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第1章「失敗」④
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近野からの返事に僕は言葉を失った。僕が覚えていなかった子と僕が以前に付き合っていた。まずはその恵美と呼ばれる女性のことを思い出したかったのに、僕はそれ以上の難題を突き付けられてしまった。本当に付き合っていたのか、その恵美という女性はどんな子だったのか、訊きたいことは山ほどあったけれど、故人であるということが、僕に質問することを簡単には許さなかった。「覚えていなかった」というだけでも失礼極まりないのだから、この期に及んで「本当に付き合っていたのか」という質問を近野にぶつけてしまったら、死者の愚弄のように映るだろう。僕はそこまでで返事をするのを止めてしまった。
夜中になってもなかなか寝付けなかった。やはり恵美さんという女性のことが頭から離れないのだ。一番不可解なのは、もし本当に僕が恵美さんと付き合っていたのならば、どうして僕がそれを忘れているのか、付き合っていたことだけでなく、存在していたことも、そして亡くなってしまったことを忘れているのか、ということだった。しかも、言われても思い出すことなく、まるでそんなことなんて無かったかのように。僕はそんなに薄情な人間なのだろうか。情に厚いなんて一瞬たりとも思うことはないのだけれど、さすがにこれを忘れているのは、人としてどうかと責められても仕方がない。
意識が遠くなっていったのは明け方近くだった。
昼過ぎに目覚めると、近野からまたLINEが届いていた。
>近野誠一
昨日は遅くまですまんかった
ところで昨日さ、恵美ちゃんと
望月が付き合ってたってアレ、
オレの思い過ごしだったかもしれないから
気にしないでくれ
近野の言葉に僕は自分がそこまで薄情ではなかったことにまず安心した。さすがに昔の恋人を忘れてしまうほどの情の薄さではない。
>近野誠一
ところでさ、真奈ちゃんのこと覚えてるか?
忘れるはずがなかった。
>近野誠一
真奈ちゃん、就職してから
そっちに行ってるらしいんだけど、
望月のこと、教えといたぞ、
お前もそっちに居るって
真奈のことは忘れていない。こちらは正真正銘、僕の昔の彼女だ。高校2年の冬から付き合い始め、卒業する前に別れてしまった。別れた原因ははっきりと覚えていない。いや、これは忘れた、ということではなくて、何も前触れなく急に振られてしまったのだ。その前の週まで出かけていた。受験勉強はお互いに大変だったけれど、励まし合いながら頑張って、そして時間を見つけては一緒に過ごしたのだった。それが受験の直前になって急に一方的に別れを切り出され、さしたる原因も分からないまま、受験を迎え、卒業し、僕たちはそれ以降会うことはなかった。別れを納得しない僕に真奈は何か理由を言った気がするのだけれど、意味が分からず、そして、僕はその言葉を忘れてしまった。今では、知らないうちに受験のストレスから彼女を傷つけてしまったのか、それとも彼女に他に好きな人が出来たのではないか、という結論で一人で勝手に終わらせている。
真奈も地元を離れ、こっちに来ているという情報を近野から教えられたところで、僕に特別な感情を持つことはなかった。一方的に振られた傷はあったとはいえ、それは遠い昔、高校時代の話だ。もうあれから20年近く経ってしまった。懐かしさはあれど、また会いたいとまでは思わない。それは向こうも同じだろう。近野から僕のことを教えられたところで、一方的に振った男のことだから、ふーん、と思うくらいに違いない。
とにかく、僕は恵美さんと付き合っていなかった、ということに安心した事実だけを胸に残して、仕事に向かう準備を始めた。もちろん、付き合ってなかったとはいえ、恵美さんが誰なのか、どうして僕が故人を忘れてしまっているのか、という疑問は残ったままだったが。
衣装と物販に必要なもの、音源CDを車に積んで、僕は渋谷へと車を走らせる。1時間半ほどで到着すると、コインパーキングに車を停めて、ライブハウスへと向かう。ライブハウスに到着し、入口で挨拶をし、PASSをもらうと、楽屋から芽以が荷物を受け取りにやってきた。芽以が僕の会社がマネジメントしている唯一のタレントだ。予め頼んでいた衣装と同じであるかとさっと確認すると、彼女はありがとうと言って、それを手に楽屋に下がっていった。アイドルイベントは女性がほとんど(というか全員)なので、僕は楽屋へは決して行かない。芽以ならともかく、他の事務所のタレントが万が一着替えてなどいようものなら、気まずいだけでは済まされない。芽以はノックをすれば大丈夫だ、と言うが、余計なトラブルになるのを避けるためにも、行かないのが一番だ。芽以曰くノックをせずに入ってくる事務所の男性もいるようで、そういうところは総じて評判が悪い。僕が仕切っているイベントでも、そういう情報が入ると、それ以降は声を掛けないようにしている。狭い世界では評判が物を言う。戻ってきた芽以と簡単な打ち合わせを済ませると、あとはステージ上で姿を見るまでは顔を合わせない。それくらいの関係性がちょうど良いと、ひとりで納得している。
打ち合わせが終わると、簡単なキューシートを書き込み、PAさんに音源と一緒に渡しに行く。何度も使っているライブハウスなので、PAも顔なじみだ。もはや曲名だけでトラック番号が分かるらしい。時々新曲が加わってCDもアップデートするから、その時は念を押して伝える。一度予定とは違う曲が流れてしまったことがあって、芽以はそのトラブルに、さも初めからその曲が歌われるような顔をして対応したが、さすがに終わった後でお小言をもらってしまった。それ以降はきちんと確認するようにしている。
そうしてロビーに戻ると、主催者に挨拶。このご時世なので、こちらも新規でばんばん仕事を受けるわけではない。お世話になっているイベンターさんや事務所の記念イベントには関係性で仕事を受けている。今日のライブもお世話になっている事務所のアイドルの生誕イベントとなっていて、どうしても出てほしいと頼まれたものだった。
「悪いね、こんなときに無理言って出てもらって」
「いえいえ、こちらこそ、落ち着いてまたイベントが
出来るようになったらお願いしますよ」
というおざなりの会話から始まり、世間話に移行する。世間話といえども、話題はやはり感染症の話で、先の見えない状況にお互い困っている、という近況の報告や、どこどこの事務所がワンマンライブが潰れて負債がまずいことになっているらしい、というもので、明るい話題は皆無だった。
イベントが始まり、ステージではアイドルが歌い始める。18時から始まるイベントに18時から集まる客はほとんどいない。客にも仕事があるので、19時くらいから徐々に人が増え始める。1アイドルの持ち時間は15分か多くて20分、およそ3時間半のイベントに10組から15組のアイドルが登場する。人気があれば人が集まる時間に、そうでなければ早い時間に枠が配置される。人気がないからこそ人が集まる時間にステージが無ければファンは増えないのだけれど、主催者としては自分の所属タレントでもない限り、わざわざそんなことをする義理はない。人気が無ければ人気がない枠しかない、負の連鎖を断ち切るなら、なんとかして這い上がっていくしかない。フロアには数人の客しかいなかったけれど、彼女たちはそのお客さんのために精一杯ステージ上を駆け回る。己の運命を変えるために。僕はそういう子たちの鬼気迫るステージを観るのが好きで、関係者席でいつも観ている。自分のファンはもちろん、そうではない数少ないフロアにいる客にどんどんアピールを重ねていく。時に気づいてないのか、関係者席にいる僕にもアピールをしてくる子がいるけれど、それはちょっと苦笑いしてかわす。僕は客ではないし、客ではないと分かっていながらアピールされているとしても、うちの事務所にはなんのパワーもなにのだから。
芽以のステージは19時半からだった。出演を無理にお願いされたのと、日ごろの関係性で割と良い枠をもらえた。芽以自体もステージ歴が長く、フロアを埋めるほど毎回お客さんが来るわけではないけれど、主催者が喜んでくれるような数はコンスタントに稼いでいる。
芽以はあまり激しく踊るタイプのアイドルではない。学生時代はずっとレッスンを受けていたこともあり、歌声には割と定評があるシンガーに近い存在だと思う。曲もそこまで激しいものではなく、どちらかというとじっくりと聴かせる系のものが多い。うちでマネジメントを始めてからは、これまで歌っていたものに加えて、新曲も増えた。芽以が鼻歌で歌ったメロディを僕がギターで簡単に直して、それをアレンジャーさんに送って曲が出来上がる。アレンジャーも学生時代の友人に紹介してもらい、比較的安価で請け負ってもらっている。出来上がった曲に僕が適当に詩をつけて完成する。僕は一貫して芽以に作詞をするように言っているけれど、芽以は任せると言ってやらない。自分で生み出した言葉を歌うのは何か違うのだそうだ。脚本を書く僕には分からない感覚である。
芽以のステージが始まり、2曲を歌いきると今後の予定を簡単に紹介し、最後の曲へと入る。最後の曲は芽以が希望した『ミラージュ』という曲で、最近加えた曲だった。
思い出すたびに消えてしまう
守りたい? れない? あなたとの恋のような時間さえ
追い越せる? 追い越せない?
あなたを見つめていた時間戻ってほしい
僕が君を蜃気楼にした
フロアにいる2、30人ほどの客が芽以の歌に聴き入っている。僕も芽以の歌声が好きだった。ふとフロアに目をやると、比較的若い女性の客がいた。最近では女性のお客さんも珍しくはなかったけれど、サングラスをして立つその女性は少し異質に見えた。一瞬目が合った気がしたけれど、彼女はステージを見つめていたし、僕も芽以の歌に聴き入っていた。
ステージが終わると、物販スペースに移動する。これから1時間、CDやチェキ撮影の即売会が行われる。手際よく準備を進めると、常連のお客さんがフロアからやってくる。長年芽以のステージを観に来てくれる馴染みの人たちだ。誰に言われるでもなく整然と列を作り出す彼らの後ろに、さっきのサングラスの女性がいた。僕は何でもない素振りで準備を進めていたけれど、内心なにかざわつくものを感じた。
夜中になってもなかなか寝付けなかった。やはり恵美さんという女性のことが頭から離れないのだ。一番不可解なのは、もし本当に僕が恵美さんと付き合っていたのならば、どうして僕がそれを忘れているのか、付き合っていたことだけでなく、存在していたことも、そして亡くなってしまったことを忘れているのか、ということだった。しかも、言われても思い出すことなく、まるでそんなことなんて無かったかのように。僕はそんなに薄情な人間なのだろうか。情に厚いなんて一瞬たりとも思うことはないのだけれど、さすがにこれを忘れているのは、人としてどうかと責められても仕方がない。
意識が遠くなっていったのは明け方近くだった。
昼過ぎに目覚めると、近野からまたLINEが届いていた。
>近野誠一
昨日は遅くまですまんかった
ところで昨日さ、恵美ちゃんと
望月が付き合ってたってアレ、
オレの思い過ごしだったかもしれないから
気にしないでくれ
近野の言葉に僕は自分がそこまで薄情ではなかったことにまず安心した。さすがに昔の恋人を忘れてしまうほどの情の薄さではない。
>近野誠一
ところでさ、真奈ちゃんのこと覚えてるか?
忘れるはずがなかった。
>近野誠一
真奈ちゃん、就職してから
そっちに行ってるらしいんだけど、
望月のこと、教えといたぞ、
お前もそっちに居るって
真奈のことは忘れていない。こちらは正真正銘、僕の昔の彼女だ。高校2年の冬から付き合い始め、卒業する前に別れてしまった。別れた原因ははっきりと覚えていない。いや、これは忘れた、ということではなくて、何も前触れなく急に振られてしまったのだ。その前の週まで出かけていた。受験勉強はお互いに大変だったけれど、励まし合いながら頑張って、そして時間を見つけては一緒に過ごしたのだった。それが受験の直前になって急に一方的に別れを切り出され、さしたる原因も分からないまま、受験を迎え、卒業し、僕たちはそれ以降会うことはなかった。別れを納得しない僕に真奈は何か理由を言った気がするのだけれど、意味が分からず、そして、僕はその言葉を忘れてしまった。今では、知らないうちに受験のストレスから彼女を傷つけてしまったのか、それとも彼女に他に好きな人が出来たのではないか、という結論で一人で勝手に終わらせている。
真奈も地元を離れ、こっちに来ているという情報を近野から教えられたところで、僕に特別な感情を持つことはなかった。一方的に振られた傷はあったとはいえ、それは遠い昔、高校時代の話だ。もうあれから20年近く経ってしまった。懐かしさはあれど、また会いたいとまでは思わない。それは向こうも同じだろう。近野から僕のことを教えられたところで、一方的に振った男のことだから、ふーん、と思うくらいに違いない。
とにかく、僕は恵美さんと付き合っていなかった、ということに安心した事実だけを胸に残して、仕事に向かう準備を始めた。もちろん、付き合ってなかったとはいえ、恵美さんが誰なのか、どうして僕が故人を忘れてしまっているのか、という疑問は残ったままだったが。
衣装と物販に必要なもの、音源CDを車に積んで、僕は渋谷へと車を走らせる。1時間半ほどで到着すると、コインパーキングに車を停めて、ライブハウスへと向かう。ライブハウスに到着し、入口で挨拶をし、PASSをもらうと、楽屋から芽以が荷物を受け取りにやってきた。芽以が僕の会社がマネジメントしている唯一のタレントだ。予め頼んでいた衣装と同じであるかとさっと確認すると、彼女はありがとうと言って、それを手に楽屋に下がっていった。アイドルイベントは女性がほとんど(というか全員)なので、僕は楽屋へは決して行かない。芽以ならともかく、他の事務所のタレントが万が一着替えてなどいようものなら、気まずいだけでは済まされない。芽以はノックをすれば大丈夫だ、と言うが、余計なトラブルになるのを避けるためにも、行かないのが一番だ。芽以曰くノックをせずに入ってくる事務所の男性もいるようで、そういうところは総じて評判が悪い。僕が仕切っているイベントでも、そういう情報が入ると、それ以降は声を掛けないようにしている。狭い世界では評判が物を言う。戻ってきた芽以と簡単な打ち合わせを済ませると、あとはステージ上で姿を見るまでは顔を合わせない。それくらいの関係性がちょうど良いと、ひとりで納得している。
打ち合わせが終わると、簡単なキューシートを書き込み、PAさんに音源と一緒に渡しに行く。何度も使っているライブハウスなので、PAも顔なじみだ。もはや曲名だけでトラック番号が分かるらしい。時々新曲が加わってCDもアップデートするから、その時は念を押して伝える。一度予定とは違う曲が流れてしまったことがあって、芽以はそのトラブルに、さも初めからその曲が歌われるような顔をして対応したが、さすがに終わった後でお小言をもらってしまった。それ以降はきちんと確認するようにしている。
そうしてロビーに戻ると、主催者に挨拶。このご時世なので、こちらも新規でばんばん仕事を受けるわけではない。お世話になっているイベンターさんや事務所の記念イベントには関係性で仕事を受けている。今日のライブもお世話になっている事務所のアイドルの生誕イベントとなっていて、どうしても出てほしいと頼まれたものだった。
「悪いね、こんなときに無理言って出てもらって」
「いえいえ、こちらこそ、落ち着いてまたイベントが
出来るようになったらお願いしますよ」
というおざなりの会話から始まり、世間話に移行する。世間話といえども、話題はやはり感染症の話で、先の見えない状況にお互い困っている、という近況の報告や、どこどこの事務所がワンマンライブが潰れて負債がまずいことになっているらしい、というもので、明るい話題は皆無だった。
イベントが始まり、ステージではアイドルが歌い始める。18時から始まるイベントに18時から集まる客はほとんどいない。客にも仕事があるので、19時くらいから徐々に人が増え始める。1アイドルの持ち時間は15分か多くて20分、およそ3時間半のイベントに10組から15組のアイドルが登場する。人気があれば人が集まる時間に、そうでなければ早い時間に枠が配置される。人気がないからこそ人が集まる時間にステージが無ければファンは増えないのだけれど、主催者としては自分の所属タレントでもない限り、わざわざそんなことをする義理はない。人気が無ければ人気がない枠しかない、負の連鎖を断ち切るなら、なんとかして這い上がっていくしかない。フロアには数人の客しかいなかったけれど、彼女たちはそのお客さんのために精一杯ステージ上を駆け回る。己の運命を変えるために。僕はそういう子たちの鬼気迫るステージを観るのが好きで、関係者席でいつも観ている。自分のファンはもちろん、そうではない数少ないフロアにいる客にどんどんアピールを重ねていく。時に気づいてないのか、関係者席にいる僕にもアピールをしてくる子がいるけれど、それはちょっと苦笑いしてかわす。僕は客ではないし、客ではないと分かっていながらアピールされているとしても、うちの事務所にはなんのパワーもなにのだから。
芽以のステージは19時半からだった。出演を無理にお願いされたのと、日ごろの関係性で割と良い枠をもらえた。芽以自体もステージ歴が長く、フロアを埋めるほど毎回お客さんが来るわけではないけれど、主催者が喜んでくれるような数はコンスタントに稼いでいる。
芽以はあまり激しく踊るタイプのアイドルではない。学生時代はずっとレッスンを受けていたこともあり、歌声には割と定評があるシンガーに近い存在だと思う。曲もそこまで激しいものではなく、どちらかというとじっくりと聴かせる系のものが多い。うちでマネジメントを始めてからは、これまで歌っていたものに加えて、新曲も増えた。芽以が鼻歌で歌ったメロディを僕がギターで簡単に直して、それをアレンジャーさんに送って曲が出来上がる。アレンジャーも学生時代の友人に紹介してもらい、比較的安価で請け負ってもらっている。出来上がった曲に僕が適当に詩をつけて完成する。僕は一貫して芽以に作詞をするように言っているけれど、芽以は任せると言ってやらない。自分で生み出した言葉を歌うのは何か違うのだそうだ。脚本を書く僕には分からない感覚である。
芽以のステージが始まり、2曲を歌いきると今後の予定を簡単に紹介し、最後の曲へと入る。最後の曲は芽以が希望した『ミラージュ』という曲で、最近加えた曲だった。
思い出すたびに消えてしまう
守りたい? れない? あなたとの恋のような時間さえ
追い越せる? 追い越せない?
あなたを見つめていた時間戻ってほしい
僕が君を蜃気楼にした
フロアにいる2、30人ほどの客が芽以の歌に聴き入っている。僕も芽以の歌声が好きだった。ふとフロアに目をやると、比較的若い女性の客がいた。最近では女性のお客さんも珍しくはなかったけれど、サングラスをして立つその女性は少し異質に見えた。一瞬目が合った気がしたけれど、彼女はステージを見つめていたし、僕も芽以の歌に聴き入っていた。
ステージが終わると、物販スペースに移動する。これから1時間、CDやチェキ撮影の即売会が行われる。手際よく準備を進めると、常連のお客さんがフロアからやってくる。長年芽以のステージを観に来てくれる馴染みの人たちだ。誰に言われるでもなく整然と列を作り出す彼らの後ろに、さっきのサングラスの女性がいた。僕は何でもない素振りで準備を進めていたけれど、内心なにかざわつくものを感じた。
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