君と桜が咲く頃に

白石華

文字の大きさ
11 / 22
君と紫陽花の咲く頃に

俺とリンリンの初朗読会

しおりを挟む
 桜の森の、音の魔女。
 魔女は、ある国を預かっていた。
 国の重要なものごとは全て魔女に伺いを立てた。
 しかし国が亡びると、魔女はいずこかに消えた。
 魔女は国に属するのをやめ。
 言葉を話すのもやめ。
 音の魔女として暮らしていた。

 魔女は鳴らす、桜の音を。
 魔女は鳴らす、木々の音を。
 魔女は鳴らす、草の音を。
 魔女は鳴らす、風の音を。
 魔女は鳴らす、水の音を。
 魔女は鳴らす、花の音を。

 気まぐれに。綿衣が肌を撫でるように。耳をくすぐるように。

 花、花、花。桜。桜。ここは桜の森。

 花や草や木は、言葉を話さなくても、そこに、そこに、そこに。
 そこかしこ中に、ほら。わたしたちに春の訪れを伝えるように。
 芽吹き、蕾を膨らませ、花びらを広げて、種をこぼしていく。

 桜の花が、咲き乱れている。

「魔女は鳴らす、桜の音を。」

「フワっ、ポンッ、フワッ、ポンッ。」

「魔女は鳴らす、木々の音を。」

「フワフワっ、フワフワっ。フワフワっ、フワフワっ。」

「魔女は鳴らす、草の根を。」

「ぽんっ。ポンポンポンッ、ポポポンッ。ポポポポンッ。」

「魔女は鳴らす、風の音を。」

「フワッ、フワフワっ。キャアッ! キャアッ!」

「魔女は鳴らす、水の音を。」

「キャアっ、キャアっ。キャアっ、キャッ。」

「魔女は鳴らす、花の音を。」

「シュウウ……ポポンッ、ポポポンッ、ポポポンッ。」

「気まぐれに。綿衣が肌を撫でるように。耳をくすぐるように。」

 俺の渾身のイメージ音を部長に追うように読んだ後、部長がよく通る声でかっこよく読んでいく。朗読って顧問の先生みたいに相手にゆっくり聞かせるために優しく読んだり、さっき読んだ俺のイメージ音みたいに口語っぽく肩の力を抜いて読んだり、今の部長みたいにかっこよく読んだりと、その人の読ませ方もあって、そういうのを聞くのも面白かった。窓の外の景色が満開の桜で風情もあった。

「桜の花が、咲き乱れている―」

 部長が読み終えたようだ。

「うん。いいんじゃないかな。」
「はーい。ランランもいい感じに読んでくれたと思います。やったね、ランラン。」
「あ、は、はい。」
「やっぱりね。男の人で若い子だと、砕けた読み方が合うのよ。
 そういう人も入ってくれてよかったわ。」
「そうなんですか?」
「そうそう。他にも読み方、覚えて欲しいけど、まずはランランの地の読み方も作ろう。」
「は、はい。」

 リンリンが俺の方を見てニッと歯を見せて笑う。


「やったじゃーん。ランランも、これでようやく朗読研究会の仲間入りだね。」
「うん。僕も新しい人が入ってくれて嬉しいよ。」
「はい……。」

 俺も何か、創作に関われる人になれたんだろうか。子供の頃から漫画は呼んでいて、小説は図書館でみんなが読んでいた児童向け文庫、ライトノベルも読んだことはある。純文学や大人向けと言われる小説は……正直、国語の教科書ぐらいでしか読んだことはない。そういう俺でも本を読めて、朗読しているだけでも何か、作ることにようやく関われた気がするし、俺向けの読み方も教えて貰えた。
 俺がやったことと言えば読み方を覚えるのと、本を読んで作品に込められた読ませ方を声に載せるのと、それに。部長と顧問の先生とで部活動みたいなことがやれるのが楽しかった。

「次は何にするの?」
「そうですね。紫陽花と蛇の目の和傘と梅雨の季節の音を意識した物語など。」
「おお、いいじゃない。もう見つけたの?」
「はい。それまではこれ読んでましょ。」
「間に藤も入るんじゃないかな。」
「ふっふっふ。藤もいいのがありますよ。」
「いいじゃない、いいじゃない。」

 また先生と部長で話が盛り上がっていた。

「それで、ランラン。」
「はい?」
「今日は祝、ランランも自力で朗読に参加した記念パーリィにしようぜ!」
「はいっ。」

 ということでまた、部長にうまいものを教えて貰いに行った。

「はーい、という訳で今日の主役はランランだよ!」
「ありがとうございます。」

 今日も甘味処に来ていて。俺は桜餅(長明寺)、部長は桜饅頭を食べながら抹茶を頂いていた。

「それで部長、どうでした?」
「え? 前言ったまんまだよ。
 男の人で、若い子が読むと、砕けた感じの口語で読むのがいいって。
 読み方もだけど、もっと力抜いていいよ。
 最初の内から力むと力の抜き方がね、難しいから。
 力入りすぎてるのって聞く側にはもっと堅苦しく感じちゃうから。」
「他にもあるじゃないですか。部長に無茶振りされたイメージ音とか。」
「ああ、あれ?」
「はい。」

 今回俺がいちばん時間をかけたのはそこだ。確かに読み方も俺なりの個性が出せていたんだろうけど、持って生まれた読み方もだが、そこは俺の創作に対する取り組み方がどうだったかの意見が聞きたかった。部長も本読んでいそうな人だったし。

「うん。あれはね。どう読んでもいいの。」
「へっ?」
「ランランがどう読んで、どうイメージを付けるか知りたかったの。」
「い、いや。それは俺もそうだと思いますけど。それの部長の感想なんですが。」
「うん。頑張ったと思うよ。読んでてサマになっていたしイメージも違和感なかった。」
「そうですか。よかったー。」
「急つくりでもキチンと様になれるのはいいと思うよ。」
「は、はいっ。」
「それに、ランランはそういうことをやってって言っても。
 きちんと取り組んで返してくれる人だなって。」
「そ、そうなんですか?」

 部長に褒められて、どんどんその気になっていく俺。

「ランランも、これからよろしくね。こういう感じで読んでいこう。」
「はいっ。」

 演劇ほどはやることが多い訳じゃなく、小説ほどイメージをゼロから構築する訳でもなく。これは俺たちの朗読に限っての話だが。こうしてお茶を部長と呑んだりうまいもの食べたり、本読んで朗読がメインで、感想を言うのどかなサークルだが、これでも俺は創作をやっていると思ってしまっていた。趣味の範疇なんだけどな。

「あとは、人も二人になったわけだし。朗読発表会とかやれるといいね。」
「へー。いつやるんですか?」
「演劇みたいに大学のホール借りるほどじゃないと思うし。
 部室で人呼んで、放課後にやるぐらいでいいんじゃないかな。」
「それは、いつなんです?」
「ランランが人前で朗読する気になったらでいいよ。」
「ああ……。」

 部長、人見知りしなさそうだし読み方もサマになっていたもんな。あとは俺か。

「慣れるように……努力します。」
「あいよ。」

 こうして部長と俺の、桜の咲く頃に行われた朗読会は終わった。

 ・・・・・・。

「んー。今日も甘いもの食べたー。」
「大丈夫ですか、こんなに遅くなって。」
「ああ。普段は夜道はそんなに歩かないよ。一人で歩いていると絡まれるからね。」
「あ、じゃあ俺の祝賀会のためです?」
「うん。まだ飲み足りないと思わないかね?」
「お茶と和菓子ですよ。」
「お酒はイッキ禁止だからやらないよ。私が言っているのはお茶会だよ。」
「はあ。」
「実は最近、うまいミルクティーの入れ方に凝っていてね、あとスコーン。」
「はあ……。」
「サンドイッチはコンビニで買えばいいから、ウチに来てお茶会やろー。」
「更にやるんですか!?」

 終わったと思ったら延長戦だった。まあ俺も浮かれていたのもあったし。

「じゃあ、ちょっとだけですよ?」
「いいよー。」

 部長の誘いにホイホイ乗ってしまった。

 ・・・・・・。

「よーし、それじゃカンパーイ。」
「ミルクティーでも乾杯するんですね。」

 延長戦はティーパーティーだったがコンビニ弁当とスナックと、部長が淹れてくれたミルクティーとスコーンだった。スコーンはチーズとハーブとドライトマトが練り込まれていて食べると、そのままおかずになるくらい、うまい。

「意外だ。こんなに適当に生きてそうな人なのにやることはちゃんとしている。」
「君にもいつか知る日が来るさランラン。
 どこかで気を抜かないと真面目に生きる気がしなくなるって。」
「まあ大学生は本気で遊ぼうとすると洒落にならないことする人だっていますし。
 それに比べたら先輩は適当なだけですからね。」
「言うようになったねランラン。」
「あはは、はい。」
「そこは訂正しなさい。」
「ああ、はい。それでなんですけど先輩。」
「なあに?」
「この、俺に渡した漫画の山は何なんです?」

 俺の前には少女漫画少年漫画、青年漫画にレディースに四コマとワラワラあった。

「私の愛読書。いまから飲み会(お茶会)をするけど。ご飯を食べ終えて。
 共通の話題が朗読関係以外になくなったら、ここから出しなさい。
 話すことなかったら読んでていいから。」
「ああ。部長を話をするためですか。」
「うん。ライトノベルと小説はまた今度にしよう。」
「そうですね。時間かかりそう。」
「あとは、装丁が凝っている本とかコレクションとか見せてあげてもいいよ?」
「あ! 見たいです。」
「ふっふっふん。割と絵本は狙い目だね。古書なら純文学もやっていたんだけどね。
 ハードカバーかな? でも玩具みたいな封入はないかな。
 海外向けの児童文学はまだやってくれるけど。」
「はいはい。」

 こうして部長の絵本を見せて貰い。

「ううっ、こ、これは……。」

 俺は熱くなった目頭を拭う。

「いいでしょ。動物たちが主人公と登場人(動)物なんだけど。
 やっているのは高齢化社会でも地元で面白おかしく逞しく生きている人(動物)
 たちにした擬動物化よ。」
「はー。動物の可愛さで誤魔化されますが、そういう話ですね。つい読んじゃう。
 動物の話でマイルドになってるけど、感動する話は動物が可愛いから倍増だな。」
「うん。郷土料理とかあるからお腹もすいちゃう。」
「部長、これ作れます?」
「レシピを探せば作れると思うけど、やってみっか!」

 という訳で夜中に調味料を漁って飯を作ることになり。

「できたー。串おでん! 真ん中に陶器に入った味噌も入れてやったぜ!」
「やりましたね!」

 部長の冷蔵庫の中にあったのと、足りないのは俺がスーパーで買って来て、ついでに串も買って来て作ることになった。

「はあ……これがいつも切り盛りしている熊さんたちが仕込んでいるおでんか。
 これは自分も食いたくなる見た目。」
「なんか創作に載っている飯って食いたくなりますよね。」
「お腹空くし話が長くなりそうだからやめよう。
 また作りたくなるからおでん食べよ。」
「はい。串おでんって食べやすいですね。」

 俺はタコを味噌に付けて食べる。のっけから間違っている気がするが気にしない。

「そうだね。この、串で食べるってのがいいんだろうね。」

 部長はウズラの卵を食べている。

「こんにゃくも王道のうまさだし。玉こんにゃくの味の染み方いいなー。」
「ほほほ。もっと褒めなさい。」
「ん。これは豚モツか。」
「牛筋、仕込むの時間かかるから、モツにしちゃった。」
「いいですよ。脂も程よく落ちてうまい。」

 お茶会のはずなのに居酒屋の飲み会感が出てきてしまった。

「さすがにイッキ禁止を守り続けるのがつらくなってきたかしら?」
「俺、酒飲めないんで別にいいです。」
「あ、そうなの?」
「はい。だからサークルがここでよかったです。」
「なるほど。じゃあ食いなさい。」
「はーい。」

 と、こんな調子で夜が更けていった。

 ・・・・・・。

「よくよく思ったら俺、あんなにリンリンの部屋に出入りしていたのに。
 何で付き合うの卒業まで延び延びでリンリンに言われてようやく言ったんだろう。」

 話は現代に戻って。俺は自室でまた本を読んでいたらリンリンに寄りかかられていた。

「うん。私もランランも、別に彼女欲しいとか彼氏欲しいとかじゃなくて。
 サークルで遊んでいたのが楽しかったからじゃない? 本読んだりダベッたり。」
「ああ、それはあるな。今も同棲しているけどノリあの時のまんまだもんな。」

 桜の朗読会の後は、ずっとこんな感じでリンリンとサークル活動を続け。リンリンが卒業して大学からいなくなる時にようやく、自分の気持ちに気が付いた俺は告白したのだが。付き合ってからもこんな感じでいた。

「ふふふ。ランラン。そろそろ藤の季節じゃないかしら?」
「あ、そうだな。どこ見に行く?」
「こないだの自然公園でいいと思うけど、今回は裸族禁止。」
「お前が誘ったんじゃねーーーーーかよ。」
「うん。藤の木はツタだからああいう場所にも生えると思うけど。
 虫が湧く季節に裸族で入り込む気はサラサラありませんね。」
「うん。後は和菓子も買おうぜ。」
「あと藤を題材にした本を買おう。」
「お、いいな。朗読会でもすんのか?」
「鑑賞会でもいいよ。あとうまいものがあったら真似して作ろう。」

 繰り返すが俺とリンリンが同棲するようになっても、大学生の頃のノリと全く変わらなかった。

「あと、今ね、水出し茶にハマっているのよ!」
「あー水出し茶か。いいんじゃない?」
「そうそう。ちょっとだけ、抹茶を入れてね。」
「おお。」

 前から俺たちは食い意地が張っていて、趣味以外にもそこが共通しているからか遊ぶのも食うのも一致してワイワイやれていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...