長身で怖い女性が剣や手のひらから雷をまき散らしているのだ。
それは圧倒的な攻撃範囲で、威力も申し分がない。
ただ、申し分がある点と言えばと、雷撃は敵味方を選べないという点だけだ。
「死ぬ死ぬ死ぬッ!?」
勿論僕にもその余波が来るわけで、当たり所が悪いと即死してしまう一撃に肝が冷えた。
必死に逃げて木の後ろに逃げ込む。と、上の枝が雷撃で折れて落ちて来る。
凄い攻撃範囲だ。それに威力も強い。腕に当たっていなかったら死んでいただろう。
「あの、クラリスさん?」
「皆殺しだ! 豚共は塵芥も残さん!!」
聞いていない。というか、凄いこと言ってる。
それに剣を振るったり、雷を撃ち出す様は、まるで鬼神みたいだった。
何故こんなことになってしまったのだろうか。
手伝えとは言ったけど、味方を無視して殺しまくれなんて誰も言っていないのに。
「おう、大丈夫か?」
そこに、金網の衝立を用意したゲイルが現れた。
その金網はしっかりと地面に電流を流す使用らしくて、雷の中なのにゲイルは随分と快適そうだった。
もしかして、クラリス専用の道具かな。
「ゲイルさん。これって」
「クラリスのスキルだな。雷神の加護って奴で、雷に打たれても平気だし、全身から雷を発することだって出来る。その代り雷を纏った状態だと見境がなくなることがあるが」
「見境がなくなることがあるって言うけど、もうなくなってるよね。彼女」
ここの一帯を万遍なく攻撃している彼女に、理性とか常識とかが備わっている様子はない。
狂戦士状態だ。誰か状態異常を治す魔法を使わないと、時期にここが焦土と化すぞ。
「いや、電撃の余波を考えて、人体に影響がない位に抑えてる。理性的ではあるな」
「あれで、理性的!?」
あれが理性的ならご飯を前にしたリンだって理性的だ。
「おう。だから気にすんな。あれはレイを嫌ったわけじゃない。人を気にしない質なだけだ」
「余計質が悪いよ! 周りの人が死んだらどうするの!?」
「大丈夫だ。あの程度では死なねえよ」
「無責任な言葉だよ。それ」
「無責任だが、実証見分はしている。あれを三十分受けようが平気だったぜ。俺はな」
「うわっ。……良く毛根だけで済んだね」
「禿げてねえよ。スキンヘッドだ」
それにしても、迫力ある光景だ。
金網の裏から落ち着いて見ると、それが凄まじいスキルだと嫌でも分かる。
クラリスの鎧は常に雷を帯びていて、イノシシが突撃すると同時に弾いてしまう。
剣の先からも紫電が空にまき散らしていて、それが放たれると一瞬で群れを駆け巡り、焼き滅ぼした。
見て分かる一撃が重い。そして当然だけど速い。何よりやっぱり攻撃範囲が広い。
一振りで、一瞬で、半径五十メートルの命が刈り取られている。
「何かあっちの方が僕のスキルよりかっこいいなあ」
「お前だってやればできるんじゃないか?」
「色々工夫すればできそうだけど、工夫するための道具を作るのが大変なんだよ」
「電撃出す道具とそれを防ぐ道具か?」
「しかもどれも高レベルじゃないと駄目だから。時間と労力がかかるよ」
あの次元に到達するまで、どれだけのレベルが必要だろうか。想像もしたくない。
「いっそ魔法を勉強したらどうだ? 水魔法の強化って能力を欲しがるってことは」
「うーん、勉強したいんだけどねえ」
僕は生まれてこの方、魔法というものを勉強したことがない。
多分僕の好奇心対策だろうけど、シュリが管理するスケジュールには魔法の二文字は全くと言っていいほど出てこなかった。
貴族のイロハから魔物の利用法、サバイバル術に暗殺術と多岐にわたる授業だったけど、そこだけは不可侵の聖域みたいに避けていた。
だから魔法が一体どんな仕組みで働いているかとか、全く分からない。
何を用意してどんなことをすればいいのか知らないのに、どうして予定に組めるだろうか。
「って言ってもせっかく魔法があるんだし……独力で何とかなるのかなあ」
「出来るぜ。俺の魔法なんて独学でやってるぜ」
「へえ。そう言えばゲイルは風使ってたね」
「まあな。良かったら教材貸してやるぜ」
「もしかして、有料?」
「よく分かったな。流石だ」
「うわ、子供を食い物にして楽しい?」
「あったりまえだろ?」
にやりと笑った後でゲイルが僕の頭をポンと撫でる。
「まあ、例の剣には価値があるらしいからな。水の剣と教材込みで買ってやるよ」
「本当に? やった」
こういう所で甘いから、ゲイルを嫌いになれない。鬱陶しい時はとことん鬱陶しいけど。
「所でお前が持って居た剣の能力ってなんだっけ?」
「錆びない」
「……おい。凄い能力じゃねえのかよ」
「そうとは言ってないよ。能力は錆びないだけだけど基本的な攻撃力は強いから貴重なんだよ」
「……大人を食い物にして楽しいか」
「当たり前でしょ?」
僕は雷飛び散る森の中で、にやりと笑ってやった。
「なんで避難していた? せっかく手伝ったのに。お前さぼったな」
「違うよ。あんな中で戦えないからだよ」
机に教材を開いて、勉強する。
魔法というのは魔法陣があって初めて成り立つらしくて、それを書くために勉強が必要みたいだ。
言ってしまえば、そこだけが問題であり、後は流れで何とかなる……らしい。
「ゲイルは平気だったぞ。三十分は居たが、生きてる」
「僕が倒せなきゃ意味ないでしょ」
問題の魔法陣は複雑怪奇で覚えることが多い。でもそれは勉強範囲を水関係に絞ってしまえば、竜の里に着くまでに何とかなるだろう。
それにしても興味深い。まず第一に魔力とは人の思考にすら変化する、という一文が出るのが不思議だ。
だからこそ、魔法を使うときは精神をむやみに乱してはならないらしいけど……僕の周りではかなりハイテンションで使っていた様な……。
「意味ある。精神が鍛えられる。共闘で私の好感度も上がる。そもそも人と話す時は顔を上げて」
「ていうか、収容空間にまで押しかけないでくれるかな! クラリスさん!!」
対面に座る偉丈夫に、僕は叫んだ。
この雑多な山が居並ぶ『収容空間』に居るのは、ゲイルの提案だった。
僕達はなるべく早く竜の里に行きたくて、だけど全力で行くととても目立ってしまう。
それなら俺が走ってやるからお前らは隠れていろ、と言って僕とリンをそこに引き籠らせたのだ。
そんな事で僕達はダンジョンで一泊以外の時には出て後はここに籠っているのだけど、そこに何故か押しかけてきているのがクラリスだ。
しかもその内容が先の戦いのあれなのだから、僕も少し疲れてくる。
何となくだけど話しぶりから、クラリスは融通が利かず、真っ直ぐにしか進めない質なのだろう。
そして、それを誰かに強要する質だというのも、何となく分かった。
つまり、僕が手伝えと言ったならそれは即ち『手伝い』なのだ。僕が逃亡してしまっては『僕の手伝い』にならないのだ。
貴方はプログラミング言語か何かで動いているのではないかと聞いてみたくなる。
「それでどうやって来たの? ゲイルさんが開けないとここには入れないでしょ?」
「ゲイルの首にフォークを当てた。ごねたが開けてくれた。後一時間でまた開くらしい」
「い、一時間?」
後一時間もこのクラリスと一緒なのか。
というか、フォークを突き付けられた状態で尚もごねたのか。ゲイルさん。
そんな彼の抵抗も空しくここに機械人間が来たのだけど。
「リン、何とかしてよ」
「駄目だ。私も、修練が、あるし」
リンはさっきから剣を振っては首を傾げ、首を傾げては剣を振ってを繰り返している。
半袖のシャツとズボンという簡素な姿で、汗を流しながら型に沿って体を動かしている。
黙々と、一心不乱に。
彼女はもっぱらレベル上げと入手したばかりの剣の練習に勤しんでいるらしい。
だんだん上手くなっていて、レベルも少しずつ上がっているみたいで、順調に仕上げているみたいだ。
多分百回を超えたあたりだろう。リンが剣を下ろしてタオルで汗を拭った。
「ふうう。腹減ったあ。クラリスなんか持ってない?」
空腹で集中力が切れたらしい。
「何か? ビスケットならある。でもトナに渡せと言われている」
そういってクラリスが取り出したのは、多分バタークッキーだ。いい匂いが漂っている。
「おお!」
そして話を聞いていなかったのか、リンがそれに目を輝かせて歩み寄る。
人の物だというのに。本当に食べ物となると執着するようだ。
こういう人が『飴をあげるからおじさんと遊ぼう』という妙な理屈に惑わされてしまうのだろう。
でもその匂いに惹かれるように、もう一人クッキーに近づく人間が現れた。
クッキーの正当な所有者トナだ。ガラクタの山からぬらりと出て来る。
そしてフラフラと近付くと、リンの前で両手を広げた。
「これは私の」
でもリンもお腹を押さえて詰め寄った。
「少し分けてくれ。腹が減って死にそうなんだ」
「ダメ。絶対ダメ」
「じゃあ何か食べるものないか?」
「馬がある」
ここでなんと、クッキーの代わりに馬を差し出す暴挙に出た。
一応管理人なのにそれでいいのか。
「馬刺しか……いいな」
解体する気満々なリンも問題だ。馬を食べるのか。だって馬だよ。
と思った所で、クラリスが目を鋭くさせる。
「あれは軍馬だぞ。育成に時間がかかっている。金もかかっている」
そう、馬は育成に時間がかかる。戦闘用ともなれば調教や体重管理など並々ならない手間をかけているのだ。
それを食べるなんて言語道断だ。
「なるほど高級志向の肉か。いいじゃん」
「食べ物じゃない! 軍馬は武具だ! 食べるな!」
そう言えば、ロペス家の軍用馬もかなりの金と手間をかけていると文献に書いてあった。
だからこそ、珍味としてひそかに流通しているとも書いてあったけど。
即ち、クラリスが立ち塞がっていないと、ここの馬は全て『収容空間』から『消化空間』に引っ越すことになっただろう。
「でもお腹減ったぜ。ここには鉄とかガラスしかねえんだぜ」
もう力が出ないのか、遂にリンがトナにぐったりと寄りかかる。
汗臭いのか、トナはそれを押しのけて後ろの方を指を差した。
「兵糧ならある。味は保証しないけど」
「味はいい。腹に入れて平気なら文句なしだ」
そう言ってリンがトナを持ち上げる。
「早く案内してくれ。あっちだよな」
「うん」
……結局クラリスの事は僕が何とかしないといけないらしい。
「というか、勉強できてなかったよ」
クッキーから馬を巡る諍いに、集中力をかき乱されてしまった様だ。
いけない。早く魔法陣の記号を全部覚えないと。
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……うん。一時間休憩しよう。
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