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小さな足音
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―――その日は、少し風が強かった。
サクラは珍しく姿を見せず、賢は川辺の桜の木の下で、ひとりぼんやりと石を投げていた。
川の流れが、ざらざらと音を立てながら通り過ぎていく。
静かな時間。けれどどこか物足りない。
そんなことを考えていたとき――背後から、草を踏む音がした。
「……にいちゃん、何しよるの?」
突然の声に振り向くと、そこに立っていたのは、小さな男の子だった。
麦わら帽子の下から、大きな目がこちらをのぞいている。
歳は……小学校低学年くらいだろうか。
素足にサンダル、少し泥のついた半ズボン。右手には虫取り網を持っていた。
「……見てわかんない? ぼーっとしてた」
賢は少しぶっきらぼうに答えた。
相手が子どもだとしても、話しかけられること自体にまだ慣れていなかった。
でも男の子は気にした様子もなく、隣にちょこんと腰を下ろした。
「そっか。じゃあ、ぼくもぼーっとする」
「勝手にすれば」
「うん」
まるで会話が成立しているようでしていないような、不思議な間が流れる。
しばらくして、男の子がぽつりと呟いた。
「にいちゃん、よそから来た人じゃろ」
「……なんでわかる」
「村の人、おおかた顔知っとるもん。
あと、そのシャツ、ちいとかっこええ。こっちじゃ売っとらんやつ」
確かに、母が買ってくれたTシャツは都心の店で買ったものだった。
どうでもいいと思っていたが、村の子どもにしてみれば目立つのかもしれない。
「……観察力あるな」
「うん、ぼく、探偵じゃけぇの」
「探偵?」
「うん。カブトムシと、秘密と、へんな音を見つける名人」
「最後の“へんな音”ってなに」
「……夜に聞こえるやつ。たぶん、おばけ」
冗談なのか本気なのか、わからない。
けれどそのまっすぐな目と、くしゃっと笑う顔が、少しだけ胸に引っかかった。
「名前は?」
「良二。りょうじ、って書くの」
「……賢。けん、って読む」
「けんにいちゃん?」
「“にいちゃん”はやめろ」
「けんにいちゃん、川でカニとったことある?」
「……ない」
「じゃあ、教えてあげる!」
その瞬間、良二の顔がぱっと輝いた。
その笑顔は、まるで光のようだった。
警戒心も壁もなく、ただ無邪気にこちらを信じてくるその様子に、賢はどうしていいかわからなくなる。
「今度、虫とりも行こう! ぼく、すげぇ秘密の木、知ってるけぇ」
「……勝手に誘うな」
そう言いながらも、賢は気づいていた。
自分が少しだけ、――ほんの少しだけ、口元をゆるめていたことに。
良二はまっすぐで、うるさくて、元気すぎるほど元気だった。
でも、不思議と嫌ではなかった。
ふと、サクラの姿がない今日という日に、代わりに現れたのがこの少年だということが、なにかの巡り合わせのようにも思えた。
「じゃあ、また明日ここに来るけぇの!」
良二は虫取り網を肩にかけて、軽い足取りで土手を駆け上がっていった。
その背中を、賢はしばらく見送っていた。
風が吹いて、川面がきらりと光る。
静けさが戻ったその場所で、賢はひとりつぶやいた。
「……ほんとに、うるさいやつだな」
でもその声には、少しだけ笑みが混じっていた。
サクラは珍しく姿を見せず、賢は川辺の桜の木の下で、ひとりぼんやりと石を投げていた。
川の流れが、ざらざらと音を立てながら通り過ぎていく。
静かな時間。けれどどこか物足りない。
そんなことを考えていたとき――背後から、草を踏む音がした。
「……にいちゃん、何しよるの?」
突然の声に振り向くと、そこに立っていたのは、小さな男の子だった。
麦わら帽子の下から、大きな目がこちらをのぞいている。
歳は……小学校低学年くらいだろうか。
素足にサンダル、少し泥のついた半ズボン。右手には虫取り網を持っていた。
「……見てわかんない? ぼーっとしてた」
賢は少しぶっきらぼうに答えた。
相手が子どもだとしても、話しかけられること自体にまだ慣れていなかった。
でも男の子は気にした様子もなく、隣にちょこんと腰を下ろした。
「そっか。じゃあ、ぼくもぼーっとする」
「勝手にすれば」
「うん」
まるで会話が成立しているようでしていないような、不思議な間が流れる。
しばらくして、男の子がぽつりと呟いた。
「にいちゃん、よそから来た人じゃろ」
「……なんでわかる」
「村の人、おおかた顔知っとるもん。
あと、そのシャツ、ちいとかっこええ。こっちじゃ売っとらんやつ」
確かに、母が買ってくれたTシャツは都心の店で買ったものだった。
どうでもいいと思っていたが、村の子どもにしてみれば目立つのかもしれない。
「……観察力あるな」
「うん、ぼく、探偵じゃけぇの」
「探偵?」
「うん。カブトムシと、秘密と、へんな音を見つける名人」
「最後の“へんな音”ってなに」
「……夜に聞こえるやつ。たぶん、おばけ」
冗談なのか本気なのか、わからない。
けれどそのまっすぐな目と、くしゃっと笑う顔が、少しだけ胸に引っかかった。
「名前は?」
「良二。りょうじ、って書くの」
「……賢。けん、って読む」
「けんにいちゃん?」
「“にいちゃん”はやめろ」
「けんにいちゃん、川でカニとったことある?」
「……ない」
「じゃあ、教えてあげる!」
その瞬間、良二の顔がぱっと輝いた。
その笑顔は、まるで光のようだった。
警戒心も壁もなく、ただ無邪気にこちらを信じてくるその様子に、賢はどうしていいかわからなくなる。
「今度、虫とりも行こう! ぼく、すげぇ秘密の木、知ってるけぇ」
「……勝手に誘うな」
そう言いながらも、賢は気づいていた。
自分が少しだけ、――ほんの少しだけ、口元をゆるめていたことに。
良二はまっすぐで、うるさくて、元気すぎるほど元気だった。
でも、不思議と嫌ではなかった。
ふと、サクラの姿がない今日という日に、代わりに現れたのがこの少年だということが、なにかの巡り合わせのようにも思えた。
「じゃあ、また明日ここに来るけぇの!」
良二は虫取り網を肩にかけて、軽い足取りで土手を駆け上がっていった。
その背中を、賢はしばらく見送っていた。
風が吹いて、川面がきらりと光る。
静けさが戻ったその場所で、賢はひとりつぶやいた。
「……ほんとに、うるさいやつだな」
でもその声には、少しだけ笑みが混じっていた。
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