最後にいなくなった、君は

松山秋ノブ

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第3章「消失」③

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 そのまま用務員さんに別れを告げて、僕は裏門の坂を下り、校舎の周りを歩き始めた。この辺りは帰り道で通ったくらいで、具体的な想い出はない。特に想い出がない場所はさっさと通り過ぎ、僕は次の目的地を目指した。その場所は校舎のすぐ近くにある、歩いて数分の場所だった。裏門から出たのは良いけれど、本当は違う門からの方が近いし、道もわかる。少しだけ不安になったけれど、方向さえ間違わなければ辿り着くだろう、と澄ました顔で歩く。少し歩くと見慣れた道に出た。ここまで来たらもう迷うことはない。部活の休憩中に良く通ったこの道を歩きながら、急に今度は別の不安が襲ってきた。あれから20年の年月が過ぎた。その店は今もやっているのだろうか。高校は無くならないかもしれないが、お店はわからない。思い出す、あの店は少し老いた夫婦がやっていた。20年経ってそのままやっているだろうか。もしも無くなっていれば、それh手掛かりの1つを失なうことになる。1つ失ったところで全てではないけれども、可能性は減らしたくない。少し開けた通りに出て、道沿いにあるはずの店の存在を確認する。目を凝らすと小さな看板が見えた。小走りになって近付くと、僕が求めていた店の看板だった。店はあった。声が出そうになる。思わず全力で走る。近付くにつれてソースの甘い匂いが漏れ伝わってくる。懐かしい匂いだった。広島風お好み焼きのその店はまだそこにあったのだ。ちょうどお腹が空いていたこともあり、僕は店の中に入る。店の中は変わっているのだろうか。そこまでの記憶は掘り起こせない。けれど、カウンター席とテーブル席があって、僕が良くテーブル席を使っていたことは思い出せた。店内は客が1人しかいなくて、カウンターでもテーブルでも良い、と言われた。そうだった。混んでいてカウンターしか空いていないときにはそうしたが、それ以外はテーブル席を使っていたのだった。僕は迷わずテーブル席を選択した。席についてメニューを見る。メニューも変わっていそうにない。種類を選択すると大きさを決めなければならない。普通・大・ダブル・トリプル。高校時代はいつもダブルを食べていたように思う。さすがに20年経つとそのサイズは無理だろう、と大サイズで注文した。注文は高校生らしき女の子がとってくれた。きっとこの子は僕の母校の子ではないだろう。休校中であるけれど、うちの高校はアルバイト禁止だったはずだ。そういえば僕が来ていた時も高校生のアルバイトがいたような記憶がある。そうだ、いたのだ。もう少し先の私立の高校に通っていた子がいたのだ。確かアルバイトではなくて、老夫婦の孫であったような記憶がある。注文ついでによく話していた。それが楽しくて通っていた節もあったのではないか。そうだ、近くにもう1つお好み焼き屋があった。そっちの方が安くて、うちの高校の生徒には人気があった。この店は焼いたものを持ってきてくれるシステムだが、もう一方は自分たちで鉄板で焼くシステムだった。それも楽しくて人気があった。僕はわざわざそっちではなくて、この店に来ていたのは店員さんとの関係性もあったように思う。「プロが焼いてくれた方が美味しいに決まってるだろ」なんてもっともらしい理由をつけて。
 目の前にいたアルバイトの子はもちろんその子ではない。20年の月日が経っているのだから。焼いているのも老夫婦ではなく、僕と同じくらいの男性が焼いている。奥では女性が作業しているから夫婦であろうか。あの老夫婦の子どもだろうか。そう考えると夫婦ではなく兄妹なのかもしれない。そんな想像をしながら、この場所で真奈と過ごしたことを思い出していた。休日、軟式テニスの練習終わりと演劇部の昼休憩の時間が合うと、僕たちはこの店にお昼ご飯を食べに行った。デートと呼べるようなものではないし、デートをするには雰囲気の良いお店が高校の周りには全くない。当初は近くのコンビニでお昼ご飯を買ってから、戻って食べていたけれど、何となく部員の目もあって止めてしまった。それならどこで食べようか、と迷っていると、真奈から普段食べている場所を訊かれて、このお好み焼き屋を出した。女の子にお好み焼き屋なんて、と思ったけれど、真奈はそんな僕の心配をよそに快諾して、それから一緒に行くようになった。真奈の食べっぷりは気持ちが良くて、最初は気が引けた僕もすぐにそんなことを忘れてしまうほどだった。それでも食べきれないときは僕が残りを食べることもあったし、僕が脚本で悩んで箸が進まないときは、真奈が僕の分を食べてくれることもあった。
 僕がその記憶を柳町さんに話すと、それも僕と恵美さんとの出来事だ、と言った。僕はこの店を恵美さんと訪れた記憶がない。その店は柳町さんも含めて3人で訪れたこともあり、間違いない、と彼女は言った。この場所に来れば、その時のことが思い出せるかもしれないと思ったけれど、そんな記憶浮かんでくることがなかった。3人と言われると、真奈と訪れていたこの場所に近野が一緒に来たことがあるくらいで、その時の記憶は不思議と残っていた。近野がアルバイトの子を妙に気に入って、事あるごとに話しかけて、帰りに真奈から注意されていた。そのことは良く覚えている。
 そんなことを思い出しているうちにお好み焼きが運ばれてきた。ソースの甘い匂いが鼻に届く。マヨネーズは乗っていない。自分で好みに合わせてかけるのがこの店のやり方だ。
 しばし思い出す作業を中断して、このお好み焼きに気分を踊らせる。運んできた店員さんにお礼を言うと、あれっ、という声が相手から漏れた。その声に驚いて店員さんを見ると、さっきまで奥にいた女性だったのだけれど、正面から見て、僕も声を出した。
「あなた、確か高校生の時によくうちに食べに来てたよね?」
年齢は重ねたけれど、目の前にいたのは間違いなく、あのアルバイトの子だった。
「もしかして、ここでアルバイトをしてた…」
と言う途中で、そう、と大きな声で返答された。この明るい感じも当時そのままだった。笑った顔が僕をそのまま20年前に連れていきそうになる。ここで働いてるのか、と訊くと、お兄さんが店を継いだ手伝いをしているのだと答えた。やはり夫婦ではなく兄妹だった。彼女は僕をまじまじと見ながら、何も変わらないね、と笑っていた。高校も休校しているし、こんな情勢だから飲食店はやはり辛いのだろうか。お客はあれから増えてはいない。もうしばらくはこのまま店内は閑散としてしまうのだろう。これはチャンスだと思った。僕は彼女と記憶を確かめることにした。
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