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2-14 新しい力 疑われる者
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収納空間の中、僕はここ一週間の勉強の成果を示すべく机に向かう。
必要な特殊染料と紙は揃っていて、後は間違わないように書くだけだった。
紙に逆三角形を描き、それを円で囲う。それを割るような縦線を書いてその真ん中に黒い三角形を一つ。
この簡単な魔法陣は、だけど深い英知からなる凄い秘術の一端には違いない。
そしてそれ故に失敗した時には多大な代償を払う事になるだろう。
冷や汗が流れるのを感じる。とても緊張しているのが、自分でもわかる。
でも、それを振り払って、僕は立ち上がった。
「いけえ!」
その紙を握りしめて念じると、前方に水鉄砲みたいな弱弱しい攻撃が飛び出した。
それは攻撃はおろか、水やりにすら使えないようなちっぽけな水の筋で、机を伝って僕の足を濡らしていく。
はっきり言って全く使えないような、そんな魔法だった。
「よし! 成功だ!」
「いや失敗だろ。それ」
だからか、リンに否定されてしまった。
この一週間、僕達の訓練は目覚ましい成果を出していた。
リンはあの大剣を片手で自在に振り回せるようになって、更にスキルの扱いも工夫を凝らすようにしたらしい。
僕も見ての通り水を出すことに成功し、これはもう戦争なんて一日で終わらせてしまえると確信……
「いや、だからレイは失敗だろ。間違いなく」
したかった。
後、僕の脳内にまで突っ込まないで欲しいんだけど。
「成功だよ。というかこれ以上は無理だよ」
正直言って、魔法は複雑怪奇で難解だった。
そもそも文字が苦手だから辞書を片手に、たまにトナに教えてもらったりしながらだったから難解なのは仕方がないのだ
それでも僕は頑張った。
円の中に四属性を表す三角形を描き、方向を示す棒と黒三角を足す。これはいい。
更に四属性の三角形が多ければ多いほど威力が増す。これもいい。
「でも、形状追加印とか性質変化とか無効印とか発動順とか、それを全部盛り込まないと駄目とか訳分からないよ!」
そしてそこで躓いたのだ。
しかも組み合わせで効果が全然異なるものになったり、性質変化を属性と見なして書かなければならない場合もあったり、鑑賞するものを慎重に隔離したり、無効印で図らずも出来てしまった図形を潰さないといけなかったり。
「もう、もう……一週間で出来るかああああ!!」
「あー。今回も凄い声量だなあ」
今週十回目の絶叫はかなり出たらしい。散々叫んだものなあ。面倒くさすぎて
「いいんだよっ。丸書いて逆三角っ。これで水が出るっ」
「喋り方がクラリスみたいだぞ」
「というか、そもそもの問題、僕ってレベル一だしっ。強い魔法使うには魔力が足りないしっ」
「確かになあ」
魔法を使うときの魔力と経験値としての魔力は確かに別物だ。五年前に兄のギースが言っていた通りだ。
でもだからと言ってレベル一が膨大な魔力を使えるとは言っていない。
魔法を使い過ぎてレベルが下がるという事象がないだけで、レベルが低ければ使える魔力の総量も少ないのだ。
「くくく、でもリン。僕はやったよ。水が出せたんだつまりこれが使える」
僕の一週間の成果があんな単純な紙切れ一枚だと思ってもらっては困る。
あれは魔法陣を書く練習と共に、発動させる練習だ。
そして、この後生大事に取っておいたものが、本番の紙。見た瞬間惚れこみ、絶対に一回やってみたかった、憧れの魔法。
「エンチャント!」
そう叫ぶと、僕の手に水が集まり、拳を包んだ。
これこそ『ゲーム』でよくある魔法エンチャントであり、魔法剣士の第一歩である。
「物理攻撃と魔法攻撃の二つを兼ね備え、最強に」
「なあ。拳を水で包んで何になるんだ? 威力が落ちるだけだろ」
「……水を差さないでよ」
そう。この世界にパラメーターはない。そして、水魔法で作られた水は結局ただの水なのだ。
つまりウォーターショットはただの水をぶっかける技だし、ウォーターエンチャントは水を纏わせるだけの技なのだ。
「でも、エンチャントは心躍る魔法の一つだし。有用性だってあるんだよ」
「分かった分かった。レイがいいならそれでいいよ。戦争の方も私と木衛門で何とかなりそうだしな」
僕の開設を全く聞こうともしないリンに更に説明しようと思ったらと、何処からともなく木衛門が飛んできて、僕の頭に乗っかった。
そうだ。木衛門も色々と頑張っていた。
この赤の森を抜ける一週間の間、ずっと外に出てはイノシシを食べてを繰り返して、ひたすらレベルと有用なスキルを得続けて、この子はもう凄まじいことになっていた。
「えーと、確か弱い誘導弾を七発同時に撃てて、毒液を体からにじませる事が出来て、壁を駆け上れるようになって……どれだけ進化したんだろう。このこ」
半ば呆れてしまって上に視線を向けると、後頭部でご機嫌に揺れる尾の感触を感じた。褒められたと思ったらしい。
「全くだな。最近は殆どトカゲになってるし」
「本当?」
「ああ。見てみろ外皮は固い木の鱗だが、腹はもう動物のそれだぜ。そっちも固いけど」
頭から木衛門を取って、ひっくり返してみる。
確かに、そこは木の鱗が終わって固い皮に覆われていた。
「一本の木からここまで、よく成長したなあ」
成長した娘を見る感覚が、もしかしたらこうなのかも知れない。
嬉しいような少し寂しいような……
「ていうかその能力が欲しい。僕っていくら頑張っても余り強くならないし」
嫉妬してしまような。
「おいおい。言っちゃえば自分の子供だろ? もっと温かい目で見てやれよ」
「分かってるけど、もどかしくてさ」
「キシャアアア」
それでも抱きしめてやると、木衛門は嬉しそうに叫んで尻尾がバタバタと揺れる。
バタバタと揺れて、腕や太ももに当たって……
「……うん。尻尾が痛い」
「そりゃ、それで敵を叩きのめしたりしてるからな」
「え? もしかして嫌われてる?」
「嫌われてたら毒を分泌してるだろ。大丈夫さ。もうメロメロだよ。多分」
「そっか。ならよかった」
木衛門をまた頭に戻して、リンに向き直る。説明がまだ終わっていない。このエンチャントの素晴らしさを伝えない訳には行かないじゃないか。
「それで話を戻すけど、このエンチャントは」
「レイ。団長から伝言」
「……何?」
僕の話がトナによって遮られた。
今回はフリルが多いワンピースを着ている彼女の手には、一枚の紙がある。
そこにはたった数行の、本当に伝言というしかないものが書かれていた。
「町に入った。しかしシュリに遭遇。絶対に出ないように、か。最悪だね」
全く、本当に最悪としか言いようがない伝言だった。
レイとリンを匿いつつ俺が立ち寄った町、パースは交通の要所だ。
交通の要所ともあって道は石畳で完全舗装され、その快適な道を人馬が行き交い、その通行人相手に商売をする店が軒を連ねている。
こういう町が成功した都市という奴なのだろう。
が、そのせいでここは嫌になるくらい環境が悪かった。特に人混みが叶わない。
先ず食べ歩きは出来ない。これだけ人が多いとナンパも無理だ。その上俺が歩くたびに何故か周りが嫌な顔をしやがると来た。
が、一番困るのは仲間とはぐれたらまず間違いなく見失う点だろう。
ギルやミミルの手は絶対に離せない。まるで親の気分だ。
「奇遇ですね」
「おお、そうだな」
そんな状況で、俺はなぜシュリと相対してし待ったのだろうか。運がないにも程がある。
この人込みだぞ。こんな視界の悪い場所だぞ。それで知人とばったり会うなんて、一体どの程度の確立か、誰か頭の悪い俺に教えてくれやしないだろうか。
俺はちらりと両手に居る二人に目配せする。
意味は勿論、『中に居るレイとリンを気取られるな』だ。
そのアイコンタクトをギルがしっかり受け取った上で、詰まらない顔で欠伸をして見せる。
ミミルは俺の後ろに隠れて、表情そのものを隠してしまう。
まあ、こんなもので十分だ。二人からあの二人の情報が漏れることは無いだろう。
問題は会話する俺だ。正直言って隠し事は苦手な部類で、口も本当にヤバいこと以外はよく滑ると来た。
最悪、大立ち回りをする羽目になるだろう。
「貴方がこんな人が込み入った所に来るとは意外ですね」
「そりゃお前もだろう。まだまだ捜索してるのか?」
「はい。お坊ちゃまが好きそうなダンジョンを二三回りました」
「その分だと居なかったらしいな」
「はい。どうやら協力者が居るようです」
……よくやった俺。全く動揺を見せなかったのはファインプレーだ。
「協力者か。あいつもよくやってるようだな」
「貴方ではないですか?」
「仲間になるって言ってたら協力してやっただろうな」
言ってやると、常時吹雪地帯の様な冷たい眼差しが俺を覗き込む。
全く感情が読めないから全然意図は分からないが、どうにも俺を疑っているらしい。
「……まあいいでしょう。失礼します」
「おう、気い付けるんだな」
どうにか誤魔化せたらしい。シュリが来た道を帰っていった。
その姿と気配が無くなるのを待って、息を大きく吐く。
危機は脱した。
「かああ。しつこいなあの女」
「団長。バレたか?」
「いや、疑惑を持たれただけだ」
「不味いだろ。それ」
何やってんだ、というようなギルの視線が突き刺さる。
が、これ以上やりようがないのは俺が一番よく知っていた。疑惑程度で済んでよかった、と喜ぶべきだろう。
「何でか知らんが、俺はあいつからの信頼が無くてな。疑われるのは確定なんだよ。つまりこの結果が最上だ」
「はっ。胸張って言うことかよ。もっと真っ当な人助けをしてたら簡単に騙せてたんじゃねえの? 団長」
「真っ当なんて詰まらねえだろ?」
「人助けに楽しみを求めんな。だからこっちも素直に感謝とか尊敬が出来ねえんだよ」
「ほう。つまり偏屈に感謝はしてるのか」
からかってやると、背中に手のひらを思い切りぶつけられる。
「ほら、感謝の平手打ちだ」
「おう、俺は素直だからな。ありがたく受け取ってやるよ」
ギルの思惑とは違ったらしい。舌打ちが返って来て、口をつぐんだ。
ひねくれていると自称したが、こうして当たり前みたいにふてくされるくらいには真っ直ぐに育ってくれている。
その度に、まあ俺の直感は今の所間違っちゃいねえな、と思えるのだ。
だから今回もその直感に従っておこう。
「あいつらを渡すわけにはいかねえな。レイが強くなるまでは」
さて、あれを搔い潜って竜の里まで行くためには、どんな方法があるだろうか。
必要な特殊染料と紙は揃っていて、後は間違わないように書くだけだった。
紙に逆三角形を描き、それを円で囲う。それを割るような縦線を書いてその真ん中に黒い三角形を一つ。
この簡単な魔法陣は、だけど深い英知からなる凄い秘術の一端には違いない。
そしてそれ故に失敗した時には多大な代償を払う事になるだろう。
冷や汗が流れるのを感じる。とても緊張しているのが、自分でもわかる。
でも、それを振り払って、僕は立ち上がった。
「いけえ!」
その紙を握りしめて念じると、前方に水鉄砲みたいな弱弱しい攻撃が飛び出した。
それは攻撃はおろか、水やりにすら使えないようなちっぽけな水の筋で、机を伝って僕の足を濡らしていく。
はっきり言って全く使えないような、そんな魔法だった。
「よし! 成功だ!」
「いや失敗だろ。それ」
だからか、リンに否定されてしまった。
この一週間、僕達の訓練は目覚ましい成果を出していた。
リンはあの大剣を片手で自在に振り回せるようになって、更にスキルの扱いも工夫を凝らすようにしたらしい。
僕も見ての通り水を出すことに成功し、これはもう戦争なんて一日で終わらせてしまえると確信……
「いや、だからレイは失敗だろ。間違いなく」
したかった。
後、僕の脳内にまで突っ込まないで欲しいんだけど。
「成功だよ。というかこれ以上は無理だよ」
正直言って、魔法は複雑怪奇で難解だった。
そもそも文字が苦手だから辞書を片手に、たまにトナに教えてもらったりしながらだったから難解なのは仕方がないのだ
それでも僕は頑張った。
円の中に四属性を表す三角形を描き、方向を示す棒と黒三角を足す。これはいい。
更に四属性の三角形が多ければ多いほど威力が増す。これもいい。
「でも、形状追加印とか性質変化とか無効印とか発動順とか、それを全部盛り込まないと駄目とか訳分からないよ!」
そしてそこで躓いたのだ。
しかも組み合わせで効果が全然異なるものになったり、性質変化を属性と見なして書かなければならない場合もあったり、鑑賞するものを慎重に隔離したり、無効印で図らずも出来てしまった図形を潰さないといけなかったり。
「もう、もう……一週間で出来るかああああ!!」
「あー。今回も凄い声量だなあ」
今週十回目の絶叫はかなり出たらしい。散々叫んだものなあ。面倒くさすぎて
「いいんだよっ。丸書いて逆三角っ。これで水が出るっ」
「喋り方がクラリスみたいだぞ」
「というか、そもそもの問題、僕ってレベル一だしっ。強い魔法使うには魔力が足りないしっ」
「確かになあ」
魔法を使うときの魔力と経験値としての魔力は確かに別物だ。五年前に兄のギースが言っていた通りだ。
でもだからと言ってレベル一が膨大な魔力を使えるとは言っていない。
魔法を使い過ぎてレベルが下がるという事象がないだけで、レベルが低ければ使える魔力の総量も少ないのだ。
「くくく、でもリン。僕はやったよ。水が出せたんだつまりこれが使える」
僕の一週間の成果があんな単純な紙切れ一枚だと思ってもらっては困る。
あれは魔法陣を書く練習と共に、発動させる練習だ。
そして、この後生大事に取っておいたものが、本番の紙。見た瞬間惚れこみ、絶対に一回やってみたかった、憧れの魔法。
「エンチャント!」
そう叫ぶと、僕の手に水が集まり、拳を包んだ。
これこそ『ゲーム』でよくある魔法エンチャントであり、魔法剣士の第一歩である。
「物理攻撃と魔法攻撃の二つを兼ね備え、最強に」
「なあ。拳を水で包んで何になるんだ? 威力が落ちるだけだろ」
「……水を差さないでよ」
そう。この世界にパラメーターはない。そして、水魔法で作られた水は結局ただの水なのだ。
つまりウォーターショットはただの水をぶっかける技だし、ウォーターエンチャントは水を纏わせるだけの技なのだ。
「でも、エンチャントは心躍る魔法の一つだし。有用性だってあるんだよ」
「分かった分かった。レイがいいならそれでいいよ。戦争の方も私と木衛門で何とかなりそうだしな」
僕の開設を全く聞こうともしないリンに更に説明しようと思ったらと、何処からともなく木衛門が飛んできて、僕の頭に乗っかった。
そうだ。木衛門も色々と頑張っていた。
この赤の森を抜ける一週間の間、ずっと外に出てはイノシシを食べてを繰り返して、ひたすらレベルと有用なスキルを得続けて、この子はもう凄まじいことになっていた。
「えーと、確か弱い誘導弾を七発同時に撃てて、毒液を体からにじませる事が出来て、壁を駆け上れるようになって……どれだけ進化したんだろう。このこ」
半ば呆れてしまって上に視線を向けると、後頭部でご機嫌に揺れる尾の感触を感じた。褒められたと思ったらしい。
「全くだな。最近は殆どトカゲになってるし」
「本当?」
「ああ。見てみろ外皮は固い木の鱗だが、腹はもう動物のそれだぜ。そっちも固いけど」
頭から木衛門を取って、ひっくり返してみる。
確かに、そこは木の鱗が終わって固い皮に覆われていた。
「一本の木からここまで、よく成長したなあ」
成長した娘を見る感覚が、もしかしたらこうなのかも知れない。
嬉しいような少し寂しいような……
「ていうかその能力が欲しい。僕っていくら頑張っても余り強くならないし」
嫉妬してしまような。
「おいおい。言っちゃえば自分の子供だろ? もっと温かい目で見てやれよ」
「分かってるけど、もどかしくてさ」
「キシャアアア」
それでも抱きしめてやると、木衛門は嬉しそうに叫んで尻尾がバタバタと揺れる。
バタバタと揺れて、腕や太ももに当たって……
「……うん。尻尾が痛い」
「そりゃ、それで敵を叩きのめしたりしてるからな」
「え? もしかして嫌われてる?」
「嫌われてたら毒を分泌してるだろ。大丈夫さ。もうメロメロだよ。多分」
「そっか。ならよかった」
木衛門をまた頭に戻して、リンに向き直る。説明がまだ終わっていない。このエンチャントの素晴らしさを伝えない訳には行かないじゃないか。
「それで話を戻すけど、このエンチャントは」
「レイ。団長から伝言」
「……何?」
僕の話がトナによって遮られた。
今回はフリルが多いワンピースを着ている彼女の手には、一枚の紙がある。
そこにはたった数行の、本当に伝言というしかないものが書かれていた。
「町に入った。しかしシュリに遭遇。絶対に出ないように、か。最悪だね」
全く、本当に最悪としか言いようがない伝言だった。
レイとリンを匿いつつ俺が立ち寄った町、パースは交通の要所だ。
交通の要所ともあって道は石畳で完全舗装され、その快適な道を人馬が行き交い、その通行人相手に商売をする店が軒を連ねている。
こういう町が成功した都市という奴なのだろう。
が、そのせいでここは嫌になるくらい環境が悪かった。特に人混みが叶わない。
先ず食べ歩きは出来ない。これだけ人が多いとナンパも無理だ。その上俺が歩くたびに何故か周りが嫌な顔をしやがると来た。
が、一番困るのは仲間とはぐれたらまず間違いなく見失う点だろう。
ギルやミミルの手は絶対に離せない。まるで親の気分だ。
「奇遇ですね」
「おお、そうだな」
そんな状況で、俺はなぜシュリと相対してし待ったのだろうか。運がないにも程がある。
この人込みだぞ。こんな視界の悪い場所だぞ。それで知人とばったり会うなんて、一体どの程度の確立か、誰か頭の悪い俺に教えてくれやしないだろうか。
俺はちらりと両手に居る二人に目配せする。
意味は勿論、『中に居るレイとリンを気取られるな』だ。
そのアイコンタクトをギルがしっかり受け取った上で、詰まらない顔で欠伸をして見せる。
ミミルは俺の後ろに隠れて、表情そのものを隠してしまう。
まあ、こんなもので十分だ。二人からあの二人の情報が漏れることは無いだろう。
問題は会話する俺だ。正直言って隠し事は苦手な部類で、口も本当にヤバいこと以外はよく滑ると来た。
最悪、大立ち回りをする羽目になるだろう。
「貴方がこんな人が込み入った所に来るとは意外ですね」
「そりゃお前もだろう。まだまだ捜索してるのか?」
「はい。お坊ちゃまが好きそうなダンジョンを二三回りました」
「その分だと居なかったらしいな」
「はい。どうやら協力者が居るようです」
……よくやった俺。全く動揺を見せなかったのはファインプレーだ。
「協力者か。あいつもよくやってるようだな」
「貴方ではないですか?」
「仲間になるって言ってたら協力してやっただろうな」
言ってやると、常時吹雪地帯の様な冷たい眼差しが俺を覗き込む。
全く感情が読めないから全然意図は分からないが、どうにも俺を疑っているらしい。
「……まあいいでしょう。失礼します」
「おう、気い付けるんだな」
どうにか誤魔化せたらしい。シュリが来た道を帰っていった。
その姿と気配が無くなるのを待って、息を大きく吐く。
危機は脱した。
「かああ。しつこいなあの女」
「団長。バレたか?」
「いや、疑惑を持たれただけだ」
「不味いだろ。それ」
何やってんだ、というようなギルの視線が突き刺さる。
が、これ以上やりようがないのは俺が一番よく知っていた。疑惑程度で済んでよかった、と喜ぶべきだろう。
「何でか知らんが、俺はあいつからの信頼が無くてな。疑われるのは確定なんだよ。つまりこの結果が最上だ」
「はっ。胸張って言うことかよ。もっと真っ当な人助けをしてたら簡単に騙せてたんじゃねえの? 団長」
「真っ当なんて詰まらねえだろ?」
「人助けに楽しみを求めんな。だからこっちも素直に感謝とか尊敬が出来ねえんだよ」
「ほう。つまり偏屈に感謝はしてるのか」
からかってやると、背中に手のひらを思い切りぶつけられる。
「ほら、感謝の平手打ちだ」
「おう、俺は素直だからな。ありがたく受け取ってやるよ」
ギルの思惑とは違ったらしい。舌打ちが返って来て、口をつぐんだ。
ひねくれていると自称したが、こうして当たり前みたいにふてくされるくらいには真っ直ぐに育ってくれている。
その度に、まあ俺の直感は今の所間違っちゃいねえな、と思えるのだ。
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