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サクラとの出会い
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――――次の日も、その次の日も、賢は何もする気が起きなかった。
祖母は何も言わなかった。
ただ、朝になればごはんを用意し、昼には麦茶を出し、夕方には夕顔の咲く庭に水を撒いていた。
賢が座敷でぼんやりと本を読んでいても、スマホで動画を眺めていても、何も言わずにただそこにいてくれた。
三日目の午後、ふと風に誘われるようにして、賢は外へ出た。
村の空気は驚くほど澄んでいて、空が広かった。
遠くの田んぼでは、小さなカエルがぴょんと跳ねるたび、葉の影が揺れた。
そのときだった。
「……ニャ-」
かすかに聞こえた、鳴き声。
賢は思わず足を止め、あたりを見回した。
その声は、すぐ先の川辺から聞こえてきた。
坂道を下り、桜の木が一本だけ生えている土手の近くまで来たとき――そこに、白い猫がいた。
左耳に小さな欠けがある。
まっすぐこちらを見つめる金色の瞳。
けれど、逃げる素振りはない。
「……猫?」
賢は思わずそうつぶやいた。
猫は一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。
警戒する様子もなく、ただ静かに、まるで知っている人に会ったように、歩いてきた。
「……おいで」
しゃがみ込みながら手を差し出すと、猫はまた小さくニャ-と鳴いて、その手のひらに鼻先を寄せた。
――――温かい。
それだけで、賢の胸の奥に、何かがじんわりと広がっていった。
久しく感じていなかったもの――たぶん、「安心」というやつだ。
「……君、名前、あるの?」
猫は答えなかったが、そっと目を細めた。
その仕草がまるで、「あるよ」とでも言っているかのようだった。
賢は、ふと桜の木を見上げた。葉のあいだから、夏の陽がちらちらと差し込んでいた。
その木の下に座り込む白い猫は、まるで花の精のように見えた。
「じゃあ……サクラ、でいいかな」
猫は、まるで納得したかのように、小さく尻尾をふった。
その日から、賢はほぼ毎日、サクラに会いに桜の木の下へ通うようになった。
不思議なことに、どこかに行ってしまう日はあっても、数日後にはまた現れる。
鳴き声も少なく、すぐに膝に乗るような猫ではない。けれど、サクラはいつもそばにいた。
風に揺れる草の音の中、サクラの白い毛が陽に透けて光っていた。
「お前は、なんで俺なんかのとこに来たんだ?」
ある日、ぽつりと賢がつぶやいたとき、サクラはふっと顔を上げて、じっと賢を見つめた。
まるで――「お前なんか、じゃないよ」と、伝えようとしているかのように。
賢は目をそらして、笑った。
声にならない、久しぶりの、ほんの少しだけ苦くて優しい笑いだった。
その夜、祖母が縁側でぽつりと言った。
「賢、ちいと顔がやわおうなったのぉ。サクラさんのおかげかのぉ」
「え……?」
「川の桜の下で遊んどる白猫じゃろ? あの子は、昔から時々、ふらっと現れるんじゃ。不思議と、人が寂しいときに、よう現れるんじゃ」
「……おばあちゃんも?」
祖母はふっと目を細めて、夕闇の向こうを見つめた。
「そうじゃのぉ。おばあちゃんがまだ若いころ、ひとりぼっちじゃった時期があったの。
そのときにね、あの白猫に、助けてもろうたんじゃ」
まさか、同じ猫じゃ――
そう思いかけて、賢は言葉を呑んだ。
けれど、それが本当であっても、不思議と怖くなかった。
どこか、温かくて、胸の奥がしんとするような感覚だった。
「サクラは、ただの猫じゃないのかもね」
そうつぶやいた祖母の言葉が、縁側の風鈴とともに、夜風に流れていった。
祖母は何も言わなかった。
ただ、朝になればごはんを用意し、昼には麦茶を出し、夕方には夕顔の咲く庭に水を撒いていた。
賢が座敷でぼんやりと本を読んでいても、スマホで動画を眺めていても、何も言わずにただそこにいてくれた。
三日目の午後、ふと風に誘われるようにして、賢は外へ出た。
村の空気は驚くほど澄んでいて、空が広かった。
遠くの田んぼでは、小さなカエルがぴょんと跳ねるたび、葉の影が揺れた。
そのときだった。
「……ニャ-」
かすかに聞こえた、鳴き声。
賢は思わず足を止め、あたりを見回した。
その声は、すぐ先の川辺から聞こえてきた。
坂道を下り、桜の木が一本だけ生えている土手の近くまで来たとき――そこに、白い猫がいた。
左耳に小さな欠けがある。
まっすぐこちらを見つめる金色の瞳。
けれど、逃げる素振りはない。
「……猫?」
賢は思わずそうつぶやいた。
猫は一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。
警戒する様子もなく、ただ静かに、まるで知っている人に会ったように、歩いてきた。
「……おいで」
しゃがみ込みながら手を差し出すと、猫はまた小さくニャ-と鳴いて、その手のひらに鼻先を寄せた。
――――温かい。
それだけで、賢の胸の奥に、何かがじんわりと広がっていった。
久しく感じていなかったもの――たぶん、「安心」というやつだ。
「……君、名前、あるの?」
猫は答えなかったが、そっと目を細めた。
その仕草がまるで、「あるよ」とでも言っているかのようだった。
賢は、ふと桜の木を見上げた。葉のあいだから、夏の陽がちらちらと差し込んでいた。
その木の下に座り込む白い猫は、まるで花の精のように見えた。
「じゃあ……サクラ、でいいかな」
猫は、まるで納得したかのように、小さく尻尾をふった。
その日から、賢はほぼ毎日、サクラに会いに桜の木の下へ通うようになった。
不思議なことに、どこかに行ってしまう日はあっても、数日後にはまた現れる。
鳴き声も少なく、すぐに膝に乗るような猫ではない。けれど、サクラはいつもそばにいた。
風に揺れる草の音の中、サクラの白い毛が陽に透けて光っていた。
「お前は、なんで俺なんかのとこに来たんだ?」
ある日、ぽつりと賢がつぶやいたとき、サクラはふっと顔を上げて、じっと賢を見つめた。
まるで――「お前なんか、じゃないよ」と、伝えようとしているかのように。
賢は目をそらして、笑った。
声にならない、久しぶりの、ほんの少しだけ苦くて優しい笑いだった。
その夜、祖母が縁側でぽつりと言った。
「賢、ちいと顔がやわおうなったのぉ。サクラさんのおかげかのぉ」
「え……?」
「川の桜の下で遊んどる白猫じゃろ? あの子は、昔から時々、ふらっと現れるんじゃ。不思議と、人が寂しいときに、よう現れるんじゃ」
「……おばあちゃんも?」
祖母はふっと目を細めて、夕闇の向こうを見つめた。
「そうじゃのぉ。おばあちゃんがまだ若いころ、ひとりぼっちじゃった時期があったの。
そのときにね、あの白猫に、助けてもろうたんじゃ」
まさか、同じ猫じゃ――
そう思いかけて、賢は言葉を呑んだ。
けれど、それが本当であっても、不思議と怖くなかった。
どこか、温かくて、胸の奥がしんとするような感覚だった。
「サクラは、ただの猫じゃないのかもね」
そうつぶやいた祖母の言葉が、縁側の風鈴とともに、夜風に流れていった。
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