4 / 16
過去編
4-その手を離す理由など、あるはずがなかった
しおりを挟む
夏の終わり、莉子の誕生日が近づく頃。
圭太は「当日は忙しいかもしれないから」と、少し早めのサプライズ旅行を用意してくれていた。
行き先は、軽井沢。
森に囲まれたコテージタイプのホテルに着いたとき、莉子はあまりの静けさと清潔な空気に、思わず深呼吸をした。
「すごい……映画みたい!こんな場所、知らなかった」
「でしょ? 莉子が“東京の音”に疲れてるって、こないだ言ってたからさ」
さりげなく拾われた言葉が、胸に沁みた。
圭太は時折、そういう“忘れたはずの願い”を丁寧に叶えてくれる人だった。
「リングもらってるのに、旅行まで……。圭太本当にありがとう」
「どうしたしまして。俺が望んでたことでもあるから、ゆっくり楽しんで」
――――夜。
暖炉の前でワインを飲んでいたとき、彼が封筒を渡してきた。
「え? なにこれ」
「手紙。いつか渡そうと思ってたやつ。今の莉子に読んでほしい」
中には、手書きの便箋が一枚。
整った文字で、こんなふうに書かれていた。
莉子へ
君と出会ってから、世界が柔らかくなった気がする。
言葉の端に棘がある人だと思ってたけど、それは誰よりも繊細で、
誰よりも傷つきやすい証だと知った。
俺のこと、信じてくれてありがとう。
君の未来に、俺がいてもいいなら、
これから先も、どうかそばにいさせてください。
神谷圭太
莉子は、ただ黙って手紙を抱きしめた。
言葉にできないほど、胸がいっぱいだった。
東京に戻ると、ふたりは少しずつ結婚に向けた具体的な話を始めた。
式場の候補、親族の顔合わせ、将来住みたい街、子どもができたらどうするか――
夢物語のようだった話が、現実味を帯びていくのを、莉子は心から楽しんでいた。
「圭太って、子ども好き?」
「うん。できれば二人くらい、欲しいかな。女の子だったら、莉子に似たら絶対可愛いよ」
「男の子なら?」
「……莉子に似たら、たぶん気が強くなるけど、それも楽しそうだな」
「失礼な!」
ふたりで笑い合ったソファの夜。
その笑顔の向こうに、裏切りなんて一片も見えなかった。
ある日、圭太がふいに言った。
「来年、転職するかもしれない。もっと大きな案件を扱える会社から声がかかっててさ」
「え、それって海外?」
「うん、シンガポールか香港。まだ決まってないけど、莉子がよければ一緒に来てくれたら嬉しい」
莉子は少しだけ沈黙したが、すぐに答えた。
「……うん。行く。圭太となら、どこでも」
それは、心からの言葉だった。
それほどに、彼との未来を信じていた。
「本当にどこまでも一緒に来る?」
「うん。どこへでも」
「地獄までも?」
「あはは、圭太は地獄には行かないでしょ」
「分からないよぉ?行くかもしれない」
「はいはい、どこまでも一緒に行くから……くすくす」
莉子の中で、圭太はすでに「伴侶」だった。
その事実を、誰にも疑わせる隙などなかった。
その手を、莉子が離す理由など――
あるはずがなかった。
圭太は「当日は忙しいかもしれないから」と、少し早めのサプライズ旅行を用意してくれていた。
行き先は、軽井沢。
森に囲まれたコテージタイプのホテルに着いたとき、莉子はあまりの静けさと清潔な空気に、思わず深呼吸をした。
「すごい……映画みたい!こんな場所、知らなかった」
「でしょ? 莉子が“東京の音”に疲れてるって、こないだ言ってたからさ」
さりげなく拾われた言葉が、胸に沁みた。
圭太は時折、そういう“忘れたはずの願い”を丁寧に叶えてくれる人だった。
「リングもらってるのに、旅行まで……。圭太本当にありがとう」
「どうしたしまして。俺が望んでたことでもあるから、ゆっくり楽しんで」
――――夜。
暖炉の前でワインを飲んでいたとき、彼が封筒を渡してきた。
「え? なにこれ」
「手紙。いつか渡そうと思ってたやつ。今の莉子に読んでほしい」
中には、手書きの便箋が一枚。
整った文字で、こんなふうに書かれていた。
莉子へ
君と出会ってから、世界が柔らかくなった気がする。
言葉の端に棘がある人だと思ってたけど、それは誰よりも繊細で、
誰よりも傷つきやすい証だと知った。
俺のこと、信じてくれてありがとう。
君の未来に、俺がいてもいいなら、
これから先も、どうかそばにいさせてください。
神谷圭太
莉子は、ただ黙って手紙を抱きしめた。
言葉にできないほど、胸がいっぱいだった。
東京に戻ると、ふたりは少しずつ結婚に向けた具体的な話を始めた。
式場の候補、親族の顔合わせ、将来住みたい街、子どもができたらどうするか――
夢物語のようだった話が、現実味を帯びていくのを、莉子は心から楽しんでいた。
「圭太って、子ども好き?」
「うん。できれば二人くらい、欲しいかな。女の子だったら、莉子に似たら絶対可愛いよ」
「男の子なら?」
「……莉子に似たら、たぶん気が強くなるけど、それも楽しそうだな」
「失礼な!」
ふたりで笑い合ったソファの夜。
その笑顔の向こうに、裏切りなんて一片も見えなかった。
ある日、圭太がふいに言った。
「来年、転職するかもしれない。もっと大きな案件を扱える会社から声がかかっててさ」
「え、それって海外?」
「うん、シンガポールか香港。まだ決まってないけど、莉子がよければ一緒に来てくれたら嬉しい」
莉子は少しだけ沈黙したが、すぐに答えた。
「……うん。行く。圭太となら、どこでも」
それは、心からの言葉だった。
それほどに、彼との未来を信じていた。
「本当にどこまでも一緒に来る?」
「うん。どこへでも」
「地獄までも?」
「あはは、圭太は地獄には行かないでしょ」
「分からないよぉ?行くかもしれない」
「はいはい、どこまでも一緒に行くから……くすくす」
莉子の中で、圭太はすでに「伴侶」だった。
その事実を、誰にも疑わせる隙などなかった。
その手を、莉子が離す理由など――
あるはずがなかった。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる