最後にいなくなった、君は

松山秋ノブ

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第2章「錯乱」④

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「まぁ噂ってだけの話だけどな」
近野が盛り上がる2人に水を差す。
「でも、すっごく怪しかったよね」
「そうそう、恵美ちゃんって物静かだけど
    美人だから密かに人気があって」
え、そうなの? と片山さんが言うと、石原は得意げにそうだよ、安藤に北村だろ…と何人かまた聞き馴染みのない名前を挙げた。その度に片山さんは歓声をあげながら、えー、そうなの? と盛り上がる。居ない人のことを暴露するなよ、と近野が注意するが、時効だ、と言って石原は取り合わない。近野も諦めたように、もうすぐ柳町さんが来る時間なんだけどなー、と時計を見る。柳町さんの到着で空気を変えたそうであった。
 僕は2人の会話を聞きながら、やはり高2の体育祭のことを思い出していた。なんとしても思い出して、恵美さんのことが本当か思い出そうとした。けれども、思い出そうとすればするほど、高1と高3の思い出が邪魔をしてくる。特に真奈との思い出が鮮明すぎて、その記憶ばかりが頭を駆け巡った。10クラス対抗の二人三脚リレーで僕らの出番はあまり影響がない中盤。可もなく不可もなくの順位を行ったり来たりし、順位も真ん中くらい。足の速いコンビが控える終盤までは前に離されないようにしつつも、あまり出過ぎたことをせずにこのままの位置をキープできたら良い。真奈もそこまで目立つタイプではなかったから、僕らの戦略は一致しているはずだった。けれど、真奈は襷をもらうと、せーのと掛け声をあげてすごいスピードで飛び出した。僕は驚いたけれど、そのスピードについていかないと転んでしまうので、嘘だろ、と思いながら必死についていった。スピードが速すぎないか、と声を出す僕の忠告すら絶え間なく続く掛け声で届かず、僕と真奈はどんどんと加速していく。真ん中の順位でスタートした僕らは中盤から抜け出し、どんどんと首位争いをするクラスに近づいていく。それと共に歓声がどんどんと大きくなっていき、いつしか僕も前へ前へと意識が高まっていく。僕と真奈はいつの間にかもう首位を狙うことしか考えていなかった。距離はなおも縮まり、第4コーナーの辺りで完全に首位争いの2クラスに追いつき、そのまま追い抜こうかというとき、ここまで猛スピードで無理をしてきたツケがまわってきたのか、微妙なリズムのズレで真奈が前に転びかけた。危ない。僕は慌てて、半ば反射的に真奈を抱え込む。何とか自分が下になり、真奈を抱え込むように倒れ込むことができた。小さな声で「大丈夫?」と訊くと、真奈は「行ける」と頷いた。そこからまた僕らはすぐに立ち上がると、最後の直線を走り抜け、首位まではならなかったものの、見事に首位集団と肉薄の差で襷を渡すことができた。
 あのとき、運動神経にあまり自信がない僕が反射的に真奈を上にして抱えられたのは奇跡に等しい。そのことが鮮明に思い出される。レースは結局3位に終わったけれど、終わった後で真奈が言った
「まさか本当に守ってくれるなんて思わなかった」
という言葉が心に残った。そうか、僕は真奈を守ることができたのか、と心の中では飛び跳ねながらも、それくらいは出来る、馬鹿にするな、と擦れたことを言ったのは何とも僕らしいというか。
 結局その思い出がまた鮮明に蘇ってきただけで、恵美さんのことは思い出せなかった。片山さんと石原はもうすっかり別の話題で盛り上がっている。
 そうこうしているうちに新たに女性が1人やってきた。柳町さんだった。柳町さんはスーツとまではいかないけれど、フォーマルな服装でおよそ休日の恰好ではなかった。
「柳町さん、お仕事お疲れ、待ってたよ」
と近野が柳町さんを労い、ドリンクを注文する。どうやら今日は仕事で遅くなったらしい。
「悪いね、仕事の後だったのに」
「いいのよ、どうしても行きたかったのは私だから」
近野は歓迎の言葉を言いながら、ちょっと困ったような顔をしている気がした。いや、気のせいかもしれない。ペースを抑えているとはいえ、僕もそれなりにお酒を飲んでいる。
 全員が揃ったところで改めて乾杯が起こり、また会は新たな盛り上がりを迎えた。僕は再び恵美さんの話になるタイミングを待っている。柳町さんは周りが既にだいぶ酔っぱらっている様子を見て、飲むペースを抑えているように見えた。気後れしているのだろうか、まぁ仕事終わりで疲れているときに、周りが出来上がっていたら飲むペースが落ちてしまう気持ちは何となく分かる。
「なんかごめんね、みんなすごいペースで飲むから」
とちょっと苦笑いして柳町さんに話しかける。柳町さんは僕の方を見ると、そのまま何も言わずに視線を反らした。僕の声が小さかったのだろうか、それとも明確に無視をされてしまったのだろうか。いずれにしても僕は何の反応もしてもらえなかった。それから数回話しかけたけれど、全て軽くあしらわれた。柳町さんとは高2のときに少しだけ話をした記憶がある。知っているうちではそれなりに仲良くしていたはずで、こんな扱いをされる筋合いがない。僕が知っている柳町さんとは違う人なのだろうか。けれど、おぼろげな記憶の柳町さんの顔の面影が目の前の女性にはある。間違いなく僕の知る彼女だ。どうしてそんな扱いをされないといけないのか。僕は次第に混乱してきた。柳町さんは片山さんと話し込んでいる。
    途中で石原が片山さんと話している柳町さんにさっきの芽以の動画を見せていた。それにも芽以は特に反応することもなく、画面を観ながら「ふーん」と言っている。僕はいよいよと居心地が悪くなった。
「そうだ、やなちゃんはさ、恵美ちゃんと
    席が近かったよね」
片山さんがさっきよりもご機嫌に僕と柳町さんに言った。
「そうね」
乾いた声で彼女は答えた。
「なんかね、望月くんが、恵美ちゃんのことを
    知りたいんだって」
と言うと、柳町さんは僕に険しい表情を向けた。睨まれている、と一瞬で分かった。冗談ではない、本気のものだと思った。
「そうね、仲は良かったけど、
    あなたに話すことはないわね」
とさっきよりも一段と冷たい声で僕に言った。片山さんはその状況が分からないのか、えー、意地悪だなぁと柳町さんに絡み、柳町さんもそれに応じ、別の話題へと切り替わっていった。
    近野がそのやり取りを観ているような気がしたが、僕が近野に目をやると、近野はまるで観ていない、といった素振りで、その周りの人と話し始める。柳町さんは恵美さんと仲が良かった。話をするにはうってつけの人物なのに、肝心の彼女が僕とは話したくない、と言う。ふざけるな、教えろよ、と詰めても良かったが、それをしたところで話してくれないような威圧感をさっきの口調から感じたし、何より会がめちゃくちゃになってしまう。せっかく近野が開いてくれたのに、顔に泥を塗るようなことはできなかった。ここまでか、と諦めて僕はお酒を追加オーダーする。とりあえずこの場は引くしかない、そして僕は石原や他の人と話し始めた。
 会は続き、21時を回るかという頃、そろそろお開きにしようか、という空気になった。もう飲み疲れたという空気だった。何人かが続いてお手洗いに行き始めると、さっきまで片山さんと話していた柳町さんが僕の横に座って、耳元で「話があるなら、この後、2人で飲みましょう」と言ってきた。驚いて彼女の方を見ると、もう彼女は席を立ち、帰る準備を始めていた。手元にはお店の名前らしきものが書いてあるメモが置かれていた。
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