輜重兵の契約

想磨

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1-6 雨に忍ぶ罠

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 怪しい雲から雨が降り始める中、食堂のテントから輜重科を統括するテントへと移動する。
 本来ならば声をかけ、返事があるまで待機なんてことをするのだが、今は緊急事態だ。省略して中に入る。

「バッカス軍曹。第一輜重分隊、到着しました」

 同時にバッカスが火を背に此方を向いた。
 どうやら機密を守るべく棚という棚から紙を取り出し、ドラム缶に放り込み、燃やしていたらしい。

 そして険しい顔のまま地図を一枚俺に手渡す。

「見ての通り奇襲だ。物資を安全な場所に動かす。物資置き場にトラックを用意しろ。そして荷を詰めて西の北方司令部……いや南のラケルの基地に移動するんだ」

「了解。武装許可は?」

「まだ下りてないが要請をしている。トラックにも無線があるが一応物資から無線を持って居け。そこから指示を出すから無線を聞き逃すな」

「了解」

 今度はトラック置き場か。ここからまた少し走る羽目になるな。
 走りながら初めて見る地図へと目を通す。ラケルという町はここから十キロほど離れた所にあるようだった。

 しかし、この地域には補給基地が異様に多いようだ。無駄すぎると言って良い。
 座学でも習ったが、この網目式軍需倉庫計画というのはとん挫しそうな匂いがしてならない。

 備蓄している物資が多すぎて、腐っているではないか。

 と、今は考えている場合ではない。駆け足で移動しながら、後ろの部下に指示を出す。

「聞いた通りだ。アガサとジャン、バリーとイレーナ、俺とバットの三つに分かれる。トラックの順は俺、バリー、アガサだ。一人は運転、もう一人はトラックの荷台に乗れ。止まり次第すぐに積み込みだ」

「「了解」」

 もう駆け足では息切れもしなくなった彼らを連れて、直ちに急行する。

 そして物の五分も掛からずについたそこは、既に土煙に覆われていた。
 どうやら砲撃は、ここを狙っていた様だった。

「トラックを避難させろ!」

「あっちは陸上部隊の展開に使っている! 回り道しろ!」

 多くの兵士がそこで指示を受けて動いているが……何だこれは。

 この地点を狙っていると思ったが、それにしては異様に弾がばらけているではないか。
 トラックが一台も破壊されていない。代わりに辺りのテントや全く何もない所ばかりが破壊されている。

 一体何が起きているのだ。観測手はどうした。射撃指示者はどうした。

「どちらも居ないのか? そんなの砲の意味がないぞ? 何を考えているんだ敵は?」

「あ、あのあそこに行くんですか? 砲撃が止んでからでも」

「駄目だ。今はああでも精度が良くなる恐れがある。直ぐに行かないとトラックと心中するぞ」

「り、了解」

「では、突撃する」

 俺はバッドに合わせるように走って、トラックの荷台に向かう。

「お前は運転席に乗れ」

「え? もしかして隊長って運転」

「出来ない訳がない。が、不安要素が残る。行け」

 当然、不安要素とは立ち乗りでしか運転できないことだ。流石に実戦であれはやりたくない。
 枠だけしかない荷台に飛び乗り、運転席の後ろを叩けば、すでにハンドルを握ったバットがこちらを向いた。

「準備はいいか?」

「はい」

「では出発しろ」

 今度はそこからまた少し離れた物資置き場か。戦争とはかくも忙しいものとはな。

 バッドの荒い運転とトラックの恐ろしい揺さぶりに堪え、物資置き場に乗り入れる。
 と同時に飛び出して、物資を入れる。

 先ずは俺しか扱えない小瓶の類を入れ、次に食料と燃料を規定量積み込む。
 手早く済ませ、部下もしっかりやったことを確認。今度は俺も助手席に座って、南の出口を目指す。

 よし、良いタイムだ。優秀な輜重兵と言えるな。
 ここからは暫く揺られるだけ。少しこの後のことを考えなければ。

 が、その前に過ぎ去る兵隊の装備が気になる。

「何だあの武器共は。まさか奴らカノン砲でも持ってきたか?」

「どういうことですか?」

「歩兵が持って居たのはどれも射程が長いものばかりだった」

 と言っても通じないか。

「つまり敵はかなりの遠距離からの攻撃をしているという事だ。そして砲の中で一番射程のあるカノン砲だ」

 とは言え中々安直な考えだ。
 情報によるとカノン砲の射程圏は最低でも十キロ。一方の銃は狙撃銃でも一キロ。十倍の差がある。

 正直言って砲兵を殺すにはやはり大砲が追いつかないほどの速さでの突撃が一番だろう。 

「へえ、そうなんだ。物知りですね隊長」

「何納得してるんだ。否定しろ」

「え? 何でですか?」

 俺は無言で窓の外を指差した。
 指差す先には車輪の付いた大きな砲が、軍用車にけん引されている。

「あれがカノン砲だぞ」

「何か、荷馬車くらいでかいですね」

「そうだな。そしてそんなでかいものを、砲撃されるまで気付かなかったんだよ。我が軍は」

「ああ! そういう事ですか!」

「そういう事だ」

 戦場から五十キロ離れていたとはいえ、たるみ過ぎだ。補給基地なんて狙われる一番の地点だというのに。
 もし本当にカノン砲だとしたら、見張りをしていた人間を縛り首にしてやる。

 権限が無かろうが私刑だろうが構うものか。

「ちっ。雨も強くなってきたな」

「うわあ、いやだなあ」

 砲の振動で雲が揺さぶれらたか。これはしばらく止まらないな。
 これでは色々と不測の事態が予想される。今の内に準備を進めておこう。

 物資置き場でかっぱらった拳銃を取り出して、弾の確認をする。

「ちっ。少なすぎる」

 予想外なことに弾倉には九発しか入っていなかった。持ちやすいのを選んだが、一列弾倉だったとは。
 軍用なのだから全て二列だと思ったが、誤算だった。十五発は欲しかったのだが。

「ちょっと隊長!? 僕達武装許可下りましたっけ!?」

「ほお、覚えていたか。優秀だな」

 弾は……多分十一ミリだ。九ミリと比べると空気抵抗が強く、有効範囲が狭いと習った。留意すべきだろう。

「なら何で持ち出したんですか!?」

「必要だからだ。輜重部隊が何の武装もせずに逃げ出せるわけないだろう。お前達の分もかっぱらっておいた」

 荷台からずるずると出したのはアサルトライフル。勿論、陸軍で正式採用されているものだ。

「弾数は二十発。どうせ手間取るだろうから大体の準備はしてある。使い方は知ってるな」

「な、習いましたけど……大丈夫ですか?」

「さっきから通信を待っているが、いつまで経っても無線からの連絡が来ない。このゴタゴタで命令系統が乱されているのだろう。だから俺はその意を汲んで、きちんと行動した。それだけだ」

 一を聞いて十を知る。つまり物資を送れと聞いて、武装し、物資を守りながら送れと知った。それだけだ。

「それに継戦能力が落ちるほどは取ってない。マガジンも三つしか替えはないから、無駄撃ちするな」

「り、了解。……本当に大丈夫かなあ」

 バッドがぶつくさ言っているが、実際は大丈夫ではないから無視しよう。

 本当はポーチにぎっちりと詰め込みたかったが、それをやったらきっと首が飛ぶだろう。
 軍に置いて命令は絶対。命令で動くから軍であると言って良い。独断で動くなど自分は軍人ではありませんと言っていることに等しいのだ。

 が、やらねば最悪の事態を招きかねないのは、変えようのない事実だった。
 一人三つ、計十八。これが懲罰房行のギリギリのラインと見て、動くしかなかった。

 どっちにしろ減給は免れないが、それは致し方ない。

「全く、上の失態は直に来るな」

 苛立たしい限りだ。わざとやっているのかと思えてくる。
 イライラしながら南門を潜り抜け、さっさと基地からおさらばする。

 その頃には雨足が増してきて、草原地帯も非常に進みにくい状態になりつつあったが、それでも整備された道はその悪天候に耐えていた。

 その悪路をバッドが何とか運転しながら、後ろを気にしていた。

「基地は大丈夫でしょうか?」

「駄目だな。歩兵が使う砲で撃っていたとしても、少なくとも五キロ以上の射程か、砲に耐えうる戦車か、高機動の部隊が必要だ。敵がどれだけの砲を使っているか分からんが、それを配備するまで基地が耐えられるわけがない」

 と言う訳で、普通だったらもうあらゆるものが破壊されている筈なのだが。意外と攻勢が弱いらしい。
 命中精度の悪い攻撃と言い、笑ってしまうほどのお粗末な攻勢だ。タイミングだけはぴったりだというのに。

 もしかしたらただの挑発か。もしくは……。

「……全体とまれ」

 トラックの無線で言うと全体が止まる。ふむ、良い反応だ。

「よし各自車両の荷物から武器を取れ」

『え、あの』

「早くしろ。気付いたのを気付かれた」

 全くあれらはなんだ。全然気づけなかったぞ。

 あの、姿が見えないくせに雨だけがそれを浮き立たせている謎の一団に。

 遠目から凝らしてみると、形はジープのようなものと分かる。距離は二百メートルあたり。
 恐らく小隊規模だろう。武装は不明。これでは戦えないな。
 とは言え、逃げようとすればぬかるみに嵌りそうだ。逃走は不可能だろう。

 ああ、もっといいトラックはなかったのか。六輪とか、履帯とかそう言った類の物なら撤退も出来たのだが。

「謀られたな。こちら第一輜重分隊。敵を確認。聞こえてるか?」

 通信しながら、俺は内心で毒づいた。

 恐らくあの砲撃はただの囮。真の狙いは逃げ出してくる部隊のせん滅と物資の焼却か。
 いや焼却だったなら砲撃で潰してしまえばいい。つまり狙いは物資の略奪。すなわち継戦能力の維持。

「こいつらこのまま荒し回る気か? だとするなら自殺行為の作戦だぞ」

 まだ他に妙な策があるかも分からないが、恐らく物資を狙ったものに違いはない。でないとこんな所で待機などするものか。
 だが、目の前の敵はこんな敵地で待ち受けるほどの輩だ。大馬鹿者だとしても気を抜けない

「こちら第一輜重分隊。こちら第一輜重分隊……」

 何度も連絡をするが通信はない。通信施設が破壊されたか。つまり援軍は来ない。撤退の命令も下されない。

「バット。敵は恐らく精鋭だ」

「は、はい」

「だがその銃弾を当てれば死ぬ。六十発以内に、両の手で足りるほどの数を殺せば俺達が生き残る。分かったな」

「り、了解」

 全く頼りない。冗談で言っていたが、まさか本当にこんな奴らと一蓮托生になるとは思いもしなかった。
 トラックから下りて、トラックの荷台を壁にする。

 こんな壁でどうにかなるのかと自問自答したくなるが、どっちにしろ俺達の命など風前の灯火なのだからもう気にすることも有るまい。

 ああ、全く理不尽だ。眉間の皴が取れないぞ。これは。

「よし全員装備したな」

「はい」

 イライラしながら後ろを見る。そして、一気に眉間の皴が取れたのを自覚した。
 一応急ごしらえの軍人でありここは戦場であるのだが、呆気に取られてしまったのだ。

「お前達、その装備は」

「え? 車両の物資から武器を取りました、けど?」

「……そうか。いや、何も言うまい」

 何せ奴らは本当に、心の底から俺の命令を聞いたと思っているのだから。
 俺が用意した武器を無視して、物資と呼ばれた最新鋭の武器で完全武装した分隊など、俺は見なかった。

 ここで運ぶべき物資は戦闘力に係る武器でなく食糧だろうというツッコミも、弾倉まできちんと入れたアサルトライフルはどうしたという質問も、無視しよう。

 何故ならばこいつらは、各種兵装をしっかり扱いこなし、後は引き金を引くだけになっているのだから。

 一体どこでそんな事を習ったのやら。

「……くくく」

 後は引き金を引くだけ……か。良いな。それでいい。
 俺よりこいつらの方が柔軟に対応できていることに、笑ってしまう。

「上からの指令が以上、俺が許可をする。命令だ。後続の輜重部隊の露払いをする為、不可視の敵を打ち倒す。ここの物資を全部使ってでもだ」

「「了解」」

 懲罰ものの自由行動だが命には代えられまい。
 さてさて、潤沢な物資に支えられた新米兵士はどれだけ抵抗できるか、試してみよう。
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