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第2章「錯乱」⑥
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信じられない、という驚きと、やっぱりか、という安堵の気持ちでどう表現したらいいか分からない気持ちは表情に出ていたのかもしれない。本当は相手に対してもう少し繕わないといけなかったんだろうけれど、僕は何も言えないまま、しばらく固まっていた。
「質問に答えたんだから、なにか言いなさいよ」
と彼女に言われるまで、僕はそのままだった。
「いや…驚いたけれど、正直、やっぱりか、
と思うところもある」
「そう。何か思い出すところがあったの?」
「いや、そういうわけではないんだけど…」
そうして僕は同窓会前に近野から僕が恵美さんと付き合っていたと言われたこと、そしてそれを次の日に撤回されたこと、さっきも周りから僕と恵美さんの関係を疑われたことを話した。彼女は少し考え込みながら、
「そのさっき私が来る前さ、あなたと恵美が付き合ってたんじゃないか、って疑われてたときね」
先ほど頼んだジントニックが僕の前に再び置かれる。
「近野君はどうしてたの」
彼女の言葉に、近野の様子を思い出してみる。忘れっぽい僕でも、さすがに数時間前の記憶くらいは鮮明にある。
「近野は『ただの噂だ』って否定してたよ」
「自分のことでもないのに?」
あのときは特に何も思わなかったけれど、そう言われると確かに不思議だった。思い返すと少しムキになっているようにも見えた。どうしてだろうか、自分のことではないのに、どうしてそんなに否定したのだろうか。
「やっぱり、近野君が絡んでるのね」
彼女は納得したように頷いた。
「近野が絡んでる、ってどういうことだよ」
僕はまだ近野がそんなことをした理由がわからなくて、彼女に説明を求めた。
「私も理由まではわからない」
でもね、と続けて
「今日の同窓会が中止になったでしょう」
これまでと同じような落ち着いた口調だったのに、その雰囲気に圧されて、僕は思わず唾を飲み込んだ。その音が脳内で響き渡るのがわかった。
「あの後、あなたを交えて何人かで食事会をやろうって決まったでしょ。あの連絡、私には来なかったのよ」
そのままの落ち着いた口調で彼女はさらに続ける。
「片山さんっていたでしょ、あの子に教えてもらって、私は近野君に連絡したのよ。『私も参加したい』って。あなたに文句の一つでも言いたくって」
文句の内容はまだ定かではないけれど、冷たい視線からその思いはひしひしと伝わっていた。
「そしたら最初は近野くんに断られたわ。
どうしてもってお願いしたら条件を出された」
そして彼女はスマホの画面を見せながら言った。
「恵美とのことを一切話さないのなら
参加していい、って」
画面には確かに近野のアイコンで「いいけど、恵美ちゃんと望月が付き合ってたことは、絶対に言うなよ。それが約束できるなら来てもいい」と書いてあった。そして、彼女は落ち着いた口調で今度は僕を諭すような口調を加えて言った。
「あなたと恵美の関係は近野君に隠されていたのよ」
にわかに信じられなかったけれど、画面で証拠を出された以上、少なくとも恵美さんと僕の関係を隠そうとしたことは明らかだった。納得するしかなかった。けれど、納得するには事実だけでは足りない。その事実を事実とするだけの真実が必要だった。真実にするには理由が必要だった。僕にはその理由が全くわからなかったのだ。
「けど、そんなことする理由が」
僕が言い切る前に、彼女は、そう、理由がわからないの、と言った。僕は言葉を引っ込めるしかなかった。また二人を沈黙が支配した。これまで聞こえてこなかったBGMが店内に響き渡る。けれどそれを耳で楽しむ余裕などなく、僕にはそのBGMがR&Bなのか、ジャズなのかさえ判断が出来なかった。
「だからね、ここからは私が質問させて」
鋭くなった目が僕に向けられる。先ほどまで嫌悪感を示していた人とは思えない。僕たちはいつの間にか秘密を共有した仲間のような感覚になっていた。
「さっき『近野君が一度あなたと恵美が付き合っていると言ったことをすぐに撤回した』って言ったわね」
僕はあの日の夜に近野から言われて、そんなことがあったのかと記憶を辿って悩んでいるうちに、翌朝には撤回されたことをもう一度話した。
「思い出して。その撤回されるまでの間、
何か変わったことはなかった?」
彼女はそんな短期間で撤回されたことに注目していた。僕も必死に思い出した。けれども、話したこと以上に何も思い出すことはなかったし、変わったこともなかった。近野から届いた連絡を何度見返してみても、何も思い当たることはなかった。
「その画面、見せて」
彼女が僕のスマホを手に取った。そうしていくばくも経たないうちに、表情が一変するのがわかった。そんなこと…と漏れた声が聞こえた。
「何かわかったのか?」
その表情に気が急いて僕は彼女に問いかける。
「ごめん、私の訊き方が悪かったわ…
『撤回された後』が大事だった」
撤回された後、という言葉で僕はその後の近野の連絡を思い出した。思い出すまでもなかった。それからすぐにライブハウスで起こった出来事を忘れるわけがなかった。
「近野君と青山さんが繋がっていたのね」
近野が恵美さんと僕との関係を撤回した後に出した名前は青山真奈だった。
「質問に答えたんだから、なにか言いなさいよ」
と彼女に言われるまで、僕はそのままだった。
「いや…驚いたけれど、正直、やっぱりか、
と思うところもある」
「そう。何か思い出すところがあったの?」
「いや、そういうわけではないんだけど…」
そうして僕は同窓会前に近野から僕が恵美さんと付き合っていたと言われたこと、そしてそれを次の日に撤回されたこと、さっきも周りから僕と恵美さんの関係を疑われたことを話した。彼女は少し考え込みながら、
「そのさっき私が来る前さ、あなたと恵美が付き合ってたんじゃないか、って疑われてたときね」
先ほど頼んだジントニックが僕の前に再び置かれる。
「近野君はどうしてたの」
彼女の言葉に、近野の様子を思い出してみる。忘れっぽい僕でも、さすがに数時間前の記憶くらいは鮮明にある。
「近野は『ただの噂だ』って否定してたよ」
「自分のことでもないのに?」
あのときは特に何も思わなかったけれど、そう言われると確かに不思議だった。思い返すと少しムキになっているようにも見えた。どうしてだろうか、自分のことではないのに、どうしてそんなに否定したのだろうか。
「やっぱり、近野君が絡んでるのね」
彼女は納得したように頷いた。
「近野が絡んでる、ってどういうことだよ」
僕はまだ近野がそんなことをした理由がわからなくて、彼女に説明を求めた。
「私も理由まではわからない」
でもね、と続けて
「今日の同窓会が中止になったでしょう」
これまでと同じような落ち着いた口調だったのに、その雰囲気に圧されて、僕は思わず唾を飲み込んだ。その音が脳内で響き渡るのがわかった。
「あの後、あなたを交えて何人かで食事会をやろうって決まったでしょ。あの連絡、私には来なかったのよ」
そのままの落ち着いた口調で彼女はさらに続ける。
「片山さんっていたでしょ、あの子に教えてもらって、私は近野君に連絡したのよ。『私も参加したい』って。あなたに文句の一つでも言いたくって」
文句の内容はまだ定かではないけれど、冷たい視線からその思いはひしひしと伝わっていた。
「そしたら最初は近野くんに断られたわ。
どうしてもってお願いしたら条件を出された」
そして彼女はスマホの画面を見せながら言った。
「恵美とのことを一切話さないのなら
参加していい、って」
画面には確かに近野のアイコンで「いいけど、恵美ちゃんと望月が付き合ってたことは、絶対に言うなよ。それが約束できるなら来てもいい」と書いてあった。そして、彼女は落ち着いた口調で今度は僕を諭すような口調を加えて言った。
「あなたと恵美の関係は近野君に隠されていたのよ」
にわかに信じられなかったけれど、画面で証拠を出された以上、少なくとも恵美さんと僕の関係を隠そうとしたことは明らかだった。納得するしかなかった。けれど、納得するには事実だけでは足りない。その事実を事実とするだけの真実が必要だった。真実にするには理由が必要だった。僕にはその理由が全くわからなかったのだ。
「けど、そんなことする理由が」
僕が言い切る前に、彼女は、そう、理由がわからないの、と言った。僕は言葉を引っ込めるしかなかった。また二人を沈黙が支配した。これまで聞こえてこなかったBGMが店内に響き渡る。けれどそれを耳で楽しむ余裕などなく、僕にはそのBGMがR&Bなのか、ジャズなのかさえ判断が出来なかった。
「だからね、ここからは私が質問させて」
鋭くなった目が僕に向けられる。先ほどまで嫌悪感を示していた人とは思えない。僕たちはいつの間にか秘密を共有した仲間のような感覚になっていた。
「さっき『近野君が一度あなたと恵美が付き合っていると言ったことをすぐに撤回した』って言ったわね」
僕はあの日の夜に近野から言われて、そんなことがあったのかと記憶を辿って悩んでいるうちに、翌朝には撤回されたことをもう一度話した。
「思い出して。その撤回されるまでの間、
何か変わったことはなかった?」
彼女はそんな短期間で撤回されたことに注目していた。僕も必死に思い出した。けれども、話したこと以上に何も思い出すことはなかったし、変わったこともなかった。近野から届いた連絡を何度見返してみても、何も思い当たることはなかった。
「その画面、見せて」
彼女が僕のスマホを手に取った。そうしていくばくも経たないうちに、表情が一変するのがわかった。そんなこと…と漏れた声が聞こえた。
「何かわかったのか?」
その表情に気が急いて僕は彼女に問いかける。
「ごめん、私の訊き方が悪かったわ…
『撤回された後』が大事だった」
撤回された後、という言葉で僕はその後の近野の連絡を思い出した。思い出すまでもなかった。それからすぐにライブハウスで起こった出来事を忘れるわけがなかった。
「近野君と青山さんが繋がっていたのね」
近野が恵美さんと僕との関係を撤回した後に出した名前は青山真奈だった。
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