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2-18 森林の覇者
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その男はとても痩せていて、とても目立つ格好をしていた。
でもそれは派手な服装をしていると言う訳ではない。寧ろ地味だ。
銀色の鎧が並ぶ中で、彼だけは大きな外套を身に纏っていた。剣が一般的な装備の中で、彼だけは長い筒を持って居た。
そして、曇り切った目と筒を僕達に向け、右手がその筒の後ろを塞いだかと思えば
「来た!」
またあの枝が飛んできた。
今度は木衛門がそれを撃ち落とし、威嚇の声を上げる。
全く手の内が分からないからか、リンはいったん上空に戻って、怪訝な目でその男を睨んだ。
「何だあいつ。レイの知り合いか?」
「ううん。僕の家よりもずっと古い家柄の、次期当主だよ。森の中に居たなら最強って言われてる」
「最強か。あんな、この世を恨んでそうな顔なのに随分と凄い称号だな」
「まあね」
確かに彼は会社をリストラされて、公園で鳩に餌をやっているおじさんみたいな風貌だ。
でもそれは、ただの見た目。実際はとてつもないほどの実力者だ。
「超エリートコースを蹴ってはいるみたいだけど」
「なんだそれ?」
「彼なら西方騎士団総司令も夢ではないけど、その人事を蹴ってるんだって」
「うーん。つまり守備隊長になれるけど、本人の意思で雑兵やってるってことか?」
「第三隊長にはなってるけどね」
彼の指示の下で立て直しが終わりつつある所を見るに、部下からの信頼は厚いらしい。
というか何か対策すら立ててるようだ。
「あいつの能力は、木の生成と操作。だから攻撃には比較的殺傷性はないよ」
「そんなことまで分かってるのか。なら対処のしようが」
僕の頭の上を、何かが掠めた。
見ると、兵士の全員が小さな木の筒を持って居て、それをこちらに向けている。
また風を切る音がして、籠に何かが刺さる。
僕の横を見ると、異様に鋭い円錐を象る小さな木の塊が突き刺さっている。
しかもこれは多分、籠の底を貫通してきたものだ。それだけの威力があると言うことだ。
「殺傷能力は、ねえな」
「でも、当たって平気とは言い難いかも」
僕達の心は一致した。
「あんなのでハリネズミにされてたまるか!」
「『鍼灸治療』なんて御免だよ」
作戦変更。この人達は無視して、さっさと竜の里へ行ってしまおう。
リンが翼を大きく打って進路を変え、逃げ出す。
けど、それは叶わなかった。
森がざわめいて、地面がせり上がり、僕達の前を塞いだのだ。
「……違う。地面じゃない」
「これは、木だ!」
前を塞いだのは、森の木々を幾重にも編んで作った、樹の壁だった。
そしてそれは今も動き続けて、僕達を捕まえようと葉の生えた枝をゆっくりと伸ばしている。
こんな芸当が出来る奴の心当たりは一人しかいない。
でもたった一人でこんな事が出来るとも思えない。
「まさか、アスロはこんなに凄い奴だったなんてっ」
「おい今ワクワクしてるだろてめえ!」
「うん!」
「今はそんな場合じゃねえええええ!」
リンは進路を上に変え、じわじわと迫る枝をかわしながら上昇を始めた。
左右から迫る枝を避け、いくつもの枝が立ちはだかれば直角に曲がって回避し、また新たな壁が出来そうなら急加速して隙間を潜り抜ける。
凄い。まさかこんなに木を操ることが出来るなんて。これが、魔法よりも便利で強力なスキルの本領なのか。
「でもリンのスキルの方が強かったかな?」
というより、スキルの扱いが上手なのだろう。
リンは枝の妨害をものともせずに、遂に樹の壁の最上部に到達しようとしていた。
でも、そこには
「初めまして諸君。私はアスロだ。以後お見知りおきを」
木の根のような杖を持ったアスロが待ち構えていた。
壁と思っていたものはどうやら立方体に近い物で、そこに立っていたのだ。
杖が振るわれる前にリンが距離を取る。けど、アスロは動かない。
杖を持ったまま、僕達を見て不思議そうに首を傾げるだけだ。
「しかし、意外だな。盗人の指名手配犯に仲間が付くとは思いもしなかった」
全く意外そうでなく、感慨も沸かないような言い方だ。
「お嬢さん。知らないのなら教えておこう。それはレイブンと言う、さる貴族の館から大切な宝を盗んだ指名手配犯だ。匿ってもろくなことにならない。どなたかは存じないが、引き渡してもらえないだろうか?」
そして僕としては意外な展開だけど、アスロはリンに対して交渉を始めた。
「やだね。折角の指名手配犯仲間だ。手放せないな」
「貴女が指名手配犯ならば尚の事彼と別れるべきだ。それは追手が二倍に増えるだけで、労力が分担されることは無いのだから」
「一人旅は大変なんだぜ? 知らないのか?」
「ならこちらから報酬として幾ばくかの援助をしよう。金、食べ物、酒、武器、薬、女、男。揃えようと思えばいくらでも……」
アスロが途中で口を閉ざして、彼女の顔を見る。
「食べ物」
「っ」
「美味しい食べ物」
「っ!」
「牛の赤ワイン煮込み、ブロム産の金色鶏のハム、キシュベリーのジャム、リゼと黒イノシシの……」
こいつ、リンの弱点を的確に……。
嫌な予感がして上を見ると、リンの口から涎が滝の様に流れている。完全にアスロの呪文に惑わされている。
分かりやすい。何でバレたのかと思ったけど、これは分かりやすすぎる。
火を見るより明らかというか、太陽を見るより明らかだ。
「な、仲間を食い物にかへてたまるふぁ」
「リン、涎で話せてないよ。後、今後の食生活は質も求めるね」
「本当か!?」
こんなに食べ物に執着心があったなんて思いもしなかった。思えば量はあったけど質素な食事を強いてきたものだ。
これからは、目的地に美味しい物がある所も候補に入れておこう。
「と、言う訳でお前の甘言に何か騙されないぜ!」
「それは残念だ」
残念さの欠片もない口ぶりで言って、手を挙げる。
すると彼の後ろで壁となっていた木が動いて、穴が開いた。
その穴からは兵士がぞろぞろと出て来て、剣を構えている。
……またあの筒を使うのだったら同士討ちなり奪い取って使うなり出来たのに。
「平和的解決を拒むなら、仕方ない。兵力でもって解決としよう」
にじり寄る兵達。だけど僕とリンは動じない。木衛門でさえやれやれと首を振る始末だ。
「そうか。なら私達も平和的解決から強硬策に出るとするか」
にやりと笑うリンの口から、火の粉が少し漏れる。
木衛門も、口をカパッと開く。
「目標の命だけは確保するように」
アスロが手を下ろすと、壁を形成していた木がうねり、それを足場に兵士達が一斉に襲い掛かった。
「甘いぜ!」
枝の上を走る兵達に対してリンが火球を吐き、木衛門も魔法弾を撃ち出した。
うねる木の枝に妨害される中、誘導弾がその間を縫い、兵士達へと向かっていく。
でもそれも剣で叩き落されて、空中の木々を走り抜けてくる。
「練度が違うね。近付いてくる奴は僕が相手するよ」
「おう!私はひたすらこのどでかい薪を燃やす!」
「キシャアアア!」
僕と木衛門が籠から降りて、リンは籠を捨てて遊撃に回る。
早速木衛門が辺りの木々に紛れての隠密を始め、リンは景気よく火をまき散らし……
「ってまともに戦うの僕だけ!?」
「覚悟!」
しかも敵は、腕の二三は止む無し、と言った様子で思い切り剣を振り回している。
それを剣で受け流して、敵とその後ろに迫る援軍を数える。
一二三、……成程。
うん。これは骨が折れる。一対多の戦い方は基本的にかく乱と各個撃破なのだけど、相手が相手でそれも望めそうにない。
現に僕が正面の敵と相対している間に枝が左右から伸びて、兵士が二人ずつ迫ってくる。連携が取れ過ぎている。
「早速使う時が来たかっ。エンチャント!」
防水した紙を出して剣を撫でると、剣の柄から先まで水に覆われていく。
そしてもう一枚の紙を握り込んで、兵の一方に斬りかかる。
「ふっ」
一応、筋力はそれなり、技術も中々なはずなのだけど、それを当たり前にように兵士が受け止める。
けど、想定内だ。その瞬間にもう一枚の紙の魔法陣を発動。
纏わりついていた水の塊が一気に押し出されて、兵士の頭に直撃した。
瞬間、圧縮されていた水が弾けて、兵士を枝から叩き落した。
「ぐわあっ!」
よし、中々の効果だ。
この無駄にレベル上げした『水魔法の効率をよくする剣』にかかればレベル一だってこんなものだ。
そして更にそこに発想の展開を加えてやれば、こうなる。
「うん。やっぱり一つの陣にまとめられないなら、分ければいいんだよ」
先ず、エンチャントの魔法陣で剣に圧縮した水を貯め込む。
そして、この発射の魔法陣で水を飛ばしてやる。
後はエンチャントの魔法から解放された水が敵を叩く。完璧な計画だった
「……でも一筋縄ではいかないみたいだねっと」
剣に水を纏わせながら、枝の根元の方に飛んで枝を踏み折る。
と、枝の裏に爪を立てていた兵士が落ちた。水で落ちたと思ったら枝にしがみ付いていたらしい。
一瞬ちらりと見たその手には、猫のような爪が鎧を貫通する様に生えていた。
きっと彼のスキルか何かだろう。
「あーそっか。騎士になれるくらい強いんだから、スキルも相応の物を持ってるよね」
思い至って改めて辺りを見回すと、まさにファンタジーと言える光景が広がっていた。
真っ赤な炎を腕に纏わせたり、透明な剣を何処からともなく取り出したり、鎧の隙間から蛇を何匹も出している。
右から魔法剣士、魔法剣士、テイマーだ。
ついつい楽しくなって小躍りしたくなるけど、したら悲惨なことになってしまうだろう。
それに挟み撃ちをしようとした四人も後ろから来てる筈だからうっとりと眺めていることも出来ない。
「先ずは正面からかな」
違う紙を握りしめつつ軽く走って、炎の腕を持つ兵士へ飛び掛かる。
魔法陣を発動すると水は更に縮まり、分かれて小さな弾丸となった。
そしてまた例の飛ばす魔法で、撃ちだす。
「ふん!」
計五つの水の弾は綺麗にかわされて、炎を纏った腕が迫ってきた。
でも避ける必要はない。水を解放してやるだけで彼の上体が大きく崩れる。
そこから、大きく踏み込んで剣の柄で腹を叩き、更に関節技を決めようとして
「そこだ!」
透明な剣に邪魔をされてしまった。
後方に避けると、二人の兵士はもう体勢を立て直している。流石に本職の兵隊なだけはある。
とはいえ、お腹の鎧が大きく凹んで、中々動きにくそうだ。そこを突けば一人は落ちるだろう。
「となると一気に畳み掛けようかな。いやでも後ろをずっと取られているのも」
「キシャアアア!」
「ぎゃああああ!」
と思ったけど何か木衛門が奇襲に成功したみたいだから無視していいようだ。
では今度はこの魔法陣を試してみよう。
『繰り返し』という記号を試した時に発見したもので、自分の魔力を量が気になるけど……この分なら平気だろう。
剣先を前に向け、四つの魔法を順次発動する。
すると、剣が水を纏って、その上小さな水の弾出て、更にそれがマシンガンの様に切れ目なく発射された。
何粒もの圧縮された水が辺りを一掃して、兵士が撤退を始める。
「いやあ、便利だねっ」
繰り返しの何が便利かと言えば、ある程度の魔力を与えてやれば好きな感覚で前の動作と同じ魔法を
同じ順序で発動してくれると言う所だ。
例えるなら、メイドに水を入れた器を見せて、水差しを手渡し、同じ量だけ注げ、と命じるようなものだ。
でも実際にこれを組み込むには、水差しとなる『魔力保持』等の色々な記号が必要で、異様なほど複雑な魔法陣になってしまう。
「それにあれと組み合わせたら、何故か発動しなくなるんだよなあ」
やっぱり魔法陣はこうして単体で発動した方がやりやすいのではないか。
とにかく、僕は非殺傷性だけど弾が炸裂する『マシンガン』を手に入れた。
それは、例え魔法の力を借りたとしても、長年の訓練で技術を高めたとしても、レベル差があったとしても、金属製の武器を振っている野蛮人には厳しすぎた。
当たったら枝から叩き落され、近く炸裂しても体勢を崩されて、自分でやっているのだけど随分と厄介な攻撃だ。
「でも、魔力の減りも厄介だね」
頭から血の気が引いていくような感覚がして、三十分くらいもやって居たら気絶しそうだ。
余り効率的とは言えないし、違う方法を取るべきかな。
「なんだかんだ言って、普通に近接攻撃の方が良かったな。これ」
魔法を切り上げて、素早く接近する。
透明な剣を使う奴が切り上げる攻撃で迎撃してきた。
それを体を逸らしつつ、剣で力の方向をずらして、懐に飛び込む。
ここまでくればもう終わりだ。
持ち運びに便利そうな腰回りのベルトを掴んで、投げ飛ばすだけだ。
「うわああ!」
今度はきちんと下の枝に落ちるところまで見届ける。よし、間違いなくあれは戦闘不能だ。
やっぱり、魔法よりもこっちの方が効率がいい。この方法でどんどんやって行こう。
次は蛇を使う男。それに増援に来た二人だ。
と、その内の一人が急に姿を消した。瞬きする間に隠れたように、何処にも見えない。
でも、後ろに微かな殺気を感じた。
「おっと」
反射的に後ろを蹴り飛ばす。
何か手応えがあって誰かが落ちたようだった。
でも、それはまるで幻覚だったかのように、またすぐに男が正面に現れる。
「……なんだろう?」
なんにせよ、唐突に後ろを取る奴相手に後手に回るのは嫌だ。さっさと倒してしまおう。
水の弾でけん制しつつ走って、蛇の攻撃を掻い潜って、その先にあった剣を弾いて、後ろの気配はもっと加速して無視して……
「ここだっ」
思い切り殴りつけた。
蛇使いの鎧がべっこりと凹み、木で出来た壁に叩き付けることに成功した。
でも終わらせるつもりはない。混乱を立て直す時間など与えるのは悪手だ。
蛇使いが地面に落ちる前に、近場の奴を魔法で場外に弾き飛ばし、後ろにいた妙な技を使う輩の足を蹴りつける。
現状確認、周りに立って居る兵士は居ない。足の付け根を叩かれ、鎧が壊れて歩けなくなった兵士だけだ。
そいつの鎧の肩辺りも壊しておいて、僕は更に遠くを見る。
他の兵士はリンの放火行為を止めようと躍起になっていて、木衛門の姿は見えない。
つまり、今が逃げ時か。
いくら『森の殺戮者』だろうとこれだけ損害を被った状態で追跡捕獲を考えるような非常識な真似はしないだろうし、何より時間がもったいない。
まかり間違って、シュリが追いついたらと考えると寒気すらしてくる。
「よしじゃあ、木衛門を探してリンに拾ってもらって」
「何だ。もう帰るつもりか? 俺はまだまだもてなしたいのだが」
と思ったけど、非常識な真似をしないと思っていた総大将の声がしてきて、げんなりする。
彼は常識にとらわれない人だったみたいだ。
でもそれは派手な服装をしていると言う訳ではない。寧ろ地味だ。
銀色の鎧が並ぶ中で、彼だけは大きな外套を身に纏っていた。剣が一般的な装備の中で、彼だけは長い筒を持って居た。
そして、曇り切った目と筒を僕達に向け、右手がその筒の後ろを塞いだかと思えば
「来た!」
またあの枝が飛んできた。
今度は木衛門がそれを撃ち落とし、威嚇の声を上げる。
全く手の内が分からないからか、リンはいったん上空に戻って、怪訝な目でその男を睨んだ。
「何だあいつ。レイの知り合いか?」
「ううん。僕の家よりもずっと古い家柄の、次期当主だよ。森の中に居たなら最強って言われてる」
「最強か。あんな、この世を恨んでそうな顔なのに随分と凄い称号だな」
「まあね」
確かに彼は会社をリストラされて、公園で鳩に餌をやっているおじさんみたいな風貌だ。
でもそれは、ただの見た目。実際はとてつもないほどの実力者だ。
「超エリートコースを蹴ってはいるみたいだけど」
「なんだそれ?」
「彼なら西方騎士団総司令も夢ではないけど、その人事を蹴ってるんだって」
「うーん。つまり守備隊長になれるけど、本人の意思で雑兵やってるってことか?」
「第三隊長にはなってるけどね」
彼の指示の下で立て直しが終わりつつある所を見るに、部下からの信頼は厚いらしい。
というか何か対策すら立ててるようだ。
「あいつの能力は、木の生成と操作。だから攻撃には比較的殺傷性はないよ」
「そんなことまで分かってるのか。なら対処のしようが」
僕の頭の上を、何かが掠めた。
見ると、兵士の全員が小さな木の筒を持って居て、それをこちらに向けている。
また風を切る音がして、籠に何かが刺さる。
僕の横を見ると、異様に鋭い円錐を象る小さな木の塊が突き刺さっている。
しかもこれは多分、籠の底を貫通してきたものだ。それだけの威力があると言うことだ。
「殺傷能力は、ねえな」
「でも、当たって平気とは言い難いかも」
僕達の心は一致した。
「あんなのでハリネズミにされてたまるか!」
「『鍼灸治療』なんて御免だよ」
作戦変更。この人達は無視して、さっさと竜の里へ行ってしまおう。
リンが翼を大きく打って進路を変え、逃げ出す。
けど、それは叶わなかった。
森がざわめいて、地面がせり上がり、僕達の前を塞いだのだ。
「……違う。地面じゃない」
「これは、木だ!」
前を塞いだのは、森の木々を幾重にも編んで作った、樹の壁だった。
そしてそれは今も動き続けて、僕達を捕まえようと葉の生えた枝をゆっくりと伸ばしている。
こんな芸当が出来る奴の心当たりは一人しかいない。
でもたった一人でこんな事が出来るとも思えない。
「まさか、アスロはこんなに凄い奴だったなんてっ」
「おい今ワクワクしてるだろてめえ!」
「うん!」
「今はそんな場合じゃねえええええ!」
リンは進路を上に変え、じわじわと迫る枝をかわしながら上昇を始めた。
左右から迫る枝を避け、いくつもの枝が立ちはだかれば直角に曲がって回避し、また新たな壁が出来そうなら急加速して隙間を潜り抜ける。
凄い。まさかこんなに木を操ることが出来るなんて。これが、魔法よりも便利で強力なスキルの本領なのか。
「でもリンのスキルの方が強かったかな?」
というより、スキルの扱いが上手なのだろう。
リンは枝の妨害をものともせずに、遂に樹の壁の最上部に到達しようとしていた。
でも、そこには
「初めまして諸君。私はアスロだ。以後お見知りおきを」
木の根のような杖を持ったアスロが待ち構えていた。
壁と思っていたものはどうやら立方体に近い物で、そこに立っていたのだ。
杖が振るわれる前にリンが距離を取る。けど、アスロは動かない。
杖を持ったまま、僕達を見て不思議そうに首を傾げるだけだ。
「しかし、意外だな。盗人の指名手配犯に仲間が付くとは思いもしなかった」
全く意外そうでなく、感慨も沸かないような言い方だ。
「お嬢さん。知らないのなら教えておこう。それはレイブンと言う、さる貴族の館から大切な宝を盗んだ指名手配犯だ。匿ってもろくなことにならない。どなたかは存じないが、引き渡してもらえないだろうか?」
そして僕としては意外な展開だけど、アスロはリンに対して交渉を始めた。
「やだね。折角の指名手配犯仲間だ。手放せないな」
「貴女が指名手配犯ならば尚の事彼と別れるべきだ。それは追手が二倍に増えるだけで、労力が分担されることは無いのだから」
「一人旅は大変なんだぜ? 知らないのか?」
「ならこちらから報酬として幾ばくかの援助をしよう。金、食べ物、酒、武器、薬、女、男。揃えようと思えばいくらでも……」
アスロが途中で口を閉ざして、彼女の顔を見る。
「食べ物」
「っ」
「美味しい食べ物」
「っ!」
「牛の赤ワイン煮込み、ブロム産の金色鶏のハム、キシュベリーのジャム、リゼと黒イノシシの……」
こいつ、リンの弱点を的確に……。
嫌な予感がして上を見ると、リンの口から涎が滝の様に流れている。完全にアスロの呪文に惑わされている。
分かりやすい。何でバレたのかと思ったけど、これは分かりやすすぎる。
火を見るより明らかというか、太陽を見るより明らかだ。
「な、仲間を食い物にかへてたまるふぁ」
「リン、涎で話せてないよ。後、今後の食生活は質も求めるね」
「本当か!?」
こんなに食べ物に執着心があったなんて思いもしなかった。思えば量はあったけど質素な食事を強いてきたものだ。
これからは、目的地に美味しい物がある所も候補に入れておこう。
「と、言う訳でお前の甘言に何か騙されないぜ!」
「それは残念だ」
残念さの欠片もない口ぶりで言って、手を挙げる。
すると彼の後ろで壁となっていた木が動いて、穴が開いた。
その穴からは兵士がぞろぞろと出て来て、剣を構えている。
……またあの筒を使うのだったら同士討ちなり奪い取って使うなり出来たのに。
「平和的解決を拒むなら、仕方ない。兵力でもって解決としよう」
にじり寄る兵達。だけど僕とリンは動じない。木衛門でさえやれやれと首を振る始末だ。
「そうか。なら私達も平和的解決から強硬策に出るとするか」
にやりと笑うリンの口から、火の粉が少し漏れる。
木衛門も、口をカパッと開く。
「目標の命だけは確保するように」
アスロが手を下ろすと、壁を形成していた木がうねり、それを足場に兵士達が一斉に襲い掛かった。
「甘いぜ!」
枝の上を走る兵達に対してリンが火球を吐き、木衛門も魔法弾を撃ち出した。
うねる木の枝に妨害される中、誘導弾がその間を縫い、兵士達へと向かっていく。
でもそれも剣で叩き落されて、空中の木々を走り抜けてくる。
「練度が違うね。近付いてくる奴は僕が相手するよ」
「おう!私はひたすらこのどでかい薪を燃やす!」
「キシャアアア!」
僕と木衛門が籠から降りて、リンは籠を捨てて遊撃に回る。
早速木衛門が辺りの木々に紛れての隠密を始め、リンは景気よく火をまき散らし……
「ってまともに戦うの僕だけ!?」
「覚悟!」
しかも敵は、腕の二三は止む無し、と言った様子で思い切り剣を振り回している。
それを剣で受け流して、敵とその後ろに迫る援軍を数える。
一二三、……成程。
うん。これは骨が折れる。一対多の戦い方は基本的にかく乱と各個撃破なのだけど、相手が相手でそれも望めそうにない。
現に僕が正面の敵と相対している間に枝が左右から伸びて、兵士が二人ずつ迫ってくる。連携が取れ過ぎている。
「早速使う時が来たかっ。エンチャント!」
防水した紙を出して剣を撫でると、剣の柄から先まで水に覆われていく。
そしてもう一枚の紙を握り込んで、兵の一方に斬りかかる。
「ふっ」
一応、筋力はそれなり、技術も中々なはずなのだけど、それを当たり前にように兵士が受け止める。
けど、想定内だ。その瞬間にもう一枚の紙の魔法陣を発動。
纏わりついていた水の塊が一気に押し出されて、兵士の頭に直撃した。
瞬間、圧縮されていた水が弾けて、兵士を枝から叩き落した。
「ぐわあっ!」
よし、中々の効果だ。
この無駄にレベル上げした『水魔法の効率をよくする剣』にかかればレベル一だってこんなものだ。
そして更にそこに発想の展開を加えてやれば、こうなる。
「うん。やっぱり一つの陣にまとめられないなら、分ければいいんだよ」
先ず、エンチャントの魔法陣で剣に圧縮した水を貯め込む。
そして、この発射の魔法陣で水を飛ばしてやる。
後はエンチャントの魔法から解放された水が敵を叩く。完璧な計画だった
「……でも一筋縄ではいかないみたいだねっと」
剣に水を纏わせながら、枝の根元の方に飛んで枝を踏み折る。
と、枝の裏に爪を立てていた兵士が落ちた。水で落ちたと思ったら枝にしがみ付いていたらしい。
一瞬ちらりと見たその手には、猫のような爪が鎧を貫通する様に生えていた。
きっと彼のスキルか何かだろう。
「あーそっか。騎士になれるくらい強いんだから、スキルも相応の物を持ってるよね」
思い至って改めて辺りを見回すと、まさにファンタジーと言える光景が広がっていた。
真っ赤な炎を腕に纏わせたり、透明な剣を何処からともなく取り出したり、鎧の隙間から蛇を何匹も出している。
右から魔法剣士、魔法剣士、テイマーだ。
ついつい楽しくなって小躍りしたくなるけど、したら悲惨なことになってしまうだろう。
それに挟み撃ちをしようとした四人も後ろから来てる筈だからうっとりと眺めていることも出来ない。
「先ずは正面からかな」
違う紙を握りしめつつ軽く走って、炎の腕を持つ兵士へ飛び掛かる。
魔法陣を発動すると水は更に縮まり、分かれて小さな弾丸となった。
そしてまた例の飛ばす魔法で、撃ちだす。
「ふん!」
計五つの水の弾は綺麗にかわされて、炎を纏った腕が迫ってきた。
でも避ける必要はない。水を解放してやるだけで彼の上体が大きく崩れる。
そこから、大きく踏み込んで剣の柄で腹を叩き、更に関節技を決めようとして
「そこだ!」
透明な剣に邪魔をされてしまった。
後方に避けると、二人の兵士はもう体勢を立て直している。流石に本職の兵隊なだけはある。
とはいえ、お腹の鎧が大きく凹んで、中々動きにくそうだ。そこを突けば一人は落ちるだろう。
「となると一気に畳み掛けようかな。いやでも後ろをずっと取られているのも」
「キシャアアア!」
「ぎゃああああ!」
と思ったけど何か木衛門が奇襲に成功したみたいだから無視していいようだ。
では今度はこの魔法陣を試してみよう。
『繰り返し』という記号を試した時に発見したもので、自分の魔力を量が気になるけど……この分なら平気だろう。
剣先を前に向け、四つの魔法を順次発動する。
すると、剣が水を纏って、その上小さな水の弾出て、更にそれがマシンガンの様に切れ目なく発射された。
何粒もの圧縮された水が辺りを一掃して、兵士が撤退を始める。
「いやあ、便利だねっ」
繰り返しの何が便利かと言えば、ある程度の魔力を与えてやれば好きな感覚で前の動作と同じ魔法を
同じ順序で発動してくれると言う所だ。
例えるなら、メイドに水を入れた器を見せて、水差しを手渡し、同じ量だけ注げ、と命じるようなものだ。
でも実際にこれを組み込むには、水差しとなる『魔力保持』等の色々な記号が必要で、異様なほど複雑な魔法陣になってしまう。
「それにあれと組み合わせたら、何故か発動しなくなるんだよなあ」
やっぱり魔法陣はこうして単体で発動した方がやりやすいのではないか。
とにかく、僕は非殺傷性だけど弾が炸裂する『マシンガン』を手に入れた。
それは、例え魔法の力を借りたとしても、長年の訓練で技術を高めたとしても、レベル差があったとしても、金属製の武器を振っている野蛮人には厳しすぎた。
当たったら枝から叩き落され、近く炸裂しても体勢を崩されて、自分でやっているのだけど随分と厄介な攻撃だ。
「でも、魔力の減りも厄介だね」
頭から血の気が引いていくような感覚がして、三十分くらいもやって居たら気絶しそうだ。
余り効率的とは言えないし、違う方法を取るべきかな。
「なんだかんだ言って、普通に近接攻撃の方が良かったな。これ」
魔法を切り上げて、素早く接近する。
透明な剣を使う奴が切り上げる攻撃で迎撃してきた。
それを体を逸らしつつ、剣で力の方向をずらして、懐に飛び込む。
ここまでくればもう終わりだ。
持ち運びに便利そうな腰回りのベルトを掴んで、投げ飛ばすだけだ。
「うわああ!」
今度はきちんと下の枝に落ちるところまで見届ける。よし、間違いなくあれは戦闘不能だ。
やっぱり、魔法よりもこっちの方が効率がいい。この方法でどんどんやって行こう。
次は蛇を使う男。それに増援に来た二人だ。
と、その内の一人が急に姿を消した。瞬きする間に隠れたように、何処にも見えない。
でも、後ろに微かな殺気を感じた。
「おっと」
反射的に後ろを蹴り飛ばす。
何か手応えがあって誰かが落ちたようだった。
でも、それはまるで幻覚だったかのように、またすぐに男が正面に現れる。
「……なんだろう?」
なんにせよ、唐突に後ろを取る奴相手に後手に回るのは嫌だ。さっさと倒してしまおう。
水の弾でけん制しつつ走って、蛇の攻撃を掻い潜って、その先にあった剣を弾いて、後ろの気配はもっと加速して無視して……
「ここだっ」
思い切り殴りつけた。
蛇使いの鎧がべっこりと凹み、木で出来た壁に叩き付けることに成功した。
でも終わらせるつもりはない。混乱を立て直す時間など与えるのは悪手だ。
蛇使いが地面に落ちる前に、近場の奴を魔法で場外に弾き飛ばし、後ろにいた妙な技を使う輩の足を蹴りつける。
現状確認、周りに立って居る兵士は居ない。足の付け根を叩かれ、鎧が壊れて歩けなくなった兵士だけだ。
そいつの鎧の肩辺りも壊しておいて、僕は更に遠くを見る。
他の兵士はリンの放火行為を止めようと躍起になっていて、木衛門の姿は見えない。
つまり、今が逃げ時か。
いくら『森の殺戮者』だろうとこれだけ損害を被った状態で追跡捕獲を考えるような非常識な真似はしないだろうし、何より時間がもったいない。
まかり間違って、シュリが追いついたらと考えると寒気すらしてくる。
「よしじゃあ、木衛門を探してリンに拾ってもらって」
「何だ。もう帰るつもりか? 俺はまだまだもてなしたいのだが」
と思ったけど、非常識な真似をしないと思っていた総大将の声がしてきて、げんなりする。
彼は常識にとらわれない人だったみたいだ。
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