薬草師ドゥーラ・スノーの冒険日記

津崎鈴子

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ケルドの異変

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 ユーラーティ北の屋敷から、アダラの手下を運び出して騎士団直轄の牢のある塔に来ていた。

男を軽々と抱えているように見えるクラーヴィオも、ファザーンもすごいと思った。

やっぱり男性は力が強いのね。そう感心していると

私の後ろから何故かこっそり(にしてはバレバレだけど)ナバート老もついて来ていた。

城の外れの寂れた場所にひっそりと建つ塔は、重罪を犯したものを捕らえておく

強固な造りになっている。狭い入口には、屈強な騎士が大きな槍のような斧を持ち

両側に立っていた。これでは並みの人間は逃げられないだろうなぁ。

複数人の襲撃でも扉が狭いので突破は難しそうな感じがする。

聞くと、今まで数百年の歴史の中でこの塔にしつらえられた牢獄から生きて

脱出した人間はいないのだそうだ。

 前にサントル園長と来たのは城とは言っても表門に近い場所からだったし、

城が広い、というのを実感した。いろいろな角度から違ったものが見えるという意味で

ここはすごいと感心した。

「ロシャ卿には話はつけています。ここの責任者のヴォルト殿を呼んでください」

ファザーンが、丁寧な物腰ながらなぜか威厳のある言葉を放つと、最初のロシャ卿という

名前を聞いて背筋を伸ばした門番が傍にあったひもを引いた。

ひもの先には鐘がついていて、何回か引くことで少し離れた詰所に合図が出来るようだった。

程なくしてガシャガシャと金属のこすれる音もけたたましく、それは次第に大きく近づいてきていた。

そして、顔面を紅潮させて全力疾走してきた鎧姿の男が、私たち一行を見回し、

ファザーンを見て膝を折り頭こうべを垂れ、最上級の歓迎のあいさつを述べる。

長いので省略。しかし、貴族の挨拶は結構正式にすると舌をかみそうなくらいの

長いセリフになるのね、と庶民の私は思った。

ファザーンが話を通していたというのは、騎士団を統括する騎士団総代という

騎士団の中でも最高位の偉い人のことらしい。

「この者をしばし預かっていただけますか。決して逃がさぬよう、自害させぬよう」

そして、ヴォルトという責任者は一命をとしましても!とファザーンの言葉に

素晴らしい答えを返した。ファザーンは、無表情でうなづき、続けた。

「この者たちはある国家を脅かす大罪の証拠でもあります。逃げられたら

この任についていた者は言うに及ばず、一族郎党が反逆罪となり罰せられます、よろしいですね」

その言葉に騎士団の男たちはひれ伏した。

 ふと、疑問がわいた。

ファザーンって何者なんだろう。持ち出し禁止の書物を持ってこれたり、

このように騎士団の最高責任者と交渉できるだけの力を持つ。

ただの冒険者にしては、あまりにも中枢に顔が利きすぎる。

この一件が終わったら、それとなく聞いてみよう。

なんか、答えてくれそうにないんだろうけど……。

アダラの手下が強固な騎士団の牢獄入れられたのを確認して、急ぎ屋敷へ取って返した。

ケルドのことがとても心配だったから。

その後の道のりは、特に障害に出会うこともなく屋敷へ戻ってきた。 

屋敷では、執事がクラーヴィオの無事な姿をみて、心底安心したようだ。

ただ、見慣れない老人を見て、また誰か助けたんですか?と質問されたので、

返答に困ったけれど、ペテン医師の悪行の証人なので匿ってほしいと頼むと

すぐに部屋を用意してくれた。

さっそく、人数分の暖かな飲み物と軽くつまめるものを用意してくれた。

軽食のいい匂いに忘れかけていた食欲が蘇り、一気におなかが鳴り出して

少し恥ずかしい思い出うつむいた。

クラーヴィオは、優しく、健康で結構ですよと頭を撫でてくれる。

ケルドのことを聞くと、少し前に帰ってきて、今は疲れたのか寝ているそうだ。

安心した。

少しだけ顔を見に行こう。怪我したりしてないか、ちょっと確認しに行くだけ。

ケルドの使っている2階の部屋へそっと近づいた。

中から、私と同じくらいの年のメイドが、水差しを交換したところのようだった。

様子を聞くと、つい一刻前に元気な姿で戻られたようだったけど、もともと

傷も完治していなかったせいもあってか疲れたから皆が戻るまで眠っていたいと

言っていたそうだ。枕もとの水差しの水を取り換えがてら様子を見たが、

まだ目が覚める気配がないようだ、とのこと。

じゃぁ、ちょっとだけ元気そうな顔を見たら退散するわ、と

ケルドの部屋の扉に手をかけた。

静かな部屋は、カーテンが引かれ薄暗く寝るには最適だった。

私の気配にケルドが気が付いたようだけど、なんか様子がおかしい。

ベッドから起きだして、低いうなり声をあげていたから。

なんか、獣が敵対する者に対して威嚇するときに発する声のような……

そして、ケルドの瞳が見開かれた。

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