薬草師ドゥーラ・スノーの冒険日記

津崎鈴子

文字の大きさ
47 / 54

危機の中の邂逅

しおりを挟む
洞窟の入り口に差し掛かり、目の前をかすめた物は傍に立っていた樹に突き刺さった
指の長さ位の柄のないナイフだった。

クラーヴィオが身体を引き戻してくれなかったら直撃して命を落としていただろう。

ぞぞぞっと背筋に冷たいものが走る。

ナイフを投げた本人は、肩までに切りそろえられた黒髪が、心なしか

乱れているように感じ、眼も少し血走っているように感じた。

「 どいてちょうだい? その子ネズミちゃんを渡してくれたら、命は助けて

あげなくもないわよぉ~? カッコつけずにぃどっかへ消えちゃいなさい 」

クラーヴィオは、構えを解かずドゥーラを隠す。

「 命が惜しくないようねぇ~? イイ男がこの世からひとり減るのは不本意だけどぉ~ 」

アダラは言葉を切り、クラーヴィオを見据える。

狂気をはらんだ女の瞳にほの昏い炎がかげり、一気に距離を詰める。

両手を広げ、クラーヴィオに振りかぶるアダラ、そしてその様子に、ドゥーラを横抱きにして

近くの茂みに横飛びをしてアダラが放った何かを避ける。

 アダラは、クラーヴィオが着地したところを見計らい、もう一度両手を大きくしならせて

何かを放つ。 木漏れ日に何かが光った気がしたが、気が付くのが一瞬遅かった。

その何かは、クラーヴィオにまとわりつき、身体の自由を奪ってしまった。

「 私に逆らうおバカさんは生かしておけないのよねぇ~ 」

 何か見えない糸のようなものに絡みつかれたクラーヴィオは地面にうずくまる。

「 無様なことねぇ、色男さ~ん? 子ネズミちゃんは私がちゃんと役に立ててあげるからぁ」

大きく振りかぶった手を怪しくうごめかせながら、血に染まったような唇を歪ませて

嫣然とほほ笑んだアダラは、うずくまるクラーヴィオにひとこと放つ。

「 安心してお逝きなさいなぁ~ 」

アダラが両手を交差した刹那、クラーヴィオの声にならない声があたりに響き渡る。

見ると、瞬時にクラーヴィオの衣服が切り裂かれたようになり、素肌がところどころ

赤く皮膚が切れているのが見え隠れする。

「 この糸が瞬時に身体を切り裂けないなんてぇ、おかしいわねぇ? 」

アダラの嘲笑交じりの声があたりに響く。

くぐもった声で痛みをこらえるクラーヴィオを見て、私は、体中にまとわりついている

何かを外そうとした。

「 さ……わるっな…… 危な……い!! 」

いつもの物腰とは打って変った形相に思わず手をひっこめる。

その様子に、唇をゆがめたアダラはさらにクラーヴィオを締め上げる。

「 子ネズミちゃん? この男を助けたかったらぁ、私と一緒に来るのよぉ 」

青白い顔に際立つ真紅しんく の唇がにやりと笑うと痩身な身体が、ゆらりと動いて
こちらへ歩き出す。

「 だ……めだっ……聞くな!!!」

しかし、とっさのことに身体が動かない。視線だけが、こちらへ迫りくるアダラへ集中する。

「 やせ我慢はおよしなさぁい? もう、虫の息よねぇ?さぁ、子ネズミちゃんどうするの? 」

アダラは、さらにクラーヴィオを締め付ける。そのとたんに鈍い音が響く。

ぐあぁぁ、と声にならない叫びをあげるクラーヴィオは、額に脂汗が滲んだ。

「 やめて!!!クラーヴィオ様を放して 行くから。一緒に!!!」

「 ドゥーラ、ダメ……だ 」

私のひと言に、アダラは鼻を鳴らしてほほ笑む。

「 ふふ。子ネズミちゃんの方が、ちょっとだけ賢かったわねぇ~ 」

不意に甲高い金属音がして、アダラはクラーヴィオを締め付けていた戒めを解いた。

「 子ネズミちゃん、さ、いらっしゃい。あんたはザーコボル様の為に働くのよ 」 

私に向かって指を差し出したアダラの表情が固まった。

「 おいおい、誰の命令で勝手な行動とってんだ? ババァ 」

アダラの背後から聞きなれた声が響く。

「 いい気になってんじゃないわよぉ? 赤毛のドブネズミがっ!! 」

 憎々しげに唸るアダラの首に、光るものが当てられている。

怒りを滲ませたその男は、ずっと会いたかったガルディアその人だった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...