ヘタレ女の料理帖

津崎鈴子

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あなたが寝てる間に7

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 病院の受付についたけど、病院の朝は結構早いらしい。
病院の受付の前のソファには、たくさんの高齢者が陣取っている。

 ロクさんによると、こういう人たちは病院が開く何時間も前から並んでいて、整理券を若い数字で取ることが日課になっているらしい。家に居場所のないご隠居さんなんかも、弁当と水筒を持って居座ってる人もいるんだそうだ。だから、常連さんになると居ないことが逆に心配の種になるという。笑い話みたい。

朝の慌ただしい空気の中、4人はエミさんの病室に歩いて行った。

エミさんが入っているのは集中治療室で、面会謝絶の札が下がっているけど、これは事件被害者のエミさんにいろんな面会の人が来るのを防ぐためなんだそうだ。

 今回の出来事は病院内での殺人未遂だしニュース速報で流れてしまったから取材の申し込みや、加害者からの圧力をかけられない為に病院側が配慮してくれたってことなんだそうだ。

警備員の人が取り押さえてくれなかったら私の命も危なかったから感謝しているけど、そもそもそんなやばい人が出入りしてるってだけでも噂になるのは病院側は迷惑だろう。

 扉を開けて、中に入るとおばあちゃんが泊まり込んでいたみたいでエミさんのベッドの横に座っていた。

「おばあちゃん、エミさんどう?」

その声に、おばあちゃんは静かに首を横に振る。

ふらふらとした足取りで、ヨーコさんがベッドのそばに行き、ひざまずく。

「エミさん、私…………ヨーコ。来たよ、起きてよ、ねぇ」

切ない声でヨーコさんはエミさんの手を取り話しかける。

そのヨーコさんの様子に、おばあちゃんが背中を撫でてヨーコさんを落ち着かせる。

「よく来てくれたね、ヨウちゃん。エミがいつも心配していたんだよ。元気そうでよかったわ」
おばあちゃんも泣いていた。

「ご無沙汰しています。なんとか、両親も理解してくれて家業を継いで忙しくしてます」

「そう。ご両親わかってくれたのね…………親の中ではね、子供っていつまで経っても子供のままなの。こんな立派になってるって言ってもね」

そう微笑んだ。エミさんに色々と話しかけていたけど、目覚めない。

術後の経過は順調だけど、高齢での手術なのに加えて大量の輸血で負担がかかっているらしい。
回復には時間がかかるかもしれないと主治医から説明されたのだそうだ。

エミさんの寝顔をみんなが見守っている中、扉の外が騒がしい。

【ここよ、間違いないわね ヒイラギ エミって書いてるもの】
【でも面会謝絶って札があるじゃないか。出直そう】
【いいえ、世間体的にも早く謝罪しておかないとあいの印象が悪くなって不利になるわ】

 聞き覚えのあるおばさんの声がする。マサキさんも怖い顔になってる。

その声が途切れると、扉が勢いよく開いた。
予想通りの人たちの登場だった。ただ、登場人物が一人増えている。
スーツを着込んで無表情の男。襟にはひまわりと天秤のバッジを付けている。弁護士か。

「すみません私こういうもので」

そういって懐から名刺をおばあちゃんに差し出した。

「こちらに事件被害者のエミさんがいらっしゃると伺ってお見舞いに参りました。
加害者の弁護を承りました」

おばあちゃんから名刺をひったくって、ヨーコさん名刺を確認する。

「弁護士が何の用事?」

ヨーコさん、臨戦態勢に入る。顔が真顔だけど、美人の無表情は迫力ある。

「このたびは大変な事をしたと、依頼人が猛反省しておりまして、今後の補償と謝罪に伺いました」

「面会謝絶って札、見えなかったの? 常識って教わってないの?弁護士やるくらい頭いいのに」

ヨーコさん鋭く突っ込む。その声に場は凍り付いたけど、その声にあいちゃんのお父さんが前に出る。

「このたびは、娘が大変な迷惑をおかけしまして、まず謝罪に伺いました」
青白い顔でエミさんを見つめるあいちゃんのお父さんの行動を、ぶち壊す気かお母さんがわめく。

「うちの娘も追い詰められた結果で、娘の婚約者の元彼女がいつまでも付きまとって妨害するから今回こんなことになったんですよ。慰謝料はその諸悪の根源のその女からも払わせるようにしますんで、娘は悪くないって嘆願書を出してもらえませんでしょうか?」

え?

いや、諸悪の根源はあんたの娘だよ。と思うが呆然としてしまう。
事情を知っているマサキさんはあきれて言葉が出てこない。

その言葉を聞いて、あいちゃんのお父さんも弁護士も慌てて止めようとするが出てしまった言葉は戻せない。

「その女は裏社会の人間とも繋がっていて、ひどい妨害だったんですよ」

その一言にマサキさんがブチ切れた。

「お前のシモのユルい娘が、職場の先輩の男を寝取って勝手に自滅しただけだろうが!!」

その声に一瞬ひるんだあいちゃんのお母さん呆然としたままいう。

「その声!!あの時のやくざね!!娘を侮辱するのはやめなさい、ねえ先生名誉棄損でこいつを訴えます!!」

そのひとことに弁護士も真っ青になっている。これでは謝罪ではなく喧嘩の大安売りだ。

「謝罪に来たって人間の態度じゃないな。出てけよ、お前がこの空間にいるだけでエミさんが穢れるわ。出ていけ!!」

その様子にブチ切れたのはマサキさんだけでなく、その父親のロクさんもだった。

「あんたの娘、だよ?あんたら娘のどこ見てるの?見てたのは娘じゃなくて世間体っていう妄想でしょ? 客観的な事実だよ?あんたの娘はになるんだよ?エミさんの目が覚めなければ」

泣きながら冷静に話すヨーコさん、人殺しってキーワードに力を籠める。

「人殺しなんて、そんな……」
あいちゃんのお母さんは絶句している。

「今日は帰ろう、お前は謝罪出来ないだろう」

あいちゃんのお父さんが静かにそういうと、土下座した。

「娘のしでかしたことは親の責任です。しかし妻は娘可愛さで言ってはいけないことを言いました。謝罪できるような状態ではありませんでした。出直させていただきます」

「いや、不愉快だからもう来ないでいいよ。そのおばさん精神科、受診した方がいいよ。迷惑だから野に放たないで」

ヨーコさんが憎しみを籠めて言い放つ。お父さんは深々と頭を下げる。地面に額をの擦りつけて、嗚咽しているのがわかる。

その時、かすかに声が響いた。

「…………けんかは、ダメよ、ヨウちゃん」
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