可哀想なSubインキュバスが可愛いから独占溺愛しちゃう

ユネ

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序章

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​鉄が焦げ付いたような味がした。
​夜明け前の魔界の冷え込みは、骨の髄まで染み渡る。ユアは荒い息を吐きながら、粗末なベッドの上でゆっくりと身を起こした。全身が倦怠感で鉛のように重い。特に利き手の右手は、神経が常に引っ張られているような鈍い痛みを訴え、僅かに震えていた。
​(だめだ。今日も、魔力が枯渇している…)
​インキュバスであるユアの魔力は、愛情と精神の安定を糧とする。だが、幼少期からの虐待とネグレクト、そして直近まで仕えていた偽Domによる愛情と魔力の搾取によって、彼の魂はひび割れていた。心身の衰弱は限界を超え、今や彼はまともに夢魔力を作り出すことすらできない、無価値な下級Subと見なされていた。
​「…せめて、邪魔にならないように」
​服従飢餓による本能的な不安と、Domを求める衝動が胸を焦がす。このままでは、今日彼を訓練に使うDomにとって**「扱いにくい Sub」**になってしまう。その恐怖が、ユアの身体を突き動かした。
​ユアは震える左手で、ベッドサイドの小さな木箱を開けた。中には、評議会から闇で流通している毒性の強いD/S抑制剤が数錠残っている。それは彼の精神的な苦痛を一時的に抑え込むが、インキュバスである彼の魔力生成のサイクルを破壊し、肉体と心を確実に蝕む劇薬だった。
​ユアは躊躇なく一錠を口に放り込み、水もなしに嚥下した。
​胃の腑に落ちた瞬間、薬が感情の回路を焼き切るような感覚が広がる。服用直後、気分は鉛のように重くなり、胸にあった服従飢餓の衝動は無機質な虚無感へと変わった。これで彼は、 Dom の感情を揺さぶることも、過剰な反応で迷惑をかけることもない。
​だが、副作用の激しい吐き気と、頭を締め付けられるような痛みに、ユアは顔を歪めた。
​(今日もまた、これで誤魔化すしかない。僕には、これしか…)
​誰も自分にケア(アフターケア)を与えてはくれない。誰も自分の価値を認めてくれない。無価値だからこそ、せめて**「言いつけを守る駒」でなければならない。それが、母親からのネグレクトで植え付けられた、彼の自己否定的な義務感**だった。
​ユアは重い体を必死に起こし、利き手ではない左手で乱れた服を整える。
​行かなければならない。今日の訓練は、昨日彼を痛めつけた Dom、ドレイクの私設訓練場だ。ドレイクの使うグレアは、ユアの父親の虐待を強く連想させ、フラッシュバックを引き起こす。だが、拒否権はない。
​ユアは魔界の薄暗い通路へと、今日を生き抜くための一歩を踏み出した――。



訓練場に向かう途中、ユアはドレイクからの**「訓練道具を先に運べ」という命令を思い出した。ドレイクは常に、ユアにその時の体調の限界を超える重労働を課すことで、彼の「無価値さ」**を刻み込もうとしていた。
​ユアは路地裏に放置されていた、分厚い革と金属製の拘束具や鞭が詰め込まれた重い木箱に辿り着く。ドレイクの道具であるその木箱は、ユアの今の衰弱しきった体にはあまりにも重すぎた。
​「はっ…、くそっ…」
​ユアは利き手ではない左手で木箱を持ち上げようと試みるが、指が滑る。仕方なく、神経の損傷で半分自由の効かない利き手の右手にも力を込めて、無理やり木箱の取っ手を握り込んだ。
​ジリジリと、右手の神経が悲鳴を上げた。痛みは薬で鈍くなっているはずなのに、手のひらの筋肉が制御を失い、細かく痙攣し始める。 重さに耐えきれず、木箱はユアの腰の高さまで浮き上がったところで、大きくバランスを崩し、ユアの手から滑り落ちる。
​ガシャン!
​という激しい音と共に、木箱は魔界の硬い路面に叩きつけられた。中から拘束具や鞭が飛び散る。
​ユアは罰への恐怖で血の気が引いた。これを見られたら、ドレイクは容赦なく彼を痛めつけるだろう。彼は震える両手で、急いで散乱した道具をかき集めようとするが、右手の痙攣は収まらず、左手も震えてうまく動かない。
​「お願いだ、早く…!誰にも見られる前に…!」
​パニックと恐怖がユアを支配し、フラッシュバックが始まる寸前。涙を流す彼の背後から、路地裏の冷気を切り裂くような、絶対的な Dom の声が響いた。
​「大丈夫?」
​ユアは恐怖で硬直した。振り返ると、そこに立っていたのは、魔界の支配法則を蔑む孤高の反逆者、ウィラだった。
​ウィラは、ユアの衰弱しきった容姿、震える右腕、そして無価値な道具をかき集めようとするその姿を、すべて見抜いたようにまっすぐに見つめていた。
​「…右手、痛いんでしょう?」
​そう告げたウィラは、人間の常識を超えたDomの魔力で、散乱した道具を一瞬にして木箱の中にピタリと収め、ユアから数歩離れた位置に静かに置いた。
​「私はウィラ。あなたは?」
​ウィラの安定したDom性に、ユアのインキュバスの本能が**「これこそが真のDomだ」と叫びを上げた。彼の脳裏には、ドレイクの訓練場と、ドレイクのグレアが引き起こすであろう地獄の情景**が浮かんでいた。
​――この人こそが、僕を救ってくれるかもしれない。
​ユアは、震える声で、その唯一の希望にすがりついた。
​「ゆ、ユア…です。あの…お願いです、どうか、僕を助けてください…!」



ユアの「助けてください」という悲痛な声に、ウィラは一瞬の迷いもなく応じた。
​「わかった」
​ウィラはそう告げると、ドレイクの怒声が背後に迫る中、ユアの身体を抱き上げた。ユアが意識的に服従(Submission)する間もなく、ウィラの圧倒的な Dom 性がユアの全身を包み込み、ベリアル族の瞬間移動能力で、二人は近くの、人目につかない廃墟の物陰へと移動した。
​ドシンと着地した瞬間、ドレイクの攻撃的なグレアの残滓がユアを襲った。抑制剤で感情を抑え込んでいたはずなのに、ユアの視界は歪み、呼吸が速くなる。このままではサブドロップする。
​ウィラは即座にその異変を察知した。
​「落ち着いて、ユア。あなたはもう安全よ」
​ウィラはユアの頬を両手で挟み、目を合わせる。その深い瞳と、絶対的な安定性を纏った声が、ユアの乱れた精神を強引に引き戻した。
​「息を吐いて。Breathe 」
​ウィラはユアの腰をそっと押し下げた。ユアは反射的にその場に座り込み大きく息をした。ウィラはユアの頭を優しく撫で、**「Good Sub.(良い子)」**と囁いた。
​そのシンプルなコマンドと、長年受けたことのない安心感に満ちたDomからの報酬。ユアは、崩壊寸前だった精神が急速に修復されていくような、初めての感覚に襲われた。 

​呼吸が落ち着いたユアを、ウィラはそばの瓦礫に座らせ、穏やかな、しかし強い声で尋ねた。
​「あの男との関係を教えてくれる?あなたの体調は異常よ。なぜそんなに罰を恐れるの?」
​ユアは躊躇った。自分の無価値さと欠陥を話すことが、どれほど恥ずべきことか。だが、ウィラの瞳には非難の色が一切なく、ただ共感と強い庇護欲が満ちていた。
​ユアは、言葉を選びながら、自分の状況を正直に打ち明けた。
​「魔力枯渇と、利き手の機能障害。父の虐待と母のネグレクトで、僕はDomに必要とされる存在ではないと…。だから、抑制剤で必死に Dom の役に立とうとしていました。薬を飲まないと、僕の精神が乱れて迷惑をかけるから…」
​ユアには**CPTSD(複雑性PTSD)という概念の自覚はない。ただ、「 Dom からの罰への異常な恐怖」が自分を支配しているとしか知らなかった。しかし、ウィラはユアの話を聞き、その「過剰な服従の義務感」こそが、虐待による精神的な傷(CPTSD)**であると明確に察した。

​ウィラはユアの話を最後まで聞き終えると、悲しげに目を細めた。そして、ユアの頬にそっと触れ、震える体を受け止めるように抱きしめた。
​「ユア、あなたは今までよく頑張ったわ。あなたのその無価値ではない命を、必死に繋いでくれた。それを誰も評価しなかっただけ」
​ウィラは優しくユアを離すと、彼の疲労と恐怖に対する**「第二性の報酬」**を与えた。
​「良く頑張りました、Good Sub。そして、私に助けを求めてくれたことに感謝するわ。あなたは生きたいという、一番大切なコマンドに従ってくれた」
​ウィラはさらに、ユアの精神を安定させるために、簡単なコマンドを出した。
​「Paw(手の甲を出しなさい)」
​ユアは利き手ではない左手を差し出した。ウィラは差し出された左手を大切そうに握り、**「良い子、良い子」**と優しく褒め続けた。
​ユアは戸惑った。罰を恐れ、褒められることに全く慣れていないユアは、報酬を拒否しようと腕を引っ込める。
​だが、ウィラはそれを許さなかった。ウィラは、ユアが引っ込めようとした左手の甲に、まるで誓いの儀式のように、静かに唇を落とした。
​その瞬間、ウィラの究極の Dom 性と、抑制剤を突き破るほどの愛情が、そのキスを通じてユアの魂の奥深くまで流れ込んだ。強烈な甘美な感覚がユアの全身を駆け巡り、彼は身体の制御を失い、再び腰が抜けそうになった。
​(な、なんだ、これ…!この、魂が震えるような感覚は…!)
​これはサブドロップではない。人生で初めて経験する歓喜と絶対的な安堵、Subspaceの強烈な片鱗だった。 

​ユアがその場に崩れ落ちる寸前、ウィラは状況を察した。この廃墟ではユアの精神は安定しない。
​「場所を変えるわ。もっと安全な場所へ行きましょう。そこには、あなたを専門的にケアできる仲間がいる」
​ウィラはユアを抱き上げ、ベリアル族の能力で、仲間たちが待つ安全なアジトへと移動した。ユアはウィラの腕の中で、意識を失う寸前、**「この人のDom性こそ、僕の命だ」**と確信した。





ウィラに抱えられたまま移動したユアが次に目を開けたのは、静かで清潔な医療用ベッドの上だった。周囲は人工的な魔力によって守られた地下アジトの一室。ユアの傍には、インプ族の技術者フィオと、スフィンクス族の参謀役セティが立っていた。
​「フィオ、彼の状態は?」
​ウィラの声には、先ほどの戦闘的な鋭さはなく、ただ切迫した Dom の責任感が宿っていた。
​フィオは顔を上げ、深刻そうに頷いた。
​「最悪の状態だよ、ウィラ。CPTSDによる精神崩壊は時間の問題。インキュバスとしての魔力枯渇が末期で、生命維持に必要な魔力さえ生成できてない。そして、これが一番の問題――抑制剤の多量摂取により、神経と魔力回路が深刻に損傷してる」
​フィオはユアの右手をそっと指差した。
​「通常の医療では、もう手遅れかも。彼のインキュバスの核を回復させ、神経を修復できるのは……長期間にわたる、絶対的な Dom からの完璧なケア、だと思う」
​セティが静かに口を挟んだ。「つまり、このSubの命は、 Dom 性に依存するということね?」 

​フィオとセティの言葉は、ウィラの胸に重く響いた。彼を救うためには、生半可な庇護では足りない。ウィラ自身の生命を分かち与えるほどの献身が必要なのだ。
​ウィラはそっとユアに近づき、冷たい指先を彼の頬に触れさせた。ユアは、その手が安心の源であることを本能で知っているかのように、ウィラの手のひらに頬を寄せた。
​(私は、彼と同じ「傷」を持っている。私が Dom であることが、悪を成敗するためではない……この子を救うために、今、試されている)
​ウィラの脳裏に、かつて虐待に苦しんだ自身の姿が重なる。彼女の正義への執着と過去への後悔は、今、ユアを救うという絶対的な独占欲へと昇華された。
​「分かった。私が治す」ウィラは低く、揺るぎない声で宣言した。「私がこの子のDomになる。この子を完全に満たしてあげる」 

​しばらくして、体力を回復させたユアがベッドに身を起こした。ウィラはユアの傍に座り、正式な契約の提案を行った。
​「ユア。私は、虐待や搾取を目的とした Dom ではない。私のDom性は、保護と育成のためにある。あなたには、私と共に生きる権利がある。私のパートナーにならない?」
​ユアは、安全、愛情、ケアのすべてを惜しみなく差し出そうとするウィラの瞳を見つめた。これまでの人生で受けたことのない**「真の Dom」からの光**だった。
​ユアは震える唇で、ウィラの手に自分の左手を重ねた。
​「お願いします、ウィラ。僕のすべてを……僕の命を、ウィラにお捧げします」
​ユアは涙を流しながら、一生の忠誠を誓った。 

​契約が成立したことを確認したウィラは、ユアを優しく抱きしめた。
​「これであなたは私のものよ。もう誰にも、あなたに触れることは許されない」
​ウィラは、ユアの鎖骨のあたりに残る、過去の偽 Dom が刻んだ負の契約の痕跡を指でなぞる。そして、ベリアル族の**「法則の支配者」の能力を発動させた。ウィラの魔力がユアの皮膚に触れると、過去の契約は「無価値」**なものとして浄化され、跡形もなく消滅していく。
​そして、ウィラは自身の魔力を込めた唇で、ユアの鎖骨にそっとキスを落とした。
​ジリリという微かな痛みの後、ユアの皮膚には、ウィラのベリアル族の紋様を模した、**極めて微細で美しい「真実のマーキング」が刻まれた。それは「この Sub は絶対的な Dom に保護され、愛されている」**ことを証明する、最高の契約の証だった。
​契約が成立したことで、ユアの心身に微かな魔力の回復の兆しが見える。ウィラは、完全に安堵したユアを抱きしめ、耳元で囁いた。
​「あなたの過去を傷つけた偽りの支配者たちに、私が正義の鉄槌を下しましょう」
​ウィラの瞳には、ユアへの狂おしいほどの溺愛と、魔界の腐敗した評議会に向けた、燃えるような反逆の炎が宿っていた。
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