29 / 43

【第29話】 戦の指揮と密談の約束

しおりを挟む
あの日から一週間が経った。ナグラート王国との戦は、正式に開始されることが決まった。

属国化に不満を抱く者も出るかと思いきや、意外にも兵士たちの士気は高く、民衆の間では勝利を期待する歓声が上がっていた。

募集で入ってきた平民も、戦で功績を上げようと血気盛んに訓練に励んでいる。



(このままグラヴィスが指揮をとれば、間違いなく勝てる……)

そう思っていた矢先、私は思いがけない呼び出しを受けた。



ーーー今、私はアマデル皇妃の前に座っている。



昨夜、城から皇妃の使者が来て、ジェニエットに用があると告げたのだ。

目の前には、優雅にお茶をすする母上。



(もぉ! いったい何なのよ! 今日も時間のある限り、グラヴィスといちゃラブしたいのに! さっきからお茶ばかりで、何も話さないし……。さっさと本題にしてくれないかな……胃がキリキリするわ……)



そんなことを考えていると、アマデル皇妃は静かにお茶を置き、私を鋭く見つめた。



その視線に思わずビクリと体が跳ねる。かつてのジェニエットだった頃の感覚が蘇り、まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。

だが、中身はカナデ。



(もう怖くない……母上の言いなりにはならない!)



そう強く意識して、キッと見返すと、皇妃は薄く笑った。



「……その顔、ずいぶん反抗的になったわね。宰相邸ではずいぶん幸せに暮らしているそうね。だからと言って、お前が自由になるわけではないのよ?」



(はい、出た……毒親発言……さっさと帰りたい……)



続けて皇妃は、ゆったりとした声で話を続けた。



「それと、グラヴィスは随分お前に溺れているようね……。なんでもお前の言うことなら聞くとか……」



(いったいどこ情報!? 宰相邸に密偵でもいるのかしら……。アルフォンス王子の時もそうだったけど、警備ガバガバでは……!?)



その後、皇妃は本題に入った。



「お前に頼みたいことがあるの。今回の戦、指揮権をドミニクに任せるよう、グラヴィスに伝えなさい」



「兄上に……? なぜですか?」



アマデル皇妃は、柔らかく微笑む。



「今回の戦は勝ち戦でしょう。だけど、勝てば国の利益に大きく繋がる。そこでドミニクが指揮をとれば、功績を積んで皇太子の座に一歩近づく。理解できるでしょう?」



その微笑みに、私はぞくりとした。



(やっぱり、この人は子どもを駒としか見ていない……)



「……それは、私がグラヴィス様に言ったところで、どうにもできません。兄上は指揮をとる事を望んでいるのですか?」



皇妃の表情は一瞬、厳しいものに変わった。



「ドミニクの意見は私の意見よ! お前は言う通りにすればいいの! わかった!?」



(やっぱり……話してもムダ……)



私は深呼吸し、笑顔で答えた。



「はい、わかりました。母上」



その素直な返事に、皇妃は満足したように微笑み、静かに言った。



「そう、それでいいのよ。もう用はないわ、行きなさい…」



私は頭を下げ、部屋を出た。

付き添いのメアリーが心配そうに声をかける。



「ジェニエット様、大丈夫ですか?」



「大丈夫よ。とにかく、グラヴィス様と兄上に相談しなくちゃ……。メアリー、手はずを整えてくれる?」



「かしこまりました。ドミニク殿下たちに密かに手紙を送ります。ジェニエット様は、旦那様に……」



こうしてーー

誰にも知られぬまま、グラヴィスと三皇子の密談が決まったのだった。





---

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます

氷雨そら
恋愛
 本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。 「君が番だ! 間違いない」 (番とは……!)  今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。  本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。 小説家になろう様にも投稿しています。

婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~

白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」  枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。  土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。  「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」  あなた誰!?  やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!  虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。

【完結】身分を隠して恋文相談屋をしていたら、子犬系騎士様が毎日通ってくるんですが?

エス
恋愛
前世で日本の文房具好き書店員だった記憶を持つ伯爵令嬢ミリアンヌは、父との約束で、絶対に身分を明かさないことを条件に、変装してオリジナル文具を扱うお店《ことのは堂》を開店することに。  文具の販売はもちろん、手紙の代筆や添削を通して、ささやかながら誰かの想いを届ける手助けをしていた。  そんなある日、イケメン騎士レイが突然来店し、ミリアンヌにいきなり愛の告白!? 聞けば、以前ミリアンヌが代筆したラブレターに感動し、本当の筆者である彼女を探して、告白しに来たのだとか。  もちろんキッパリ断りましたが、それ以来、彼は毎日ミリアンヌ宛ての恋文を抱えてやって来るようになりまして。 「あなた宛の恋文の、添削お願いします!」  ......って言われましても、ねぇ?  レイの一途なアプローチに振り回されつつも、大好きな文房具に囲まれ、店主としての仕事を楽しむ日々。  お客様の相談にのったり、前世の知識を活かして、この世界にはない文房具を開発したり。  気づけば店は、騎士達から、果ては王城の使者までが買いに来る人気店に。お願いだから、身バレだけは勘弁してほしい!!  しかしついに、ミリアンヌの正体を知る者が、店にやって来て......!?  恋文から始まる、秘密だらけの恋とお仕事。果たしてその結末は!? ※ほかサイトで投稿していたものを、少し修正して投稿しています。

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました

さくら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。 裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。 「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。 恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……? 温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。 ――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!? 胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

【完結】竜王の息子のお世話係なのですが、気付いたら正妻候補になっていました

七鳳
恋愛
竜王が治める王国で、落ちこぼれのエルフである主人公は、次代の竜王となる王子の乳母として仕えることになる。わがままで甘えん坊な彼に振り回されながらも、成長を見守る日々。しかし、王族の結婚制度が明かされるにつれ、彼女の立場は次第に変化していく。  「お前は俺のものだろ?」  次第に強まる独占欲、そして彼の真意に気づいたとき、主人公の運命は大きく動き出す。異種族の壁を超えたロマンスが紡ぐ、ほのぼのファンタジー! ※恋愛系、女主人公で書くのが初めてです。変な表現などがあったらコメント、感想で教えてください。 ※全60話程度で完結の予定です。 ※いいね&お気に入り登録励みになります!

【完結】戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました

水都 ミナト
恋愛
最高峰の魔法の研究施設である魔塔。 そこでは、生活に不可欠な魔導具の生産や開発を行われている。 最愛の父と母を失い、継母に生家を乗っ取られ居場所を失ったシルファは、ついには戸籍ごと魔塔に売り飛ばされてしまった。 そんなシルファが配属されたのは、魔導具の『メンテナンス部』であった。 上層階ほど尊ばれ、難解な技術を必要とする部署が配置される魔塔において、メンテナンス部は最底辺の地下に位置している。 貴族の生まれながらも、魔法を発動することができないシルファは、唯一の取り柄である周囲の魔力を吸収して体内で中和する力を活かし、日々魔導具のメンテナンスに従事していた。 実家の後ろ盾を無くし、一人で粛々と生きていくと誓っていたシルファであったが、 上司に愛人になれと言い寄られて困り果てていたところ、突然魔塔の最高責任者ルーカスに呼びつけられる。 そこで知ったルーカスの秘密。 彼はとある事件で自分自身を守るために退行魔法で少年の姿になっていたのだ。 元の姿に戻るためには、シルファの力が必要だという。 戸惑うシルファに提案されたのは、互いの利のために結ぶ契約結婚であった。 シルファはルーカスに協力するため、そして自らの利のためにその提案に頷いた。 所詮はお飾りの妻。役目を果たすまでの仮の妻。 そう覚悟を決めようとしていたシルファに、ルーカスは「俺は、この先誰でもない、君だけを大切にすると誓う」と言う。 心が追いつかないまま始まったルーカスとの生活は温かく幸せに満ちていて、シルファは少しずつ失ったものを取り戻していく。 けれど、継母や上司の男の手が忍び寄り、シルファがようやく見つけた居場所が脅かされることになる。 シルファは自分の居場所を守り抜き、ルーカスの退行魔法を解除することができるのか―― ※他サイトでも公開しています

処理中です...