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毒師の罪
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私とファザーン、そしてクラーヴィオは、ユーラーティ神殿を迂回して
走っていた。木々に身を隠して進めば、あの北の屋敷にたどり着けると
踏んで、地理に詳しいクラーヴィオがルートを選んでくれた。
「その毒物を生成したという老人に一度お目にかかってみたいのでね」
静かな怒りを滲ませたクラーヴィオが、同行を申し出て、時間もないことだしと
急ぎ出発することになった。
初夏とはいえ、夕暮れの森の中は薄暗いが、一度通った道だったので何とか
人には見つからずにたどり着くことができた。
相変わらず人気ひとけがない。ここは警備の手が薄いのだろう。
というか、あの気難しい老人が警備を拒んでいるかのどちらか。
どちらにしても好都合だった。中に入るのには警備の人間がいては厄介だから。
一度中を探索しているので大雑把には中の様子は把握しているし、
ナバート師のいる部屋は一階なので何とか忍び込めるだろう。
中の様子に耳をそばだてて音がしないことを確認して扉の取っ手に
手をかける。 驚くほどあっけなく開く扉。
そっと足音を殺して忍び込む。目指すナバート師の部屋は階段の下あたり。
私が先頭になり、ファザーンが続き、後ろを警戒しながらクラーヴィオが続く。
ナバール師の部屋の前に来て、中から異様な音がする。
大量の書物が床に落ちる音、そして、大量の陶器が壊れるような甲高い音。
ひとりではないだろう慌ただしい物音。そして怒号が響いた。
「 もうろくジジイはそろそろこの世からお引き取りいただこうか 」
嘲笑を含んだような下衆な声が聞こえる。
「ナバート師が危ない!!」
私は、ドアを勢いよく開けた。
中には見たことのある風貌の男がふたり。 あのアダラの手下だ。
「 これはこれは。逃げ出した薬師が舞い戻りましたか!!実に好都合」
下卑た表情で私を舌なめずりするように頭から足の先までなめまわすように見る男。
「 嬢ちゃん!!なぜ戻ってきたのじゃ!!!逃げろ!!」
自分の危機にもかかわらず、私の心配をする老師。
片方の男はナバート師を拘束し、リーダー格の男が短い剣でナバート師の首を
あと少し刃を進めれば首を掻き切ることができるところで寸止めしていた。
「 ナバート師を離しなさい!! 」
私の声に男は高笑いをした。
「お嬢ちゃん順番だよ、ジジイを殺したら、お前を連れて帰ってあげるからね」
猫なで声で私に声をかける男は、その言葉を言い終える前に崩れ落ちた。
「 ドゥーラに失礼なことをいう口はふさぎましょうね」
いつの間にか私の右横に来ていたクラーヴィオが、指ほどの大きさの柄のない
ナイフを指の間に挟んでもてあそびながら静かな怒りを発していた。
声は優しげなのに、醸し出す雰囲気はえもいえぬ恐ろしさがある。
崩れ落ちた男の喉に小型のナイフが突き立っていた。
「心配しないでくださいね、声を出せないようにしただけですから」
私を安心させるかのように微笑んで、殺してませんから、と追加した。
そして、ナバート師を拘束している男はリーダー格の男を瞬殺されて
声も出ないほど驚く。
「 君、抵抗は無駄と知りなさい。うっかり相棒の喉を使えなくしてしまったので、
いろいろとお聞きしたいことがあるので、一緒に来てもらいますから」
クラーヴィオの声は優しく語りかけているようで、ものすごい威圧感がある。
「そこの君。こちらにいろいろと情報を提供するほうが長生きできますよ」
後ろから、ファザーンも微笑を浮かべながら声をかけているが、底知れないものがある。
「 な、なんだと」
虚勢を張っているが、声が震えている。
「君の主人はもうすぐ失脚するよ。巻き添え食って罪人として生涯を終えるかい?」
ファザーンの微笑みは強烈だ。何もかも知っているぞ、とほのめかすように聞こえる。
「 アダラ様が失脚するなんてありえない!アダラ様にはあの方がついているのだ!」
「 ……そのあの方とやらが風前の灯火なんだよ」
狼狽する男に嫣然と微笑むファザーンの迫力は半端ない。もう勝敗は決したことは
明白だった。
「ナバートさん、大丈夫?」
私は、ファザーンとクラーヴィオがにらみを利かせてくれて男たちが動けないのを見て
老師に近づいた。 老師は、複雑な顔をして私を見つめた。
「なぜ助けたんじゃ……お前さんが危なかったのに。こんな老いぼれのことなど……」
乾いた音があたりに響いた。
私は思わずファザーンとクラーヴィオがぎょっとした顔でこちらを向く。
私自身驚いた。思わず老師の頬を叩いた手を見つめた。
「ごめんなさい 」
人のことを叩いてしまった事がなくて呆然としてしまった。
その様子を察して、クラーヴィオが言葉を続けてくれた。
「この子は、母親を毒で殺され、父親もユーラーティに奪われてしまったんです。
大切なものを幼い頃にすべて奪われたのです。命を投げ出すような言葉は慎んでください」
その言葉に、ナバート師は驚愕の表情を浮かべた。
「……ナバートさん、時間がないの。サラエリーナに使われた薬のこと教えてください」
「お前さん……そうか……わかった。知っていることはすべて話そう」
そして、ナバート師は語り始めた。
走っていた。木々に身を隠して進めば、あの北の屋敷にたどり着けると
踏んで、地理に詳しいクラーヴィオがルートを選んでくれた。
「その毒物を生成したという老人に一度お目にかかってみたいのでね」
静かな怒りを滲ませたクラーヴィオが、同行を申し出て、時間もないことだしと
急ぎ出発することになった。
初夏とはいえ、夕暮れの森の中は薄暗いが、一度通った道だったので何とか
人には見つからずにたどり着くことができた。
相変わらず人気ひとけがない。ここは警備の手が薄いのだろう。
というか、あの気難しい老人が警備を拒んでいるかのどちらか。
どちらにしても好都合だった。中に入るのには警備の人間がいては厄介だから。
一度中を探索しているので大雑把には中の様子は把握しているし、
ナバート師のいる部屋は一階なので何とか忍び込めるだろう。
中の様子に耳をそばだてて音がしないことを確認して扉の取っ手に
手をかける。 驚くほどあっけなく開く扉。
そっと足音を殺して忍び込む。目指すナバート師の部屋は階段の下あたり。
私が先頭になり、ファザーンが続き、後ろを警戒しながらクラーヴィオが続く。
ナバール師の部屋の前に来て、中から異様な音がする。
大量の書物が床に落ちる音、そして、大量の陶器が壊れるような甲高い音。
ひとりではないだろう慌ただしい物音。そして怒号が響いた。
「 もうろくジジイはそろそろこの世からお引き取りいただこうか 」
嘲笑を含んだような下衆な声が聞こえる。
「ナバート師が危ない!!」
私は、ドアを勢いよく開けた。
中には見たことのある風貌の男がふたり。 あのアダラの手下だ。
「 これはこれは。逃げ出した薬師が舞い戻りましたか!!実に好都合」
下卑た表情で私を舌なめずりするように頭から足の先までなめまわすように見る男。
「 嬢ちゃん!!なぜ戻ってきたのじゃ!!!逃げろ!!」
自分の危機にもかかわらず、私の心配をする老師。
片方の男はナバート師を拘束し、リーダー格の男が短い剣でナバート師の首を
あと少し刃を進めれば首を掻き切ることができるところで寸止めしていた。
「 ナバート師を離しなさい!! 」
私の声に男は高笑いをした。
「お嬢ちゃん順番だよ、ジジイを殺したら、お前を連れて帰ってあげるからね」
猫なで声で私に声をかける男は、その言葉を言い終える前に崩れ落ちた。
「 ドゥーラに失礼なことをいう口はふさぎましょうね」
いつの間にか私の右横に来ていたクラーヴィオが、指ほどの大きさの柄のない
ナイフを指の間に挟んでもてあそびながら静かな怒りを発していた。
声は優しげなのに、醸し出す雰囲気はえもいえぬ恐ろしさがある。
崩れ落ちた男の喉に小型のナイフが突き立っていた。
「心配しないでくださいね、声を出せないようにしただけですから」
私を安心させるかのように微笑んで、殺してませんから、と追加した。
そして、ナバート師を拘束している男はリーダー格の男を瞬殺されて
声も出ないほど驚く。
「 君、抵抗は無駄と知りなさい。うっかり相棒の喉を使えなくしてしまったので、
いろいろとお聞きしたいことがあるので、一緒に来てもらいますから」
クラーヴィオの声は優しく語りかけているようで、ものすごい威圧感がある。
「そこの君。こちらにいろいろと情報を提供するほうが長生きできますよ」
後ろから、ファザーンも微笑を浮かべながら声をかけているが、底知れないものがある。
「 な、なんだと」
虚勢を張っているが、声が震えている。
「君の主人はもうすぐ失脚するよ。巻き添え食って罪人として生涯を終えるかい?」
ファザーンの微笑みは強烈だ。何もかも知っているぞ、とほのめかすように聞こえる。
「 アダラ様が失脚するなんてありえない!アダラ様にはあの方がついているのだ!」
「 ……そのあの方とやらが風前の灯火なんだよ」
狼狽する男に嫣然と微笑むファザーンの迫力は半端ない。もう勝敗は決したことは
明白だった。
「ナバートさん、大丈夫?」
私は、ファザーンとクラーヴィオがにらみを利かせてくれて男たちが動けないのを見て
老師に近づいた。 老師は、複雑な顔をして私を見つめた。
「なぜ助けたんじゃ……お前さんが危なかったのに。こんな老いぼれのことなど……」
乾いた音があたりに響いた。
私は思わずファザーンとクラーヴィオがぎょっとした顔でこちらを向く。
私自身驚いた。思わず老師の頬を叩いた手を見つめた。
「ごめんなさい 」
人のことを叩いてしまった事がなくて呆然としてしまった。
その様子を察して、クラーヴィオが言葉を続けてくれた。
「この子は、母親を毒で殺され、父親もユーラーティに奪われてしまったんです。
大切なものを幼い頃にすべて奪われたのです。命を投げ出すような言葉は慎んでください」
その言葉に、ナバート師は驚愕の表情を浮かべた。
「……ナバートさん、時間がないの。サラエリーナに使われた薬のこと教えてください」
「お前さん……そうか……わかった。知っていることはすべて話そう」
そして、ナバート師は語り始めた。
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