銀猫旅行社へようこそ・~夢を叶える超ホワイト企業は違う意味でブラックでした~

相田ゆき(渡辺河童@あいだ啓壱)

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プロローグ

銀猫旅行社と、選ばれた僕

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 銀猫旅行社の朝は遅い。

もう昼近いというのに、まだ社長は起きてこない。
まぁ、それもいつものことなのだけど。

モーニングコーヒーならぬブランチコーヒーを用意して社長を待つ僕は、岡田敬祐おかだけいすけという。まだこの会社に新卒で入って三ヶ月だ。

 この会社に入社したのは、ひょんなことからだった。
事故でこの世を去った父と母が作った借金300万円が僕に残され、本来であれば両親が入っていた保険から、返済できる筈だった保険金があった。しかし、そのお金は、親戚によってたかって持ち去られてしまった。

債務整理をしようとしたが、まず弁護士費用が到底学生の身分では一括で払える訳もない。そこで僕は、居酒屋で深夜に渡るバイトを毎日のようにしながら、毎月末に僅かな費用を弁護士に送金していた。実家は借家で、家を売ることも出来ず、とにかくお金がなかった。

でも……現状一人暮らしをしつつ、学生の本分をきちんとこなしながら居酒屋バイトするのは、正直に言えば本当に大変だった。だからといって、高時給の仕事には罠があるような気がして、踏み切ることはできずにいたのだ。

 大手企業への就活をしても、内定が取れない日々を送っていたある日のこと……。この日僕は……どう考えても落ちただろうと思う企業面接の帰り道、どっと疲れていた。

もうどうでもいいと……、時々僕は思うことがある。親も兄弟もなく、金もない、秀でた才能がある訳でもない。ただ、絵を描くことだけは好きだが、それでいきなり食える筈もない。とりあえず、特記するならば幽霊が時々見えるくらいだ。怖いだけのもので、それを凪いだり祓ったりする力は持っていない。

はぁ……と、重いため息が出る。そのまま一息ついて立ち止まると、目の前の電柱に求人チラシが貼ってあるのを見つけた。

雑にマジックで書かれた「求む新人!」というチラシ……。そこには「手取り50万円~」「経験不問」という、ビックリするほどに魅力的な文言がおどる。どうやら、銀猫旅行社という会社らしい。旅行会社であれば、世の中の怖い罠ではないような気がした。僕はそのチラシの電話番号に、藁をも掴む気持ちで、すかさず電話をかけた。すると、男性が電話に出て、履歴書不要なのですぐに来て欲しいと言う。

僕は、チラシに載っている住所を検索をしつつ、急ぎ足で面接に向かった。

 電柱から会社自体は、歩いて5分ほどだった。少し早く着きすぎてしまった気がして、就職を焦っている人間だと思われたくないという気持ちが湧き、家の周りをぐるっと一週してみることにした。家自体は、外から見る限りとても時代を感じる古びた洋館で、庭が広そうだ。だけど、およそ会社があるようには見えない。他に、社員が控えているような会社っぽい外観の建物も無いようだった。

家の外周は思ったよりも広く、遅れるよりも早く着いた方がいいと思い直して途中で引き返し、勇気を出してインターホンを押した。

すぐに扉が開き、若い女の子が僕を出迎えた。
「お待ちしてましたにゃん♪」
玄関で僕を出迎えた子は、ピンクと白のロリータファッションだった。彼女はとても小柄で、髪は金髪をピンクのグラデーションで染めており、ツインテールである。

「こっちですにゃん♪」
その子は、何故か語尾に”にゃん”を付けながら話し、スキップするような軽い足取りで奥へ入っていく。僕はなんだか変なところに来てしまったのでは無いかと、今更ながら頭を抱えそうになった。

その子に案内され通された場所は、たぶん高級なものであろう調度品が並ぶ応接室で、僕はそこで初めて社長と出会った。

「銀猫旅行社へようこそ」
「岡田敬祐です! 本日は宜しくお願い致します!」
慌てて僕も名前を言って、頭を大きく下げた。

 社長はハーフなのか、とても色素が薄い人で身長も高く、180cm以上は軽くある。少しだけ肩に掛かる長めの銀髪に、白い肌、白い睫、漆黒のスーツでビシッと決めていて、着ている真っ白なドレスシャツがとても高貴な雰囲気を醸し出していた。男性だとは思えないほどに、この言葉が適切であるかどうかは分からないけど、とても美しく綺麗だった。頭の上に金色の輪を載せて、羽根を生やせば、まるで天使だ。

 それに引き換え……僕は、本当にどこにでもいそうな大学生だ。銀ブチ眼鏡に黒のリクルートスーツ、髪は耳にかかる程度で真っ黒。ひょろっとした体型、身長は167cm……特に特筆すべき素敵な外見を持っている訳でもない。

「私が代表です。まぁ、座って」
とてもいい香りがするコーヒーを差し出しながら、社長はそう言った。

 そこから社長は、一言も喋らないまま僕の目を射貫くような視線で見つめた。何分そうしているのか分からない……、僕もまた、緊張もあって社長の瞳から目が離せないままにいた。

暫くすると社長は、少し柔らかい表情になって簡単に採用を決めた。

「うん、いいね。君は今日から正社員だよ。幽霊が見える正社員……ふふ」
「えっ!? なんで知ってるんですか!?!?」
僕はこのとき、自分でもビックリするほどの大きな声で聞いてしまった。今まで誰にも話したことがないし、今見えているのは確実に幽霊じゃない、社長しかいなかったからだ。

「目を見れば分かるんだ。だいたい、ここの求人チラシは幽霊そのものだから……アハハハハ」
求人チラシが幽霊だなんて思いもしなかった。幽霊ならば、どこかが透けて見えるはずなのに、僕はそれに気が付かず、のこのこやって来てしまった。

「どうする? やめておくかい?」
「ん――――――!! …………社長、幽霊と戦ったりはありますか?」
「ないよ。今までもなかったし。 手取りは……、よーし、70万まで増やしちゃおう!」
「わかりました! 就職します!!」

金の力は偉大だ……。僕は簡単に就職してしまった。
すぐ側に控えていた先ほど案内してくれた彼女も手を叩き、キャッキャと喜んでいる。このスーツ男性と女の子が一緒に働いているのか、家族なのか、全くわからない僕は感謝を伝えて双方に頭を下げた。

 今考えても何がどうよかったのか、幽霊が見えるというだけでさっぱり分からないけど、そんな感じで僕は晴れて就職内定どころか正社員となったのだ。しかし、僕は「今日から」という言葉に慌て、大学生活の残り半年を全うしたいと告げると、社長はそれを快諾してくれた。

 ……しかも、今月から給料は発生すると言う。さすがにヤバイことをさせられるのではないかと思い始め、悪魔払い? 除霊? イタコ業? などなどが頭に浮かんでは消えた。

「敬祐が心配しているようなことは、たま~にしかないよ」

(あるんかい……)

僕は思わず心の中でツッコんだ。社長はまるで、僕の心が読めるかのように笑いながら言う。しかも何故かいきなり下の名前で呼び捨てだった。色素の薄い茶色がかったグレーの瞳は、僕を見透かすように煌めいている。

少しの時が経つと、社長は会社紹介を始めた。

「ウチは銀猫旅行社といって、どんなツアーでも組む、お客様の夢を叶える旅行会社なんだ」
「あ……、ちゃんとした旅行会社さん……海外とかも行くんですか?」
僕は、注意深く聞く。

社長は僕の質問には答えず、説明を続ける。
「お客様は、地位も名誉もある方ばかりで、インターネット経由で申し込んでくる。しかし、このサイトのアドレスは公言されておらず、広告もない。検索しても出てこないようになっている」
「えっ? それだとお客さんが来ないのでは……?」
「……どのような人間が辿り着けるのかと言うとね、心迷いし人間、心に闇や苦しい記憶を持て余した、金のある人間だけが見ることができるんだ。幽霊に選ばれた人間だけが、銀猫旅行社に辿り着ける……という仕組みなのさ」

 社長は、一気に話すとコーヒーに口を付けた。
なんだかよく分からない飲み込めない会社紹介で、僕は返す言葉が見つからず呆然とした。

「それじゃ、採用通知はあとで送るから、住所と名前を教えて。あと、給与の振込口座は通知と一緒に書類を入れるから、そこに書いて返送してもらえる?」
社長は、少し高級そうな厚い紙のメモを取り出し、黒地に見事な金彫りのペンを手渡した。僕はそれを受け取りつつ、キツネにつままれたような気分になりながら、少し震えた手で住所と名前を書いた。

書き終わると同時に、先ほどの女の子が側に来て言う。

「私ミケ! ケイスケは選ばれたんだにゃん♪」
「ミケ……さん? えと、有難うございます」
「ミケって呼び捨てでいいにゃん♪」

猫みたいな名前が本名なのか悩んだけれど、正社員として選ばれたのは確かだったから、また感謝として僕は頭を下げた。

 そんなこんながあって、僕は残りの大学生活をしっかりとやり切って無事に卒業し、銀猫旅行社に晴れて正式入社となった。

求人チラシに書かれていた給料は、行ってもいない銀猫旅行社から嘘偽りもなく、毎月月末に70万円支払われた。こうして、僕が返せていなかった両親の借金は、債務整理をすることもなく、みるみるうちに消えてなくなったのだった。
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