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第1章「失敗」⑤
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フロアでは薄暗くて分からなかったけれど、女性は春らしいピンクの薄手のコートを羽織っており、少し大きめのサングラスが違和感を浮き出しにしている。列に並んだ誰とコミュニケーションを取るというわけではなく、黙って整列している。僕はそちらを意識しないようにして物販を開始した。とはいえ、僕が何をやるということではなく、客とのコミュニケーションからお金のやりとりまで全部芽以がやってしまう。僕は万が一のためのボディーガードのような役割でその様子を見ているだけである。ほとんど馴染みのお客さんは、僕なんかがいなくても、適度な距離感で平和的にコミュニケーションをしてくれるのだけれど、時々そうではない一見の客も存在する。女性にお願いするには到底見過ごせないような言葉を投げつけたり、過度な要求をしたり、もう既にやり取りのすべてを終えて、次のお客さんに順を譲る時になっても、一向にその場を離れようとしない。そういう時は僕が口を挟んで注意をし、それでも止めなければお帰りいただく。二週に一度くらいは起きることだ。若い女性が相手であり、固定のファンを獲得したいという心理から、タレントの立場の弱いことを利用してこういうことが平然と起こっている。ほとんどは隣にいる所属事務所の男性が止めて終わる。止めなければ了承しているのと同じになるから。けれど、事務所に所属していない女性はそうはいかない。芽以も以前はそうだった。僕が開いたライブイベントで、芽以は一人の客からの執拗なお願いに困っていた。CDを購入した特典としてスマホで写真を撮るという時に、抱擁をして写真を撮りたいと男性客が駄々をこねていたのだ。周りのお客さんもその行為を窘めていたけれど、一向に止む気配がなく、泣きそうな顔をしていた芽以を見かねて主催者の僕が止めに入った。これ以上騒ぐと主催者権限で退場してもらう、と告げると、不服そうな表情で男は離れていった。芽以とはそれからの付き合いである。何度かそういう目にあって困っている、という芽以に対して、そしたらこちらが物販の手伝いをすれば良いと提案して、それから何だかんだあり今に至る。だから芽以はうちの事務所が作ったわけでも育てたわけでもない。あくまでもただの手伝い。必要な経費分はもらっているけれど、それ以外はすべて給与として芽以に渡す。お金のやりとりを芽以がするのもそのためだ。
物販はいつものように滞りなく進み、先程の女性の順になった。芽以はあまりいない女性のお客さんに声を一段高くして御礼とあいさつをする。女性は芽以に簡単に一礼すると、僕の方を見た。サングラス越しなのに、女性の視線が冷たいことが分かった。僕は一瞬たじろいでしまったけれど、すぐに、どうかしましたか、と尋ねた。すると、女性はサングラスを外して、改めて僕を見る。僕はそれを見て身体が固まってしまった。
「久しぶりね、望月君」
最後に会った時から年齢を重ねていったせいか、全くそのままではなかったけれど、僕は見た瞬間にその人物が誰かが分かった。真奈だった。
「近野くんにあなたの近況を教えてもらって、
まさか、と思って調べて来てみたけど、
本当にやってるのね、芸能事務所」
知り合いですか、と訊く芽以に僕は高校の同級生だと返す。そうなんですね、と笑顔で相槌を打つ芽以とは対照的にいたって冷静な表情のまま真奈は続ける。
「あなた、歌が上手ね、名前は、何て言ったっけ」
芽以も表情を崩すことなく、緑芽以です、と答える。その名前を聞くと、真奈は一瞬瞼をぴくりと動かした。
「そう・・・それで最後の曲なんだけど」
「『ミラージュ』ですね」
芽以は該当するCDを手に取る。
「あの曲は、誰が作詞をしたの」
「作詞は望月さんがやってます。私は作曲です」
そう聞くと、ふーんと呟き、また僕を一瞥した。その目線は最初よりも鋭さを増しいている気がする。真奈はさらに何か呟いたけれど、それは僕には聞こえなかった。
「それってどういう――」
と芽以が言いかけたところで、真奈は薄笑いを浮かべて芽以に向かって
「あなた、せっかく歌が上手いんだから、
この人からは離れた方がいいわ」
と言った。芽以は一瞬何を言われているのか分からずに、笑顔を張り付けたままきょとんとしている。おい、と僕が声を出すと、さっきよりも一段と大きな声で
「この人から離れなさいって言ってあげてるの、
この人に関わると、ロクなことがないから」
と周囲にまき散らすように放った。周囲の客も他のスペースで物販を行っていた人たちも何事が起きたのか、と声を止め僕らを見ている。それじゃ、と言い残して真奈はその場を後にした。
真奈の通る道は皆が左右に避け、綺麗な道となっている。そこを真奈は振り返ることなくそそくさと進んで行く。真奈の姿が出口から消えたところで、静寂した物販スペースは音を取り戻した。けれど、その音は明らかに僕たちに今起こった出来事に対する言葉だった。明らかに動揺した空気が流れている。それをただ呆然と見ていた僕に、芽以が
「追いかけた方がいいです」
と言った。その顔にはもう笑顔が張り付いていなかった。わかった、すまない、と残し、僕も出口に向かって走り出した。
外に出て周囲を見回すと、すぐそこの大通りで真奈はタクシーを止めていた。乗り込もうとした真奈を僕は呼び止める。
「ちょっと待てよ、いきなり何なんだよ」
「何って、思ったことを忠告してあげただけよ」
表情を変えずに真奈が言う。
「ふざけんなよ、オレに何の恨みがあるって
いうんだよ!」
「恨み?」
真奈は乾いた笑みをもらした。
「そうね、あなたは忘れているものね」
そうして乗り込もうとしたけれど、真奈は何かを思い出したように少し身を外に出した。
「失礼ついでにひとつお願いがあるんだけど」
「なんだよ」
「近野君が知らせてくれた同窓会、
あなたに出席しないでほしいの」
なんでだよ、理由を言えよ、と言う僕をかわすようにタクシーに乗り込むと、窓を開けて真奈は続けた。
「あなたのためにならないからよ。
ごめんね、本当はこれを言いに来たのに」
そして窓が閉まると、タクシーは動き出した。まだ訊きたいことはたくさんあったのに、タクシーはもう渋谷の街に溶け込み、分からなくなった。
ライブハウスに戻ると、入り口で芽以が待っていた。申し訳ない、と頭を下げると、いえ、それより望月さんは大丈夫ですか、と心配されてしまった。大丈夫だよ、と言い時計を見たが、まだ物販時間が残っていた。中断してくれたらしい。
「オレは大丈夫だけど、今日はこんなだし、
迷惑をかけちゃうだろうから、ごめん、
後の物販は任せていいかな」
と言うと、こちらは大丈夫ですが・・・と芽以は言葉を濁した。
「オレの方は大丈夫。それにオレが行ってさ、
お客さんが変な感じになるのもアレだから。
常連さんに何か訊かれたら、今日は適当に
『望月さんの昔の女が騒いだみたいですよ』
って笑い飛ばしといてよ」
詳しいことは後で話すからさ、と加え、芽以を物販に促した。芽以はわかりました、と言うと、表情を作り直して、行ってきますと元のスペースに向かって歩き出した。
その後姿を見ながら、芽以に悪いことをしたな、と反省した。反省すると言っても、あまりに突然の出来事で、原因も分からないので反省しようもないのだけれど。
数歩進んだところで芽以が振り返って僕のところに戻ってくる。どうした、と問う僕に芽以は不可解な顔で、これだけは伝えた方が良いと思って、と言った。
「最後、あの人が帰る直前、呟いたんですよ」
僕は真奈のそれが聞こえていなくて、あれは何て言ったの、と芽以に訊いた。私もはっきりと聞こえたわけじゃないで、聞き直そうとしたんですけど、と断った上で、
「多分、多分ですけど、こう言ったんです。
『失敗だった』って」
物販はいつものように滞りなく進み、先程の女性の順になった。芽以はあまりいない女性のお客さんに声を一段高くして御礼とあいさつをする。女性は芽以に簡単に一礼すると、僕の方を見た。サングラス越しなのに、女性の視線が冷たいことが分かった。僕は一瞬たじろいでしまったけれど、すぐに、どうかしましたか、と尋ねた。すると、女性はサングラスを外して、改めて僕を見る。僕はそれを見て身体が固まってしまった。
「久しぶりね、望月君」
最後に会った時から年齢を重ねていったせいか、全くそのままではなかったけれど、僕は見た瞬間にその人物が誰かが分かった。真奈だった。
「近野くんにあなたの近況を教えてもらって、
まさか、と思って調べて来てみたけど、
本当にやってるのね、芸能事務所」
知り合いですか、と訊く芽以に僕は高校の同級生だと返す。そうなんですね、と笑顔で相槌を打つ芽以とは対照的にいたって冷静な表情のまま真奈は続ける。
「あなた、歌が上手ね、名前は、何て言ったっけ」
芽以も表情を崩すことなく、緑芽以です、と答える。その名前を聞くと、真奈は一瞬瞼をぴくりと動かした。
「そう・・・それで最後の曲なんだけど」
「『ミラージュ』ですね」
芽以は該当するCDを手に取る。
「あの曲は、誰が作詞をしたの」
「作詞は望月さんがやってます。私は作曲です」
そう聞くと、ふーんと呟き、また僕を一瞥した。その目線は最初よりも鋭さを増しいている気がする。真奈はさらに何か呟いたけれど、それは僕には聞こえなかった。
「それってどういう――」
と芽以が言いかけたところで、真奈は薄笑いを浮かべて芽以に向かって
「あなた、せっかく歌が上手いんだから、
この人からは離れた方がいいわ」
と言った。芽以は一瞬何を言われているのか分からずに、笑顔を張り付けたままきょとんとしている。おい、と僕が声を出すと、さっきよりも一段と大きな声で
「この人から離れなさいって言ってあげてるの、
この人に関わると、ロクなことがないから」
と周囲にまき散らすように放った。周囲の客も他のスペースで物販を行っていた人たちも何事が起きたのか、と声を止め僕らを見ている。それじゃ、と言い残して真奈はその場を後にした。
真奈の通る道は皆が左右に避け、綺麗な道となっている。そこを真奈は振り返ることなくそそくさと進んで行く。真奈の姿が出口から消えたところで、静寂した物販スペースは音を取り戻した。けれど、その音は明らかに僕たちに今起こった出来事に対する言葉だった。明らかに動揺した空気が流れている。それをただ呆然と見ていた僕に、芽以が
「追いかけた方がいいです」
と言った。その顔にはもう笑顔が張り付いていなかった。わかった、すまない、と残し、僕も出口に向かって走り出した。
外に出て周囲を見回すと、すぐそこの大通りで真奈はタクシーを止めていた。乗り込もうとした真奈を僕は呼び止める。
「ちょっと待てよ、いきなり何なんだよ」
「何って、思ったことを忠告してあげただけよ」
表情を変えずに真奈が言う。
「ふざけんなよ、オレに何の恨みがあるって
いうんだよ!」
「恨み?」
真奈は乾いた笑みをもらした。
「そうね、あなたは忘れているものね」
そうして乗り込もうとしたけれど、真奈は何かを思い出したように少し身を外に出した。
「失礼ついでにひとつお願いがあるんだけど」
「なんだよ」
「近野君が知らせてくれた同窓会、
あなたに出席しないでほしいの」
なんでだよ、理由を言えよ、と言う僕をかわすようにタクシーに乗り込むと、窓を開けて真奈は続けた。
「あなたのためにならないからよ。
ごめんね、本当はこれを言いに来たのに」
そして窓が閉まると、タクシーは動き出した。まだ訊きたいことはたくさんあったのに、タクシーはもう渋谷の街に溶け込み、分からなくなった。
ライブハウスに戻ると、入り口で芽以が待っていた。申し訳ない、と頭を下げると、いえ、それより望月さんは大丈夫ですか、と心配されてしまった。大丈夫だよ、と言い時計を見たが、まだ物販時間が残っていた。中断してくれたらしい。
「オレは大丈夫だけど、今日はこんなだし、
迷惑をかけちゃうだろうから、ごめん、
後の物販は任せていいかな」
と言うと、こちらは大丈夫ですが・・・と芽以は言葉を濁した。
「オレの方は大丈夫。それにオレが行ってさ、
お客さんが変な感じになるのもアレだから。
常連さんに何か訊かれたら、今日は適当に
『望月さんの昔の女が騒いだみたいですよ』
って笑い飛ばしといてよ」
詳しいことは後で話すからさ、と加え、芽以を物販に促した。芽以はわかりました、と言うと、表情を作り直して、行ってきますと元のスペースに向かって歩き出した。
その後姿を見ながら、芽以に悪いことをしたな、と反省した。反省すると言っても、あまりに突然の出来事で、原因も分からないので反省しようもないのだけれど。
数歩進んだところで芽以が振り返って僕のところに戻ってくる。どうした、と問う僕に芽以は不可解な顔で、これだけは伝えた方が良いと思って、と言った。
「最後、あの人が帰る直前、呟いたんですよ」
僕は真奈のそれが聞こえていなくて、あれは何て言ったの、と芽以に訊いた。私もはっきりと聞こえたわけじゃないで、聞き直そうとしたんですけど、と断った上で、
「多分、多分ですけど、こう言ったんです。
『失敗だった』って」
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