輜重兵の契約

想磨

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1-5 曇天を裂く音

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 不測の事態というのは稀にしか起こらないと考えがちである。
 だが、相応の年代を生きているとそれは全く違うと思い知らされる時が必ず来るものだ。

 経済的なショック、大災害。独裁国家の動向、何処かの政治思想の変更。
 それらが起こる度に株価が揺れ、景気が左右され、富める者も貧しき者もどん底を味わう。

 そして言うのだ。不測の事態だったと。

 俺もそうだった。そんな事に巻き込まれる度に大事に貯めていた貯金が削れ、そして会社が傾いでいくのを目の当たりにしてきた。
 そして悟ったのだ。

 俺の粗末な予想も、どんな高名な学者の推論も、結局人間の小さな脳で導き出された結論であり、当たる方が珍しいのだと。

 つまり何が言いたいというと、そもそも予知やら予報やらを絶対と考える方が間違いであり、だからこの状況もある意味想定する必要があったのだ、という事だ。

「未だ来ず、か」

 雲行きが怪しくなる空を見上げると、ため息が自然と漏れた。
 理由は、待ち人が二週間も遅刻しているからに他ならない。

 ここを慌ただしくするはずの敵の軍勢が、バッカス軍曹の情報とは違い、全く音沙汰がないのだ

 情報によると、小競り合いはあるらしい。川を挟んで軍が展開していて、たまに思い付いた様に砲撃が飛んでくるのだ。
 が、それだけである。互いに砲撃が届かない位置に陣取り、もしくは隠れて移動しつつの砲撃戦しか行われていない。

 歩兵の突撃も、戦車の投入も、神兵の来訪すらない。

 勿論、防御側としては敵が来ないのは非常に宜しいことだった。防衛準備が整い、計画の練り直しも出来る。
 現に資材置き場にはどんどん物資が増えて来て、最近はそれを小さな小瓶に詰める作業に追われるくらいだ。

 だが、どんな幸運も若干の不幸を連れてくるのは、俺の薄っぺらい経験則から学んでいる。

 帽子を取り絡まった髪を乱雑に解して、食堂と書かれたテントの中に入れば、それがすぐに再確認させられた。

「サキ隊長遅いですよ! こっちこっち!」

「ご飯冷めちゃいますよ」

 第一輜重分隊内での、俺の威厳の低下。これが不幸の最たるものであった。

 いくら扱きに扱こうとも、所詮見た目は愛らしい子供であり。それに最近は何時でも出動できるように、負荷の少ない訓練しかしていない。
 その結果、上官と部下という距離は崩れ去り、中学校の文系クラブになり果てていたのだ。

 共に作品を作り上げるのであればそれでいいだろう。だが軍隊は共に戦う場である。

 上下関係こそが基本であるとバッカス軍曹からもらった指導指南書にも書いてあった。
 曰く、上下のなくなった隊は死んだも同然である、と。

「俺は、こいつらに命を預けるのか?」

 度々思う疑問を、また口にしてみる。
 すると、アガサがにっかりと笑いスプーンをこちらに向けて来た。

「何言ってるんですか。あーんしたげますか?」

 ……今の内に銃殺しておいた方が俺の為かも知れない。

「そのスプーンを自分の口に突っ込めアガサ二等兵」

「ちぇっ。了解」

 素直にスプーンを口に入れるアガサ。だが、俺は知っている。こいつは反省という言葉を知らない。
 どうせ、すぐに世話をしたがるのは目に見えて居た。

 故に距離を取るべくバッドの隣に座る。食事中のこいつは食べ物に集中しており、話しかけない限り静かだ。俺の定位置になりつつある。
 脂肪率が過多な人間なため多少暑いが、この体は小さいからか冷えやすく丁度いい。

 が、だからと言って訓練で消費した脂肪を補充してもらっては困るのだが。 

 全く、敵国は何をやっている。何でこんなに遅くなっている。早くこいつらに現実を見せてやりたいというのに。

「大変そうですな。サキ上級兵」

 イライラしている最中に声をかけるとは、観察眼が足りないな。この魔の悪い男の声は聞き覚えがないが、一先ず反応して、振り返ってやる。

 随分と身体を鍛え上げた軍人だった。爪を誇張した様なワシのバッチが付けてある。陸軍の上級兵を示すものだ。
 対等な立場ではあるが、慣例的に陸軍と輜重部隊では陸軍の方が上と聞いている。礼をしておこう。

「お見苦しい所を見せました」

 席を立って敬礼する。と、後ろでもそれに倣う気配がした。
 ……やっとここまで来たのか。随分と長かった。

「楽にして良い。いやいや、好奇心で来ただけなんだ」

 と言いながらニヤニヤしている上級兵は何処か見覚えがあった。

 ああ、そうだ。この体になる前の、足を引っ張ろうとしていた同僚と同じ顔なのだ。
 予想が正しいなら、こいつは争いを起こしたいらしい。この緩みに緩んだ空気に毒されたと見える。

 全く、こういう手合いの思考回路はよく分からん。同朋同士でギスギスして何が楽しいのやら。
 もしかして、一回頭を叩けばまともになるだろうか。

 まあ、当たり前だが上の人間にそんなことは出来ようはずもなく、俺は無言で上級兵を見据える事した出来なかった。
 目線で訴えることはただ一つ、邪魔をしてくれるな、だ。

 が、こういう手合いはそんな事を気にしない。当然の様に社会性のある生物とは思えない行動を取る。

 虫ですら獲得している性質を放棄することは、文字通り虫以下に成り下がることだと思うのだが、これは本当に易々と成り下がるのだ。

「しかし何だね。君達は軍人のまねごとをしているらしいが、もっと楽にしてもいいんだよ。輜重隊は所詮ママゴトの様なものなのだから」

 成程、軍人としての誇りを傷付ける方に行ったか。確かに軍人として精進しようとしている人間ならむっと来るだろう。

「マジッスか!?」

「分隊長! なら今日のランニングは無しにしましょう! そしてトランプ大会を開くことを提案します!」

「……だが、こいつらにその気があれば俺も苦労をしていない」

 そう、こいつらはそんな人間ではない。

 バリーが目を輝かせ喜び、ジャンが手を挙げて高々と提案する。
 こういう手合いがかたまっているのがこの分隊なのだ。

 その様に、思わず頭を抱えてしまった。

 そうだ。高々一ヵ月でそんな気概が生まれる訳がない。
 そして生まれたとしたら、訓練ももっとやりやすかったに違いない。

 自分の事を棚に上げて言うのもなんだが、こいつらはやはり何処まで行っても一般人なのだ。

「……何だお前ら」

「それは自分が聞きたいです」

「ちっ。これだから駄馬は気に食わん」

 それだけ言って、陸軍上級兵は帰っていった。本当に、ちょっかいをかけに来ただけらしい。余程暇人なのだろうか。
 バリーもそう思ったんだろう。その後ろを眺めて、心の底から不思議そうに首を傾ける

「あいつ何しに来たんスかね?」

「酒の肴が欲しかったんだろう。気にするな。食え」

 きっと、輜重隊をからかった挙句に騒ぎを起こして、独房に入れてやろうとした、くらいの事に違いない。
 そしてそれをテント内での秘密の酒盛り時に話し、大いに盛り上がる予定だったのだ。

 つまり彼方もそれだけ軍紀が乱れ弛み切っている。推測の域を出ないが、まず間違いないだろう。

「本当に不味いな」

 輜重隊だけだと思ったら主力もあんな感じなのか。最悪総崩れにもなりかねないぞ。
 折角こんな便利な体を得たというのに、いきなりそんな事態になっては困る。

 もっとこの頭の良さを楽しいたいし、身体能力もいかんなく発揮してみたい。でなければ相応の貯金と共に俺の体を売り払った甲斐がない。

 ……いっそ敵前逃亡でもしてやろうか。

「いや、それも不味いか」

「不味いですか? 俺には美味しく感じますが」

「そう言う意味じゃない。そしてバッド。お前はもう少し味わって食え。不味いと分かるから」

「……隊長」

「なんだ?」

「やっぱり美味しいです」

「……良かったな」

 本当に、こいつらをどうしてくれようか。
 俺が頭を悩ませていると、遂にその時が来た。

「っ!?」

 鈍い音が腹の底を揺らし、地面が揺れたのだ。しかもそれが断続的に響いている。
 間違いなく砲撃だ。しかも大口径で高火力だと分かる。

 しかも、今回は昼食時を狙った不意打ち、教本で言う昼討ちという奴である。
 今回の攻撃は本気らしい。

「整列!」


 指示を出すと、全員がいち早く俺の元に整列する。あのバットでさえ食事を途中で切り上げて並ぶ。
 これが、二週間みっちりやった成果だ。喜ばしい限りである。

「よし、待機だ。指示を待て」

 俺が新たな指示を出すと、バットが手を挙げる。

「待つって大丈夫ですか? 何か皆バタバタしてるんですけど」

「ここに居るのは下っ端だからな。上官に指示を仰ぎに行ったんだろう」

 また手が上がる。今度はジャンだ。

「じゃあなんでサキ分隊長が居るんですか?」

「慣例的に俺も下っ端だからだ。が、厳格に言えば上官だ。分かっているな。ジャン」

「いや、分かってますよ。ええ? 嫌だなあ。俺がなんか変なことを考えたと思ってるんですか?」

 嘘を付け。絶対分かっていなかっただろう。悪戯を思いついた子供の顔をしていたから間違いない。

 そうこうしている内に、出入り口に詰まっていた人が減ってきた。
 これなら分隊でも出られるだろう。

「このテントを出て、バッカス軍曹の元に行く。隊列を崩すなよ」

「「「「了解」」」」

 五人の兵士未満を引き連れて出る。
 流石に緊張してきたのか、未だ続く爆発音に混じって、耳元で何かがチリチリと聞こえた気がした。 
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