銀猫旅行社へようこそ・~夢を叶える超ホワイト企業は違う意味でブラックでした~

相田ゆき(渡辺河童@あいだ啓壱)

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第二章・初めてのお客様

初めての来客

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 次の日は、カラッと晴れたいい天気だった。

 僕は何時にお客さんが到着するのか聞くため、ビシッと決めたオーダースーツを着て、始業40分前に出勤すると幽霊たちを探した。でも、いつもいる筈の幽霊たちが一匹も見当たらない。暫く探して庭に出てみると、ミケがいつもとは全く真逆の、黒い服を着て佇んでいた。あまりに格好が違うので、一瞬ミケではないと勘違いしてしまった程だ。

服の要素は、いつもはピンクと白のロリータファッションであったのに、今日はどう見てもゴシックという言葉に相応しい黒いドレスを着ている。髪もド派手なピンクのツインテールではなく、黒髪のストレートだ。顔にはベールがかかってはいたが、口紅までが黒であるのはすぐに分かった。

どちらかといえば葬式にいそうな出で立ちで、僕は少し怖くなったが、とりあえず物怖じしながらも勇気を出して話しかけた。

「ミケ、おはよう。今日はいつもと感じが違うね」
「おはよう……、そうであろうな……」
僕は思わず「へ?」という間抜けな声を出した。いつものミケならば語尾は”にゃん”の筈なのに、声音も一段階低く、口調さえ違ったことに心底驚いた。しかし、応接室に着くと、驚くことはそれだけではなかった。

 いつもこの時間にはいる筈もない社長が、真っ黒のスーツで応接室にいる。きっちりとしたその格好は、普段では見ない、僕が面接や出社1日めで出会ったときと同じものだ。応接室で、社長は何かの本を読んでいるようだった。

「社長……、おはようございます」
「あぁ、敬祐。おはよう……、ネクタイが曲がっているね。 直してあげよう」
社長は僕のネクタイをささっと直すと、ふ、と笑って笑顔を見せた。

そしていきなり言い放つ。
「お客様が来るのはあと20分」
「ええぇえっ!?」

早く来て良かったなんてもんじゃない。僕は慌ててキッチンに飛んでいき、コーヒーを淹れ始めた。いつもとは違う、3人分のコーヒー。僕は注意深く量を量り、焦らないようミルを挽き、愛情を注いでじっくりとコーヒーを蒸らしながら丁寧に抽出してゆく。

しかし、内心では普段とは全く違うミケや社長のことを考えながら、どんな旅行を紹介するのかと内心とてもドキドキしている。何故ミケは葬式に赴くような黒い格好なんだろう……、考えても考えても、答えは分からない。

コーヒーの抽出があと少しで終わろうとしているとき、絶妙なタイミングでインターホンが鳴った。いつもはミケが「はいはいにゃ~ん♪」という感じで郵便物を受け取ったりしているが、今日は全く違った。

村坂研也むらさかけんや様……ですね?」

キッチンからこっそり覗いてみると、ミケはうやうやしくお客さんを案内し、いつもの応接室に招き入れた。

 お客さんは黒い髪を整えた短髪に、社長とは違うビシッと決めた、いわゆるサラリーマン風の偉い人といった風情だった。たぶん年齢は60から70代くらいだ。
応接室では、社長が立って客人を招き入れる。

「お待ちしておりました……、銀猫旅行社へようこそ……。私が代表の黒川終一くろかわしゅういちです」

ここで僕は、初めて社長の名前を知った。でも、実はもっとハーフみたいな洋名を名乗る気がしていたのに、それはただの外見からの思い込みであった。どうやら社長は……名前からするに、日本人らしい。僕は……、いつもとは全く違う世界に取り残されたような気持ちになっていたが、社長から「コーヒーを……」と一言あって我に返った。

小さなミルクポットに特上のミルクを注いで、小さな花の飾りがついた角砂糖を2つ小皿に載せ、淹れたてのコーヒーを社長が選んだ高級陶器に注ぐ。シルバーで出来たスプーンを沿えたら出来上がりだ。

僕は、そそくさとコーヒーを冷めないうちにお客さんの前に出した。

「冷めないうちに、どうぞ……」
でも……、その後どうしたらいいのかが分からない。コーヒーはおかわりがあるのかどうなのか……。一応社長が何か指示してくれるのを待って、お客さんの後ろにお盆を持ったまま控えてみたが、果たして指示が出るのかどうかさえ分からない。

暫く無言だったお客さんは、コーヒーには手を付けず、いきなり社長に向けて口を開いた。

「ネットで見た時間旅行……、本当なんだろうな?」
僕は目がぱちくりとした。
時間旅行? え? 映画の撮影とか?
それとも映画のタイトル?
また脳がショートしそうだ。

社長は、コーヒーを一口飲むと、ゆっくりとした口調でお客さんに答えた。
「はい、お望みの時間にお連れします。それは過去でも未来でも、村坂様のお望み通りに……」
「金は用意してきた……。30年前に戻してくれ」
どうやら、今日のお客さんは村坂さんという人で、なんだかよく理解できていないが、時間旅行……? を望んでいるらしい、というところまでしか僕の頭では理解できなかった。

「妻と幸せに暮らしていた、あの頃に戻りたい……」
村坂さんの話を聞けば、奥さんは現在亡くなったが、最も自分を愛してくれた最高の宝だったということだった。
亡くなった奥さんに会う……? 僕は更に頭がグルグルし出していた。

「私は昔に戻り、妻とやり直したいんだ……」
「それは、過去に干渉する行為で、契約に反することになりますので、お連れできません」
村坂さんは肩を震わせ、泣いている。
社長は言葉を続けた。
「私たちはツアーとして村坂様を過去にお連れできます。しかしながら、過去を変えるのであれば、未来……すなわち現在の状況が変わる事態となります。未来が全員幸せであれば見過ごせますが、大概にして難しいのです。ですので、お連れすることはできません。ご了承ください。」
「過去に干渉しなければいいんだな?」
「はい、干渉しないとお約束頂けるのであれば、過去にお連れできます……それでも宜しいで……」
「構わん!!」

社長の言葉を遮って、村坂さんが大きな声を出し、僕は一瞬ビクッとしてしまった。社長は首を少しかしげると、少し難しい顔になったけど、頬にかかった髪をかき上げて耳にかけ……また話し出した。

「時間旅行の報酬は、お見積通り……一億円になります」

その言葉を聞いて、村坂さんは持ってきた大きなバッグを2つテーブルに乗せた。

「金だ、ぴったり入っている……」

僕は思わず(たかっ……!!)と声に出してしまいそうになり、慌てて手で口を抑えた。時間旅行が一億円? 一回のお仕事で一億円!? 僕の頭の中で”一億円”がリフレインしている。

「それでは……、契約書の内容をお話致しましょう……。ミケ、契約書を……」
「……はい、……こちらになります」

ミケは紙を渡すとまた、そっと社長の後ろに控えた。応接室で村坂さんと向かい合わせに座っている社長は、A4サイズぐらいのちょっと古そうな紙を手に取り、内容を読み上げる。

「それでは……、内容をお伝えします……

1.過去に戻った場合、自分がそこで行った行為には、全て自己責任を負うこと。ただし、旅行者以外の過去未来が不幸へと変わる緊急事態になった場合、ツアーを強制終了することがあると了承するものとする。

2.未来に行った場合も、1と同様とする。

3.夢世界に行った場合、時間制限内に戻らぬときは、その場で一生を過ごすことを了承するものとする。

4.ツアー内で起きた事故、その他についての保険、保障、返金は一切ないことを了承するものとする。

……以上、契約を破った場合の責任は、全てお客様の責任となります。この内容で宜しければ……」

ミケがそっと近寄って黒いペンを村坂さんに差し出した。

あのペンは……!! 忘れもしない、僕がここに正社員になるために、住所と名前を書いたときに使ったペンだと思い出した。黒地に金の彫り模様……、間違いなくあのときのペンだった。

社長は立ち上がり、両手を広げながら呪文を唱えるかのような声で、ゆっくりと村坂さんに言い放つ。

「黒よりも黒、深く流れる血の闇の影よ…… さぁ……! この黒より黒き漆黒のペンで、サインを……」
その社長の声はいつもよりずっと低く、僕はその光景に肌がザワつくのを感じた。肌が粟立ち、ゾクリとする寒気が一気に背中を駆け抜ける。

村坂さんは、少し震えた手で契約書に名前を書き入れていた。社長は目を薄く開き、村坂さんが名前を書き終えるのを見届けると、また呪文のように喋り出した。

「時は来た……! ……_契約の創造! ご契約……確かに……」
社長は頭を下げると、右手を胸に当て、左手を下に広げ、今まで見たこともないニタリと嗤うような顔をしている。そして、バレエを踊るような左足を少し後ろに下げるポーズを取った。

僕はもう映画の撮影現場にいる気分にしかなっていなかったが、社長の気迫が凄すぎて、少し後ずさってしまう。

社長は踵を返し、応接室に広がる作り付けの本棚に向かって歩き出すと、一冊の分厚い本を手に取った。続いて、本のあった場所の隙間に手を入れると、ガシャン!! という大きな音がして部屋中が地震みたいに揺れ出した。

「えっ……、地震?」
僕は急いで近くの柱に掴まったけど、社長の方を見て、すぐにこれが地震ではないと分かった。
ゴゴゴ……という音をたてながら、本棚がゆっくりと床に沈んでゆく。
「な……、なんだこれ……」
僕は、あまりの出来事に、へなへなと座り込んでしまった。

本棚が大きな音を立て沈みきると、そこには美しい絵が描かれた壁と、左右に開く大きなドアがあった。
壁全体に描かれた天使や悪魔の絵。

ドアにはステンドグラスが嵌め込んであり、やはりそこにも天使と悪魔が描かれている。取っ手は縦に長く、取っ手自体にもツタのような彫刻がしてある。あの汚かった部屋はなんだったのかと思うほど、壁とドアはピカピカで、職人が手をかけて毎日磨いているんじゃないかと思うほどには美しくて眩しかった。

社長が村坂さんの背後に回り、そっと背中に手を当て、ドアまで誘導していく。村坂さんは少し躊躇った様子だが、再度社長に確認を取るように口を開いた。

「本当に、妻に会えるんだな……?」
「もちろんですとも」
社長は笑顔で答えた。

「もし何かツアー中私に用があれば、このベルを鳴らしてください。私はすぐに時間を止め、貴方の元に出向きます」
社長は、小さな銀色のベルを村坂さんに手渡した。村坂さんはベルを胸ポケットにしまうと、少しの間ドアの取っ手を掴んで下を向いたが、その後勢いよくドアを左右に開け放った。

一気に目の前が見えなくなるほどの眩い光が見え、突風に近い濃霧を纏った風が勢いよく部屋に流れ込む。

「わっ……!?」
僕は驚いてすぐに両手で顔を覆った。
何が起きたのか、これが現実なのか、僕には分からなかった。
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