最後にいなくなった、君は

松山秋ノブ

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第2章「錯乱」⑤

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    会は近野の音頭でお開きとなり、それから一行は駅に向かって歩き出した。途中で柳町さんがコンビニに寄って帰ると言って離脱した。アイコンタクトでもされるかと思って別れるときに柳町さんの方を見たが、彼女は一瞥もくべずにコンビニの中でと姿を消していった。やがて駅が近づき、僕はホテルに戻ると近野たちに言って別れの挨拶をした。またたまには帰って来いよ、と言われたときに、僕はお決まりの文句かと思って適当に笑って返事をしたが、近野だけは割と真面目な顔で「絶対だぞ」と念を押してきた。

 近野たちと別れてホテルの中に入るふりをして、僕はまた街へと足を進める。検索で調べた店名の場所はホテルから割と近くにありそうだった。さっきの店とは方角的に反対だったので、万が一にも近野たちと会うことはなさそうだった。地図と店名を頼りに夜の街を進むと、5分くらいでそうと思われる店に着いた。時間的にはもう柳町さんが先に着いていることだろう。辺りを見回して彼女の姿がないことを確認すると、店の中へと入った。
 店内は薄暗い照明の狭いバーだった。店内には目に見えた客は1人しかおらず、それが柳町さんだった。いらっしゃいませという声と同時に彼女が「連れです」と言うと店員が案内してくれた。隣に座ってドリンクをオーダーしたが、やはり彼女は全く僕の方を見なかった。
 席に座り、僕の前にジントニックが置かれる。彼女は目の前にあるカクテルをそのまま口に近づけた。乾杯をする気もないらしい。
「どういう了見で恵美のことを聞きたい、
    なんて言うのかしら」
彼女は前を見ながら僕に問うた。
「どういうも何も、分からないから
    訊きたいだけですよ、僕は」
「分からない?」
彼女は真っすぐな瞳で今度は僕に視線を向けた。信じられない、という言葉が漏れ聞こえてくるほど、その表情は憮然としていた。
「冗談でしょう?」
「何が冗談なのかは分からないけれど、
    残念ながら本当に覚えてないんだ」
僕も本当のことを言うしかなかった。知らないものを知らないと言っただけなのに、目の前の彼女は僕がまるで何か重罪でも犯した人間かのように僕を見つめている。
「相手が故人だからなかなか訊くことができなかった。もしかすると僕は今、本当に失礼では済まされないようなことをやっているのかもしれない。でも、本当に分からないんだ」
懇願するように僕は必至で言葉を絞り出した。半分賭けのような気持ちだった。恵美さんを知る彼女のこの反応から、僕は恵美さんと何らかの関係性があったに違いない。それであれば、今僕がしている行為は過去をなきものにしてとぼけているように見えているかもしれない。いや、彼女の蔑むような眼をみても間違いないだろう。であれば、ここは僕がどんなに人間として失格の烙印を押されようとも聞き出さなくちゃいけない。そうしなければ僕はずっと恵美さんのことがわからないままになってしまう。
「お願いだ、教えてほしい。僕と彼女の間に一体何があった。どんな関係だった。君は、僕たちのことをどこまで知っているんだ」
蔑む彼女に僕は身を乗り出して言い放った。他に客はいなかったが、思わず大きな声が出てしまい、思わず、ごめん、とこぼした。
「思い出そうとした。さっき高2の体育祭のことも聞いた。高1、高3、はっきりと覚えているのに、高2の記憶だけすっかり無いんだ、どうしてなにか僕にもわからない」
心臓の鼓動が早くなっていた。それを抑えるために僕はジントニックを飲み干して、座りなおす。弾けた炭酸が喉の奥で鳴るのが分かった。
「もう君しかいないんだ…君でなければもう僕は恵美さんを思い出すことができない」
「それが、私が無視してもここに来た理由なの?」
「そうだよ」
柳町さんは僕の顔を覗き込むようにしっかりと、そしてその眼の中まで見定めようとしているように見えた。僕ももうその圧に負けるわけにはいかずに目を逸らさない。ふっ、と彼女が笑ったように見えた。
「呆れた…嘘はついてないみたいね」
彼女は店員に同じドリンクを注文した。
「まさか、本当に忘れてしまったのね」
蔑むような眼ではあったけれど、その表情には少し悲しみが浮かんでいた。
「いいわ、教えてあげる。あなたと恵美のこと」
僕は少しだけ安心して深く座りなおした。彼女が頼んだカクテルが運ばれてきたタイミングで僕もジントニックをまた注文した。彼女はカクテルの後でピスタチオの殻を割った。器用に割れた殻の中から青い実が顔を出す。
「でも、これだけは忘れないで。たとえあなたが忘れているとしても、私はあなたを許すつもりはないわ」
ここで悪態をついても反論をしても仕方がない。僕は静かに、ああ、わかった、それでいい、と返答した。
「で、どこから訊きたいの」
「率直に訊きたい。僕と恵美さんは付き合っていたのか?」
剥き終わったピスタチオを指で遊ばせていた彼女は指を止めてそれを口の中へ運ぶ。それを飲み込むまでの間。音のない時間が流れていた。店内にはBGMが流れているはずなのに、僕と彼女の間には何も音が無かった。彼女が口を開くまでは無音だった。

「そうね、あなたと恵美は付き合っていたわ」

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