輜重兵の契約

想磨

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1-3 特異な配属、特異な部下

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 俺が配属される輜重科というのはとても複雑な兵科だった。

 先ず言うまでもないが、物資の把握が必然である。それは全ての前線基地に置いてある倉庫内の把握を意味していた。
 そしてその上で、何処にどれだけ補充すべきかの決定。そこから補給線の選定。更に輜重隊を編成し、予定通りに目的地にたどり着かなければならないのだ。

 その内容の多さに、日夜数字と戦っている軍人の姿が容易に想像できた。

「まあ分隊長には関係ないか」

 与えられたテントの中、軍服に着替えながら思わず浮かびかけた笑みを堪える。堪え切れずににやけてしまうがそれでも口元を抑えて封じ込める。

 日夜働いているというのに、そんなことは出来なかった。
 流石に仕事が楽で嬉しい等という態度を取るわけには行かなかった。

 例え、先に述べた煩雑とした業務の殆どが俺とは全く関係のない物だとしてもだ。

「いやはや良い所取りというのは最高だな」

 この素晴らしくも面白い状況は、俺に与えられた身分に寄るものだった。

 前提として、俺は分隊長という職務についている。しかし階級は上級兵である。

 この二つの組み合わせはあり得ないものであると習ったばかりだった。
 隊長と名の付くものは『下士官』以上がなれるものであり、上級兵は『兵卒』という隊長に使われる立場である、と説明されればその異常性が分かるだろう。

 そんな妙な具合だからか、俺の仕事は内務班という俺に与えられた兵士達の面倒を見つつ、連帯感を養うという事だけ。
 数字と戦う忍耐も、作戦を練る頭脳も、全く使う必要のない状況に落ち着いている。

 楽だ。今時の若者風に言うならば、チョロイ。

 一応、仕事はやりがいがあるべきだという考えには賛同する。楽な仕事は達成感という物が薄く、人生がだらけ切ってしまうとさえ考えている。
 だが、望んで難しい仕事をする時というのは、努力で達成可能な状況に持ち込めそうな時だけだ。

 今の俺に輜重科の仕事の一部でも出来るかと言われればノーである。業務を一人前と言われるまでにこなすには一年ほどの準備が必要だろう。
 即ち、逼迫した現状では達成不可能という事だ。

 とは言え、このまま分隊長でくすぶっているのも勿体無い。
 折角素晴らしい肉体を得たのだ。今をしっかりやり過ごした暁には、少しずつやり応えのある仕事を増やしていって、大尉なんて地位を狙ってみるのもいいかも知れない。

「バッジの向きにすらこだわる理由が分からんな」

 襟元に着いたバッジを正すべく姿見を見る。そこには相も変わらずの美少年が居た。
 すらりと長い四肢。耳を隠すくらい長い黒髪、人外一歩手前の綺麗な目。そして出世欲に歪んだ笑み。

 ……これも様にはなっているが、アンバランスだな。

 ドラマでやっていた愁いを帯びた顔を作ってみる。途端に幸薄の美少年が完成した。

 外っ面が良いというのは素晴らしいな。色々な恩恵を受けると言われているのが納得だ。特に婚姻関係は明るいと見ていいだろう。
 後四、五年もすれば、俺は女に困ることがなくなるに違いない。仕事の合間に理想の奥さん探しというのをしてみるのもいいだろう。

「亭主関白は古すぎるか。互いに自立する関係が良いな」

 理想の夫婦像を想像しつつ帽子を被り、他の軍服の点検をする。
 慌てる必要はなかった。一つ一つゆっくり確認するだけの時間は十分にある。

 軍人ならばこういう作業はものの五分もかからないだろう。俺もそう言う風に訓練を受けている。
 一々ベルトから靴まで磨かれているかなど、昨晩やったのだから気にする必要はない。

 が、その上でこうものんびりと点検している理由は、何を隠そうこの基地が堕落しきっているからに他ならない。

 勿論見て分かるほどではない。が、俺を相手に『おや、君が例の軍で一番若い兵士だね』と雑談するくらいには気が緩み切っていた。

 本格的な戦端が開かれていない状態では、こんなものなのだろう。

 更に言えばここは名目的には前線基地を支える基地。最前線から五十キロほど離れている。
 そんな状況では気が緩むのも仕様がない状況だ。

 しかし戦争が本格的になればここも直に騒ぎ出すに違いない。急ぎの仕事の前にはゆっくりと体を休めるに限る。
 今はこの空気を楽しむとしよう。

「では、分隊長としての初任務へ向かうとするか」

 帽子の位置も決定して、準備は万端だ。テントを出て深呼吸をする。
 緩み切った空気の中で行う今日の任務は、俺に与えられた部下達の顔合わせである。




 俺が配属された基地は立派なものではない。
 草原のど真ん中に設営されたテント群のみで出来ている、簡素なものである。

 そんな事態になっている理由は、この一帯が辺境であり利用できそうな設備がないからだろう。
 もしくは、ちらと見た事がある大量の物資の置き場に困り、結果としてこんな辺鄙な草原地帯に立つことになったのかも知れない。

 何にせよこの無駄に広大な基地はもう少し小さくしないと機能的ではないだろう。子供の歩幅で歩くにはいささか時間がかかり過ぎる。

 折角『一つ目』に貰った細くしなやかな足が、威力を発揮する前に棒になりそうだ。

「自転車はないのか? 銃を開発できるなら自転車は容易いだろうに」

 愚痴を言いながら速足で歩き切れば、集合時間五分前に場所に到達する。


 兵卒用の三角テントの前、そこに立たされた五人が、第一輜重分隊だった。

「筈なのだが……」

 目を疑ってしまった。上官に教えられた集合場所を間違えたのだとすら思った。

 脳内で情報を反芻してみるが情報に間違いはない。こいつらが間違いなく俺が管理する分隊だ。
 しかしながら、正直な所、俺はそれを分隊とは言えなかった。

 並んでいる女と男は何やら冗談を言い合い、一人は軍人とは思えないほど体型がだらしなく、もう一人に至っては座って舟を漕いでいる。

 これは分隊とは呼べない。軍人とは思えない。
 そいつらはただの一般市民が軍服を着ているようにしか見えなかった。

 一般市民という点では俺も同じである。しかしながら、仮にも軍人と称されている人間が資本主義国家に生まれた平和主義者と同じでいいわけがない。

 もっと研ぎ澄まされて居るべきだろう。冷徹であるべきだろう。軍人足り得る何かがあるべきだろう。

 しかしながらこいつらは研ぎ澄まされているというよりは、錆びついている。

 話を聞く限り分隊が十ほどあり、北方前線補給中隊という物を作っているらしいが、まさかこんなナマクラが寄り集まっているのだろうか。

 だとすると烏合の衆というレベルではない。言うなれば、敵のいい餌だ。
 早速イライラして、眉間に力が入りかけるのを自覚する。

 が、それを抑える。俺は別に鬼教官になるつもりはない。
 俺が命じられた任務は面倒を見て、連帯感を高める。こいつらの研ぎ直しではない。

 そもそも俺は、こいつらの上司という立ち位置ではあるが、きっと軍の経験は向こうの方が上なのだ。
 教えることは無い。ひたすら良好な関係を築き、互いに支え合う仲になるべきである。

 眉間に意識を向けつつ、俺は柔らかな笑顔を心掛け、挨拶をする。

「おはよう。諸君」

「?」

 反応が薄いな。まあ、それもそうか。

 鏡で見た通り、俺は十何歳になろう子供だ。そして『一つ目』が思う『良い顔』なのか、面立ちも誰にも好かれるような中性的なものである。
 言ってしまえば、紅顔の美少年が軍服を着て挨拶しているのだ。反応できないのもうなずける。


 ……とでも言うと思ったかこの社会不適合者共め。


 こいつらがここに居るという事は第一輜重分隊隊長が来ると通知されている筈だ。
 その上、俺の軍服には上級兵の証である『一本線の入った鷹』のバッジも燦然と輝いている。
 何よりこんな子供が偉そうに、『おはよう。諸君』などと言っているのだ。

 疑問に思い、分隊長かな、とちらとでも考えるのが普通だろう。

 これほど分かりやすいシグナルを送っているの察せられないとはこいつらは何をやっているのだろうか。こいつらそれでも軍人か。
 そもそも、相手がどれだけ上の人間かを測るのは、社会人として必須スキルだ。幼稚園から出直してこい。

 いや、そんな事よりも、一番最初に突っ込むべき事を言おう。
 挨拶しているのだからどんな形であれ挨拶を返せ。軍人でなくてもそれはやるだろう。社会人として、いやごく当たり前の一般人として当然である。   

「初めまして。私がサキ・マッカイだ。聞いているだろうがお前達の上官である」

 内心の苛立ちを抑えつつ、必死に抑えつつ、名乗る。
 親が居ないと言った際に孤児だと勘違いされた挙句、シャーロット指揮官に貰った名前だ。

 普通名前を貰うというのは、ご利益とかゲンを担ぐものであるが、あいつに貰うと厄が付いて回りそうで辞退したかったが、書類上そうなってしまったので仕方がなかった。

 そんなありがた迷惑な名前に対して、返ってきた反応はこうだった。

「えーと、ここは子供の遊び場じゃないんだよ?」

「迷子か? 仕方ねえな。バッカスさん呼ぶか」

「もう大丈夫だよ。俺達がお母さんを探してあげるよ」

「ふあああっ。何かあったんスか」

「……」

 まさしく災厄だった。眉間がビキリと鳴り、とても深いしわが寄ったのを自覚した。

 もういい。信じられないのは、納得し難いが飲み込んでやる。そして子供扱いも仕方ないと諦める。そして眉間に寄ってしまったシワもこの際、放置しておこう。
 そのあらゆる事象を諦めて、その総力でもって冷静になりつつ、冷静であろうとしつつ、きちんと説明をする。

「確かに俺は子供である。が、きちんと練兵過程を通過した上級兵であり、分隊長の任をここの指揮官から拝命している。私語を慎め」

 柔和な笑顔をかなぐり捨て、直立不動で言い放つ。
 しっかりと威厳を示した行為だ。流石にこれで通じるだろう。いや通じてくれ。でないと流石に、キレる。

 なんて考えていたのが所謂フラグだったのか、奴らはまだまだ怒涛の攻めを見せてきた。

「えっと、そうですか」

「…………」

 そう、ですか……だと。
 挨拶をした上司が、きちんと身分を明かした上で私語を慎め命じたのに、そうですかと返すのか。

 未だ信じられないとしても、その反応はそれは有り得ない。信じられないならもっと上の人間に確認を取るか何かするだろうに。

 軍人としてそれが当然だろうに。

 このこみ上げる感情は怒りではない。呆れだ。
 初めて新人研修を任されて、新入社員が仕事中にスマホを弄り出した時に感じた感情だ。  

「ああ、そうか」

 ここに来て、やっと俺は得心した。得心して、笑ってしまった。
 いやいや、成程。これが内務班班長の初仕事らしい。そしてこういう事を積み重ねて、これを立派な輜重部隊に仕立て上げるのが俺の仕事らしい。

「上官とあった時もしくはすれ違った時、先ず行うのが敬礼だ。そして命令には了解と返せ」

 全く骨が折れる。イライラしてくる。幻覚の中でも新人研修紛いの事をさせられるのか。

「先ずは実力を試させてもらおうか。有象無象」

 俺は契約に基づいた給料分しか働く気はないぞ。





 実力テストの末、俺は地面に這いずる五つの軍人未満を見下すことになっていた。
 第一印象の通り、俺の部下はおおよそ兵士とは思えない存在だったからだ。

 先ず、短髪で茶髪の男、バリー。
 待機中に惰眠を貪り、上官が来ても二度寝を決め込んだこの青年は、まるで猫の様に自由奔放だった。

 この中では一番体力があるが、本当に自由気ままだった。
 ライフルの射撃をさせようと、銃を持たせ、撃てと命じると

「……あっ。そう言えばこの出っぱりってなんすか?」

 と言って来て、俺を呆気にさせるくらいは自由なのだから。
 先ずは命令を聞け、と思いつつ、照準器だと答えてやり、また撃てと指示を出す。

「……そう言えば何で子供が命令してるんすか?」

 小銃を抱えたままのスクワットを命じてテストを終わらせた。


 次はボブカットなる髪型をした女、アガサだ。
 事あるごとに親とやらに俺を返そうとした彼女は、人は良さそうで他の人間よりも筋肉はあった。
 バリーよりもずっと常識人でやっと上官だと理解した俺にしっかりと敬礼する程だった。

 が、問題行動が一つ。

「ひゃっはああああああ!!」

 銃を撃てと命じたら、的が粉々になるまでぶっ放しやがった。
 勿論そこまでやれとは命じていない。的に命中させろと言っただけだ。だというのにこいつは俺から弾倉を奪い、更に追加でぶっ放す。

 結局彼女が止まったのは弾倉が全て使いつくされた時であった。

「ああ、このために生きているっ」

 目を爛々と輝かせながらそう言った彼女は、狂気的でいささか近寄りがたかった。当然、こいつもスクワットを命じた。

 ここまでくればこの軍団の質というのが分かって来るものである。

 ジャンは背中に垂らした三つ編みを斬れという命令に従わない上、命じた俺に対してストライキを起こす。バッドはそもそも動ける体型ではなく、そして銃声が怖くて銃が撃てない。

 総評して、ここまで散々という台詞が似合う分隊は居なかった。

 思い返して見て、眉間にしわが寄るのを自覚した。

 何なんだこの様。何なんだこの体たらく。

 これが俺の部下という事は、俺はこいつらに命を預けなければならないという事である。この一本の糸くずに全体重をかけろと言っているのだ。

 馬鹿にするな。補給部隊が一番狙われやすい部隊の一つだというのに。俺が『一つ目』に強化されたことを差し引いても、弱すぎる。

 テント横でゼイゼイと倒れる五人を見下ろしていると、更に頭に血が上っていくのを感じる。
 俺が、感情をしっかりと抑えられる大人でなかったらふざけるなと大暴れしていただろう。

「……成程」

 そうして、頭に血が上ったお陰か、やっと思い至った。
 盲点だった。分隊だと言われ続けていたから気付けなかったのだ。
 最初の第一印象をそのまま引き継いでいれば、こんな無駄なことをせずに済んだのだ。

 こいつらは、軍人ではない。ただの一般市民なのだ、と。

 恐らく俺と同時期に徴兵され、そしてトラックと馬の扱いを学んでいた一般人に違いない。
 徴兵され、訓練もままならないまま、ここに連れてこられたのだ。

「おい、お前」

 息を荒げて、倒れるバッドに確認を取ってみる。

「は、はい」

「今まで受けた訓練は?」

「トラック操縦で、す」 

 その答えに俺の推測は確定した。そして怒りの矛先が、軍隊へ変わるのを感じる。

 拳銃すら扱えない人間の集まりを、分隊と称するか。あれに輜重兵という軍役を任せる気なのか。
 最初から嫌な予感はしていたが、ここまでなのか。

「はっ。笑えてくるな」

 少し考えてみよう。
 あんな無理やりな徴兵を行い、俺をほいほい上級兵まで昇格させ、新兵の鍛錬という軍曹級の仕事を要求し、その上で新兵未満を軍とするその理由を。

 我が軍は余程の人材不足なのか。それとも特殊な戦略を展開し、敢えてこういう状況にしているのか。もしくは輜重兵は捨て駒なのか。
 もっとも有り得そうなのは、上層部は馬鹿である、という単純な理由かもしれない。

「……が、駄目だな。真意が見えない」

 まだまだ新米である俺の所に情報は来ない。敵がどれだけ居て自軍がどれだけ待機しているかすら知らされていない。
 だが、こんな状態で何とかなるわけがない。何とかなるわけない状況を、何とかしなければならない。それだけは分かっていた。

 息を吐き落ち着きを取り戻して、更に胸ポケットに入れた大事な紙片を思い出す。

 そこには様々な数字が統合され膨れ上がった末に生まれた巨大な数字、五十万が書かれている。
 これはオートミール一食四十、ごった煮のスープ一食五十と考えれば、どれだけの重みか理解できた。

「いいだろう。この給与明細が示す金銭分、俺の全知識を持って貴様らを鍛え上げてやる。訓練兵」

 給料五十万。一ヵ月の訓練生活から得た知識でもって、しっかりと働いて見せよう。
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