最後にいなくなった、君は

松山秋ノブ

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第2章「錯乱」①

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 新幹線の車内は比較的空いていた。メディアでは新しい感染症の対策として数メートル以内の接触は…と繰り返していたから、特に気にしていないとはいえ、長い間知らない人がずっと隣に座っているのは嫌だな、と思い、早めの便に乗ろうと思ったけれど、例のごとく寝坊をしてしまい、移動するにはごく普通の時間になってしまった。それでも車内は1つの車両の20人くらいしか乗っておらず、僕の隣はもちろん、前後にも人が乗っていない。助かる限りだ。いくら平日とはいえ、この空席は少し異常にも感じる。それだけ今の情勢は厳しいということだろう。駅の売店で慌てて軽食とおつまみとお酒(ここはしっかり忘れない)を買ったけれど、こんなことならゆっくり駅弁でも見ればよかったと思う。まぁ、駅弁をゆっくり見たところで、値段と満足度と自分の欲しさが合致せずに、結局簡単な軽食になってしまうんだけど。選んだのと選ばされたのは全く違う。
 人の少ない車内で優雅にお酒を飲みながら、僕は始点から終点までの新幹線の旅を楽しんだ。芽以には昨日のうちに、岡村と引継ぎが終わり、新曲の音源を渡したから受け取って、気が向いたら作詞をしてほしいと連絡しておいた。「気が向いたら」としたのは、本人がやりたくないものを強制させたくない、という気持ちが働いたからである。芽以はしばらくしてから「気が向いたらやります」と返信してきた。恐らく芽以はやるだろうと思う。やらないときははっきり「嫌だ」という人だし、こうしてこちら側の意図を汲み取って、それに最大限応えるような形で返答し、実行に移すのが僕の考える芽以だ。芽以はどんな歌詞を考えるのだろうか、僕が考えるような薄っぺらい恋愛の詞ではない気がする。芽以の中に生まれてくる言葉を想像し、そこからまた彼女を知る。もし詞がその人の人物像を如実に浮かべてしまうとしたら、芽以は僕の歌詞から僕のことをどう感じ取っているのだろうか。そのうえでどんな気持ちで歌っているのだろうか。そんな知る由もない想像を巡らせながら、僕は終点までまだしばらくある車内で眠りに落ちていった。

 終点を告げるアナウンスが鳴り、僕は目を覚ます。ゆっくりと入線しているであろう車内はゆらゆらと小刻みに揺れている。その揺れはまだ眠気を残す僕には子守歌に近いものだったけれど、そうしてもいられない。僕は荷物を棚から下ろし、降りる準備をした。
 新幹線の外は爽快な空気が広がっている。降りて行った人々は在来線に乗り換えるつもりなのか、足早に階段に進んでいる。僕はそれを横目にゆっくりと故郷を踏みしめるように進んで行く。寝坊をしてしまったせいで、ホテルのチェックインの時間は始まっている。特に時間をつぶす必要もなく、僕はまっすぐそこに向かっていく。駅の外も比較的人がまばらであった。この駅は繁華街というよりはオフィス街なので、仕事をしていなければ旅行にでも行かない限り利用しない。こんなに人がいないこの駅を見るのも初めてかもしれない。異様なものを感じながら、僕は駅から歩いて5分のところにあるホテルにチェックインした。
    どこにでもあるビジネスホテルのシングルルーム。こんな情勢なので予約もすぐに取れたし、なんなら相場よりもかなり安く泊まることができた。東京では1泊する値段で、ここなら4泊はできる。2泊しかするつもりはないけれど、これは随分助かった。本当は僕も在来線を使ってあと1時間も下れば実家があるので、そこから同窓会なりなんなりに行けば宿泊代はかからないのだけれど、生憎脱サラしたときに両親との仲が壊滅的になってしまった。まぁ一生懸命働いて大学まで出したのに、その子供がいきなり芸能事務所を作る、と言い出したら反対しない親の方が珍しい。最後は半ば縁を切るようにして今の仕事を始めてしまった。今でも何かあれば連絡は取らないことはなく、実際に縁を切ったわけではないのだけれど、やはり気まずさが勝ってしまう。そんなこともあって、今回も同窓会のある場所の近くにホテルを取ってやり過ごすことにした。もう何年も実家には帰っていない。恵美さんのことも実際には実家にあるアルバムやら何ならを見るか、親にそんな子がいたかを訊けばすぐに分かるのだろうが、結局それが出来なかった。気まずさは距離や興味を越える。
 チェックインして荷物を部屋に置き、ベッドに腰を下ろす。時計を見ると同窓会まではあと2時間近くある。そのまま横たわり、電車で眠った続きをしようと思った。窓の外からは新幹線や在来線が入線する音が微かに聞こえる。他に物音はしない。隣の部屋は空室なのだろうか。目を閉じる。さっきはまだ眠かったのに、もう眠くはない。目を閉じたまま、僕はこれから会う級友のことを考える。そして名前も顔も思い出せない、今はもういない恵美さんのことを考える。20年前に亡くなったと言われる恵美さんはどんな子だったのだろうか。勘違いだったとはいえ、僕と付き合っていたと誤解される彼女はどんな顔をして、どんな話し方をして、どんなものが好きだったのだろうか。僕とどんな話をして、そしてどんな表情をしていたのだろうか。知らない恵美さんが顔にモンタージュを駆使した顔ではっきりしないまま僕に話しかける。あなたは誰、私は誰、と。僕はその声の高低も分からないまま、笑顔で振り返る。彼女と話しているとき、僕はどんな顔をしていたのだろうか。僕の方こそ恵美さんを好きだったのだろうか。
 どれだけ想像を重ねても届かない彼女は僕のずっと先にいるような気がした。僕の方がそのまま生き続け、彼女がもう世界にいないはずなのに、僕が取り残されているような気がした。必死に距離を縮めようとしても届かない。その先に待っているのは恵美さんではなく真奈だった。真奈の思い出が僕の想像の先にはあった。真奈はどうして僕に同窓会に行くなと言ったのだろうか。真奈の言う「あなたのためにならない」とはどういう意味なのだろうか。真奈は恵美さんのことを知っているのか、話したことがあるのか、仲が良かったのか。いつの間にか想像は全て真奈を中心に回り始めていた。真奈と話しているときの僕はどんな顔をしていたのだろうか、真奈はどんな顔をして僕と付き合っていたのだろうか。こんなことなら嫌な思いをしたし、ムカついたけれど、あの日、真奈の連絡先を訊くべきだった。今日、近野に聞けばいいだろうか。けれど、そうしたとして僕は真奈に何を話せばいいなだろうか。

 さっきまではっきりしなかった恵美さんの顔も声も全て真奈のものに変わっていた。そのことに気づくまで、僕にはまだもう少し時間が必要だった。

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