帆の向かう町

白石華

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帆の向かう町

帆の向かう町

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 ここは春になると海と繋がる湖へヨットや帆掛け船が渡り、ちょっとした観光地になる田舎町。私……湖岡夕帆(こおか ゆうほ)は就職活動に失敗して、実家の家業を引き継ぐことに。古式ゆかしき日本製の帆掛け船の文化保存ということで、船が出るときはお祭りのように地元から出店が並び、見に来る観光客の相手をする。要はまあ……地元業者の稼ぎ時という訳である。
 バイトを含め、専門職の経験は全くしていなかった私は売り子をすることに。私が売るのは笑顔と商品。作って出すのは父母、お爺ちゃんお婆ちゃん。賑やかな人とじりじり照らす太陽に若干、当てられた私は休憩時間に日陰に逃げ込み、徳用サイズのペットボトルに入ったお茶を飲みながら、こんな文化の発展から切り離された町で今後を送るのかと、思い、まだ町を出ることに未練があった。そう簡単には自分の人生は棄てられないのである。
 はあ、と息を吐き出して伸びをし、再び売り子に戻ろうとすると、小さな女の子が私の前にいた。

「……。」

  女の子はじっと私を見ているが、全く面識はない。無いのか覚えていないのか記憶はあやふやだが、今まで、この町から出ていた私には、こんな小さな女の子が誰だかは分からない。誰だろう、迷子かな。

「どうしたの? お嬢ちゃん。」

  私はにわか仕込みの営業スマイルで訪ねてみた。しかし。

「ママあっ、ママー!! うえええっ!」
「ちょっ! 私はママじゃないわよ!」

  女の子は私に抱きつくと、号泣しながらママと叫び続けたのだった。正直、泣きたいのはこっちだと思いながら、私は出店に戻って親に事情を説明し、この子の母親を探すことになったのである……。

 ・・・・・・。

「ひっく。ひっく。ママ、ママあ……。」
「見ての通り、ここは運営テントで、迷子の子どもを預かるスペースがないんですが。
 ここにいてもらうしかないですね~。」
「すみません。宜しくお願いします。」

 親に説明して抜け出した私は、テント広場の運営がいる場所に向かい、迷子の女の子を預ける事にした。

「親御さんとはぐれちゃったんでしょうね~。
 放送機材も無いから、めぼしい所を呼び回る探し方になっちゃうんですよ。」
「はあ。」

 どんだけ物が無いのか……と思ったけど、だだっ広い広場に音響施設を置くのも予算がかかるか。

「運営にも人がいないと、観光に来て下さった方の相手も出来ませんし。
 探すの、手伝って貰ってもいいですか?
 勿論、お忙しいならソチラに戻って貰っても結構ですが。」
「私一人だけじゃ判断出来ないから、店に戻って親に聞いてきます。」
「は~い。」

 運営テントから店のテントへ戻り、子どもの泣き声を散々、聞かされて気疲れした表情で、また親に説明すると。

「お前、それなら手伝ってきなさい。仕事を早いとこ覚えてもらいたかったけど。
 子どもの無事を確認出来ないと、親御さんだって心配するだろう。そっちの方が先だ。」

「うん……。」

 父親に確認したら、こんな返事を頂いた。 

「私とお義母さんで売り子はするから、行ってきな。」
「分かった。」

 こんな形で迷子の子どもの親捜索は始まり、私は帆掛け船を見に集まる人の回り、乗り合い所の周辺を回る事になった。

「すみません。迷子の子どもが運営に来ているんですが、心当たりありませんか。
 背丈はこのくらいで、髪型、格好、名前は―。」

 初対面の人でも構わず、声を掛け回る私。何度も話している内に要領を掴み、回りに伝言も頼むなど、説明も慣れたものになってくるが、喉もガラガラになる上、この春の日差しと湖からの照り返しに水分も足りなくなってくる。

「は~~~っ。一旦、休まなきゃ。」

 進行は全く見えないまま、私は再びテントに戻る事にした。

 ・・・・・・。

「あ~、じゃあ、結局、まだ見付からないということですね~。」

 運営のいるテントに戻った私は、報告をしていた。

「はい……。探していないって事はないでしょうし。
 子どもの親も、行き違いになっているか。
 まだ運営に聞きに来ていないかだと思いますが。」

「そうですね~。ちょっと、可哀想だけど、最後の手段に出ましょう。」

 運営の人は携帯を操作すると、パタンと閉じる。

「えっ、可哀想ってどういう。」

 私が聞き返す間もなく聞き慣れたチャイムが聞こえてきた。

「ピンポンパンポ~ン。
 コチラは帆立町(ほだてまち)防災無線です。
 帆掛け船観光乗り合い所にいらした○○ちゃんの保護者の方。
 ○○ちゃんが運営テントでお待ちしています。繰り返します。帆立町―。」

 防災無線のアナウンスがどうやら町中に響いているのか、時間差の反響音まで聞こえてきていた。

「町中に迷子になったことが広まっちゃうからチト可哀想だけど、これなら確実でしょう。」

「あ、ああ~。そうですね。」

「お爺ちゃんお婆ちゃんが徘徊した時も防災無線でやり取りするから。
 もう慣れたものですね~。」

 さすが田舎。防災無線があったんだ。程無くして私よりゲッソリした格好でこの子の両親が運営に現れたのだった。

「どうも、ありがとうございました。」
「○○~!よく帰ってきたわね!」
「パパ~、ママー!」

 無事、父母と再会できた女の子はダッシュで親のところへ行った。母親の方を見ると背格好と服装が私と同じようで、見間違えてしまったのだろう。

「コチラの方が探して下さったんですか?」

 私の方を見ると、お母さんらしき人が訊ねる。

「私だけじゃなくて……運営さんも。」
「迷子の女の子をココに連れてきて、探したんですよ~。」
「まあ……ありがとうございます。」
「ありがとうございます! ホラ、○○も礼を言って。」
「ありがとう……。」
「あ……いえ。」

 運営の人の手を私の方に向けた説明に親子で礼を言われてしまい、落ち着かなくなってしまう。

「この子、帆掛け船の乗り合い所近くの水族館が見たいって言い出して、
 船に乗る前にみんなで行こうとしたら。
 今度は近くの噴水や公園で遊びたいってコロコロ言うことが変わって。」
「はあ。」

 お母さんの説明にとりあえず相槌を打つ私。

「せっかくの観光ですし、最初に言った事からやっていきましょうと言って。
 水族館に入ったら、突然、いなくなって。
 運営のテントがあるって気付かなくて。
 私たち、大慌てでアチコチを回ったり、車で周囲を見たりして。」

「あ……そう言えば。」

 私が休んでいたのは公園回りの木陰だった。船着き場近くは湖を囲むように小道と堤防、小道の外側は田んぼや林になっている。運良く私は親からはぐれた女の子と会い、運営に連れていったが、もし、田んぼや林の方へ女の子が行ってしまったら、捜索は難しかっただろう。最悪、湖に……。ご両親はあてもなく回ってしまっていたのだろうか。改めて思い返し、早く見つけられて良かったと、しみじみ思ったのと、子どもを持つ親御さんの心境をちょっとだけ感じ取れたのだった。

「ありがとうございました。あの……何かお礼を。」
「ああ、別に私は。」
「それなら、コチラの女性はココで出展されているお店のスタッフさんなんですよ~。
 ココに来られたんですから、そのお店も回られたらいかがですか?
 お子さんも見付かりましたし、今度は観光を楽しまれてください。」
「あ……はいっ!」

 運営の人が正直、うまいなと思うセールストークも兼ねた話のやり取りに親御さんはスッカリ乗り気である。

「あの……どちらで。」
「えっと、木材工芸品屋で、帆掛け船のミニチュアを販売している店なんですが。
 店の前に大きい帆掛け船が展示してありますから、目立つと思います。」
「分かりました! ホラ~。俺が買いたいって言っていた店だよ!
 お礼なら仕方ないよな、なっ。」
「あなたの好きにしていいわよ。」
「わーい! 見たいー!」
「あ……。」

 首にカメラを下げたお父さんらしき人が大喜びで奥さんと娘に言っている。自分の売っている商品が好きな人はいるんだなと、垣間見た気分になったのだった。

「あの……お店でもお世話になってしまうと思うんですが。
 この人、帆掛け船がホントに好きで。」
「いっ、いいえっ。」

 女の子の母親……お父さんの奥さんに当たる女性が申し訳なさそうに言う。

「お礼に、今度、うちの店に食べにいらして下さい。個人経営の喫茶店なんです。
 連休は稼ぎ時なんですが、今日だけお休みを取って来ました。」

 女性は私に簡単な地図の付いた名刺を渡した。

「へ~。四駅先の。」

 それなら、この町中に迷子になったことが知られても大丈夫かな。田舎だから電車の区間は一駅につき十分プラマイかかるし。それに……田舎だと思っていた地元で、こんな形で新たな場所を知ることになるとは思わなかった。私も、回りもせずに田舎、田舎って思い込んでいたのかもしれないと、思ったのだった。

 ・・・・・・。

 その後、迷子の女の子とそのご両親、特にお父さんは、ウチの父親と帆掛け船のミニチュアの構造について意気投合して、長時間、喋った後で、喫茶店の飲食スペースのインテリアのデザイナーにウチの店と契約する事になった。元から、こういう工芸品を展示するのが好きだったらしく、今回の件がきっかけになったそうだ。

「良くやったな、夕帆!」

「あ……うん。あんまり実感、湧かないけど。」

 父親に背中をバンと平手で叩かれても、イマイチ、シャキッと出来ない。

「そろそろまた、船が出るだろう。お前も見てきたらどうだ?」
「えー? 見慣れているし、だってあの場所、ものすごい人の数が。」
「いいから行ってこいって。」
「はーい。」

 別に見なくても……と思ったけど。

「……わあ。」

 観光客でごった返す先は、帆を広げ、風で動いていく帆掛け船の姿があった。

「はー……。」

 そんなに数は無いけど、ゆったりと進行していく様子はノンビリした、田舎の光景そのもので、今日の出来事で疲れた身体と心にジンワリと馴染むようだった。

「……はっ。何、和んじゃっているの、私!」

 と感じた所で、私は都会で働いて、都会で遊びたいと思っていたのを思い出した。

「このくらいじゃ……まだまだねっ。」

 誰に向かって言うでもなく、私はフンと鼻息を荒くする。いつの間にか忘れるほど、自分の人生は安くない。そう思っていた。

・・・・・・。

「あまーい! 美味しい! このパフェ、最高です!」
「ありがとうございます。」
「こんな近場でこんな美味しいお店があったんだ! イチゴパフェ、大好きなんです!」
「都会からそんなに離れていない所に土地が安くて、新鮮な農作物も仕入れられて、
 農業にも力を入れている場所があるって見付けて、ここにお店を開く事にしたんですよ。」

「そうなんですか! イチゴデザートセット、みんな美味しいー!」

 数日後、迷子の女の子の親のお店へ行った私は、ウエイトレスをしている女の子のお母さんにメニューを紹介されつつ応対もされ。
 都会から技術を持って引っ越してきた喫茶店のメニューに陥落し、イチゴパフェとイチゴミルク、イチゴの飾ったホットケーキと、次々に平らげていった。

「もうお店に、通っちゃいます私!」
「ありがとうございます。インテリアの方にも気に入って頂けて嬉しいです。」

 その内、いつの間にか父母と連れて、このお店に商品を卸す以外でも来るようになっていた。
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