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まどろみの中で

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 …………薄白い意識の中で、少女は夢を見ていた。

春。

屋敷の庭に咲き誇る花々は、母が手ずから整えてくれた美しい庭だ。

光の庭、と巷ちまたで評判の美しい庭。

貴族にとって庭とは社交の場ともいえる。

美しい庭を持ち、かつ維持できているということは、

高い財力の証明になるのだそうだ。

母は変わり者で、普段ならば庭師に指示を与えるだけでよいはずなのに

その白い手を土で汚しながら、季節の花々を植え替えたり忙しい毎日を

過ごしている。

色とりどりに咲きこぼれる花々に、蝶がひらひらと舞い踊っている。

太陽の日差しは降り注ぎ、まるでおとぎ話の挿絵のように見える。

笑顔の母。笑顔のはずの母。太陽の光が遮って、その笑顔のはずの顔は暗くかげっている。

でも笑顔なのがなぜかわかる。声がほほ笑んでいるように私に話しかけるから。

「サラエリーナ、かわいい私の娘……」

突然黒い靄のようなものが母を包み、母も庭も嵐に包まれる。

音もなく暗闇に飲み込まれ、そして、屋敷も、私の部屋も何もかも暗闇に包まれている。

私が立っていた床ですら何もない漆黒の空間にふわりと浮いている。

地面を這うかのような声が私の頭の中に直に声が響く。

《 人間は奪っていくぞ。お前から大切なものを何もかもな……》

体中を這いずるようにまとわりつく不安。

不意に目の前に父が現れる。

お父様!!!と叫ぼうとするが声にならない。

声が、出ない!!お父様、助けて!!!

しかし父も苦悶の表情を浮かべて闇に融ける。

いやぁああああああ

手を差し伸べるが自分の手も、指先から緩やかに闇に融けていく。

《 我に身をゆだねよ。お前は私とひとつとなるのだ。そうすれば誰もお前から奪えない》

おぞましい声と闇。この声のいうことを聞いてはいけない。

いやだ、怖い……助けて……誰か……怖いよぉおおお


☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・


静寂に包まれた石造りの部屋の中に、寝台に横たえられた少女は悪夢にうなされている。

その様子を冷めた目で見ている男。名をザーコボル・グラーティ。

王国で今や一番の医師として地位と名声を得た男だ。

ナバートから毒と解毒薬を手に入れ、それを元に医師としての今の地位を確立した。

ユーラーティ神殿の幹部のほとんどが彼に賛同し、賛同しないものはこの世から

姿を消している。ユーラーティは六柱の神の中では首座の位置を占める。

国の政まつりごとをつかさどる大臣たちの中にもユーラーティの影響は及ぶ。

ゆえに、自分の利を追及する聡さとい物は、次代の頂点に立つ者の力を見極めて

協力を惜しまない。ゆえに、国の大半なことは何とか意のままに操ることができるようになり

つまらなく感じていたところだ。こんな王国ひとつ操った程度、足りない。

私の餓えは癒すことができない。

大いなる力で世界を私の足元にひれ伏させるのだ。

その為に、半生を費やしてきたのだ。誰にも邪魔はさせない……

うなされて、苦しがっている少女。

自分の野心を満たすためにこの少女に犠牲になってもらおうか。

私が愛し、護っていたというのに、あの男に横から奪われてしまった。

彼女を見初め、その財力で彼女を奪っていった。

彼女も、あれだけ私が愛していたというのに、手のひらを返したように

資産家のあの男の金に目がくらみ、私を顧みることもなかったあの女の、子供。

そして美しい彼女を奪い去った汚らわしい男の血を引いた忌まわしい子供。

憎むべきふたりの愛する子供が私の野望の力になるのだ。

こんなに愉快な事もない。ほの昏い笑みをたたえた男ザーコボル。

すべては、家の蔵の中から探し当てた先祖の書物がきっかけだった。

ほこりにまみれ、決して入ってはいけないといわれていた蔵の奥の扉。

扉のカギはほんの少しの力でもろくも崩れ去り、漆黒の闇が顔をのぞかせる。

すべてを失った青年は、ほこりにまみれながら、伸びた漆黒の通路を進む。

そして、丁寧に封印の施された一冊の書物を見つけ出す。

封印を解き、ほこりが舞い上がる。

その中に挟まれた一枚の書付が舞い落ちた。

《 渾身の力で作り上げた薬の製法を後に残るわが子孫に残す。勇気あるものよ、

 わが執念の薬をよみがえらせ、その力を世界に示すのだ!! 》

材料と、調合、そして効能を食い入るほどに読み込んだザーコボルは、すでに

何かに取りつかれてしまったのかもしれない。

その効能は、自分の野望の実現にはうってつけのものだったから。

しかし、彼はその薬を生成することができなかった。

自分が生成できないのであればできる人間を探せばいいではないか。

彼は、死に物狂いで探した。薬を調合できる人間、かつ自分を裏切らず、余計な詮索もしない

都合のいい人間を。……そして、見つけた。



柄にもなく過去を思い出し、苦笑する。そして、苦しむ少女を見つめる。

少女の中に、かつて愛した女性の面影を無意識に探しながら

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