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2-19 出し抜き 欺き
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アスロが木の壁から出て来て、僕の前に立つ。
それと同時に僕達の足元の枝が伸び始めて、平均台みたいな不安定な足場がみるみる広くなる。
そしてものの五秒くらいで広大な木製の地面が出来上がっていた。
出来上がった足場を確認する様に踏み、彼は言う。
「何だ。子供の割にはよくやるではないか。兵士を全て倒すとは思わなかったぞ。褒めてやろう」
全く褒められた気がしない。そして怒っている様子もない。
というか、一体何を考えているか分からない。そんな表情にシュリの仲間だなあ、なんて思い知らされる。
彼女の周りは皆鉄面皮に違いない。
「だが、俺が思うにもう少し考えた行動を取るべきだった。もう少し慎重に動くべきだった。例え俺達にお前の生殺与奪の権利が与えられてないと看破していたとしても、お前は余りにも愚かだ」
地面が急にせり上がって、僕は踏ん張る。
景色を見ると、どうやら木の床が木の壁を上っているようだ。
「ここの地面も壁も敵が掌握しているのに、何故抵抗する気が起きるのか。俺にはさっぱり理解できんな」
とうとう壁の一番上まで引き戻されて、更に木の枝で巨大な囲いが作られる。
壊そうと思えば壊せるけど、それを彼は許さないのだろう。
「まあいい。俺は仕事をするだけだ」
言うや否や、アスロが床から杖を出して、そこから根を伸ばして攻撃を始めた。
同時に地面がうねるのも感じる。特に足元から嫌な予感がした。
だから一先ず走り出すと、僕を追うように背中に何かが掠った。
後ろを見ると、細長く尖った木が断続的に飛び出してきて、それが僕を追っている。
もしあれが刺さったなら、魚の丸焼きみたいな状態になってしまう。でも串打ちを気にし過ぎるわけにもいかない。
後ろからは槍が迫っているけど、逃げる僕の横には木製触手が追いかけているのだから。
確かにアスロの言う通りで、これでは回避は難しいだろう。
でも、僕ならばここから脱出経路を生み出せる。
生え続け、追い続ける飛び出す槍をへし折って、木製触手の方に投げる。
木製の槍は砕けたけど、触手の方も木製だ。そちらも、裂けて動きが止まる。
それに乗じて、狙いをアスロへ。水の弾を撃って一気に畳み掛ける。
「……」
その攻撃はそれを予知していたように木の壁がいくつも生まれて、受け止められた。水の弾は塊のままその場に転がって落ちる。
が、それで怯む訳には行かない。次だ。
剣を持っていない手で立ちふさがった壁を叩き壊し、逆袈裟切りで敵の足に剣を叩きこんでみる。
当然の様に太刀筋に枝が割り込んできたけど、それを無理やり叩き割りながら振り抜く。
でも、アスロは冷や汗一つかかずにひらりと後退して避けた。
「ふむ、これでは止まらんか」
と言うくらいの余裕を見せる辺り、予測されていたと分かる。
なら、これは予測できるだろうか。
「行けっ」
転がし待機させていた水弾を解放する。
一時的に水の奔流が出来上がり、アスロは足を取られた。
勿論爆発させた張本人である僕はしっかりと持ち直して攻撃に転じる。
片手をついて踏ん張ったアスロ目掛けて剣を振り下ろしてやる。
「ちっ」
けど、また尖った木が生えて目の前に展開して妨害してくる。寸でのところで止まらないと刺さる所だった。
それにしても、思わず舌打ちするくらい鬱陶しい。この何処でも飛び出してくる木の槍が厄介すぎる。
「素直に斬られてよ!」
「そんな願いを聞く奴がどこにいる」
アスロが杖を振ると、また木の槍が生えて来て、さらに後退するしかなくなる。
それに今度は前後左右は勿論、上下からも突き刺しにかかってきた。
「うわ! とと!?」
左からのを裏拳で叩き折って足元のは蹴り砕いて、斜め下の束は回し蹴りでまとめて折って……
後ろからの回避不能な槍の先に乗って、それを足場に飛びのいて剣で薙ぎ払って……
「ああ、もう! きりがない!」
何処に走っても槍、槍、槍。ストーカーの様にしつこい。
まるで槍の密集陣形だ。ファランクスの軍勢に囲まれているみたいだ。
でも、その膨大な槍のおかげで、何となく彼の限界も見えてきた。
例えば、槍は最大で三方向からしか来ない。右、上、前とかといった具合だ。
そして、最大で十五から二十までくらいしか出せない。
それが僕を生かして捕える為に設けた制限か彼の能力の限界かは知らないけど、利用しない手はない。
飛び出した槍をもぎ取って、体全体を使うように全力でアスロに投げつける。
「ほう」
当然の様に杖で払われてしまうけど、その結果杖は砕け散った。
よし、次弾装填。槍攻撃を伏せながらの足払いで壊しながら次の槍を取る。
次はそんなに力を入れる必要はない。突き刺さる程度の威力だ。
投げつけると同時に走ると、予想通り僕の槍を槍で相殺してきた。
数にして五本。これで残り十五本。
そして走る僕を狙って左右から三本ずつ。十字砲火を仕掛けるように突き出してくる。
それを回転しながら剣で薙ぎ払って、残り九本。
同じ発生地点からまた新たな槍が幾つか出て来て、アスロは槍を全て使い切った。
それをかわし走り抜けて、ゴールだ。
目の前にはアスロ。僕の手には剣。当然、思い切り叩きつける。
「てりゃあああ!」
「惜しいな」
そう言われたと思えば、僕の振り下ろした剣は槍の柄を滑っていた。
それは僕がよくやっている、受け流しだった。
呆気に取られる中、がら空きになった横腹に思い切り蹴りを貰って床に転がる。
「受け流しの技術をシュリから学んだと聞いていたが、敵が使うとは考えなかったか。だとしたらやはりお前は愚か者だな」
アスロはいつの間にか握っていた木製の槍を引きずって、此方に歩いてくる。
「今からでも遅くはない。諦めろ。そうすれば無駄な怪我はしなくて済む」
受け流し。こんな使いどころが分からない技術をまさか敵が使って来るなんて思いもしなかった。
普通兵士だったら受け流しよりも魔法とか自分のスキルの扱いとかを高めるのに忙しいような気がするのに。
僕は一メートル前で止まったアスロを見上げた。
これは強すぎる。シュリ同様、真っ当に戦えば負ける手合いだ。
これと戦うには入念な準備とか、虚を突くための仕掛けが必要だった。
「まあ、足に槍を刺して動けなくなってもらうが」
だから
「!?」
「残念!」
ゲイルにばれかけていた奥の手を使おう。
突き刺そうとした槍が逆に砕ける光景は、アスロも驚く様だったようだ。
その隙を突いて、僕は彼の手首をつかんで引き寄せる。
そして体に巻き込もうとして
「関節技? そこも仕込まれているのか」
寸での所で逃げられてしまった。
でも、もう躊躇する必要はない。どんどん突き進む。
後退しながらアスロがん床から槍を出していく。
それでもやっぱり突っ切る。もうそんなものを気にする必要はない。
鋭い木の槍がどんどん刺さって、しかしその槍は全て折れていく。
「何だそれは?」
きっと戸惑っているアスロが、それでも槍を構えて迎え撃とうとする。
狙いは心臓だ。無駄なことから突っ切る。
「これも折れたか」
そう言いつつも、直ぐに懐から短剣が出てきた。
首辺りを切る様に振るそれを、腕で受け止める。
「?」
ここまで近づいたらこっちのものだ。
肘を叩き込み、顎に頭突きを食らわせてやる。
けど、肘は片手で抑えられ、頭突きは仰け反られてしまった。
「その妙な体はシュリ直伝の奴か……いや、それとも服か?」
ご名答だけど、敵に情報を与える気はない。
というか、バレたのならもう殺す気で行くしかない。
この服の秘密はもう少しシュリとかには知られたくない。
彼が油断している隙を突いて、やる。
「そうか。なるほど。そうだった。お前は物のレベルを上げられたか。それで服のレベルを上げたな?」
これもまたご名答だ。
でも上げたくて上げたわけではない。ただ、裸で生活するのは文明人として無理だっただけなのだ。
結果として、色々と凄くなって奥の手として鎮座している。
この服は下着から上着まで様々な能力があるけど、これの凄い点は単純に防御力が高いという点。柔らかい布の癖に装着している人間に一切の物理的攻撃を通さない。
「ふっ!」
だからこの様に近接攻撃を主体にどんどん攻め込んで攻撃を叩きこんで押し切る戦法が出来る。
平手で顎を叩いて、伸びきった体に膝を叩きこむ。
予想外に飛んでいく。それに膝に手応えがない。自分で跳んだのか。
それは不味い。アスロの攻撃方法は槍と杖。近付いた方が有利だ。
短剣もあったけど、それの扱いはいまいちだったから気にする必要はない。
地面を蹴りつけて接近してその勢いのままフックを叩きこむ。
両手で受け止められたけど、そのまま振り抜いて、防御を弾き飛ばす。
そしてもう一発と言ったところで、また木の妨害だ。
足元が波打って、飛びのくと柱がせり上がってきた。
「大した馬鹿力だな。手のひらが痺れたじゃないか」
それを叩き割ると、その隙間を縫うように槍が飛んできた。
額に当たるギリギリで、何とか避ける。
「やはり、服の恩恵は布が覆っている部分しか利かないようだな」
槍が左右から飛んできて、首を狙ってきた。殺す気満々になったみたいだ。
しゃがんで避けて、柱の横を走り抜ける。
足を引っかける様に木が出て来たけど、それを飛び越えて、またアスロの懐に迫って
「!?」
急に視界からアスロの姿が消えた。
「俺に気を向け過ぎだ」
同時に頭に強い衝撃が走って、床に叩きつけられた。
床が割れて、落ちていく。
一体何が起きたんだ。さっぱり分からない。
落ちながら痛む頭を押さえながら見上げると、一瞬だけアスロと足から血を流す男が見えた。
思い出した。あの、急に姿を消したり現わしたりする術を使う男だ。
「他人にも使えるんだ」
意識がバチバチと明滅する中、何とか魔法を発動して、水のクッションを作る。一先ずこれで何とかなるか。
頭を振ってみて、無理やり視界をはっきりさせると、どうやら壁の中を落ちているようだった。
壁の中は密にしているのかと思ったけど、枝同士を荒く編んだ構造らしい。目の前にどんどん枝が迫って、ぶつかる。
「服が無かったら、死んでたね」
地面が見えたところで水を解放し、その中に落ちた。
……水中適応も、水への落下ダメージは軽減してくれないみたいだ。額と手のひらが痛い。これで気絶しそうだ。
「お前は器用に魔法を使うな。感心したぞ」
上から声が降りて来て、地面を仰向けになると、アスロが木の枝の中から出て来ていた。
まるで木に同化しているみたいだ。そんな能力も備わっていたなんて……ワクワクする。
いやワクワクしている場合ではないのだけど。
「だが、上手く立てまい。そりゃそうだ。殴る時にそうなる様に調整した。死ななかったのを感謝するんだな」
「そりゃどうも」
確かに何だかフラフラする。というか気絶一歩手前だ。
「しかし、正規軍相手に、若干のハンデがあったにせよ、よくもここまで戦った。シュリに鍛えられただけはある」
何とか出来やしないか。一応ここは木の壁の中で、狭い。近接攻撃はやりたい放題だ。
でも、ダメージが大きすぎる。戦うには危なすぎる。
「だが、やはり無策で無駄だっだ。大人しく、此方に来い」
アスロの手がどんどん迫る。狭いから逃げることも出来ない。直ぐに捕まれそうだ。
「ああ、狭いのか」
一か八か。賭けてみよう。
僕は転がり、近くの木の枝を掴む。剣の柄と一緒に握っている『それ』も確認した。
「エンチャント!」
魔法陣が動いて、枝に水がまとわりついた。
それは枝を伝い、瞬く間に新たな枝を覆って、ものの十秒で全ての枝を水が包み込んだ。
そう、樹の壁の内部全てが水に沈んだのだ。
「っ!?」
流石にアスロも驚いたようだ。直ぐに木に潜り、退避を開始する。
賭けに、勝った。
水の中に居ながらも、あのまま僕の確保に向かっていたなら、アスロは僕の魔石の効果を得ていたかもしれない。
本当に危なかった。
「でも、今も危ないんだけどね」
魔力を使い過ぎたか、頭から血の気が引いていくような感覚がする。
頭がぼんやりしてきて、体全体に力が入らない。
これは、後は仲間頼みか。
「無責任だけど、」
リンを信じて、お願いしてみよう。
それと同時に僕達の足元の枝が伸び始めて、平均台みたいな不安定な足場がみるみる広くなる。
そしてものの五秒くらいで広大な木製の地面が出来上がっていた。
出来上がった足場を確認する様に踏み、彼は言う。
「何だ。子供の割にはよくやるではないか。兵士を全て倒すとは思わなかったぞ。褒めてやろう」
全く褒められた気がしない。そして怒っている様子もない。
というか、一体何を考えているか分からない。そんな表情にシュリの仲間だなあ、なんて思い知らされる。
彼女の周りは皆鉄面皮に違いない。
「だが、俺が思うにもう少し考えた行動を取るべきだった。もう少し慎重に動くべきだった。例え俺達にお前の生殺与奪の権利が与えられてないと看破していたとしても、お前は余りにも愚かだ」
地面が急にせり上がって、僕は踏ん張る。
景色を見ると、どうやら木の床が木の壁を上っているようだ。
「ここの地面も壁も敵が掌握しているのに、何故抵抗する気が起きるのか。俺にはさっぱり理解できんな」
とうとう壁の一番上まで引き戻されて、更に木の枝で巨大な囲いが作られる。
壊そうと思えば壊せるけど、それを彼は許さないのだろう。
「まあいい。俺は仕事をするだけだ」
言うや否や、アスロが床から杖を出して、そこから根を伸ばして攻撃を始めた。
同時に地面がうねるのも感じる。特に足元から嫌な予感がした。
だから一先ず走り出すと、僕を追うように背中に何かが掠った。
後ろを見ると、細長く尖った木が断続的に飛び出してきて、それが僕を追っている。
もしあれが刺さったなら、魚の丸焼きみたいな状態になってしまう。でも串打ちを気にし過ぎるわけにもいかない。
後ろからは槍が迫っているけど、逃げる僕の横には木製触手が追いかけているのだから。
確かにアスロの言う通りで、これでは回避は難しいだろう。
でも、僕ならばここから脱出経路を生み出せる。
生え続け、追い続ける飛び出す槍をへし折って、木製触手の方に投げる。
木製の槍は砕けたけど、触手の方も木製だ。そちらも、裂けて動きが止まる。
それに乗じて、狙いをアスロへ。水の弾を撃って一気に畳み掛ける。
「……」
その攻撃はそれを予知していたように木の壁がいくつも生まれて、受け止められた。水の弾は塊のままその場に転がって落ちる。
が、それで怯む訳には行かない。次だ。
剣を持っていない手で立ちふさがった壁を叩き壊し、逆袈裟切りで敵の足に剣を叩きこんでみる。
当然の様に太刀筋に枝が割り込んできたけど、それを無理やり叩き割りながら振り抜く。
でも、アスロは冷や汗一つかかずにひらりと後退して避けた。
「ふむ、これでは止まらんか」
と言うくらいの余裕を見せる辺り、予測されていたと分かる。
なら、これは予測できるだろうか。
「行けっ」
転がし待機させていた水弾を解放する。
一時的に水の奔流が出来上がり、アスロは足を取られた。
勿論爆発させた張本人である僕はしっかりと持ち直して攻撃に転じる。
片手をついて踏ん張ったアスロ目掛けて剣を振り下ろしてやる。
「ちっ」
けど、また尖った木が生えて目の前に展開して妨害してくる。寸でのところで止まらないと刺さる所だった。
それにしても、思わず舌打ちするくらい鬱陶しい。この何処でも飛び出してくる木の槍が厄介すぎる。
「素直に斬られてよ!」
「そんな願いを聞く奴がどこにいる」
アスロが杖を振ると、また木の槍が生えて来て、さらに後退するしかなくなる。
それに今度は前後左右は勿論、上下からも突き刺しにかかってきた。
「うわ! とと!?」
左からのを裏拳で叩き折って足元のは蹴り砕いて、斜め下の束は回し蹴りでまとめて折って……
後ろからの回避不能な槍の先に乗って、それを足場に飛びのいて剣で薙ぎ払って……
「ああ、もう! きりがない!」
何処に走っても槍、槍、槍。ストーカーの様にしつこい。
まるで槍の密集陣形だ。ファランクスの軍勢に囲まれているみたいだ。
でも、その膨大な槍のおかげで、何となく彼の限界も見えてきた。
例えば、槍は最大で三方向からしか来ない。右、上、前とかといった具合だ。
そして、最大で十五から二十までくらいしか出せない。
それが僕を生かして捕える為に設けた制限か彼の能力の限界かは知らないけど、利用しない手はない。
飛び出した槍をもぎ取って、体全体を使うように全力でアスロに投げつける。
「ほう」
当然の様に杖で払われてしまうけど、その結果杖は砕け散った。
よし、次弾装填。槍攻撃を伏せながらの足払いで壊しながら次の槍を取る。
次はそんなに力を入れる必要はない。突き刺さる程度の威力だ。
投げつけると同時に走ると、予想通り僕の槍を槍で相殺してきた。
数にして五本。これで残り十五本。
そして走る僕を狙って左右から三本ずつ。十字砲火を仕掛けるように突き出してくる。
それを回転しながら剣で薙ぎ払って、残り九本。
同じ発生地点からまた新たな槍が幾つか出て来て、アスロは槍を全て使い切った。
それをかわし走り抜けて、ゴールだ。
目の前にはアスロ。僕の手には剣。当然、思い切り叩きつける。
「てりゃあああ!」
「惜しいな」
そう言われたと思えば、僕の振り下ろした剣は槍の柄を滑っていた。
それは僕がよくやっている、受け流しだった。
呆気に取られる中、がら空きになった横腹に思い切り蹴りを貰って床に転がる。
「受け流しの技術をシュリから学んだと聞いていたが、敵が使うとは考えなかったか。だとしたらやはりお前は愚か者だな」
アスロはいつの間にか握っていた木製の槍を引きずって、此方に歩いてくる。
「今からでも遅くはない。諦めろ。そうすれば無駄な怪我はしなくて済む」
受け流し。こんな使いどころが分からない技術をまさか敵が使って来るなんて思いもしなかった。
普通兵士だったら受け流しよりも魔法とか自分のスキルの扱いとかを高めるのに忙しいような気がするのに。
僕は一メートル前で止まったアスロを見上げた。
これは強すぎる。シュリ同様、真っ当に戦えば負ける手合いだ。
これと戦うには入念な準備とか、虚を突くための仕掛けが必要だった。
「まあ、足に槍を刺して動けなくなってもらうが」
だから
「!?」
「残念!」
ゲイルにばれかけていた奥の手を使おう。
突き刺そうとした槍が逆に砕ける光景は、アスロも驚く様だったようだ。
その隙を突いて、僕は彼の手首をつかんで引き寄せる。
そして体に巻き込もうとして
「関節技? そこも仕込まれているのか」
寸での所で逃げられてしまった。
でも、もう躊躇する必要はない。どんどん突き進む。
後退しながらアスロがん床から槍を出していく。
それでもやっぱり突っ切る。もうそんなものを気にする必要はない。
鋭い木の槍がどんどん刺さって、しかしその槍は全て折れていく。
「何だそれは?」
きっと戸惑っているアスロが、それでも槍を構えて迎え撃とうとする。
狙いは心臓だ。無駄なことから突っ切る。
「これも折れたか」
そう言いつつも、直ぐに懐から短剣が出てきた。
首辺りを切る様に振るそれを、腕で受け止める。
「?」
ここまで近づいたらこっちのものだ。
肘を叩き込み、顎に頭突きを食らわせてやる。
けど、肘は片手で抑えられ、頭突きは仰け反られてしまった。
「その妙な体はシュリ直伝の奴か……いや、それとも服か?」
ご名答だけど、敵に情報を与える気はない。
というか、バレたのならもう殺す気で行くしかない。
この服の秘密はもう少しシュリとかには知られたくない。
彼が油断している隙を突いて、やる。
「そうか。なるほど。そうだった。お前は物のレベルを上げられたか。それで服のレベルを上げたな?」
これもまたご名答だ。
でも上げたくて上げたわけではない。ただ、裸で生活するのは文明人として無理だっただけなのだ。
結果として、色々と凄くなって奥の手として鎮座している。
この服は下着から上着まで様々な能力があるけど、これの凄い点は単純に防御力が高いという点。柔らかい布の癖に装着している人間に一切の物理的攻撃を通さない。
「ふっ!」
だからこの様に近接攻撃を主体にどんどん攻め込んで攻撃を叩きこんで押し切る戦法が出来る。
平手で顎を叩いて、伸びきった体に膝を叩きこむ。
予想外に飛んでいく。それに膝に手応えがない。自分で跳んだのか。
それは不味い。アスロの攻撃方法は槍と杖。近付いた方が有利だ。
短剣もあったけど、それの扱いはいまいちだったから気にする必要はない。
地面を蹴りつけて接近してその勢いのままフックを叩きこむ。
両手で受け止められたけど、そのまま振り抜いて、防御を弾き飛ばす。
そしてもう一発と言ったところで、また木の妨害だ。
足元が波打って、飛びのくと柱がせり上がってきた。
「大した馬鹿力だな。手のひらが痺れたじゃないか」
それを叩き割ると、その隙間を縫うように槍が飛んできた。
額に当たるギリギリで、何とか避ける。
「やはり、服の恩恵は布が覆っている部分しか利かないようだな」
槍が左右から飛んできて、首を狙ってきた。殺す気満々になったみたいだ。
しゃがんで避けて、柱の横を走り抜ける。
足を引っかける様に木が出て来たけど、それを飛び越えて、またアスロの懐に迫って
「!?」
急に視界からアスロの姿が消えた。
「俺に気を向け過ぎだ」
同時に頭に強い衝撃が走って、床に叩きつけられた。
床が割れて、落ちていく。
一体何が起きたんだ。さっぱり分からない。
落ちながら痛む頭を押さえながら見上げると、一瞬だけアスロと足から血を流す男が見えた。
思い出した。あの、急に姿を消したり現わしたりする術を使う男だ。
「他人にも使えるんだ」
意識がバチバチと明滅する中、何とか魔法を発動して、水のクッションを作る。一先ずこれで何とかなるか。
頭を振ってみて、無理やり視界をはっきりさせると、どうやら壁の中を落ちているようだった。
壁の中は密にしているのかと思ったけど、枝同士を荒く編んだ構造らしい。目の前にどんどん枝が迫って、ぶつかる。
「服が無かったら、死んでたね」
地面が見えたところで水を解放し、その中に落ちた。
……水中適応も、水への落下ダメージは軽減してくれないみたいだ。額と手のひらが痛い。これで気絶しそうだ。
「お前は器用に魔法を使うな。感心したぞ」
上から声が降りて来て、地面を仰向けになると、アスロが木の枝の中から出て来ていた。
まるで木に同化しているみたいだ。そんな能力も備わっていたなんて……ワクワクする。
いやワクワクしている場合ではないのだけど。
「だが、上手く立てまい。そりゃそうだ。殴る時にそうなる様に調整した。死ななかったのを感謝するんだな」
「そりゃどうも」
確かに何だかフラフラする。というか気絶一歩手前だ。
「しかし、正規軍相手に、若干のハンデがあったにせよ、よくもここまで戦った。シュリに鍛えられただけはある」
何とか出来やしないか。一応ここは木の壁の中で、狭い。近接攻撃はやりたい放題だ。
でも、ダメージが大きすぎる。戦うには危なすぎる。
「だが、やはり無策で無駄だっだ。大人しく、此方に来い」
アスロの手がどんどん迫る。狭いから逃げることも出来ない。直ぐに捕まれそうだ。
「ああ、狭いのか」
一か八か。賭けてみよう。
僕は転がり、近くの木の枝を掴む。剣の柄と一緒に握っている『それ』も確認した。
「エンチャント!」
魔法陣が動いて、枝に水がまとわりついた。
それは枝を伝い、瞬く間に新たな枝を覆って、ものの十秒で全ての枝を水が包み込んだ。
そう、樹の壁の内部全てが水に沈んだのだ。
「っ!?」
流石にアスロも驚いたようだ。直ぐに木に潜り、退避を開始する。
賭けに、勝った。
水の中に居ながらも、あのまま僕の確保に向かっていたなら、アスロは僕の魔石の効果を得ていたかもしれない。
本当に危なかった。
「でも、今も危ないんだけどね」
魔力を使い過ぎたか、頭から血の気が引いていくような感覚がする。
頭がぼんやりしてきて、体全体に力が入らない。
これは、後は仲間頼みか。
「無責任だけど、」
リンを信じて、お願いしてみよう。
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