人の恋路を邪魔するな

guch

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彼のいない日①

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キヴィのいない日、ベベドナはいつも通り花に水やりをしていた。



「今日はあの人はいないの?」



「お出かけ中さ」

「なら俺たちと酒場でも行こうぜ、いい加減飽きてきただろ、清貧生活も」

「何言ってんのさ、毎日キヴィ様の顔を見放題なんだから飽きるわけないだろ…ま、それはそれとして、久しぶりに街に遊びに行くのもいいね」

ベベドナが立派に育ってきた夏の花を眺めていた時、教会に遊びに来た魔族たちに声をかけられる。ベベドナはマレンマレンに一言伝えておき、久しぶりに村の中心部に出ることにした。

教会が立つ小高い丘から砂利道を下っていくと、食料品店、布屋、酒場、定食屋が立ち並ぶ村の中心街に辿り着く。
教会も教会で子供の声が響いているが、やっぱり街中は騒々しい。教会に住み込み始めるまでベベドナは下町で暮らしていたので、喧騒の中で懐かしい気分になる。そこら中にゴミが散らばり、大声でがなり立てる行商人たちが歩き顔を赤くした人々が酒臭い息を吹きかけて来る不衛生な通りは教会とは程遠い空間だが、不思議と居心地がいいのだ。


「屋台もちょっと増えたね」

「これうまいぜ」

ベベドナは鋭い牙を持つ仲間と一緒に、魔族が売っている甲殻系の魔物の串刺しを頬張る。

(美味しい。けど、人間は誰も買ってないしキヴィ様たちは食べないかな)

久々の魔族食を楽しみながら、ベベドナはそんなことを考えた。




ベベドナの顔も、彼女が教会にいることも村中に知られているため、ベベドナは以前のように騒いだり通りすがりのいい男に流し目することは控えた。しかし、酒の誘惑には勝てず、日が沈む頃、夕食も兼ねて仲間たちと酒場に入った。
(一応、マレンマレンには今日は帰らないかもって伝えてるし、飲み過ぎなきゃ大丈夫だろ。)







「あははははは!そりゃないだろ、あんたっ!!!」



飲み過ぎないという決心をものの数分で忘れたベベドナは、教会に置いていない火酒をしこたま飲み、さらにアルコールが高濃度の、魔族だけが飲める竜のうろこ酒を飲んでは口から火を吐き、仲間の下品な冗談に腹を抱えて笑い転げた。



「お前、いつまで修道女ごっこするつもりなんだ?戻んないのか?」



そんな修道女からも女司祭からも程遠いベベドナの様子を見て、人狼がベベドナに尋ねる。



「まだキヴィ様と何もしてないのに教会から出るわけないだろっ」



「脈ないんだろ?ありゃ押し倒さねえと無理だ。早くやるか諦めるかしろよ。」



ベベドナは横から身も蓋もないことを言う一つ目をにらみつける。



「そりゃあたしだってそうしたいけど、キヴィ様を傷つけるのは駄目だ。」



「一回しちゃえばハマるかもしんねえだろ。というかお前がよく言うよな…」



「そうかも…でも、嫌われたりがっかりされたくないし…無理になんてさ。」



一抹の可能性を考えて悩むベベドナに、今度は冷めた女サキュバスの友人が話しかける。



「なんでか知んないけどアンタへの幻想強すぎよね、あの坊や。百年以上前のやんちゃはともかく、最近の噂は周りからも言われてるだろうに。やっぱチェリーだからかしら?」



客観的で的を得てはいるが、キヴィへの侮辱と受け取ったベベドナは整った濃い眉を釣り上げて反論する。



「キヴィ様はあたしの魂を見てくれてるんだよ!」



「「ブフッ」」


ベベドナらしからぬ言い回しに仲間のサキュバスやトカゲ男が吹き出す。

「この女の口からそんな言葉が出るとは!」

「こいつ意外と純情なんだよ…」



など目の前で堂々と囁きあう仲間たちに怒ったベベドナは、厠に行くと席を立った。

(あいつら勝手なこと言って…!)

なまじ、的外れでないだけにベベドナの怒りは増すのだった。



「ベベドナ」

「あ?」

厠を出たところ、酒場の二階の廊下でベベドナは後ろから声をかけられた。振り返ると知った顔がある。数年前にベベドナが付き合っていた男だ。

「あら、久しぶり」

全く男に未練も興味もないベベドナは、軽く挨拶をして通り過ぎようとした。しかし、男がベベドナの腕を掴んで引き止める。

「待てよ。今、俺フリーでさ。そこで一発どうだ?」

そう言って、酒場の二階の小部屋を指差す。そういうことにも使われる宿泊用の部屋だ。

「アホ言ってんじゃないよ。あたしは今教会にいるんだから…」

獣人もしないような誘い文句を言う男にベベドナは呆れて首を振る。しかし男はベベドナの言葉を聞かず、笑い出した。

「ははは!傑作だよな!サキュバスが修道女ってよ…あのうるさそうな司祭がいないから羽目外しに来たんだろ?な、行こうぜ」

キヴィに振り向かれないベベドナを慰める言葉もかけず、笑いものにする男に怒るベベドナの額には、血管が浮かぶ。

(顔と身体はまあまあだけど、こいつの身体しか見ていないところが嫌で別れたんだった。はじめはあたしも本気だったのに。)

ベベドナは遊ぶことも多いが、基本的に恋人と公言した相手には本気だった。しかしベベドナに見る目がないのか、基準が高いのか、大半はボンクラなことがすぐ判明し、恋は冷めるのだ。

「キヴィ様がいようがいまいが、あんたとなんかヤらないよ!しかもあんたの精気、不味いしさ」

はじめは美味い気もしたが、男の精気は安食堂の最低価格といった味だった。この男と寝たところで、キヴィの信頼は失うし美味い精気も得られないし、ベベドナには何の得もない。何なら一物も大した代物ではない。

(こいつの前の優良物件が最低だったからって、選り好むべきだった。)

「どういう意味だよ…」

「離せって!」

男がしつこいので、ベベドナは思わず大声を上げた。もう周囲の目も気にせずぶん投げようかとした時、

「離してやんなよ」

「しつこいのは見苦しいぜ」

酒場の客、人間の男女数人が来て男をベベドナから引き剥がした。ベベドナは驚いた。この酒場の女将は友人だが、彼らのことは知らない。人間にも変装していないベベドナを見ず知らずの人間が助けたのは初めてだ。

「あんた、キヴィ様のとこのシスターだろ。」

「俺、あの人に家族の病気を治してもらったんだ。高い薬をただでくれてさ。」

「祭儀で言ってることは分かんないけど、良い人っぽいし、これからも助けてやってくれよ」

「う、うん…」

どうやらベベドナと男のやり取りはベベドナに有利なように解釈されたらしい。

(か弱いシスターぶっておいてよかった…。そして村人に信頼されてるキヴィ様、素敵だ…。)



ベベドナが胸を撫で下ろし立ち去ろうとすると、男は捨て台詞を吐いた。

「所帯じみやがってよ…。」

(キヴィ様とあたしが所帯!?)



その一言で、ベベドナの中の、地を突き破って奈落へ落ちていた男への好感度は少し上がった。
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