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罪の鎖
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意を決したように、ナバート・ダスカロス老師は語り始めた。
「前にも話をしたが、奴が研究室にやってきた。変わり者の薬草研究者の噂を聞きつけてな」
そういうと、懐かしそうに目を閉じた。
その時のわしは、研究費はおろか、食べるにも困っている状態じゃった。
人間、少々の餓えには耐えられるが、長期間ともなると緩やかに心を病んでいく。
そんな時に現れた援助の申し出に、研究が続けられる喜びと同等にもう食うのに
困らない、腹いっぱい飯が食えると感涙したのだ。あさましいことじゃ。
そんな言葉に、胸が締め付けられる思いがしてなにも言い出せなかった。
研究費を援助してもらう代わりに、わしの研究している毒をいくつか持って行った。
わしが持っていても金にならんのじゃ。奴は、同時にこの毒の解毒剤を作るように
言ってきた。研究費を増額すると甘い餌をぶら下げてな。
その言葉こそが毒じゃったのに気が付いたのは、ずいぶん後じゃったが、研究さえ
成果が出れば手を切ればいいと思っておったのじゃ。
澱よどみなく話すどこか取りつかれたような老師の姿に私は背筋に寒いものが走る。
その毒と解毒剤を使って、国一番の名医として貴族や豪商に主治医として招かれる
押しも押されもせん存在になった。その頃位からか、古い書付を持って来て言ったのじゃ。
「自分の先祖が開発したのに、今はその技術が失われた薬品の製法を記したものだ」とな。
老師は、そこまで言うと、大きくため息を漏らした。
「まさか、その先祖が開発した薬っていうのが、昔の王が封印を命じた幻の薬……?」
思わず私は口をはさんだ。しかし、その言葉を肯定するかのように、老師はうなづいた。
「そうじゃ。わしが、蘇えらせてしまったのじゃ。しかも、解毒することができん」
「どんな効果があるんですか? 解毒でなくても中和させることはできないの?」
「解毒や中和をする方法を研究する前に、封印されておるから、資料が存在せん」
解毒剤や中和剤が存在しない薬を、あんな幼い子に使ったの?
私は、あまりのことに呆然としてしまった。
「あの薬はな、成分と掛け合わせる調合からして、人の心を操る薬のようじゃ」
人を操る……?そんなのを作ってどうするんだろう?
「人の心を操ってなんになるの?」
疑問を口にすると、以外にもファザーンが答えをくれた。
「悪い大人が使えば、いろいろと使い道はあるんですよ、ドゥーラ」
ファザーンは、苦々しい表情で、その薬を使う場面を口にした。
人の心を操る、ということは自我を失わせ、屈服させるということ。
その人間の命令しか聞けなくなるとどうなるか。
その人間の為に人を傷つけたり殺したりにためらいを持たずに実行できるということ。
つまりは感情を持たない殺戮の人形を生み出すことになるということだ。
近隣諸国を攻めほろばして領土は拡大するだろう。しかし、そんな圧倒的な暴力で
急激に拡大した国はやがて衰退する。
時の王はそれを察したのか、その薬を封印する決意を固めた。
「あやつが、医師としての信用を築き、潤沢な資金を調達出来るようになって
その書付を持ってきたとき、そんな大それたことを考えているなぞ思わなかったのじゃ」
老師は拳を握りしめた。
「奴は、嘆きの谷の底に祭壇を作っておる。そこで5日後に儀式を行う為に巫女を
移動させるじゃろう。しかし、今は巫女を動かせないはずじゃ」
巫女というのはサラエリーナのことなのだろう。
「禁断の薬を使って今、中途半端な状態になっている巫女を混乱させてしまうと、自我が
崩壊して、生きる屍になって二度と救い出すこともできない。一度壊れた心は
誰であろうとも治すことは容易ではないじゃろう」
その老師の言葉に、ガルディアの言った言葉がよみがえる。
《サラエリーナは必ず連れ戻す。ただ、今はまだ機が熟してねえ。もう少し待ってくれ》
ガルディアは薬のことを正確に知っていたのだ。だからこそ連れ出せないことも承知して
助ける事ができる時まで機をうかがっていたのか。
「ケルドも戻ってきているでしょうし、いったん屋敷へ戻りましょうか」
この者たちも騎士団に預けてこないといけない事だし、とクラーヴィオもにらみを利かせる。
「あ、君たち、騎士団の牢に預けるから逃げ出せると思わないでくださいね」
君たちの牢には、私の言葉をよく聞いてくれる人たちに守ってもらいますから。特別ですよ
そう、どす黒い笑顔をたたえたファザーンがそう、男達に告げる。
声を出せない男も、その子分のような男も、震えあがるほどの迫力があった。
サラエリーナを救い出しても、やるべきことがたくさんあるようだ。
恐ろしい陰謀の中に囚われた、大切な友達を救う為、私は決意を新たにした。
「前にも話をしたが、奴が研究室にやってきた。変わり者の薬草研究者の噂を聞きつけてな」
そういうと、懐かしそうに目を閉じた。
その時のわしは、研究費はおろか、食べるにも困っている状態じゃった。
人間、少々の餓えには耐えられるが、長期間ともなると緩やかに心を病んでいく。
そんな時に現れた援助の申し出に、研究が続けられる喜びと同等にもう食うのに
困らない、腹いっぱい飯が食えると感涙したのだ。あさましいことじゃ。
そんな言葉に、胸が締め付けられる思いがしてなにも言い出せなかった。
研究費を援助してもらう代わりに、わしの研究している毒をいくつか持って行った。
わしが持っていても金にならんのじゃ。奴は、同時にこの毒の解毒剤を作るように
言ってきた。研究費を増額すると甘い餌をぶら下げてな。
その言葉こそが毒じゃったのに気が付いたのは、ずいぶん後じゃったが、研究さえ
成果が出れば手を切ればいいと思っておったのじゃ。
澱よどみなく話すどこか取りつかれたような老師の姿に私は背筋に寒いものが走る。
その毒と解毒剤を使って、国一番の名医として貴族や豪商に主治医として招かれる
押しも押されもせん存在になった。その頃位からか、古い書付を持って来て言ったのじゃ。
「自分の先祖が開発したのに、今はその技術が失われた薬品の製法を記したものだ」とな。
老師は、そこまで言うと、大きくため息を漏らした。
「まさか、その先祖が開発した薬っていうのが、昔の王が封印を命じた幻の薬……?」
思わず私は口をはさんだ。しかし、その言葉を肯定するかのように、老師はうなづいた。
「そうじゃ。わしが、蘇えらせてしまったのじゃ。しかも、解毒することができん」
「どんな効果があるんですか? 解毒でなくても中和させることはできないの?」
「解毒や中和をする方法を研究する前に、封印されておるから、資料が存在せん」
解毒剤や中和剤が存在しない薬を、あんな幼い子に使ったの?
私は、あまりのことに呆然としてしまった。
「あの薬はな、成分と掛け合わせる調合からして、人の心を操る薬のようじゃ」
人を操る……?そんなのを作ってどうするんだろう?
「人の心を操ってなんになるの?」
疑問を口にすると、以外にもファザーンが答えをくれた。
「悪い大人が使えば、いろいろと使い道はあるんですよ、ドゥーラ」
ファザーンは、苦々しい表情で、その薬を使う場面を口にした。
人の心を操る、ということは自我を失わせ、屈服させるということ。
その人間の命令しか聞けなくなるとどうなるか。
その人間の為に人を傷つけたり殺したりにためらいを持たずに実行できるということ。
つまりは感情を持たない殺戮の人形を生み出すことになるということだ。
近隣諸国を攻めほろばして領土は拡大するだろう。しかし、そんな圧倒的な暴力で
急激に拡大した国はやがて衰退する。
時の王はそれを察したのか、その薬を封印する決意を固めた。
「あやつが、医師としての信用を築き、潤沢な資金を調達出来るようになって
その書付を持ってきたとき、そんな大それたことを考えているなぞ思わなかったのじゃ」
老師は拳を握りしめた。
「奴は、嘆きの谷の底に祭壇を作っておる。そこで5日後に儀式を行う為に巫女を
移動させるじゃろう。しかし、今は巫女を動かせないはずじゃ」
巫女というのはサラエリーナのことなのだろう。
「禁断の薬を使って今、中途半端な状態になっている巫女を混乱させてしまうと、自我が
崩壊して、生きる屍になって二度と救い出すこともできない。一度壊れた心は
誰であろうとも治すことは容易ではないじゃろう」
その老師の言葉に、ガルディアの言った言葉がよみがえる。
《サラエリーナは必ず連れ戻す。ただ、今はまだ機が熟してねえ。もう少し待ってくれ》
ガルディアは薬のことを正確に知っていたのだ。だからこそ連れ出せないことも承知して
助ける事ができる時まで機をうかがっていたのか。
「ケルドも戻ってきているでしょうし、いったん屋敷へ戻りましょうか」
この者たちも騎士団に預けてこないといけない事だし、とクラーヴィオもにらみを利かせる。
「あ、君たち、騎士団の牢に預けるから逃げ出せると思わないでくださいね」
君たちの牢には、私の言葉をよく聞いてくれる人たちに守ってもらいますから。特別ですよ
そう、どす黒い笑顔をたたえたファザーンがそう、男達に告げる。
声を出せない男も、その子分のような男も、震えあがるほどの迫力があった。
サラエリーナを救い出しても、やるべきことがたくさんあるようだ。
恐ろしい陰謀の中に囚われた、大切な友達を救う為、私は決意を新たにした。
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