最後にいなくなった、君は

松山秋ノブ

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第2章「錯乱」⑦

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「青山さんと近野君が繋がっていたのなら、
    話は早いわ」
これまでの疑念が全て晴れたような顔をした彼女はまたドリンクを注文した。僕にはまだわからないことが多くて、説明するように求めた。けれど、彼女は優位に立ったような顔で僕に説明をしてくれはしなかった。
「まだ質問が終わってないわ」
と言って、また僕に質問をしてきた。
「高2の体育祭を忘れたって言ってたけど、
    高3の思い出は残ってるのよね」
高1の思い出も残ってると僕は返した。それには反応せずに、どんな思い出だったか話してみて、と彼女は言った。僕は腑に落ちなかったけれど、思い出したことを全て話した。僕と真奈が二人三脚リレーでペアを組んだこと。中盤から一気に追い上げて、真奈が転びかけたけれど何とか下になって受け止めて、次に繋げたこと。途中までうんうん、と頷きながら聞いていた彼女だったけれど、「転びかけた」というところで大きく目を開いたのがわかった。
「あなた…その記憶、本当に高3のときのもの?」
目を見開いたまま彼女が訊いてくる。横にいたのが真奈だったから、間違いなくそうだろう。真奈とは高3以外で同じクラスになっていない。
「細かい違いはあるけど、まるで同じなのよ、
    高2の二人三脚リレーと」
まるで同じ? という言葉に全くピンと来なかった。何が同じなのか。言った通り、僕は真奈と二人三脚リレーをし、それは高3の体育祭の出来事だ。どういうことか彼女に尋ねると、
「だから、高2の二人三脚リレーであなたは
    恵美と同じことをしてるってことよ」
それでも芯を食わない僕の表情に彼女は苛立ちながら言った。
「高2の二人三脚リレーで、あなたは恵美と組んで走ったの。途中でどんどん加速して、前を抜くかというときに恵美が転びかけたの。あなたが支えて転ばなかったけど」
まさか、という言葉が僕を駆け巡る。むしろそれ以外の言葉が見つからない。
「そんな馬鹿な。だって僕は確かに真奈と走ったんだ。じゃあこの記憶は何なんだ」
そんなのは知らないわよ、と彼女も応戦する。
「高3になってクラスが離れてから、あなたのことなんて見たくもなかったの。だから、高3の体育祭であなたが何をしたかはわからないわ」
なんでそんな肝心なところを見ていないんだ、と言いそうになって止める。同じクラスでないのにそんなことを覚えているほうが稀だ。
 もし、彼女の言っていることが本当であれば、考えられることは2つだ。1つは、どちらの記憶も正しい、ということ。僕は高2で恵美さんとペアを組み、高3で真奈とペアを組んだ。そして同じようなレース展開で僕らは先頭に追い付き、そして、追いつこうとしたところで相手が転びかけるのを支えて助ける。偶然の一致の場合だ。でも、そんなことが起こるのだろうか。いや、運動競技なら起こりえるのかもしれない。
「同じようなことが2回も起きる確率…」
柳町さんも同じことを考えているらしい。こんな偶然の一致が起こるのだろうか。もしそうでなければ、2つ目の可能性を考えないといけない。それは、僕が高2で起こった出来事を高3で真奈と起きた出来事のように勘違いしている場合だ。この可能性はどうだろうか。忘れっぽい僕のことだ。はっきりないとは言い切れないかもしれない。
「確認するけど、あなたの記憶、
    ペアは青山さんで合っているのよね」
彼女の疑問も当然の帰結である。僕がそう考えるのだから、彼女も同じことを考えたのだろう。今までの僕なら忘れっぽさで勘違いをしていたと、自分の記憶に自信が持てなかったかもしれない。けれど今回は違った。あんなにはっきりと鮮明に覚えている。そして、その記憶は真奈とのものである。真奈がペアで間違いない、と強く言うと、彼女はまた考え込んだ。こんなことなら高3のときにあなたたちを見ておくべきだった、と彼女は言った。僕はどうして僕らを見たくなかったのか、と訊いた。すると、彼女は、僕を馬鹿だと言わんばかりの顔で捨てるように、良く聞きなさい、言って続けた。
「あなたは恵美が亡くなってからすぐに青山さんと付き合いだしたの。そんなの…私が許せると思う?」
なるほど、そういうことだったのか、とこれまでの彼女の言動に全て納得した。忘れているから他人事のように感じるが、これが本当であれば、彼女の嫌悪感は当然である。時期については詳しくわからないし、実際どうだったのかもわからないけれど、彼女にしてみれば、仲の良い友人が亡くなって、その友人の恋人がすぐに別の恋人を作った、乗り換えたように見えたのだろう。であれば高3の僕らのペアを見なかったのも頷ける。そんなもの、気分が悪くて見られたもんじゃない。
「ごめん…そんな最低なこと」
「いいわ、それもどうせ覚えてないんでしょ」
許せない、という気持ちと言ってもどうしようもない気持ちが混じった顔をしいていた。
「あなたのことなんて知りたくもないけど、
    こうなったら確かめるしかないわ」
2つの可能性を考えるうちに彼女は少し思いついたことがあるようだった。
「そんなこと信じたくないけど…可能性は0じゃない」
「どんな可能性なんだよ」
「とにかく、あなたが覚えている青山さんとの思い出を話して。学校でもデートでも話したことでも、なんでもいいから」
なんでそんなことを君に話さないといけないんだ、と口を尖らせると、
「いいから言いなさい!」
と強く言われる。聞きたくないものを聞くせいか苛立っているようだけど、それでも聞くのだから何か考えがあるのだろう。正直その声が少し怖かったこともあって、僕は記憶を掘り起こして幾つかの思い出を話した。今度は彼女は最後まで黙って聞いていた。出来る限り詳細にと言うので、僕は会話の内容まで思い出せる限り全部を話した。4つか5つか話し終わったところで、僕の記憶が尽きる。後はもう、急に別れることになった日のことだけだった。

全てを話したところで彼女がゆっくりと瞼を開いた。何かわかったのか、と僕が訊くと、彼女は静かに答えた。
「あなたの話した出来事…間違いなく恵美とあなたが経験したことよ」
「まさか」
「体育祭と同じ、恵美との記憶のほとんどが青山さんと入れ替わってるの」
言葉がでない僕に、彼女は続ける。そもそもが、おかしいと思ってた。あなたが恵美のことを忘れているなんて。そんなの普通じゃない。もしあなたが恵美を忘れているということが本当だとしたら、今の話を聞く限り、あなたは恵美との記憶を青山さんとのものと勘違いしているとしか考えられない。だからこそ、もう一度訊くわ。

「本当に青山さんとその出来事を経験したの?」

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