82 / 252
82
しおりを挟む
「何を考えているのですか?」
クリストファーの部屋を出たアビーナルはぼんやりしているアルトに声をかけた。
「クリストファー様の話をな、考えていた。俺では姫の力になれていないのだなと…」
クリストファー様はミルアージュを一人にしろと言った。
だが、アルトはミルアージュに頼られたかった。軍部の上官、部下の関係だけではなく…
だが、アルトでは無理だとクリストファー様は言う。その事に対し落ち込む自分がいる事にアルトは気づいていた。
「…仕方ありません。ミルアージュ様と私たちが対等になる日など永遠にないのですから。」
「そんな事はわかっているが…」
ミルアージュが苦しむとわかっていてどうしようもできないなんて。
「あなたが考えるべきなのはそこではありません。被害を少なくし、ミルアージュ様の苦痛を少しでも減らせるように努力しなさい。このままでは今あるミルアージュ様の信頼すら失いますよ。」
アビーナルの言うことももっともだ。
アルトは第三部隊の隊長として今回の任務を完遂させること、その事を考えていかなければならない。
アルトはパンと頬を自分で叩き、そのまま無言で立ち去った。
立ち去るアルトをアビーナルはしばらく見つめていた。
「アルトの気持ちもわかりますがね…」
アビーナルだってミルアージュに思うところはたくさんある。
あれほど他者を大切にするのに。
今だってずっと過去に苦しんでいるのに、さらに自分の罪を増やすのだから。
アルトを見送ってからクリストファーの部屋に戻った。
部屋に入ったかアビーナルはクリストファーに頭を下げた。
「…戻ると思っていた。」
クリストファーが憔悴しているのが見える。
今回の件で一番こたえているのはクリストファーだろう。
アビーナルもクリストファーの補佐官だった事もあり、クリストファーの事はよくわかっていた。
気持ちを少しでも楽にする為、アビーナルはクリストファーにお茶を入れる。
ミルアージュが好きなお茶をクリストファーも好んで飲んでいる。
フワッと香るそのお茶はミルアージュを連想させるからだ。
「ミルアージュ様もあなたもどうしてこう、空回りをするのでしょうね…」
アビーナルはお茶を入れながら小さくため息をつく。
誰よりミルアージュを想うクリストファーにとって今回の件を到底納得などできないだろう。
クリストファーの机にお茶が出される。
ゴクッと一口クリストファーは飲んだ。ミルアージュが前に入れてくれたお茶の香りと味がする。
「ミアをこの国に連れてきたのが間違いだったのだろうか…」
カップを持つクリストファーの手が震えていた。
誰よりも幸せになって欲しい。
アンロックではミアの居場所はない。
ルーマンで幸せになるはずだった。
自分がその環境を作るはずだった。
それなのに、ルーマンのために自国でもないミアは必死で戦ってくれている。
そんな愚かな国にしてしまった自分が悔しい。
アルトにミアが独りになる時間を作れと言ったが、夫である自分にも慰める事などできない。その資格がない。
ミアを巻き込んだのはこの国であり、その国の王太子が自分なのだから…
「ミルアージュ様は天才です。王となるべくして生まれてきた存在。例え自分から望まなくても巻き込まれていきます。」
クリストファーの慰めにはならないだろうが、この国に来なくてもミルアージュの運命は変わらないものだったとアビーナルは確信している。
困っている民を見過ごせないのだから、どこにいたって同じことをしていく。
そんなミルアージュを利用しようと悪意を持つ者が近く可能性だってある。
「ミルアージュ様は変わりません。傷ついても進みます。それならばあなたは夫としてミルアージュ様に尽すしかありません。今までのように。」
クリストファーは黙ったままアビーナルの話を聞いている。
本当にミルアージュ様の事となると弱気になるな…政務面では悩むことなどしないのに。
「クリストファー様との結婚はミルアージュ様のわがままだそうですよ。それならば、あなたがそれを否定してはいけません。」
アビーナルがアイシスとの結婚話を聞きたかったミルアージュが交換条件にクリストファーとの思い出を話した。
本来、クリストファーは悪評の広まった自分と結婚などするべきではなかったとミルアージュは言っていた。
アンロックの後ろ盾なども期待できない以上、厄介な存在でしかない。
だが、クリストファーに強く望まれ、それに応えたい自分がいたと。
「わがままね」
そう言って苦笑いをするミルアージュを悲しくアビーナルは見つめた。
「クリストファー様はミルアージュ様がいてくれるだけで幸せですよ。」
何度も伝えている言葉。そう言い続けなければミルアージュは消えてしまいそう。その時、そんな予感がしたのをアビーナルは思い出していた。
そしてミルアージュと同じでクリストファーにもアビーナルの言葉は届かない事がわかっていながら、どうしても伝えたかった。
「そうだな、ありがとうアビーナル。」
クリストファーは残りのお茶を飲み、目を閉じた。
クリストファーの部屋を出たアビーナルはぼんやりしているアルトに声をかけた。
「クリストファー様の話をな、考えていた。俺では姫の力になれていないのだなと…」
クリストファー様はミルアージュを一人にしろと言った。
だが、アルトはミルアージュに頼られたかった。軍部の上官、部下の関係だけではなく…
だが、アルトでは無理だとクリストファー様は言う。その事に対し落ち込む自分がいる事にアルトは気づいていた。
「…仕方ありません。ミルアージュ様と私たちが対等になる日など永遠にないのですから。」
「そんな事はわかっているが…」
ミルアージュが苦しむとわかっていてどうしようもできないなんて。
「あなたが考えるべきなのはそこではありません。被害を少なくし、ミルアージュ様の苦痛を少しでも減らせるように努力しなさい。このままでは今あるミルアージュ様の信頼すら失いますよ。」
アビーナルの言うことももっともだ。
アルトは第三部隊の隊長として今回の任務を完遂させること、その事を考えていかなければならない。
アルトはパンと頬を自分で叩き、そのまま無言で立ち去った。
立ち去るアルトをアビーナルはしばらく見つめていた。
「アルトの気持ちもわかりますがね…」
アビーナルだってミルアージュに思うところはたくさんある。
あれほど他者を大切にするのに。
今だってずっと過去に苦しんでいるのに、さらに自分の罪を増やすのだから。
アルトを見送ってからクリストファーの部屋に戻った。
部屋に入ったかアビーナルはクリストファーに頭を下げた。
「…戻ると思っていた。」
クリストファーが憔悴しているのが見える。
今回の件で一番こたえているのはクリストファーだろう。
アビーナルもクリストファーの補佐官だった事もあり、クリストファーの事はよくわかっていた。
気持ちを少しでも楽にする為、アビーナルはクリストファーにお茶を入れる。
ミルアージュが好きなお茶をクリストファーも好んで飲んでいる。
フワッと香るそのお茶はミルアージュを連想させるからだ。
「ミルアージュ様もあなたもどうしてこう、空回りをするのでしょうね…」
アビーナルはお茶を入れながら小さくため息をつく。
誰よりミルアージュを想うクリストファーにとって今回の件を到底納得などできないだろう。
クリストファーの机にお茶が出される。
ゴクッと一口クリストファーは飲んだ。ミルアージュが前に入れてくれたお茶の香りと味がする。
「ミアをこの国に連れてきたのが間違いだったのだろうか…」
カップを持つクリストファーの手が震えていた。
誰よりも幸せになって欲しい。
アンロックではミアの居場所はない。
ルーマンで幸せになるはずだった。
自分がその環境を作るはずだった。
それなのに、ルーマンのために自国でもないミアは必死で戦ってくれている。
そんな愚かな国にしてしまった自分が悔しい。
アルトにミアが独りになる時間を作れと言ったが、夫である自分にも慰める事などできない。その資格がない。
ミアを巻き込んだのはこの国であり、その国の王太子が自分なのだから…
「ミルアージュ様は天才です。王となるべくして生まれてきた存在。例え自分から望まなくても巻き込まれていきます。」
クリストファーの慰めにはならないだろうが、この国に来なくてもミルアージュの運命は変わらないものだったとアビーナルは確信している。
困っている民を見過ごせないのだから、どこにいたって同じことをしていく。
そんなミルアージュを利用しようと悪意を持つ者が近く可能性だってある。
「ミルアージュ様は変わりません。傷ついても進みます。それならばあなたは夫としてミルアージュ様に尽すしかありません。今までのように。」
クリストファーは黙ったままアビーナルの話を聞いている。
本当にミルアージュ様の事となると弱気になるな…政務面では悩むことなどしないのに。
「クリストファー様との結婚はミルアージュ様のわがままだそうですよ。それならば、あなたがそれを否定してはいけません。」
アビーナルがアイシスとの結婚話を聞きたかったミルアージュが交換条件にクリストファーとの思い出を話した。
本来、クリストファーは悪評の広まった自分と結婚などするべきではなかったとミルアージュは言っていた。
アンロックの後ろ盾なども期待できない以上、厄介な存在でしかない。
だが、クリストファーに強く望まれ、それに応えたい自分がいたと。
「わがままね」
そう言って苦笑いをするミルアージュを悲しくアビーナルは見つめた。
「クリストファー様はミルアージュ様がいてくれるだけで幸せですよ。」
何度も伝えている言葉。そう言い続けなければミルアージュは消えてしまいそう。その時、そんな予感がしたのをアビーナルは思い出していた。
そしてミルアージュと同じでクリストファーにもアビーナルの言葉は届かない事がわかっていながら、どうしても伝えたかった。
「そうだな、ありがとうアビーナル。」
クリストファーは残りのお茶を飲み、目を閉じた。
2
あなたにおすすめの小説
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
嘘はあなたから教わりました
菜花
ファンタジー
公爵令嬢オリガは王太子ネストルの婚約者だった。だがノンナという令嬢が現れてから全てが変わった。平気で嘘をつかれ、約束を破られ、オリガは恋心を失った。カクヨム様でも公開中。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
「俺が勇者一行に?嫌です」
東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。
物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。
は?無理
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる