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シャネイの歴史
しおりを挟む有色肌に長耳のシャネイ族が、リクライア大陸で最初に発見されたのは、いまから二百年ほど前のことである。
当時はまだ新興の国家であったジャリアの首都ラハイン、その北東にそびえる「天山」クレシルドの麓で、彼らの住む村を最初に見つけたと伝えられている。
手足が長く、褐色の肌で長い耳を持ち、灰色の目をしたシャネイ人は、きっと無骨なジャリア人の目にはまるで妖精のように見えたのだろう。最初に捕らえられたシャネイたちは、都市として完成されつつあったラハインに連れて来られ、人々の見せ物にされた。外見は人に近いが、言語もろくに通じない彼らを、ジャリア人は蔑みを込めて「シャネイ」と呼んだ。
シャネイたちは、主に山岳地帯、それも木々の生い茂った川べりに村を作り、小さな共同体で生活していた。一説によると、シャネイ族は大陸のなかでも、オルヨムン連山とバルテード山脈に挟まれたこの土地独自の気候でしか生きられないとも言われる。夏になっても高地ゆえ気温はさほど上がらず、北から南へ流れる山脈ぞいの風が独特の冷気をもたらす、この気候こそが彼らの生命をはぐくむ必要な条件であるのだという。またある説では、大陸でもっとも標高の高いクレシルド山、天山の異名を取るこの霊峰の魔力が、このような特異な種族を生み出し、彼らはその霊気の届く範囲でしか生きられぬのだとも、まことしやかに言われた。
着実に領土を広げつつあった当時のジャリア人たちは、その後も各地でシャネイ族を次々に発見してゆく。はじめのうちこそ、妖精かなにかのような好奇の目で見られていたシャネイだったが、連れてこられたシャネイたちがしだいに町や人間に慣れ、ある程度は言葉を覚えはじめると、人々は彼らを人間としても見なすようになった。
そのような、シャネイとジャリア人との奇妙な共生の時代がしばらくは続いた。ジャリアが大陸間相互会議に加盟し、正式にリクライア大陸の一国家として認められると、シャネイ族の存在は噂とともに大陸中に広まってゆき、大陸各地から神秘の種族といわれる彼らを見物にやってくる者まで現れた。
このころになると、シャネイ族はすっかり人間の社会に溶け込み、互いに同じ言葉で会話をし、人と同じように都市の中で暮らすものも増えていた。同時に、人々はこの異人種の持つ特異性と、その能力について知り始めていた。シャネイ族の子どもが、いつまでたってもその外見が変わらず、三十歳ほどになってようやく手足が伸びきり成人すること。そして彼らの寿命が百五十年近くもあることなどを知ると、人々は大変驚いた。また、シャネイはは非常に鋭敏な感覚を持っていて、視覚、聴覚などは野性動物のように優れ、空気と風の流れを読み、ときには相手の表情から、その考えまでも読み取ることに、人々は興味を通り越して、ある種の恐れをも覚えはじめた。シャネイたちのその深い灰色の瞳でじっと見られると、人々はまるで、自分の心の奥底まで覗かれているような気分にさせられるのだった。
事件は、今からちょうど五十年ほど前におきた。
町に住んでいたあるシャネイの女が、その町の都市貴族の子供を宿したのである。その噂が広まるにつれ、人々は心の中には奇妙な違和感が起こり始めた。いままでは努めて対等に接してはきたが、やはり外見も、声も、思考も、文化も違うシャネイ族を、人々は完全に受け入れるまでには至らず、それが人の子を産むということになると、なんとなく嫌悪にも似たものを感じてしまうのである。
この噂はやがて都市を越え、当時のジャリア国王、ランディーム二世の耳にまで届くこととなった。ジャリア王ランディームは、子供時代からすでにシャネイ人たちと身近に接してきた世代であったので、首都ラハインの宮廷にも多くのシャネイの女を住まわせていた。しかし、その噂を聞いたランディームは顔をしかめて身震いしたという。王は、異人種であるシャネイとの間に子どもできようとは、それまで考えもしなかったのだ。王は宮廷にいるシャネイたちを集め、その全員を医者に見せた。そして、一人のシャネイの娘が懐妊していることを知ると、王はその場で女を処刑した。
王はその年のうちに、シャネイの女と交わることを禁ずる布告した。布告はすぐに王国全土に広がり、町のいたるところでシャネイの女の取り調べが行われた。大きな町では相当の数の妊娠したシャネイが見つかり、ただちに留置所へ送られた。そしてそれは珍しいことではなく、どの都市にも、あるいは田舎の小さな農村にすらも、懐妊したシャネイが幾人も見つかったことで、各地での取り締まりはいっそう厳しくなっていった。ある町では、自分の夫がひそかにシャネイの女との間に子をもうけていたことをその妻が知り、怒りのあまり妻がシャネイの女を殺すという事件まで起こった。妊娠したシャネイたちを見つけて、撲殺するということも都市では頻繁に起こった。中にはシャネイ同志の正当な子どもを授かった者もいたかも知れなかったが、人々はそんなことにはかまわず、ただ見つけたシャネイたちを捕らえて、処刑した。
国王はそうしたシャネイへの理不尽な襲撃を黙認した。そうしてたった数年のうちに、首都ラハインとその近隣の町や村からは、ほとんどのシャネイが一掃された。この頃には、人々は彼らの持つある種の神秘性や、その能力を、不吉なる悪霊の力とみなしはじめていた。その独特の長い耳や、背中に伸びたたてがみのような毛は、野蛮人の証となった。
シャネイは人間の町から消えていった。
さらにそれから何年かがたつと、ジャリア領土の鉱山事業の活性化から、早急に労働力の増員の必要に迫られたいくつかの都市が、シャネイたちを労働に就かせることへの許可を国王に求めた。国王はこれを認可した。いくつもの都市がこれに習い、労働奴隷としてのシャネイたちを再び町に受け入れはじめた。
シャネイとの姦通は禁じられたままだったが、家畜同様の労働力として畑を耕させたり、下僕として仕えさせたりする貴族が多くなるにつれ、若く美しいシャネイの娘を密かに屋敷に囲う者も出てきた。また、禁じられているにもかかわらず、町の下層部の娼館などではシャネイを働かせ、珍しいもの好きの旅人や都市貴族を相手に稼ぐようなものも増えはじめた。つまり皮肉にも、シャネイの地位を奪い、彼らを人間以下の存在とみなすことで、人々は安心し、彼らのいる生活を再び受け入れるようになったのである。
それから二十年あまりが過ぎた。
リクライア大陸において、ジャリアは、西のトレミリア、セルムラード、海洋国アルディ、ウェルドスラーブと並んで、リクライアの五大大国といわれるまでに成長した。国内の重要資源である、錬鉄、銀の採掘は国土に大きな富をもたらし、代々の国王は軍事政策に力を入れ、強力な騎士隊が誕生した。今はもはやどの国も、軍事的にも経済的にも、ジャリアの動向に気をかけないでは対外政策をできない時代になったのである。
現国王であるサディーム王が戴冠したのが、今から十八年前。
サディームは前国王のやり方にのっとり、強靱な体力と強固な意志の力によって、自らが戦いの陣頭に立ち、次々に小都市群を合併し、着々とその領土を広げていった。そうして現在の版図のように、北は大陸北端の沿岸一帯、南はヴォルス内海付近まで、実に南北二百エルドーンの長大な支配地を形成するに至ったのである。
サディームが次にしたことは、シャネイのさらなる引き締めである。王は数十項目にも及ぶシャネイに対する権利の規制と、その扱いに関する事項を記した条例を作り、それを施行させた。シャネイは人間の誘導なく単独で町を歩いてはならない。シャネイは我々都市の人間に話しかけてはならない。シャネイによる暴力や、決起、反抗はいついかなるときも許さず。その他……土地の規制、村の数の規制、労働力提供の義務、等々。それはもはや、彼らを人間とはみなさぬという宣言であった。
このシャネイ追討令が国中にゆき渡ると、ジャリア人のシャネイに対する扱いはますます厳しく、かつ陰惨になっていった。労働を拒んだシャネイはただちにその場で処刑された。出入りの禁じられた町にまぎれこんだシャネイは捕らわれ、収容場へ送られた。宮廷で仕えるシャネイの娘は、暗黙の認可で貴族たちの慰み物となり、妊娠したものはすぐに殺された。
シャネイが村を作るのを許された土地はごく一部に限られ、町に住めば非人間的な扱いをされたが、それでもシャネイたちは国外へ出てゆくことはできなかった。涼しい空気と、森と山々に囲まれたこの国でしか、彼らは生きられなかったのだ。彼らにはただ、人間の奴隷として町で生きるか、それとも定められた小さな村のなかで、畑を耕して細々と暮らすかの選択しかなかった。
町ではシャネイの女が暴行され、あるいは殺され、村からは少年や少女のシャネイが連れ去られるといった事が何度となく起きた。人々は労働力に不足するとシャネイの村から少年を拉致して連れ出し、都市貴族や領主の慰み物として少女たちをさらった。シャネイへの虐殺も何度も起きた。作物が不足だった年や、厳しい冬の時期などには、その腹いせにシャネイの村が襲われ、食料が奪われた。抵抗したものたちは殺され、村は焼かれた。
本来は温厚な性質で、争いを好まぬシャネイたちも、あるときついに立ち上がり、反乱を起こした。各地で蜂起したシャネイたちが集結し、首都ラハインを目指す事件が起きた。ジャリア王は、即座に強力な騎士隊を配備し、彼らを迎え撃った。戦いは……実際には戦いにもならなかった。武器を持つことを禁じられたシャネイには、戦うための剣もなく、彼らは棒切れやクワなどの農器具を持ってただ突っ込んでくるだけだった。訓練されたジャリアの騎士たちは、馬上から彼らに次々に剣を振り下ろし、長槍で突き刺した。首都ラハイン郊外で起きたこの反乱は、シャネイたちをほぼ皆殺しにすることであっけなく終結した。かろうじて生き残った者たちは、どこかの村や山奥へと逃げ延びた。
この反乱以降、シャネイへの迫害はいっそう強まることとなり、第一王子のフェルス・ヴァーレイが将軍として全軍を指揮するようになると、首都の近隣の村に住むシャネイたちは、四六時中恐怖に脅えながらの生活を余儀なくされた。
王子の軍は、ラハインを出陣すると、しばしばごく些細な理由で手近な村を襲撃した。王子の四十五人隊と呼ばれる側近たちは、その冷酷にして残忍な行為により、シャネイたちにとってはまるで地獄の悪鬼にも等しい存在だった。シャネイによる小さな反乱は、その後もしばしば起きたが、その全ては王子の軍によって征伐され、反乱に参加したシャネイは全員が殺された。
たった十数年のうちにシャネイの人口は激減した。
今ではジャリア国内に、居住地域と認められた十数箇所の村があるが、どの村においても残っているのは女と子供、そして老人がその大半だった。夫や恋人、親兄弟を殺されたシャネイたちは、ジャリアの王子を憎悪した。その中で育ったシャネイの少年たちで、自分もいつか反乱を起こし、憎い王子の首をとるのだと考えないものはいなかったろう。
近年になって、ジャリア国内におけるこのよう悲惨な迫害の事実が、大陸諸国の知るところとなった。各国からは幾度となく非難の声が上がり、シャネイの解放を訴える動きもあったが、ジャリア王はそれに応じなかった。
こうした背景もあって、今回のジャリアの大陸間相互会議からの脱退と、ジャリア軍のウェルドスラーブへの軍事行動に対しては、西側諸国からの圧倒的な非難が上がり、同国に対して厳しい姿勢をとることで、各国は一致するところとなった。
本来は山中でひっそりと平和に暮らしていたはずのシャネイたちは、今や大陸間の騒乱の狭間にさらされることとなった。諸外国からの対ジャリアへの反感の中には、そうしたシャネイ族への虐待の事実が少なからず作用していたのだが、当のシャネイたちにとっては、それらが実際の助けになるわけでもなかった。
亜人種のシャネイが発見されてから二百年、忌まわしきシャネイ追討令が発せられてから、現在は十六年がたっていた。
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