輜重兵の契約

想磨

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1-4 付け焼刃の訓練

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 行動を起こす時、先ず何が必要か。

 その質問には十人十色の様々な回答を得られるだろう。
 その中で俺は、『目的』という少し頓智の利いた回答を採用することにしている。結局目的が無ければ行動のしようがないからだ。

 ここでの目的はこいつらを戦場でも通用する、ごくごく普通の輜重部隊に仕立て上げる事。その一点だけである。

 そして次に注目するのは条件である。
 時間、資材、場所、金銭、知識。物事はありとあらゆる条件で縛られている。その中で目的を達成しなければならない。

 上官に直談判し、聞いたところによると、敵軍が来るのは一週間後と予測されていた。
 そして訓練してくれるならば、グラウンド使い放題、銃や物資も支給された物なら使っていいとのこと。

 資材は潤沢にあり、しかして時間に猶予無し。であるならば目的の達成率は限りなく低く設定するべきだろう。

 そこから導き出される合理的なプランは……

「走れ走れ走れ! 仕事中に歩けると思うな! 歩く暇があるなら走れ!」

 マラソンだ。

 基地内に併設された、グラウンドという名の巨大な物資置き場の外周を延々と走らせる。
 広大な敷地内を十キロの荷物を背負わせ、後ろから追い立てて走らせる。

 他にやりたい訓練はある。小銃の扱いを学ばせたいし、注意力を鍛える訓練もしたかった。言ってしまえば、俺が受けた訓練を一通りやらせておきたかった。
 だがそれは無理だ。そんな事が出来るのは特典を得た神兵位であり、本来ならば全てやり通すには一週間どころか三年はかかる。

 故にどれだけ戦火に飲まれても、走り続ける精神力と体力だけを鍛え上げる。

 自分で言うのもなんだが、所詮俺達は補給兵だ。原則的には兵士を殺す必要はない。銃弾が当たらないよう、さっさと補給してさっさと帰ればいい。

「止まったらハチの巣にされると思え!」

 が、こんなのんびりと走っては効果がないな。後ろを走りながら拳銃を構え、遅れて来た奴の足元に銃弾を撃ち込む。

「ま、まじで撃ちやがった」

「当然だ。道具は使うためにある。これが嫌なら鞭を用意しよう」

「くそくそくそ!」

「くたばれ分隊長!」

「その顔に、泥浴びせてやる!」

「話せるのか。よしペースアップだ。足を動かせ! バッド! さっさとその脂肪を削り落とせ! 見苦しい! ジャンの三つ編みもだ!」

 悪口を言ったのは、最初は短髪だからバリー、次はアガサだったか。そして最後は背中に垂らした三つ編みが邪魔なジャンだ。名前は覚えた。
 しかし今は時間が惜しい。上官への暴言も無視しよう。

 走り続けるならば。

「走れん補給兵は役立たずだ! 役立たずは味方殺しだ! 味方を殺さないために、ここで過労死しろ!」

 等々罵詈雑言を発して数十分。
 やっと二十キロほど走らせ終わって、後ろから様子を見る。

 やろうとすればもう少し走らせることも出来るだろう。が、しかしこれ以上の見極めは俺も出来そうにない。
 最悪死亡事故に繋がりかねない。それは目的に反する。

「十分の休憩だ」

「やっと、か。くそ、たれめ」

 バリーの体力が削り切れなかったようだ。もう五キロは走らせるべきだったか。失敗した。
 こいつだけ追加で走らせようかと思ったが、この十分で俺にはやらねばならない仕事がある。こちらは分隊長ではなく、神兵としての仕事だが。

 給料五十万は伊達ではないのだ。

 ドラム缶が並ぶ地点まで駆け足で行くと、空の小瓶と大きめの漏斗が置かれていた。流石軍隊。準備がいい。
 早速ポンプと漏斗を使って小瓶の中に液体燃料を入れていく。

 これがもう一つの仕事だった。仕事内容は『物質圧縮輸送実験』。
 俺の能力をどう使えば最も効率が良くなるか試行錯誤が必要とのことで、上からはとりあえず現在ある物資の十分の一を圧縮するように求められている。


「……いいな」

 この、物質を他の場所に収めていく感覚が気分を沈めてくれる。最近ずっとイライラしていたから、心地いい位だ。
 流れる音を聴き、消える瞬間を眺めるだけで一時間は過ごせそうだった。これで煙草があれば言う事なしなのだが。

「ほう、それが物質圧縮か」

 しかしその至福の時に邪魔が入った。聞き覚えのある声に、一端手を止めて立ち敬礼する。

「そうであります。バッカス軍曹」

 そこに居たのは、俺を含む補給部隊の中隊を指揮する、バッカス軍曹だった。
 俺に新兵を鍛える許可を与えたのもここを使うように言ったのも、彼である。

 要は色々と口利きしてくれる良い上司、といった立ち位置だ。規律の厳しい軍の中では中々珍しい部類と言える。

 因みに今の悩みは娘さんが顔を覚えてくれていない事らしい。齢四十で覚えてもらっていないのはもう手遅れだと思うのだが、諦めている様子はない。
 多分、白髪オールバックのおじさんからは永遠に抜け出せないだろう。

 バッカス軍曹は、俺が詰めていた小瓶を持って振る。

「軽いな。流石は神兵の力だ」

 感心したように口笛を吹いてもとに位置に戻す

「二階級も昇進するわけだ。お前しか取り出せないという制限はあるが、それを抜いても素晴らしい。これであらゆる物資の輸送が楽になる。幾つ作る予定だ?」

「物資の十分の一を試験的に運用するとのことです。軍曹」

 直立不動で答えるが、その答えは軍曹は些か不満らしい。
 軍帽を思い切り下に引っ張られた。少し大きいせいで、視界がゼロになる。

「おいおい分かってるだろ。俺はそんなきっちりした出じゃねえってのは。楽に話してくれや」

「分かった。というか割れば俺以外でも出せるぞ。それ」

 そう、ここまで話が分かるのは、彼が俺達と似たような境遇だからである。
 聞く所によると、二十年ほど前に小競り合いが起きた時に徴兵され、現在まで軍役をこなしているらしい。

 だからこそ俺も安心して普通の口調で話せるというものである。

「というかあの口調、意思の疎通には不向きだな。苦労しないのか?」

「しねえよ。軍に必要なのは意思の疎通でなく伝達だからな。双方向でなく上から下だ。でないと指揮系統が混乱しちまうだろうが。下からは発するのは情報位くらいなもんだよ」

「成程。ならば新兵のしごき方を変えるべきか。色々と」

 ニヤリと笑いつつ帽子を直していると、後ろで帳簿を付けながらバッカスが噴き出した。

「あれ以上は止めてやれよ。ここは前線から離れているんだぜ」

「というと?」

「お前はここに張り付いて小瓶を弄り回してるから分からんだろうが、ここの輜重兵の仕事と言ったら、鉄路からの物資をここまでトラックで輸送するくらいなんだよ。体力なんて使う機会がねえのさ」

「だからと言って怠けていたら、もしもの時に苦労するだろう」

「そうだな。が、そのもしもの時は橋梁を含む何十キロの防衛ラインとその南北に広がる地雷原を突破する時だ。あんな強固な防衛ラインが破れるなら、国なんてあっという間に亡びるさ」

「だとしても予測不可能な神兵という手駒が居るんじゃないのか?」

「その神兵対策に神兵を配置してるって話だぜ。ていうか考え過ぎだぜ。もう少し楽になれや」

 バッカスが言葉を切り、俺の頭に手を乗せた。

「まあ、こうも考えるのは、新兵の育成なんか任せされちまってるからかねえ。本来は軍曹の仕事なんだが」

「先ず頭から手をどけてくれ。子供は子供扱いされるのが嫌いというのは常識だろ?」

「すまん。娘を思い出してなあ」

 と言いながらどけないこの上司を殴る許可は、何処に申請すればいいだろうか。

「そもそも分隊の統制は分隊長の役目だ。そして訓練も同じ。上級兵にやらせるという異常事態を上が望むならやってやるだけさ」

「でも本当にそこまでする必要はないぜ。輜重含む後方部隊は軍人未満ってのが数十年前からのイグルスでの常識だ」

「それは凄い。この国では人も車も銃も一体何を使って動いているんだろうな?」

「気合と根性なんだろ。現に神兵と精神論で何とかしてきたお国柄だしな。知ってるか。ここの全権を持ってるシャーロット指揮官。あれも神兵なんだぜ」

「へえ。あの傲岸不遜な重戦車がか」

 あの、常に弧を描いている口を思い出すと未だイライラしてくるが、そうか神兵だったか。
 道理で偉そうなわけだ。

「重戦車って珍しい例えだな」

「無駄な胸部装甲が重苦しいだろ?」

「ああそっちか。いやでもそれが良いんだろ。何だお前、軽戦車派か?」

「好みで言えばそうだ」

「おいおい、大は小を兼ねるんだぜ」

「この世の全ての精密部品が大きくなっても同じ事が言えるのか?」

「言える。断言しよう」

 はっ。こいつとは分かり合えないな。絶対に。

「それにしてもあの指揮官が神兵とはな。どんな力を持ってるんだ?」

「さあな。ただ、十年前の戦役で戦場に居た敵と名の付く全てのものを余さず破壊しつくしたらしい」

「敵と名の付くってアバウトだな。何だよそれ」

「敵兵、敵車両、敵戦車、敵基地。そんな所だ」

「成程。それが事実ならあれはきっと怪獣だな」

 その戦役の時には口から怪光線でも発して一掃したに違いない。
 さて、もっと会話をして居たかったが、休憩時間も終わりだ。またしごきに行くか。

「じゃあ、そろそろ分隊長としての仕事に戻るか。失礼します。軍曹」

「了解。働きに期待する」

 俺は敬礼して、分隊の元に行った。
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