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1.卒業パーティと令嬢

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 ここは異世界にあるドネル王国の王都ドネル。そこには広大な敷地と豪華な設備を誇る王立第一魔法学院がある。

 この学院は創立して100年ほどにもなるのに、これまで一度も事件や事故のたぐいも起きず、退学者や落第生さえ出していないのを誇りとしている。

 今日はこの学院の大ホールで卒業記念パーティが開かれている

 パーティは定刻どおりに、学院長の挨拶からはじまり、招かれた来賓の紹介や各種表彰まで順調に進むと、待っていましたとばかりに「パンパカパー♪」というファンファーレが高らかに鳴り響く。

 するとバトントワリング隊を先頭にブラスバンド部が軽快な曲を演奏しながら賑やかに入って来てホールを練り歩く
 よく訓練された動きで整然と行進する様子を見た人々からは、思わず称賛の拍手が沸き起こった。

 そして、勇ましいドラムロールの音に合わせて、ニドオ第一王子とその取り巻きたちが舞台に駆け上がる
 その中から取り巻きの一人が歩み出て、「王子はここに婚約を破棄し、婚約者のアイリス嬢を断罪しゅる」とセリフをかみながらも、声を張り上げて力強く宣言。

 曰く、「学院に通う善良な令嬢や令息たちを執拗にイジメて金品を巻き上げ、さらに奸計を弄して悪の道にいざない学院の正義と真実をねじ曲げた、その神をも恐れぬ所業!許すまじ。」
 「壁の落書きから生徒たちの不順異性交友に至るまで、すべてが令嬢の魔の手による悪辣な謀略だ」と言い切ると、元カリスマ政治運動家という緑髪の怪しげな女性司会者コイケルが、絶妙な間合で群衆を煽った

 さらに、舞台上で作業員が素早く組み立てたギロチン台が、おどろおどろしい全容をさらすと、会場は一気に興奮のルツボと化す。

 すると王子突撃隊と書かれた旗を持ち、軍人の様なおそろいの制服に身を固め、隊列を組んだ王子の私兵たちの手によって、手際よく頭から布製の袋をすっぽりとかぶせられ、首から大きく「悪女」と書かれた札をぶら下げた、ひとりの令嬢が、縄でぐるぐる巻きされたまま引き出された。

 その令嬢の無実を訴える声も、興奮した会場の喧騒と熱狂にかき消され、ついに問答無用とばかり刑が執行される
 「ドスン!」というギロチンの刃が落ちた鈍い音がした瞬間、人々の大きな拍手と歓声が上がると、いきなり会場が暗転した

 再び、まばゆいスポットライトがあたると、もうギロチン台は見当らず、ブラスバンドや王子たちも消え、代わりに最近、評判の歌姫が登場して華やかに歌謡ショーがはじまる。

 そのあとはフル編成のオーケス演奏による全員参加のダンス大会などの余興が続き、パーティは盛り上がった
 しかし、終了予定時刻が近づくと徐々に流れ解散になり、それぞれ二次会へ急ぐ頃には、王子に婚約破棄され断頭台のつゆと消えた令嬢の事など、皆あっさりと忘れてしまっている。

 しかし、この断罪劇よって、この3年間の生徒や職員の汚点、不祥事のすべてが悪役令嬢によるものと認定され
    不名誉な退学によって脱落した者、怠惰な落第生の名簿まで抹消され、この断罪自体も記録されずに忘れ去られてしまう。

 一応、法治国家と称するドネル王国ですが、人権の概念も薄く法律無視の私刑や人民裁判、貴族や権力者による公開処刑などが横行、この程度の事では誰も騒がず、むしろパーティの軽い余興のひとつにしか感じない。

 王子の婚約者のアイリス嬢は、書類上だけに存在する架空の人物で、実際に刑を執行されたのも雑に作られた身代わり人形
 この人形は魔石を使った特製の魔道具で、パーティが終わるまで身体を動かし、うめき声まで上げていた

 人形を片付ける裏方の悪役令嬢係りは、まるでゾンビのようで気持ちが悪かったろうが、おかげで興奮した観客は誰も人形だとは気がつかなかった。

 こんなつまらない汚れ仕事ばかりの悪役令嬢係りも、栄光あるドネル王国秘密警察のれっきとした一部門ですが、吹けば飛ぶような弱小部門でこれと言った目立つ功績もなく
 リストラの対象と見なされているため、この様な陳腐でささいなイベントも、一切ミスしないよう万全の体制で取り組む。

 悪役令嬢係りとその補助員たちの役目は、学院や貴族のパーティでたまに行われる断罪イベントの手配
    そして、若作りをして生徒に紛れ込み、学院生徒会の風紀委員としての生徒の指導を行なう日常活動、学院内の不祥事や事件の情報収集と未然防止、生徒とその関係者の素行調査など多岐にわたるため常に人手不足。

 世間では、そんな3K職場で働く嫌われ者の私たち悪役令嬢対策プロジェクトの係り員を、通称「アクレイ」と呼ぶ。

 この機関の当初の目的は、その頃に流行し大きな社会問題になっていたイジメ事件の主役、悪役令嬢や不良令息たちの取り締まりでしたが
 いつの頃からか学園の不始末や貴族の汚職、失敗などを、もみ消すためのイベント屋になリ下がってしまったようです。

 私はこちらでは漂流者と呼ばれている転移者で、三年ほど前に、異世界に転移したショックと空腹が重なり、その日のうちに森の中で行き倒れになっていたらしい
 そこを冒険者パーティに運良く助けられ、連れて行かれた冒険者ギルドから、漂流者保護施設を経て、やっと最低限必要な異世界の知識を身につけることが出来ました。

 しかし、地味な顔とおとなしい性格に加えて、冒険者になるほどの覇気や愛嬌、戦闘スキルもなく、体力、魔力も不足気味
 異世界知識を生かす商売も思いつかず、まかないつきの寮完備、楽で高待遇などと勧められるままに悪役令嬢係りに仮採用され、長い試用期間を終え、やっとパートの補助員になったのです。

 安月給ながらこのまま、我慢して真面目に働いていれば、いずれ昇給や昇進もあるだろうと考えていたら、裏金とコネの無い漂流者はいつまでたっても、補助員止まりだと同僚に耳打ちされガッカリ。

 残念ながら補助員は安定した職業ではなく、小さな下請けや孫請け業者のパート従業員に過ぎず、国や業者の都合で、いつクビになってもおかしくない不安定な立場で待遇。面も最悪

 「このままでは彼氏をさがすどころか、明日の生活さえままならないわ!(●`ε´●)貧乏暇無し、彼氏なしです」と秘密の日記の隅に小さく書いておこう(泣)。
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