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IF世界
純白と灰白
しおりを挟む「…う……ん……」
薄暗い部屋の中、目を覚ましたアルビノの少女、絵優奈は朦朧とする意識の中、ゆっくりと体を起こし、周囲を見回した。
「……ここは……?」
余り広くはない部屋。小さなテーブル以外にはテレビくらいしかなく、窓はカーテンに遮られているが、余り明るくないことを考えると外の天気も良く無いのだろう。
内装や雰囲気から旅館の一室だと当たりをつけ、寝かされていた布団から起き上がろうとした絵優奈は手元の冷たい感触に気付いた。
「……そりゃそうですよね」
両手を軽く交差させるように手錠を掛けられ、両手の指同士を繋ぐ様に指枷が嵌められている。
軽く手を動かしてみるが拘束は外れる気配もなくジャラリと鎖が音を立てるだけだった。
鋼鉄の温度が現実を認識させる。
あの戦闘の最後、どういうわけか死ぬはずの攻撃が通用せず動揺した隙を突かれて意識を失った。
どれだけの時間が経ったのかは分からないが、見知らぬ部屋で拘束されている時点で連れ去られたと見るべきだろう。
何故殺さずに連れ去ったのかは分からないが、大方実験や魔術にでも使われるのがオチだろう。アルビノは素材としてかなり上等な部類なのだから。
「起きたか」
この後の自分の扱いを想像して絵優奈が溜息を吐いたその時、襖を開けてフラスコが入ってきた。
予想通り白一色なその姿に、やや辟易としながら視線を向けると、フラスコはカーテンを開けて窓際のソファに腰を下ろした。
「調子は?どこか痛むとか、気分が悪いとか何か問題はあるか?」
「……は?」
「……特には問題無さそうだな。強打した背中も痛む様な素振りを見せない所を見るに大した事ないようだし、上々といった所かねェ」
一瞬何を言われたのか分からず呆気に取られる絵優奈。フラスコはジロリ、と絵優奈を見ると1人で勝手に得心した様に頷いている。
次の瞬間には目の前にこちらを覗き込むような姿勢でフラスコが現れ、拘束された手を掴んで絵優奈を立たせ、手際良く布団を畳むとクルリと向き直って目を合わせる。
記憶に新しいギラついた目は鳴りを潜め、静かな色を宿すその瞳にまるで別人の様だと、他人事の様に絵優奈は感じていた。
「済まないが此処で暴れられるワケにはいかねェからな、手は使えなくさせてもらった。歩けるな?」
「え?あ、はい……」
「……何か聞きたいことでもあんのか?」
「あ、いえ……」
「…着いてこい」
捲し立てるように話を進めるフラスコに目を白黒させながら絵優奈が返事を返す。気遣っているのだろうけど正直不気味だ、と要領を得ないながらも考えつつ、絵優奈はフラスコに着いて部屋を出た。
「逃げるのは構わないが、外に出るのは止めた方が良い。死にたきゃ別だがな」
「…え?」
旅館の廊下を歩きつつ、もしかしたらこれは逃げるチャンスなのではないかと考えていた絵優奈は、思考を読まれたことよりもその言葉の内容に困惑の声を上げる。
チラリと後ろを振り返ったフラスコはわざとらしく溜息を吐くと丁度差し掛かった窓を指さした。
「此処はグレイヴェールの汚染が原因で捨てられた街だ。オレはともかく人間はマスク無しで外に行けば死ぬぞ?」
「……あ」
窓の外に目を向けると灰色の霧が立ち込めていた。辛うじて景色を見ることは出来るが、見渡す限り全て灰が積もったかのように薄汚い白一色だった。
グレイヴェールと呼ばれるその霧は、フラスコが言った様に猛毒と化した大気。20年程前に終息した大戦期で使用された兵器の数々によって発生した死の煙だった。
終戦後に問題になった代表的な環境汚染の1つであり、風に流されることなく漂う性質から被害にあった地域は軒並み捨てられたと言う。ここもそういった場所の1つなのだろうと絵優奈は思った。
「此処はまだマシな方さ……電気もガスも水道も生きているからな。それでも機械以外に誰も住んじゃいねェが…」
歩きながら淡々と言葉を紡ぐフラスコに何処か悲しげな雰囲気を感じ取ったが、絵優奈がそれに言及するより早く、フラスコはとあるドアの前で足を止めた。
フラスコは慣れた手つきでカードキーを通しパスワードを打ち、ドアを開けて中に入ると絵優奈を椅子に座らせた。
「何ですか、ここは……?」
「見りゃァ分かんだろ。備品庫だ」
「……というか、何で貴方はそんなに手馴れてるんですか?」
「…………此処の従業員だったんだよオレは」
カードキーも持っていましたし、と絵優奈が呟くとぶっきらぼうにフラスコが答えた。
予想外な言葉に絵優奈は三度自分の耳を疑った。
特A級指名手配犯として悪名を轟かせる夢理民が旅館の従業員だったなど誰が信じると言うのか。絵優奈の反応も無理はなかった。
白い目を向けられて自棄になったのかフラスコは無造作に絵優奈の眼前にある物を突きつけた。
突然目の前に物を突き出されそれをビクリと肩を震わせながら見てみれば、古ぼけて字が霞んでいるが社員証だった。
『未鏡拠介』という見慣れない名に案内人という役職、旅館の名前だろう『ふゆほたる』の文字。それらの横に載せられた顔写真は、髪の色こそ違うが確かに目の前の男の面影があった。
「今と全然見た目が違うじゃないですか」
「当たり前だろ日付見ろ。5年前だぞ5年前。それだけ経ちゃ見た目くらい変わる」
「名前フラスコじゃなかったんですね」
「はァ?お前オレの名前フラスコだと思ってたのかよ?嘘だろお前」
「だって手配書には『フラスコ』と記載されてましたし……」
「それは通称だ!」
尚も疑いの目を向ける絵優奈に心底信じられないと驚愕するフラスコ。驚きの余りの僅かに上擦った声で口早に捲し立てるその姿に、絵優奈は何だか面白くなってクスクスと笑った。
フラスコは若干疲れた顔で肩を落とすも、軽く咳払いをして小さめの瓶を取り出した。
「で、だ。君を此処に連れて来たワケだが」
「…………」
その言葉に絵優奈もいよいよ本題かと身構える。
脳裏にかつて研究所で受けた実験の数々が過ぎった。同時に並大抵の苦痛には耐えられると諦めにも似た心境でフラスコを見上げた。
「その眼を貰う。能力を使われると面倒だしな」
「えっ?そんなことで良いんですか?」
「は?……えェ?……目ェ刳り貫くんだよ?分かってる?」
「いいですよ?いくらでもあげますよ」
ビシッと音が聞こえそうな勢いで2本指を目に突き付けたフラスコの要求に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった絵優奈。
正直想像していたよりも軽すぎて拍子抜けした様だった。
予想と違う反応にフラスコも呆気に取られた。
しばしの沈黙の後、脅しでは無いことを告げるフラスコに絵優奈は平然と言い切った。
余りにもあんまりな物言いに、フラスコは奇抜なものを見る目を向けた。
どうしてそんな事を大袈裟に言うのか理解出来ない、といった風に小首を傾げる絵優奈を見て、フラスコはケラケラと笑いだす。
「面白い奴だなァ君ィ!」
「まぁ慣れてますから」
どうせ直ぐに治せますし、と微笑みながら言う絵優奈に、一頻り笑って落ち着いたフラスコがニィと口元を歪ませる。
肉食動物を彷彿とさせるギザ歯が覗き、愉悦に口角が上がる様は微かな狂気を感じさせた。
「治るまでにはどれくらいかかる?」
「目自体の治癒なら3日ですかね。視力が戻るまでに1週間くらい掛かりますけど」
「そーかいそーかい。なら、3日後に聞こうか」
「……聞くって何をです?」
突然絵優奈の視界が消えた。激痛と共に視界を奪われたことにも動じず、絵優奈は未だに楽しそうな声色で目を刳り貫いたフラスコに聞き返す。
フラスコはズラして抜き出した絵優奈の両目を手にした小瓶へ放り込むとホルマリンで瓶を満たして何処かへ飛ばし、棚から包帯を取ると手早く絵優奈の目に巻いた。
一通りするべき事が終わると光を失った絵優奈の顔に左手を添え、フラスコは声高らかに告げる。
「何を聞くかって?……元居た場所に帰るのか、此処に残るのかだよ」
取り敢えず3日間は食事くらいは面倒見てやるよ、そう付け足すフラスコはきっと笑っているんだろうと絵優奈は思った。
もう決まっている様なものですけど、小さく小さく囁かれた言葉は聞かれなかった様だった。
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