ヘタレ女の料理帖

津崎鈴子

文字の大きさ
2 / 71

脱力感。

しおりを挟む
 会社を辞めて、何にもやる気が起きなくなって家でダラダラしていた。
なにかこう、ぽっかりと心に穴が開いたような、虚無感というか。
気がつけば窓の外は明るくなっていて、登校する子供たちのにぎやかな声が響き、
次の瞬間夕暮れに変わった空の下、下校する子供たちの声が通り過ぎて行ったりとか。
いつの間にか流れていく時間に無頓着になっている。
ポストになにか落ちた音がしたので見に行くと、見慣れた大きな茶封筒が入っている。
結構な厚みがある。会社から届いた離職票だった。
再就職支援の手続きにハロワに行くしおりが入っていた。
 仕事探すのもダルイ。でも食べてかなきゃならないし。

1人暮らしってこんな時面倒だ。実家なら引きこもってられるのかな。

ああ、うちのお母さん、そういうの厳しいから、ニートは無理だ。

そう、ぼんやりと考えているとなんだか外がうるさい。

連打されるチャイムに、のろのろと動いて、ドアスコープを覗く。

歪んだ外の景色に、人影が2つ。

緊迫した表情の母と、ええっと、ここにいる筈のない女性。

テルのお母さんだ。

「ユキ!!いるんなら開けて!!!」

パジャマだけどいいか。鍵を開けると勢いよくドアは開き、母が入ってくる。

「大丈夫!!!ユキ!!!」

私のぼんやりした顔を見て、お母さんの方が倒れそうに青白い。

そのあとから、スーツを着込んだ、テルのお母さんが入ってくる。

「ここで立ち話もなんだから、お邪魔していいかしら?」

テルのお母さん、少し緊張していた。



☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・


ふたりに入ってもらって、お茶を出す。

ただでさえ狭いアパートの中が、狭苦しい。

小さなテーブルにちぐはぐな3つのマグカップ。

「本当にうちのテルがごめんなさい」

深々と頭を下げるテルのお母さんの頭にはいくすじかの白髪が光っていた。

「事情は聞いたわ。どれだけユキちゃんを傷付けたか……」

「まぁ、お母さん頭をあげてください。この子も無事だったんですし」

緊迫した母二人は、お互いに涙ながらに盛り上がっている。私をほったらかして。

どうやら、テルに振られたことが知れ、どうにかなってやしないか心配したらしい。

 テルのお母さんは、化粧がぐずぐずになるまで涙を流していた。
いつも朗らかな、明るいお母さんは、私を実の娘のように思ってくれていた。
よく一緒にお買い物にも行ったし、お芝居も連れてってくれて孫はいつかな?と
優しく笑ってくれていた。

ああ、孫はすぐ見れそうですよ、と嫌みを言ってやりたくなる。

いかんいかん。どす黒いぞ、自分。

「私は大丈夫です。だいぶ泣いてスッキリしました」

うそつけ。なんで取り繕ってるんだ。

「ごめんなさい。先方さんに子供が出来てしまっては、テルは責任を取らないといけません
でも、裏切ってしまったユキちゃんへの責任も同じく取るべきだと思うのね。だから、どうやって償えばいいのか、貴女の気のすむ方法を教えてほしいの」

テルのお母さんは、姿勢を正して、私に聞いてくる。

どうしたいかなんて、今言われてもなんも思いつかないよ。
沈黙がこの部屋を覆い、どのくらい時間がたっただろう。
うちのお母さんが沈黙を破るように声を出す。

「まぁ、お母さん、うちの娘はまだ気持ちの整理がついていない状態です。そちらも大変でしょうし
今後のことは時間をおいてくださいませんか」

それで、その日の話は終わった。双方の家とは、もう結婚するっていう空気で、そろそろ婚約を
しとかないとという婚約未満の状態だったけど、テル一家の中では、すでに嫁として
考えてくれていたようだ。なんか、テル本人との別れより、このお母さんとかテルの姉さんとか妹ちゃんとかと会えなくなるのがすごく辛い。

結局その日はお母さん達には帰ってもらった。
なんも考えられないから。

 テルのお母さんが持ってきてくれた菓子折りは、実家に持って帰ってもらった。
ひとりで食べきれない上に今食欲ないんだよ。それが、某高級和菓子店の大好物のお菓子としても。
 ずっと前に、私がおいしいって感動して食べたお菓子だったのをテルのお母さんは覚えていてくれたんだろう。こうして持ってきてくれて。その気持ちだけでも十分です。

うちのお母さんが置いていってくれたお弁当には、私の昔からの好物ばかり詰め込まれていたのに気が付いて、不意に一人になった部屋で涙が止まらなかった。

まともにご飯食べるの、いつぶりかな。

お母さんの玉子焼きは、甘い。昔と変わらない優しい味だった。




しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜

天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。 行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。 けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。 そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。 氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。 「茶をお持ちいたしましょう」 それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。 冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。 遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。 そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、 梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。 香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。 濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。

処理中です...