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第1章「失敗」⑦
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翌日、芽以と20日についてメールで打ち合わせた。指定の衣装を万が一の予備も含めて2着決め、音源CDと共にそれを岡村に渡しておくことで算段がついた。岡村は僕の大学時代の友人で、僕がこの仕事に就く際に色々とコネを使わせてくれたイベンターである。今ある仕事や繋がりのほとんどはこの岡村から紹介されたものだ。僕にしてみれば同級生にして、友人にして、頭の上がらない恩人である。20日のイベントも岡村が主催したものだった。芽以もレコーディングやイベントで何度も岡村と一緒に仕事をしており、お互いに面識もある。それもあって芽以は僕に同窓会行きを促したのだろう。全く、抜け目のない女性だと恐れ入る。その後で岡村に連絡を入れ、訳を話しお願いすると快く承諾してくれた。僕が思い出すに岡村はきちんと理由を言えばお願いを断ったことがない。いや、理由なんてなくても断ったことはなかったと思う。昔からずっと気の良い人間だった。大学の授業では出席の代返なんて当たり前にお願いしていたし、部屋の片付けも何度も手伝ってくれた。当時付き合ってた子とデートに行けば車を出してくれ、バイト代入る前の金欠の時にご飯を奢ってくれたことは一度や二度ではない。それを岡村は嫌な顔を一度もすることなく、さも当たり前という顔でやってくれる。こんな菩薩のような人間、稀有な存在だ。その分、自分のことは人にお願いできないらしく、卒業論文が進まないとなると現実逃避のために急に縁もゆかりもない北海道に疾走したことがある。結局卒業論文は提出に間に合わず、大学の同級生として同じ時間を過ごした岡村とは一緒に卒業できなかった。1年後、ようやく卒業を迎えるのだけれど、今度は急にライブイベントを企画する仕事をすると言い出し、僕は吃驚してしまう。どうやら僕が部屋でギターを弾いて歌っていたのを見て音楽に興味を持ったらしい。僕が1年間せっせと働いている間に岡村はライブハウスをまわりまわってコネクションとノウハウを学び、小さなイベント会社に就職した。30代に差し掛かった頃に独立をした時には、「オレのイベントに出たくなったら相談してくれ」と言われ、いや、オレはもうとっくに音楽から足を洗ったし、普通に社会人だよ、と冗談めかして笑ったのだが、まさかその数年後に形は違えど、本当に岡村のイベントに出るようになってしまった。縁とはつくづく不思議なものである。
岡村は快諾の条件として、たまには一緒に飯でも食いに行こうぜ、と僕を誘った。これは言葉だけ条件と言っているが本気の交換条件ではない。単に僕とご飯を食べる約束をしたかっただけである。これも昔から変わらない。どうせ受け当たすものがあるから、と僕も承諾し、僕らは翌日落ち合うことにした。
翌日、僕は相模大野のダイニングバーで岡村と会った。お互いにお酒を飲みたい気持ちになって、住んでいる中間地点となる駅が選ばれた。僕は早々にトランケースに詰まった芽以の商売道具を渡すと、話もそこそこにワインに興じる。一瞬で学生時代に戻れる感覚、懐かしさや居心地の良さで酒がどんどんと進む。いや、普段から酒には目が無くて、懐かしさうんぬんが無くても飲みすぎてしまうんだけど。気持ちが高まり、意識がふわふわとしてきたところで岡村が今回のことを訊いてくる。今まで同窓会なんて一度も気にしたことなかったのに、どうして今更行く気になったんだ、と。なかなか鋭い質問である。確かに、今回の件に関わらず、同窓会と言う同窓会に顔を出したことがない。大学関係すら皆無だ。岡村はそこそこに顔を出しているらしく、大学の同窓会に出ては近況を教えてくれる。それを興味があるがないか分からないといった感じに訊くのが僕である。他人にそんなに興味が無いことが岡村にはバレている。そんな僕が同窓会に行くと言うのだから、それは不思議な話に違いない。岡村に隠し事をしても仕方ない、こちらは頼んでいる立場なのだし。今回の事の次第を岡村にも言って聞かせた。まぁ僕がここで言わなかったところで芽以に訊くのは目に見えていたから、僕の口から言った方がより正確だろうとも思ったし。全ての説明を岡村はずっと聞いていた。途中ワインをおかわりしてはいたが、僕が知るに真剣に話を聞いている姿だったと思う。聞き終わると、まぁ、そりゃ望月でも行くだろうね、と納得している様子だった。
「にしても、芽以ちゃんからそれを促すとはね」
感心したように岡村は言った。もちろんオレもそうしようと思っていた、と僕も加える。気の済むまでやってくるといいよ、芽以ちゃんは任されたからさ、と気前よく返事をすると、岡村は急に畏まった顔で、
「でも、望月もさ、そろそろ芽以ちゃんのこと、
真剣に考えてやんなよ」
と言った。僕は急に変わった空気にちょっとおどけて
「オレはいつでも真剣だよ」
と答えた。岡村は、いいや、それは違うね、と首を横に振って
「芽以ちゃんだって、いつまでもこのままでいい、
って訳じゃないだろう。年齢もあるし、
キャリアアップとか次の展開とか、
望月はちゃんと芽以ちゃんのために考えてるのか」
と少し強めに言った。岡村の指摘は余りに図星過ぎて、僕はこれ以上何も言えなかった。
言葉のない時間がテーブルを支配する。お互いに気まずくなったら話題を変える。これも長い友人時代の賜物だ。岡村が話題を変えてきた。
「そういえば、頼まれてた新曲のデモ、できたぞ」
そう言ってCDを僕に差し出した。岡村から紹介してもらったアレンジャーに曲作りをお願いするようになって久しい。相場よりも安く仕上げてもらえるのは岡村さまさまだ。
「いつも通り、ライブ用の音源になってる。
2曲あるから、両方の歌詞が出来たら、
レコーディングの日程を連絡してくれ」
礼を言って僕はそれを受け取る。受け取ってちょっと考えてから、僕は予備込みで渡された3枚のうち、1枚を岡村に戻した。
「これ、20日に芽以に渡してくれないか」
「いいけど、どうして」
ワインが空になったのを見越して、店員が飲み物のオーダーに来る。僕は同じものをまた頼んで岡村に理由を言った。
「芽以に作詞をしてもらおうかなと思って」
そういうことなら、と納得をした顔で岡村は了解した。さっき頼んだワインがもうデキャンタで運ばれてくる。目の前のクラスに注がれていくワインを見ながら、これからの芽以のことを考えた。具体的なことは一つも考えつかなかったけれど、一度、芽以の心の中にある言葉を曲の中で聴いてみたいと思った。グラスがワインで満たされると、僕も不思議と充ち足りたような気分になる。それをみた岡村は自分もワインをまたワインを注文した。
まだまだ夜はこれからなのかもしれない。
岡村は快諾の条件として、たまには一緒に飯でも食いに行こうぜ、と僕を誘った。これは言葉だけ条件と言っているが本気の交換条件ではない。単に僕とご飯を食べる約束をしたかっただけである。これも昔から変わらない。どうせ受け当たすものがあるから、と僕も承諾し、僕らは翌日落ち合うことにした。
翌日、僕は相模大野のダイニングバーで岡村と会った。お互いにお酒を飲みたい気持ちになって、住んでいる中間地点となる駅が選ばれた。僕は早々にトランケースに詰まった芽以の商売道具を渡すと、話もそこそこにワインに興じる。一瞬で学生時代に戻れる感覚、懐かしさや居心地の良さで酒がどんどんと進む。いや、普段から酒には目が無くて、懐かしさうんぬんが無くても飲みすぎてしまうんだけど。気持ちが高まり、意識がふわふわとしてきたところで岡村が今回のことを訊いてくる。今まで同窓会なんて一度も気にしたことなかったのに、どうして今更行く気になったんだ、と。なかなか鋭い質問である。確かに、今回の件に関わらず、同窓会と言う同窓会に顔を出したことがない。大学関係すら皆無だ。岡村はそこそこに顔を出しているらしく、大学の同窓会に出ては近況を教えてくれる。それを興味があるがないか分からないといった感じに訊くのが僕である。他人にそんなに興味が無いことが岡村にはバレている。そんな僕が同窓会に行くと言うのだから、それは不思議な話に違いない。岡村に隠し事をしても仕方ない、こちらは頼んでいる立場なのだし。今回の事の次第を岡村にも言って聞かせた。まぁ僕がここで言わなかったところで芽以に訊くのは目に見えていたから、僕の口から言った方がより正確だろうとも思ったし。全ての説明を岡村はずっと聞いていた。途中ワインをおかわりしてはいたが、僕が知るに真剣に話を聞いている姿だったと思う。聞き終わると、まぁ、そりゃ望月でも行くだろうね、と納得している様子だった。
「にしても、芽以ちゃんからそれを促すとはね」
感心したように岡村は言った。もちろんオレもそうしようと思っていた、と僕も加える。気の済むまでやってくるといいよ、芽以ちゃんは任されたからさ、と気前よく返事をすると、岡村は急に畏まった顔で、
「でも、望月もさ、そろそろ芽以ちゃんのこと、
真剣に考えてやんなよ」
と言った。僕は急に変わった空気にちょっとおどけて
「オレはいつでも真剣だよ」
と答えた。岡村は、いいや、それは違うね、と首を横に振って
「芽以ちゃんだって、いつまでもこのままでいい、
って訳じゃないだろう。年齢もあるし、
キャリアアップとか次の展開とか、
望月はちゃんと芽以ちゃんのために考えてるのか」
と少し強めに言った。岡村の指摘は余りに図星過ぎて、僕はこれ以上何も言えなかった。
言葉のない時間がテーブルを支配する。お互いに気まずくなったら話題を変える。これも長い友人時代の賜物だ。岡村が話題を変えてきた。
「そういえば、頼まれてた新曲のデモ、できたぞ」
そう言ってCDを僕に差し出した。岡村から紹介してもらったアレンジャーに曲作りをお願いするようになって久しい。相場よりも安く仕上げてもらえるのは岡村さまさまだ。
「いつも通り、ライブ用の音源になってる。
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礼を言って僕はそれを受け取る。受け取ってちょっと考えてから、僕は予備込みで渡された3枚のうち、1枚を岡村に戻した。
「これ、20日に芽以に渡してくれないか」
「いいけど、どうして」
ワインが空になったのを見越して、店員が飲み物のオーダーに来る。僕は同じものをまた頼んで岡村に理由を言った。
「芽以に作詞をしてもらおうかなと思って」
そういうことなら、と納得をした顔で岡村は了解した。さっき頼んだワインがもうデキャンタで運ばれてくる。目の前のクラスに注がれていくワインを見ながら、これからの芽以のことを考えた。具体的なことは一つも考えつかなかったけれど、一度、芽以の心の中にある言葉を曲の中で聴いてみたいと思った。グラスがワインで満たされると、僕も不思議と充ち足りたような気分になる。それをみた岡村は自分もワインをまたワインを注文した。
まだまだ夜はこれからなのかもしれない。
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