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歪んだ文字列

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 ヘルシャフト別邸に戻って来た私は、部屋で荷物を取りに戻る為に途中別れたケルドを待っていた。

メイドのクラリスがお茶を用意してくれて、一気に飲み干してからやっと人心地ついた。
思った以上に緊張していたのかもしれない。

「お友達が行方知れずになったのですもの。お辛いですね、ドゥーラ様」

クラリスはお茶の差し換えを継ぎながら、声をかけてきた。

 ファザーンは、医師の家の標本の裏に書かれていた文字列の写しを見て考え込んでいた。

 あの文字列……。父の親友だったクラルおじさんが持っていた書き付けに似ている。
一体なんの意味があるんだろう。

「ヘルシャフトに頼んでいた液体の分析はまだできないのかな」

文字の写しから視線を外し、ファザーンは、クラリスに声をかける。

「本宅からはまだ連絡が来ていませんね。慎重に調べているのではないでしょうか」

 小首をかしげてクラリスは返答する。

「しかし、この館の主は姿を表す気があるのですかね。彼の方がそっち方面に詳しそうなのに」

ファザーンは、口元をほころばせる。笑顔に見えるのだが、なんか目が笑っていない気がする。

「ファザーンさん、クラーヴィオさんに会ったことあるんですか?」

 深刻そうな話をぶった切ってしまったけれど、それよりも私の好奇心が抑えられなかった。
王都に来て、何から何までお世話になっているのに、未だに出会えないでいる多忙な主が
どんな人なのか知りたいと思っていた。

 館の人に聞いたとしても、雇い主の事を率直に話てくれないだろうな、と思って今まで
我慢していたが、ファザーンなら、率直に教えてくれそうな気がした。

「え、ドゥーラ……会ってないの? クラーヴィオに」

 ファザーンが少し驚いていた。そりゃそうだろうと思う。王都にやってきてひと月以上
になるのにお世話になっている人に会うことすらできていないのは異常なことだと思う。

「お忙しいんだそうでまだお目にかかってお礼を伝えられていないんですよ」

すると、何か考え込んだファザーンは少しの沈黙の後に私に告げた。

「他人から評価を聞くことも大切だとは思うけど、まずは彼本人と言葉を交わして、
自分の中での評価がある程度固まってから、他人の話を聞くといいよ」

 そう言って、ニッコリと微笑んだ。

その時、部屋のドアがノックされ、ケルドを伴って執事がやって来た。

「持ってきたよ!これ」

 ケルドはカバンの中からヨレヨレになった紙を差し出した。
あの洞窟で手に入れたクラルおじさんの持っていた書き付けだった。

 2枚の文字列を見比べてみる。
全く同じ文字というわけでなく、共通しているものは有るが違うものだった。

「何らかの暗号解読用の早見表と思ったんですがね」
ますますわからなくなっていた時に、クラリスがひょいと覗き込んだ。

 その時、あら?と一言漏らした。

「縦軸に書かれているのは、薬草の略字じゃないでしょうか」

みんな一斉にクラリスに視線を集める。

「あ、ごめんなさい、皆さんで考えているのに余計なことを……」

 少し恥ずかしそうにクラリスは言うが、すごいヒントなのでは?!

「クラリスさん、率直な意見を教えて欲しいんです!お願いします」

私は、クラリスにお願いして、率直な感想を言ってもらうことにした。

 この縦軸が、薬草の略字、横軸がその配合の割合を書いた物で、交差するところに
さらに別の文字が書かれているのは別の薬草を配合するという配合表なのだろうと。

 確かに、縦軸の略字は薬草の略字に見えなくもない。

試しに、交差するところの薬草を計算してみると、毒性が強調される配合になる。

単に害がないように見えるものでも、混ぜると危険なものは多々有り、それをこの一覧表は
綺麗に洗い出している。

「クラリスさん!!すごい!!!」

思わず私はクラリスに抱きついた。

「ええっと、お役に立てたのでしたら嬉しいです……」

率直な賛辞にクラリスは顔を真っ赤に染めてはにかんだ。

 近所のおばさんの証言で、あの医師のところにはよくユーラーティ神官が
出入りしていたとあった。

「ちょっと危険ですが探りに行きましょうか」

やはり、謎はユーラーティ神殿に濃厚に関わっているようだった。
少し緊張するが行くしかない。

 今日は遅いので明日、出かけることにした。

 
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