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第3章「消失」①
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私鉄の特急と急行と各駅停車の電車を全て乗り継ぎ、僕は高校の近くにある駅に辿り着いた。ここに来るのは何年ぶりであろうか。高校を卒業して以降、ここを訪れた記憶がない。帰省のときに特急電車の窓から通り過ぎるのを見た程度だろう。20年近くぶりに降り立ったその駅は何も変わっていないように見える。両側を線路で挟まれたホームは人が3人横に並ぶと白線の外側に出てしまうほどの狭さで、もちろんホームドアなどなく、立っているだけで不安を覚える。そこを時速何キロかわからない特急電車が通過していくのだから恐怖を感じるのも当然である。駅の出口に向かって歩みを進める。当時、駅員が常駐していて定期券を見せて乗り降りしていた改札は自動改札に変わっていて、駅員室にはカーテンがかかっているせいで中に人がいるのか、いないのかわからない。
切符を通して改札を出る。出たすぐ右手に踏切があって、そこの渡らないといけない。信号が鳴り、遮断機がだんだんと下りてくる。線路4本分の広さの踏切は、高校時代なら遮断機が下り始めたとてダッシュで向こう側へ渡っていた。今、目の前で下りてくる遮断機に対して無理をしなくなったのは年齢のせいだろうか。それとも20年近くの間に僕が何かを得て、何かを失ったからなのだろうか。通過する電車をぼんやりと待ちながら、僕は昨日の出来事を思い出していた。柳町さんは言った。僕が覚えている出来事は、本当に真奈との出来事だったのか、と。そんなことどう考えても信じられないし、受け入れられないことではあるけれど、こうして現に体育祭の思い出に食い違いがある以上、これは確かめなくちゃいけない。どうやって確かめるか、方法はわからないけれど、とりあえずこのままにしておくことはできない。僕は彼女と別れてホテルに戻ると、フロントで1泊の延長を申し出た。ホテルも感染症による不況で困っていたようで、すんなりと、むしろ喜んで延長をOKしてくれた。これで1日猶予をもらった。こうなったら想い出の場所を全て巡って、もう一度記憶を掘り起こすしかない。
僕の記憶が正しいのか。柳町さんの記憶が正しいのか。もしくはどちらの記憶も間違っているのか。
芽以に連絡をして、22日のライブがギリギリ間に合わないかもしれない、と伝えた。ライブイベントが終わったばかりの芽以は二つ返事で了解し、間に合わなくても別に問題ない、と答えた。音源は全て自分のもとにあるし、予備でもらっている衣装もあるから特に問題が無いということだった。それはそれで切ない気持ちになったけれど、ここは芽以の言葉に甘えることにした。出来るだけ間に合うように戻る、と伝言を残し、僕は昨日、深い眠りに落ちたのだった。
電車が通り過ぎ、改札が開くと、僕は高校へと進んで行く。中途半端な上り坂を登り切った先に僕の高校はあった。校門が開いている。僕は敷地内へと更に進む。校門のすぐ右脇に立体駐輪場がある。駐輪場の2Fは部室にもなっていて、演劇部の部室もその中にあった。休日の午前中だというのに部室には誰もいない。それどころか駐輪場に自転車がほとんど停められていない。これも感染症のせいなのだろうか。そういえば学校が休みになっているという報道を見た気がする。だとするとここには誰もいないし、校舎内にも人がいないことになる。校門が開いていたのは、もしかすると用務員さんか当番か何かの教員が来ているのかもしれない。誰もいない立体駐輪場から校庭を見渡してみる。あの場所でやった体育祭で僕は誰とペアを組み二人三脚リレーをしたのだろうか。記憶が交錯していく。僕の中では先頭の背中を追いかけてダッシュした相手は間違いなく真奈だった。けれども柳町さんは真奈ではなく恵美さんだったと言う。目を閉じて校庭での出来事を思い返しても、やはり出てくるのは真奈との映像だった。振り返って部室を見る。演劇部の3つ隣の部室は今も軟式テニス部の部室だった。真奈は軟式テニス部に所属していて、僕らが駐輪場の空きスペースで練習しているのを、ボールの入った籠を運びながら邪魔そうに通り過ぎていく。高1で同じクラスだったけれど、入学当初はお互いのことを全く知らなくて、ようやく知ったと思ったら、嫌そうな顔で演劇部を見てくる人、という最悪の印象だった。
「ねぇ」
ある日の昼休みに僕は真奈から話しかけられた。
「演劇部がいるせいでボールが運びにくいんだけど」
そんなことは言わなくても毎日あんな顔を見ればわかっている。わざわざ言いに来るなんてご苦労なことだな、としか思わなかった。
「悪いな、気を付ける」
とだけ言って僕はこのやり取りを止めた。何を反論しても無駄だろうし、まぁ確かに邪魔ではあったろうから。素直に謝られたことに面食らったのか、真奈は
「わかればいいんだけど」
と言い、あと2、3の嫌味をこぼして立ち去って行った。それからはほんの少しだけ幅を開けるようにして練習をするようになった。ほんの気持ちだけ。正直こんな程度ならやらない方がマシだったのかもしれないけれど、何もしないのも面倒だし、文句があるなら言ってきてみろ、という気持ちもあった。高1の冬に書いた脚本が大会で評判で、少し調子に乗っていたところもあったのだ。
けれど、いつのまにか真奈は僕に嫌な顔をしなくなった。僕が気にしなくなっただけで、変わっていなかったのかもしれない。もしくは真奈が僕を諦めてしまったのかもしれない。とにかく覚えている限り、駐輪場でいがみ合うことはなくなった。それどころか、練習している風景を何気なしに見ていくことも多くなったような気がした。
高2で運よく大会で脚本賞を取ると、学校中に僕のことが知れ渡るようになった。しかし、それは良い評判ということではなく、どちらかというとオカルトな賞でも受賞したかのような奇人変人の扱いを受けるようになる。僕も別に芝居のわからない人間に受け入れてもらおうと思っていなかったので、斜に構えてやり過ごしていた。
その時に真奈からまた話しかけられた。クラスが分かれたというのに、今度は何の用かと思ったら、真奈は僕に脚本をどうやって書いているのか、と尋ねてきた。僕は驚いたのと斜に構えたのとが混じって変な対応になってしまった。なに、青山さんも脚本を書きたいの、と。真奈は不機嫌そうな顔で
「そうじゃなくて…単に興味っていうか」
「脚本に」
「違うわよ」
語気を強めて言ったあとで、消え入りそうな微かな声で、あなたの、と言った気がしたけれど、昼休みの喧騒で聞こえなかった。けれども、それから真奈は僕らの公演を観に来るようになった。そうこうしているうちに僕らは高2が終わる頃に付き合い始めた。始まりは良く覚えていない。多分曖昧なものだったと思う。学校まで自転車で来ていた真奈に合わせて、僕も自転車で通学する頻度が増えた。いつの間にか定期券の更新すらしなくなった頃、僕らは毎日、この駐輪場でお互いの部活が終わるのを待って、帰るようになった。
切符を通して改札を出る。出たすぐ右手に踏切があって、そこの渡らないといけない。信号が鳴り、遮断機がだんだんと下りてくる。線路4本分の広さの踏切は、高校時代なら遮断機が下り始めたとてダッシュで向こう側へ渡っていた。今、目の前で下りてくる遮断機に対して無理をしなくなったのは年齢のせいだろうか。それとも20年近くの間に僕が何かを得て、何かを失ったからなのだろうか。通過する電車をぼんやりと待ちながら、僕は昨日の出来事を思い出していた。柳町さんは言った。僕が覚えている出来事は、本当に真奈との出来事だったのか、と。そんなことどう考えても信じられないし、受け入れられないことではあるけれど、こうして現に体育祭の思い出に食い違いがある以上、これは確かめなくちゃいけない。どうやって確かめるか、方法はわからないけれど、とりあえずこのままにしておくことはできない。僕は彼女と別れてホテルに戻ると、フロントで1泊の延長を申し出た。ホテルも感染症による不況で困っていたようで、すんなりと、むしろ喜んで延長をOKしてくれた。これで1日猶予をもらった。こうなったら想い出の場所を全て巡って、もう一度記憶を掘り起こすしかない。
僕の記憶が正しいのか。柳町さんの記憶が正しいのか。もしくはどちらの記憶も間違っているのか。
芽以に連絡をして、22日のライブがギリギリ間に合わないかもしれない、と伝えた。ライブイベントが終わったばかりの芽以は二つ返事で了解し、間に合わなくても別に問題ない、と答えた。音源は全て自分のもとにあるし、予備でもらっている衣装もあるから特に問題が無いということだった。それはそれで切ない気持ちになったけれど、ここは芽以の言葉に甘えることにした。出来るだけ間に合うように戻る、と伝言を残し、僕は昨日、深い眠りに落ちたのだった。
電車が通り過ぎ、改札が開くと、僕は高校へと進んで行く。中途半端な上り坂を登り切った先に僕の高校はあった。校門が開いている。僕は敷地内へと更に進む。校門のすぐ右脇に立体駐輪場がある。駐輪場の2Fは部室にもなっていて、演劇部の部室もその中にあった。休日の午前中だというのに部室には誰もいない。それどころか駐輪場に自転車がほとんど停められていない。これも感染症のせいなのだろうか。そういえば学校が休みになっているという報道を見た気がする。だとするとここには誰もいないし、校舎内にも人がいないことになる。校門が開いていたのは、もしかすると用務員さんか当番か何かの教員が来ているのかもしれない。誰もいない立体駐輪場から校庭を見渡してみる。あの場所でやった体育祭で僕は誰とペアを組み二人三脚リレーをしたのだろうか。記憶が交錯していく。僕の中では先頭の背中を追いかけてダッシュした相手は間違いなく真奈だった。けれども柳町さんは真奈ではなく恵美さんだったと言う。目を閉じて校庭での出来事を思い返しても、やはり出てくるのは真奈との映像だった。振り返って部室を見る。演劇部の3つ隣の部室は今も軟式テニス部の部室だった。真奈は軟式テニス部に所属していて、僕らが駐輪場の空きスペースで練習しているのを、ボールの入った籠を運びながら邪魔そうに通り過ぎていく。高1で同じクラスだったけれど、入学当初はお互いのことを全く知らなくて、ようやく知ったと思ったら、嫌そうな顔で演劇部を見てくる人、という最悪の印象だった。
「ねぇ」
ある日の昼休みに僕は真奈から話しかけられた。
「演劇部がいるせいでボールが運びにくいんだけど」
そんなことは言わなくても毎日あんな顔を見ればわかっている。わざわざ言いに来るなんてご苦労なことだな、としか思わなかった。
「悪いな、気を付ける」
とだけ言って僕はこのやり取りを止めた。何を反論しても無駄だろうし、まぁ確かに邪魔ではあったろうから。素直に謝られたことに面食らったのか、真奈は
「わかればいいんだけど」
と言い、あと2、3の嫌味をこぼして立ち去って行った。それからはほんの少しだけ幅を開けるようにして練習をするようになった。ほんの気持ちだけ。正直こんな程度ならやらない方がマシだったのかもしれないけれど、何もしないのも面倒だし、文句があるなら言ってきてみろ、という気持ちもあった。高1の冬に書いた脚本が大会で評判で、少し調子に乗っていたところもあったのだ。
けれど、いつのまにか真奈は僕に嫌な顔をしなくなった。僕が気にしなくなっただけで、変わっていなかったのかもしれない。もしくは真奈が僕を諦めてしまったのかもしれない。とにかく覚えている限り、駐輪場でいがみ合うことはなくなった。それどころか、練習している風景を何気なしに見ていくことも多くなったような気がした。
高2で運よく大会で脚本賞を取ると、学校中に僕のことが知れ渡るようになった。しかし、それは良い評判ということではなく、どちらかというとオカルトな賞でも受賞したかのような奇人変人の扱いを受けるようになる。僕も別に芝居のわからない人間に受け入れてもらおうと思っていなかったので、斜に構えてやり過ごしていた。
その時に真奈からまた話しかけられた。クラスが分かれたというのに、今度は何の用かと思ったら、真奈は僕に脚本をどうやって書いているのか、と尋ねてきた。僕は驚いたのと斜に構えたのとが混じって変な対応になってしまった。なに、青山さんも脚本を書きたいの、と。真奈は不機嫌そうな顔で
「そうじゃなくて…単に興味っていうか」
「脚本に」
「違うわよ」
語気を強めて言ったあとで、消え入りそうな微かな声で、あなたの、と言った気がしたけれど、昼休みの喧騒で聞こえなかった。けれども、それから真奈は僕らの公演を観に来るようになった。そうこうしているうちに僕らは高2が終わる頃に付き合い始めた。始まりは良く覚えていない。多分曖昧なものだったと思う。学校まで自転車で来ていた真奈に合わせて、僕も自転車で通学する頻度が増えた。いつの間にか定期券の更新すらしなくなった頃、僕らは毎日、この駐輪場でお互いの部活が終わるのを待って、帰るようになった。
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