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第一話 私たちのソビエトが無くなりました
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1991年12月26日、日本から八百キロ以上も離れた日本海の対岸にあるウラジオストックの港町は昨日までソビエトと呼ばれた国だった。
ソビエトが誇るシベリア鉄道の終着駅がある極東最大の都市ウラジオストックは閉鎖都市が解かれて開放されたが、経済崩壊した港町には動けなくなった大小無数の船が小さな停泊灯だけを灯して、来ないかもしれない春の雪解けを待ち続けていた。
6時を過ぎても真っ暗な極寒の朝、港の近くに立っている築40年を超えた古い集合住宅の五階にある部屋のドアが叩かれた。
ドン、ドン。
「イリーナ、起きなさい」
基礎中等学校を卒業して間もない金髪碧眼の少女がベッドの中でモゾモゾと動いた。
お母さんが私の部屋のドアを叩いてる。
私はいつも通りの時間に起こされて、最悪の気分で自慢の金髪を整えて後でお団子にすると着替えた。
スカートの前が擦り切れてきたな、仕方が無いから、お母さんが中学校の卒業式に用意してくれた白い学校エプロンで隠した。
部屋の窓から外を見ると、真っ暗で港に停泊している船のマストのてっぺんに付いている停泊灯だけが暗闇に灯っていた。
昨日の夜、テレビでゴルバチョフ書記長がソビエト消滅を宣言した。
今日は私達のソビエトが無くなってロシアになった最初の日だった。
今日から国旗を変えろと言ってたけど、極東の港町ウラジオストックには、まだ新しい国旗は届いていない。
働かなきゃ、それがプロレタリアートの義務だもの。
私はお母さんと一緒に共同食堂の厨房に来た。
私達が住んでいる五階建ての共同住宅ドム・コムーナは共産主義的な生活様式ブィトを求めて1930年代に作られた古い建物だけど、そんなに痛んでないし悪くないと思う。食事、洗濯、シャワーまですべて共用棟に集められた先進的な建築様式はプライバシーが無くて嫌だって言う人もいるけど、私は毎日、同志と顔を合わせる共同食堂が好きだった。
お母さんはソバ粥よりも美味しくなると言って、小麦が無くて止まっていた製粉所にお願いして、ソバの実を粉にしてもらった、私はお母さんと一緒にソバの粉で麺料理を作った。
魚と海藻を煮たスープを日本人から貰った醤油で味付けすると、ソバ粥と同じ材料で出来ているとは思えないほど温かくて美味しそう。日本の蕎麦はロシアよりもずっと美味しいって、こういうことなんだ。私はお母さんからいろんな料理を習うのが大好き。
ちょうどいいタイミングで幼なじみのユーリーが共同食堂にやってきた。
「やあ、イリーナ、今日も綺麗だね」
いつものお世辞を言う幼なじみに料理を渡しながら訪ねた。
「ユーリー、今日の仕事は早く終わりそう?」
「ゴメン、今日は何時になるかわからないんだ」
「暗くなったら寒いよ」
私の言葉に笑ったのはユーリーの後ろに並んでいた、おじさんだ。
「俺みてえにヒゲを伸ばせば寒くねえぞ」
「ユーリーだってもう16なんだ、剃らなきゃ勝手に伸びるだろ」
ユーリーのお父さん、ドゥドニクおじさんだ、自慢の黒髭を撫でていた。
私はヒゲがあんまり好きじゃ無かった。
「ユーリーがおじさんみたいな、黒髭になるのはちょっと……」
ドゥドニクおじさんは私の言葉に嫌そうに反論した。
「あんだよ、俺の嫁さんはヒゲ好きなんだぜ、イリーナが嫁に来る頃には、ユーリーだって立派な黒髭になってるぞ」
ユーリーのお母さん、エカチェリーナおばさんって上品な人だけどヒゲが好きだよね。
ドゥドニクおじさんは息子も同じヒゲにしたいのかな。
ユーリーは身長だって、私より頭一つ高くなって、周りの大人と変わらない。
でも、私はお父さんみたいに綺麗にヒゲを剃っているユーリーが好きなんだけどな。
お父さんは何だか嬉しそうにお母さんに仕事を頼んだ。
「オリガ、悪いけど夕食は港に届けてくれ」
お母さんが不思議そうな顔をした。
「何も出来ることが無いのに、忙しいのですか?」
「ああ、日本から油槽船が来る、やっとナルコンプロド・ブリュハノフ号を動かせる」
お父さんは忙しい理由を説明してくれた。
「約束通りなら食料も来るはずだから、荷揚げもしなきゃいけない」
そういえば、ドゥドニクおじさんが今日は汚れた作業服じゃなくて、腕に四本の線が入った船長の外套を着ている。
お父さんも普段は勲章なんて付けたがらないのに、お客さんが来るからなんだ。
私は希望を感じて聞いてみた。
「もしかして、漁に出られるの?」
ユーリーがドヤ顔で自慢した。
「そうさ、僕も晴れて航海士見習いになるのさ」
私達が喜んでいるとドゥドニクおじさんが時計を指した。
「同志政治指導員、急がねえとお客さんが来ちまうぜ」
お父さん達は急いで蕎麦を食べると港へ走って行った。
共同食堂の片付けが終わると、食堂のテーブルに座って一人で悩んだ。
私はお父さんみたいな立派な政治指導員になりたかった。
その為に一生懸命勉強して高等党学校の入学許可をもらったのに、日本語の勉強だって頑張ったのに、9月1日に私が入学するはずだった高等党学校は、ソビエトと一緒に無くなってしまった。
私が立派な政治指導員になれたら、船長になったユーリーに「優秀な労働者」だって勲章を授与してあげたかった。 私は祖国も、将来の夢も、全て無くしてしまった、これからどうなるのか未来が見えない。 私たちの街は海があるから魚が手に入るけど、内陸の人達は食べ物が無くて飢えているって、運転手のおじさんが言ってたな。
お父さんはお爺ちゃんと仲良くしくれた人のツテで、何とかなるかもしれないって頑張ってるけど、何とかなるのかな。
お爺ちゃんはソビエト人民を飢餓から救った労働英雄だった。
きっとお父さんが何とかしてくれる、私はお父さんを信じてる。
だってお父さんは私達の水産コルホーズの 政治指導員だもの。
私達の水産コルホーズがノルマを達成しているのは、お父さんの指導のおかげだもの。
この街で腐敗とか、汚職なんて聞かないのはお父さんの政治指導のおかげだもの。
ナルコンプロド・ブリュハノフ号さえ動けば、ドゥドニクおじさんが何とかしてくれる。
だってドゥドニク一家は労働英雄を輩出してきた立派な人達なんだもの。
ユーリーだってきっと労働英雄になれる。
でも、政治指導員になれない私は、いったい何になれるのかな。
私が持っている、お金になりそうな才能と言えば、容姿しか無いのかな。
小さな鏡を出して自分の顔を見た。
自画自賛するわけじゃ無いけど、金髪白人で美女だと思う。
綺麗な青い目、身長だってそれなりにあるし、体だって悪くない。
お金のある外国に行って、売春婦になって、外貨を仕送りする。
やっぱり日本かな、でもそんな事を言ったら、お父さんも、ユーリーも怒るだろうな。
お母さんは泣くだろうな……
そろそろ、お昼ご飯の準備を始めようかと思った頃、港から汽笛が聞こえてきた、日本の船が来たんだ。
9時を過ぎてやっと冬の太陽が昇った頃、ユーリーがリヤカーを引いて共同食堂に戻ってきた。ユーリーが運んできた物を見て驚いた。
「小麦粉じゃない!」
お腹をすかせたユーリーが嬉しそうだ。
「日本の船が燃料と一緒に持ってきてくれた、コレでパンを焼いて早く届けてくれってイリーナのお父さんから伝言だよ」
「お母さん、見て、小麦粉がこんなに来たよ、蕎麦じゃなくて小麦粉だよ」
私は厨房の奥に向かって叫んだ。
お母さんが厨房の奥から出てきて、袋を開けると真っ白な小麦粉に脅いた。
「まあ、本当に混ぜ物が無い上等な小麦粉だわ、ねえイリーナ、この小麦粉の袋って日本語よね、何て書いてあるの?」
「春よ恋」「パン用強力粉って書いてあるよ」「コレは北海道の小麦粉だよ」
小麦粉の名前は私が好きなドストエフスキーの言葉だ。
素敵な名前の小麦粉だ。
でも、ちょっとだけ嫌な予感がした。
春よ恋って、ドストエフスキーがシベリア送りにされた時に女性解放について書き始めたけど、草案だけで完成しなかった作品なんだよね……
私はお母さんと一緒に白いパンを焼いた。
ユーリーにも手伝って貰って、港で働いている皆にも配った。
みんな柔らかくておいしい白いパンに喜んでくれた。
皆がお腹いっぱいになったころ、ナルコンプロド・ブリュハノフ号からディーゼルエンジンの音が鳴り始めた。
ナルコンプロド・ブリュハノフ号の汽笛の音が港に響いた。
みんなが薄暗くなってきた港で船の前に集まると、高いところにお父さんとドゥドニクおじさんが立っていた。
お父さんが大きな声で同志達に語りかけた。
「諸君、我らソビエト人民の努力によって作られた最後の船、ナルコンプロド・ブリュハノフは日本の水産会社へ売却された」
「我らは今日より、資本主義者となり、ソビエト人民ではなく、社員となる」
「本日をもって、我らの水産コルホーズは解散する」
「今日から我らは、同じ船に乗る蟹工船株式会社の社員だ!」
お父さんの演説を聞いた皆が動揺している。
私も同じだ、生まれる前から共産主義者だったのに、いきなり資本主義者になれと言われても困る。
お父さんの演説が終わるとドゥドニクおじさんが皆に問いかけた。
「おまえら、今、食ってるパンを見ろ」
「今まで俺たちを食わせてくれたのは同志政治指導員だ!」
「ツラも見た事ねえ党のお偉いさんじゃねえ!」
「みんな、俺たちは誰に付いていくか決める時だ!」
「スターリンでも、ゴルバチョフでも、エリツィンでもねえ」
「俺は同志アレクセイ・アレクサンドロビッチ・イシュコフに付いていく!」
ドゥドニクおじさんの荒っぽい演説に皆が歓声を上げた。
「ウラー !」
皆がお父さんを信じてくれた。
ドゥドニクおじさんはお父さんに向かって慣れない言葉を尋ねた。
「同志政治指導員じゃなかった、これからは何て呼べばいいんだっけ?」
「シャチョーだ、これからは日本語で社長と呼んでくれ」
こうしてお父さんはソビエトの政治指導員から日本の社長になった。
スーパートロール船であり、洋上の食品工場でもある、ソビエト最高科学の結晶として生まれた万能浮遊基地船は処女航海の前に日本の船になった。
ユーリーは器用にロープ一本で船の船首側面にぶら下がって船名を塗り替えている。
新しい名前は日本語で書かれた。
「蟹工船」これが私たちの船の新しい名前だった。
元々、ロシア語のкраболовは日本語の蟹工船を翻訳した言葉で、世界で最初に蟹工船を作ったのは日本だって言われている。
今はもう日本には蟹工船は無いみたいで、ソビエトの蟹工船と労働者を買って蟹の缶詰を作るらしい。
ドゥドニクおじさんは船長として活躍出来るし、ユーリーは航海士見習いになって将来は立派な船長になれる。
翌日、父さんは私と二人っきりで大切な話があるから、共同住宅の政治指導室に来るように言った。
部屋に入ると、お父さんは黙ったまま、紅茶を入れてくれた、
お砂糖まで沢山入れてくれた。
紅茶や砂糖まで手に入ったんだ、良かった。
私が温かくて甘い紅茶に口を付けると、お父さんは外套の中からチョコレートを出した、
「ガーナチョコ」と日本語で書いてある。
紅茶も砂糖もチョコレートも日本から来たんだ。
私がチョコレートを食べると、お父さんはやっと口を開いた。
「本当なら、お前はウラジオストック高等党学校(ブッシャ・パティーナ・シコーラ)に三年間通うはずだった」
「8月29日になって廃校なんて、酷いことになってしまった」
私も今となっては笑うしか無かった。
「入学式の三日前に廃校は、どうにもならないよ」
お父さんは申し訳なさそうに尋ねてきた。
「なあ、イリーナ、将来はどうするつもりだ」
私は正直に答えた。
「学校は諦めようと思う」
「ユーリーと結婚して、お母さんみたいに共同食堂の責任者になる」
「やっと食べ物が手に入ったから、みんなに美味しい物を食べさせてあげたい」
お父さんは真面目な顔で私に向かった。
「実は、燃料や食料を援助してもらった条件がある」
「イリーナには日本に行って欲しい」
何か様子が変……
「私一人だけなの?」
お父さんが、何だか、苦しそうな気がする。
「すまない、むこうの要求はイリーナ一人だけなんだ」
私は嫌な予感がした。
「ねえ、お父さん、大資本家は何を要求してきたの?」
お父さんは私から目をそらして喋りだした。
「向こうの要求はイリーナだけなんだ」
「他に、燃料や食料の代金はいらないからと……」
私は大資本家が何を望んでいるのか察した。
お父さんを苦しめちゃいけない、笑顔で答えなきゃ。
「うん、日本に出稼ぎに行けば良いんだね」
「いや、出稼ぎじゃなくて……」
お父さんはいつものハッキリした言い方じゃ無くて、言葉を濁している。
「お前はまだ16歳なんだ、まだ教育を受けるべきだ」
お父さんは意外なことを言い出した。
「日本の学校に三年間通ってみないか」
私は非現実的なお父さんの提案が信じられなかった。
「外国の学校に入れるお金なんか無いよね」
なんだかお父さんの様子がおかしい、苦しそうに言葉を絞り出しているみたい。
「お前には出稼ぎじゃなくて、私たちを代表して日本の資本家と繋がりを作る大切な仕事をしてもらいたい」
「その為に…」
お父さんは少し黙ってから口を開いた。
「大資本家の家でメイドになってくれ」
私は聞き慣れない言葉を聞き返した。
「メイドって何?」
お父さんは完全に私から顔を背けて言い訳みたいな説明を始めた。
「大資本家の家に住み込みで働く」
「家のことをするだけで、生活費も学費も全て出して貰える」
私は疑問の答えを遠回しに求めた。
「都合が良すぎるよね」
お父さんは説明を放棄して私に懇願した。
「頼む、イリーナが行ってくれないと、同志達を食べさせていけない」
わかってるよ、そんな都合の良い条件、ソレしかないよね。
私だって皆のためなら何だって出来る。
きっと、私はお父さんが資本家を裏切らないための、人質でもあるんだね。
売られたのはナルコンプロド・ブリュハノフ号だけじゃなくて、私もなんだね……
私は死力を尽くして笑顔で答えた。
「お父さんありがとう、私は日本の学校で一生懸命勉強するよ」
お父さんが笑顔になってくれてほっとした。
私は荷物をまとめに共同住宅の自分の部屋へ戻った。
私はお父さんが決めたことを恨まない、みんなに上等な小麦粉で焼いた、白いパンをお腹いっぱい食べさせてあげることが出来たのが嬉しかったから。
「私達は資本主義に敗北した」
それでもお父さんは、みんなにお腹いっぱい、美味しいパンを食べさせてくれた。
資本主義の国じゃ、人民は資本家の所有物で、自由も人権も無い、それでも私は同志の為に義務を果たさなきゃいけない。
私は現実を受け入れて、決意を一人で小さく呟いた。
「私は大資本家の性奴隷になる」
それから、ソビエトを無くした私たちは船に乗って日本に向かった。
暗くなってから私は船の艦橋の一番上にある羅針盤艦橋にユーリーを呼び出した。
南下する船の上はもう極寒じゃない、天井の無い羅針盤艦橋で、星空とマスト灯の明かりが街灯のように私達を照らしている。
「ねえ、ユーリー、一度だけでいいの、抱いて欲しいの」
私は外套の下に夏の卒業式で着たスカートが短い白い学校エプロンを着て告白した。
これが私が持っている一番綺麗な服だから。
「ゴメン、イリーナを愛してる」
「僕が一人前になったら結婚したいと思ってた」
ユーリーは困った顔で断った。
「でも、イリーナは行かないといけないんだろ」
私は外套を脱ぎ捨て迫った。
「そうよ、だから汚される前に好きなあなたに抱いて欲しいの」
ユーリーは苦しそうに拒絶した。
「ゴメン、イリーナは処女じゃないとダメなんだ」
私は納品前の商品なんだ、私とすれば横領・汚職になる。
ユーリーは私が恋人じゃなくて、資本家に売られた商品だって解っているんだ。
「もう私には恋人を選ぶ自由すらないのね、私は資本家の所有物で人権なんて無いのよね」
ユーリーはうつむいて私から目をそらした。
「本当にゴメン、イリーナのお父さんは何も言わなかったけど、みんな察した」
「イリーナを犠牲にするって解ってるのに、僕には何もできないんだ」
「いいの、お父さんはいつだって同志の為に自分を犠牲にしてきた」
「私は誰も恨まない」
「だって私もお父さんみたいな立派な政治指導員になりたいから」
「ゴメンよ、イリーナが帰ってきたら君がどんな姿になっていても受け入れる」
「ずっと待ってるって約束する」
私はユーリーの精一杯の誠意を受け入れた。
「ありがとう、ユーリー、私はどんな酷い目にあっても生きて帰ってくるよ」
「ユーリーが待っててくれるだけで私は耐えられるよ」
私はユーリーが必死で言葉を絞り出すのを黙って聞いた。
「こんな時に言う話じゃないと思うんだけど、シベリア送りになっても、生きて帰ってきた人たちは技術があったって聞いた」
「何か一芸に秀でた人はシベリア送りになっても、生きて帰って来たって」
「君は日本語ができるし、美人で料理が上手くて、手先が器用で……」
ユーリーが涙を流して言葉に詰まったのを見て、私も必死で言葉を絞り出した。
「私はサイタマ送りらしいわよ」
「シベリアより暖かいところだからきっと大丈夫よ」
ユーリーは待ってくれるけど、私は帰ってこられるのかわからない。
例え、今日が最後の別れになっても後悔しない。
私はポケットから自分で作った小さな勲章を出した。
小さな銅板に自分で彫った、船と蟹の絵
そして、自分で彫った栄光の言葉を見つめた。
『ソビエト食料人民委員会社会主義競争の優秀な労働者』
私が作った粗末な物じゃなくて、ちゃんとした勲章をあげたかった。
私たちのソビエトはもうないから、私はもう政治指導員になれないから、せめて……
私は涙をこらえ、姿勢を正し、毅然とした声を整えてユーリーに言った。
「同志ドゥドニク・ユーリー・アレクサンドロヴィッチ、ソビエト食料人民委員会より、社会主義競争の優秀な労働者であることを称え、勲章を授与します」
「ありがとうございます、同志政治指導員イリーナ・アレクセーヴナ・イシュコワ」
ユーリーは涙を流しながら敬礼して、私が手作りした粗末な勲章を受け取ってくれた。
私はユーリーを助けるためにもメイドになる。
資本主義の豚が私達ソビエト人民の力を必要として、向こうから請うようにしなければならない。
私たちは船の上で、星空の下で、初めてキスをした。
朝日が昇るころ、水平線のむこうに陸地が見えてきた、あれが日本のニイガタという場所らしい。
まだ2月の終わりなのに温かくなってきた、もう日本は雪溶けが始まっているんだ。
お父さんやユーリー達は日本企業の社員として、蟹を採って、缶詰に加工して、日本の水産会社に売るのが仕事になる。
私は資本家の豚小屋で汚物まみれになってでも、生きる覚悟を決めた。
ソビエト共産党が無くなっても、私は共産主義者だもの。
革命を成し遂げ、ロシア帝国を倒した偉大な先人達のように、私が日本でプロレタリア革命を起こして資本主義の豚を赤化してやるわ!
ソビエトが無くても、私はみんなの政治指導員、イリーナ・アレクセーヴナ・イシュコワだから。
ソビエトが誇るシベリア鉄道の終着駅がある極東最大の都市ウラジオストックは閉鎖都市が解かれて開放されたが、経済崩壊した港町には動けなくなった大小無数の船が小さな停泊灯だけを灯して、来ないかもしれない春の雪解けを待ち続けていた。
6時を過ぎても真っ暗な極寒の朝、港の近くに立っている築40年を超えた古い集合住宅の五階にある部屋のドアが叩かれた。
ドン、ドン。
「イリーナ、起きなさい」
基礎中等学校を卒業して間もない金髪碧眼の少女がベッドの中でモゾモゾと動いた。
お母さんが私の部屋のドアを叩いてる。
私はいつも通りの時間に起こされて、最悪の気分で自慢の金髪を整えて後でお団子にすると着替えた。
スカートの前が擦り切れてきたな、仕方が無いから、お母さんが中学校の卒業式に用意してくれた白い学校エプロンで隠した。
部屋の窓から外を見ると、真っ暗で港に停泊している船のマストのてっぺんに付いている停泊灯だけが暗闇に灯っていた。
昨日の夜、テレビでゴルバチョフ書記長がソビエト消滅を宣言した。
今日は私達のソビエトが無くなってロシアになった最初の日だった。
今日から国旗を変えろと言ってたけど、極東の港町ウラジオストックには、まだ新しい国旗は届いていない。
働かなきゃ、それがプロレタリアートの義務だもの。
私はお母さんと一緒に共同食堂の厨房に来た。
私達が住んでいる五階建ての共同住宅ドム・コムーナは共産主義的な生活様式ブィトを求めて1930年代に作られた古い建物だけど、そんなに痛んでないし悪くないと思う。食事、洗濯、シャワーまですべて共用棟に集められた先進的な建築様式はプライバシーが無くて嫌だって言う人もいるけど、私は毎日、同志と顔を合わせる共同食堂が好きだった。
お母さんはソバ粥よりも美味しくなると言って、小麦が無くて止まっていた製粉所にお願いして、ソバの実を粉にしてもらった、私はお母さんと一緒にソバの粉で麺料理を作った。
魚と海藻を煮たスープを日本人から貰った醤油で味付けすると、ソバ粥と同じ材料で出来ているとは思えないほど温かくて美味しそう。日本の蕎麦はロシアよりもずっと美味しいって、こういうことなんだ。私はお母さんからいろんな料理を習うのが大好き。
ちょうどいいタイミングで幼なじみのユーリーが共同食堂にやってきた。
「やあ、イリーナ、今日も綺麗だね」
いつものお世辞を言う幼なじみに料理を渡しながら訪ねた。
「ユーリー、今日の仕事は早く終わりそう?」
「ゴメン、今日は何時になるかわからないんだ」
「暗くなったら寒いよ」
私の言葉に笑ったのはユーリーの後ろに並んでいた、おじさんだ。
「俺みてえにヒゲを伸ばせば寒くねえぞ」
「ユーリーだってもう16なんだ、剃らなきゃ勝手に伸びるだろ」
ユーリーのお父さん、ドゥドニクおじさんだ、自慢の黒髭を撫でていた。
私はヒゲがあんまり好きじゃ無かった。
「ユーリーがおじさんみたいな、黒髭になるのはちょっと……」
ドゥドニクおじさんは私の言葉に嫌そうに反論した。
「あんだよ、俺の嫁さんはヒゲ好きなんだぜ、イリーナが嫁に来る頃には、ユーリーだって立派な黒髭になってるぞ」
ユーリーのお母さん、エカチェリーナおばさんって上品な人だけどヒゲが好きだよね。
ドゥドニクおじさんは息子も同じヒゲにしたいのかな。
ユーリーは身長だって、私より頭一つ高くなって、周りの大人と変わらない。
でも、私はお父さんみたいに綺麗にヒゲを剃っているユーリーが好きなんだけどな。
お父さんは何だか嬉しそうにお母さんに仕事を頼んだ。
「オリガ、悪いけど夕食は港に届けてくれ」
お母さんが不思議そうな顔をした。
「何も出来ることが無いのに、忙しいのですか?」
「ああ、日本から油槽船が来る、やっとナルコンプロド・ブリュハノフ号を動かせる」
お父さんは忙しい理由を説明してくれた。
「約束通りなら食料も来るはずだから、荷揚げもしなきゃいけない」
そういえば、ドゥドニクおじさんが今日は汚れた作業服じゃなくて、腕に四本の線が入った船長の外套を着ている。
お父さんも普段は勲章なんて付けたがらないのに、お客さんが来るからなんだ。
私は希望を感じて聞いてみた。
「もしかして、漁に出られるの?」
ユーリーがドヤ顔で自慢した。
「そうさ、僕も晴れて航海士見習いになるのさ」
私達が喜んでいるとドゥドニクおじさんが時計を指した。
「同志政治指導員、急がねえとお客さんが来ちまうぜ」
お父さん達は急いで蕎麦を食べると港へ走って行った。
共同食堂の片付けが終わると、食堂のテーブルに座って一人で悩んだ。
私はお父さんみたいな立派な政治指導員になりたかった。
その為に一生懸命勉強して高等党学校の入学許可をもらったのに、日本語の勉強だって頑張ったのに、9月1日に私が入学するはずだった高等党学校は、ソビエトと一緒に無くなってしまった。
私が立派な政治指導員になれたら、船長になったユーリーに「優秀な労働者」だって勲章を授与してあげたかった。 私は祖国も、将来の夢も、全て無くしてしまった、これからどうなるのか未来が見えない。 私たちの街は海があるから魚が手に入るけど、内陸の人達は食べ物が無くて飢えているって、運転手のおじさんが言ってたな。
お父さんはお爺ちゃんと仲良くしくれた人のツテで、何とかなるかもしれないって頑張ってるけど、何とかなるのかな。
お爺ちゃんはソビエト人民を飢餓から救った労働英雄だった。
きっとお父さんが何とかしてくれる、私はお父さんを信じてる。
だってお父さんは私達の水産コルホーズの 政治指導員だもの。
私達の水産コルホーズがノルマを達成しているのは、お父さんの指導のおかげだもの。
この街で腐敗とか、汚職なんて聞かないのはお父さんの政治指導のおかげだもの。
ナルコンプロド・ブリュハノフ号さえ動けば、ドゥドニクおじさんが何とかしてくれる。
だってドゥドニク一家は労働英雄を輩出してきた立派な人達なんだもの。
ユーリーだってきっと労働英雄になれる。
でも、政治指導員になれない私は、いったい何になれるのかな。
私が持っている、お金になりそうな才能と言えば、容姿しか無いのかな。
小さな鏡を出して自分の顔を見た。
自画自賛するわけじゃ無いけど、金髪白人で美女だと思う。
綺麗な青い目、身長だってそれなりにあるし、体だって悪くない。
お金のある外国に行って、売春婦になって、外貨を仕送りする。
やっぱり日本かな、でもそんな事を言ったら、お父さんも、ユーリーも怒るだろうな。
お母さんは泣くだろうな……
そろそろ、お昼ご飯の準備を始めようかと思った頃、港から汽笛が聞こえてきた、日本の船が来たんだ。
9時を過ぎてやっと冬の太陽が昇った頃、ユーリーがリヤカーを引いて共同食堂に戻ってきた。ユーリーが運んできた物を見て驚いた。
「小麦粉じゃない!」
お腹をすかせたユーリーが嬉しそうだ。
「日本の船が燃料と一緒に持ってきてくれた、コレでパンを焼いて早く届けてくれってイリーナのお父さんから伝言だよ」
「お母さん、見て、小麦粉がこんなに来たよ、蕎麦じゃなくて小麦粉だよ」
私は厨房の奥に向かって叫んだ。
お母さんが厨房の奥から出てきて、袋を開けると真っ白な小麦粉に脅いた。
「まあ、本当に混ぜ物が無い上等な小麦粉だわ、ねえイリーナ、この小麦粉の袋って日本語よね、何て書いてあるの?」
「春よ恋」「パン用強力粉って書いてあるよ」「コレは北海道の小麦粉だよ」
小麦粉の名前は私が好きなドストエフスキーの言葉だ。
素敵な名前の小麦粉だ。
でも、ちょっとだけ嫌な予感がした。
春よ恋って、ドストエフスキーがシベリア送りにされた時に女性解放について書き始めたけど、草案だけで完成しなかった作品なんだよね……
私はお母さんと一緒に白いパンを焼いた。
ユーリーにも手伝って貰って、港で働いている皆にも配った。
みんな柔らかくておいしい白いパンに喜んでくれた。
皆がお腹いっぱいになったころ、ナルコンプロド・ブリュハノフ号からディーゼルエンジンの音が鳴り始めた。
ナルコンプロド・ブリュハノフ号の汽笛の音が港に響いた。
みんなが薄暗くなってきた港で船の前に集まると、高いところにお父さんとドゥドニクおじさんが立っていた。
お父さんが大きな声で同志達に語りかけた。
「諸君、我らソビエト人民の努力によって作られた最後の船、ナルコンプロド・ブリュハノフは日本の水産会社へ売却された」
「我らは今日より、資本主義者となり、ソビエト人民ではなく、社員となる」
「本日をもって、我らの水産コルホーズは解散する」
「今日から我らは、同じ船に乗る蟹工船株式会社の社員だ!」
お父さんの演説を聞いた皆が動揺している。
私も同じだ、生まれる前から共産主義者だったのに、いきなり資本主義者になれと言われても困る。
お父さんの演説が終わるとドゥドニクおじさんが皆に問いかけた。
「おまえら、今、食ってるパンを見ろ」
「今まで俺たちを食わせてくれたのは同志政治指導員だ!」
「ツラも見た事ねえ党のお偉いさんじゃねえ!」
「みんな、俺たちは誰に付いていくか決める時だ!」
「スターリンでも、ゴルバチョフでも、エリツィンでもねえ」
「俺は同志アレクセイ・アレクサンドロビッチ・イシュコフに付いていく!」
ドゥドニクおじさんの荒っぽい演説に皆が歓声を上げた。
「ウラー !」
皆がお父さんを信じてくれた。
ドゥドニクおじさんはお父さんに向かって慣れない言葉を尋ねた。
「同志政治指導員じゃなかった、これからは何て呼べばいいんだっけ?」
「シャチョーだ、これからは日本語で社長と呼んでくれ」
こうしてお父さんはソビエトの政治指導員から日本の社長になった。
スーパートロール船であり、洋上の食品工場でもある、ソビエト最高科学の結晶として生まれた万能浮遊基地船は処女航海の前に日本の船になった。
ユーリーは器用にロープ一本で船の船首側面にぶら下がって船名を塗り替えている。
新しい名前は日本語で書かれた。
「蟹工船」これが私たちの船の新しい名前だった。
元々、ロシア語のкраболовは日本語の蟹工船を翻訳した言葉で、世界で最初に蟹工船を作ったのは日本だって言われている。
今はもう日本には蟹工船は無いみたいで、ソビエトの蟹工船と労働者を買って蟹の缶詰を作るらしい。
ドゥドニクおじさんは船長として活躍出来るし、ユーリーは航海士見習いになって将来は立派な船長になれる。
翌日、父さんは私と二人っきりで大切な話があるから、共同住宅の政治指導室に来るように言った。
部屋に入ると、お父さんは黙ったまま、紅茶を入れてくれた、
お砂糖まで沢山入れてくれた。
紅茶や砂糖まで手に入ったんだ、良かった。
私が温かくて甘い紅茶に口を付けると、お父さんは外套の中からチョコレートを出した、
「ガーナチョコ」と日本語で書いてある。
紅茶も砂糖もチョコレートも日本から来たんだ。
私がチョコレートを食べると、お父さんはやっと口を開いた。
「本当なら、お前はウラジオストック高等党学校(ブッシャ・パティーナ・シコーラ)に三年間通うはずだった」
「8月29日になって廃校なんて、酷いことになってしまった」
私も今となっては笑うしか無かった。
「入学式の三日前に廃校は、どうにもならないよ」
お父さんは申し訳なさそうに尋ねてきた。
「なあ、イリーナ、将来はどうするつもりだ」
私は正直に答えた。
「学校は諦めようと思う」
「ユーリーと結婚して、お母さんみたいに共同食堂の責任者になる」
「やっと食べ物が手に入ったから、みんなに美味しい物を食べさせてあげたい」
お父さんは真面目な顔で私に向かった。
「実は、燃料や食料を援助してもらった条件がある」
「イリーナには日本に行って欲しい」
何か様子が変……
「私一人だけなの?」
お父さんが、何だか、苦しそうな気がする。
「すまない、むこうの要求はイリーナ一人だけなんだ」
私は嫌な予感がした。
「ねえ、お父さん、大資本家は何を要求してきたの?」
お父さんは私から目をそらして喋りだした。
「向こうの要求はイリーナだけなんだ」
「他に、燃料や食料の代金はいらないからと……」
私は大資本家が何を望んでいるのか察した。
お父さんを苦しめちゃいけない、笑顔で答えなきゃ。
「うん、日本に出稼ぎに行けば良いんだね」
「いや、出稼ぎじゃなくて……」
お父さんはいつものハッキリした言い方じゃ無くて、言葉を濁している。
「お前はまだ16歳なんだ、まだ教育を受けるべきだ」
お父さんは意外なことを言い出した。
「日本の学校に三年間通ってみないか」
私は非現実的なお父さんの提案が信じられなかった。
「外国の学校に入れるお金なんか無いよね」
なんだかお父さんの様子がおかしい、苦しそうに言葉を絞り出しているみたい。
「お前には出稼ぎじゃなくて、私たちを代表して日本の資本家と繋がりを作る大切な仕事をしてもらいたい」
「その為に…」
お父さんは少し黙ってから口を開いた。
「大資本家の家でメイドになってくれ」
私は聞き慣れない言葉を聞き返した。
「メイドって何?」
お父さんは完全に私から顔を背けて言い訳みたいな説明を始めた。
「大資本家の家に住み込みで働く」
「家のことをするだけで、生活費も学費も全て出して貰える」
私は疑問の答えを遠回しに求めた。
「都合が良すぎるよね」
お父さんは説明を放棄して私に懇願した。
「頼む、イリーナが行ってくれないと、同志達を食べさせていけない」
わかってるよ、そんな都合の良い条件、ソレしかないよね。
私だって皆のためなら何だって出来る。
きっと、私はお父さんが資本家を裏切らないための、人質でもあるんだね。
売られたのはナルコンプロド・ブリュハノフ号だけじゃなくて、私もなんだね……
私は死力を尽くして笑顔で答えた。
「お父さんありがとう、私は日本の学校で一生懸命勉強するよ」
お父さんが笑顔になってくれてほっとした。
私は荷物をまとめに共同住宅の自分の部屋へ戻った。
私はお父さんが決めたことを恨まない、みんなに上等な小麦粉で焼いた、白いパンをお腹いっぱい食べさせてあげることが出来たのが嬉しかったから。
「私達は資本主義に敗北した」
それでもお父さんは、みんなにお腹いっぱい、美味しいパンを食べさせてくれた。
資本主義の国じゃ、人民は資本家の所有物で、自由も人権も無い、それでも私は同志の為に義務を果たさなきゃいけない。
私は現実を受け入れて、決意を一人で小さく呟いた。
「私は大資本家の性奴隷になる」
それから、ソビエトを無くした私たちは船に乗って日本に向かった。
暗くなってから私は船の艦橋の一番上にある羅針盤艦橋にユーリーを呼び出した。
南下する船の上はもう極寒じゃない、天井の無い羅針盤艦橋で、星空とマスト灯の明かりが街灯のように私達を照らしている。
「ねえ、ユーリー、一度だけでいいの、抱いて欲しいの」
私は外套の下に夏の卒業式で着たスカートが短い白い学校エプロンを着て告白した。
これが私が持っている一番綺麗な服だから。
「ゴメン、イリーナを愛してる」
「僕が一人前になったら結婚したいと思ってた」
ユーリーは困った顔で断った。
「でも、イリーナは行かないといけないんだろ」
私は外套を脱ぎ捨て迫った。
「そうよ、だから汚される前に好きなあなたに抱いて欲しいの」
ユーリーは苦しそうに拒絶した。
「ゴメン、イリーナは処女じゃないとダメなんだ」
私は納品前の商品なんだ、私とすれば横領・汚職になる。
ユーリーは私が恋人じゃなくて、資本家に売られた商品だって解っているんだ。
「もう私には恋人を選ぶ自由すらないのね、私は資本家の所有物で人権なんて無いのよね」
ユーリーはうつむいて私から目をそらした。
「本当にゴメン、イリーナのお父さんは何も言わなかったけど、みんな察した」
「イリーナを犠牲にするって解ってるのに、僕には何もできないんだ」
「いいの、お父さんはいつだって同志の為に自分を犠牲にしてきた」
「私は誰も恨まない」
「だって私もお父さんみたいな立派な政治指導員になりたいから」
「ゴメンよ、イリーナが帰ってきたら君がどんな姿になっていても受け入れる」
「ずっと待ってるって約束する」
私はユーリーの精一杯の誠意を受け入れた。
「ありがとう、ユーリー、私はどんな酷い目にあっても生きて帰ってくるよ」
「ユーリーが待っててくれるだけで私は耐えられるよ」
私はユーリーが必死で言葉を絞り出すのを黙って聞いた。
「こんな時に言う話じゃないと思うんだけど、シベリア送りになっても、生きて帰ってきた人たちは技術があったって聞いた」
「何か一芸に秀でた人はシベリア送りになっても、生きて帰って来たって」
「君は日本語ができるし、美人で料理が上手くて、手先が器用で……」
ユーリーが涙を流して言葉に詰まったのを見て、私も必死で言葉を絞り出した。
「私はサイタマ送りらしいわよ」
「シベリアより暖かいところだからきっと大丈夫よ」
ユーリーは待ってくれるけど、私は帰ってこられるのかわからない。
例え、今日が最後の別れになっても後悔しない。
私はポケットから自分で作った小さな勲章を出した。
小さな銅板に自分で彫った、船と蟹の絵
そして、自分で彫った栄光の言葉を見つめた。
『ソビエト食料人民委員会社会主義競争の優秀な労働者』
私が作った粗末な物じゃなくて、ちゃんとした勲章をあげたかった。
私たちのソビエトはもうないから、私はもう政治指導員になれないから、せめて……
私は涙をこらえ、姿勢を正し、毅然とした声を整えてユーリーに言った。
「同志ドゥドニク・ユーリー・アレクサンドロヴィッチ、ソビエト食料人民委員会より、社会主義競争の優秀な労働者であることを称え、勲章を授与します」
「ありがとうございます、同志政治指導員イリーナ・アレクセーヴナ・イシュコワ」
ユーリーは涙を流しながら敬礼して、私が手作りした粗末な勲章を受け取ってくれた。
私はユーリーを助けるためにもメイドになる。
資本主義の豚が私達ソビエト人民の力を必要として、向こうから請うようにしなければならない。
私たちは船の上で、星空の下で、初めてキスをした。
朝日が昇るころ、水平線のむこうに陸地が見えてきた、あれが日本のニイガタという場所らしい。
まだ2月の終わりなのに温かくなってきた、もう日本は雪溶けが始まっているんだ。
お父さんやユーリー達は日本企業の社員として、蟹を採って、缶詰に加工して、日本の水産会社に売るのが仕事になる。
私は資本家の豚小屋で汚物まみれになってでも、生きる覚悟を決めた。
ソビエト共産党が無くなっても、私は共産主義者だもの。
革命を成し遂げ、ロシア帝国を倒した偉大な先人達のように、私が日本でプロレタリア革命を起こして資本主義の豚を赤化してやるわ!
ソビエトが無くても、私はみんなの政治指導員、イリーナ・アレクセーヴナ・イシュコワだから。
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