最後にいなくなった、君は

松山秋ノブ

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第3章「消失」⑦

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 翌日僕は再び電車に乗って故郷の駅へと向かった。もちろん柳町さんから病院の名前を聞いて、行かなければならない、という気持ちもあった。そもそも言われるまで気がつかない僕も相当なのであるが、恵美さんが最期に過ごした場所の名前すら僕は知らなかったのだ。恐らく僕も行ったであるだろうに。けれど、それ以上に気になることがあった。昨日のクレープ店でのことだった。彼女は僕らのことを事細かく覚えていた。特に真奈とのことは鮮明に覚えていて、僕はこれまで知らなかったことを知ることができた。反面、恵美さんのことは、僕が一緒に来ていたことは勿論間違いがないと断言したのだけれど、具体的に話したことや出来事は曖昧にしか覚えていなかった。一瞬、彼女は恵美さんのことに関しては適当なデタラメを言っているのではないか、と思った。けれど、それは合理的な推理ではなかった。まず理由がない。僕に恵美さんのことで嘘をつく理由がないのだ。もし万が一誰かに頼まれて嘘をついたとして、真奈の記憶とあまりに違いすぎる。これでは僕に容易く疑われてしまう。どうせ嘘なんだから、適当にハッキリと断言して話せばいいのだ。曖昧にする理由がない。なにより、僕は母と慕う彼女のことを疑いたくなかった。
 その彼女が唯一恵美さんのことで覚えていることがあった。それは、話していると、いつの間にか疲れがなくなっているということ。具体的に何をされたか、何を話したのかは全く記憶がないけれど、いつの間にか疲れがなくなっていたことだけは覚えているらしい。どんなに前日体調が良くなかったとしてもだ。
 そんなことが起こるだろうか。しかも、その前後の記憶がすっかりとなくなった上で。これじゃまるで恵美さんのことだけが抜け落ちている僕と同じだった。抜け落ちている範囲が違うだけだった。これまで「大人しい」という印象でしかモンタージュをできなかった恵美さんという輪郭が、要素が加わったのにぼんやりしていくのがわかった。まだ僕には知らなきゃいけない恵美さんがいる気がした。そう考えたら知らずにはいられなくなった。いつの間にか僕は「知らなきゃいけない」という使命感に加えて、「知りたい」という好奇心に襲われているのだった。その為に僕はもう一度故郷に向かうのだ。
 
 芽以には昨日のうちにもう一度連絡を入れた。明日の夜遅くに戻ることになった。ライブに間に合わなくて申し訳ない、と。するとすぐに芽以から、それで良い、了解した、という旨の連絡が入った。怒っていなければ、喜んでもいない文面だった。芽以とはそういう関係を築いてきたのだった。それから再度連絡が来た。

  >緑芽以
   今日のライブは観てほしかったけど、
   面と向かってやるのはお客もいないし
   なんか照れるから、それで良かったです
   
  >緑芽以
   でも、それでも、今日のライブは
   必ず観てほしいです。
   これはお願いです。
   私の心からのお願いです

やけに丁寧な文面が気になった。芽以とそれなりの付き合いになるけれど、僕は芽以に改まってお願いをされたことがない。業務委託を請け負った時も比較的にフランクだった。もちろん失礼でもない。そういう距離感がちょうど良かったのだ。真意はわからなかったけれど、僕は、わかった、と返信すると、ライブを観ることができるサイトのQRコードとID、そしてタイムテーブルが送られてきた。IDはチケット代を入金しないと発行しないことになっているらしかったけれど、岡村から後払いだ、という伝言をもらったと付け加えられていた。僕はそのライブの時間を頭に叩き込む。おそらく時間としては新幹線に乗っている時間だろう。トンネルの多い場所に当たらないように時間を調節しないといけないな、と思った。

 昨日降りた駅より2つ先の終点で電車を降りた。この地域で一番大きな駅なのだけれど、のんびりした雰囲気である。駅を出ると開けた広場になり、タクシー乗り場がある。元からそんなに人がいないのに、やはり時勢でより人がいない。広場は昔より開けて見えた。ちなみに駅前だからと言って栄えているわけではない。古びているわけでもないのだが、建物が役所と家しかないのだ。それらはそれなりに新しい建物なので、決して古い街には見えないのだけれど、買い物をする場所も、ご飯を食べる場所もない。僕としては脇目も振らずに目的地に行けるから良かった。学生時代はここから見える景色に未来が見えずに早く飛び出すことだけを考えていた。それしか未来が見えないと思った。けれど、故郷を離れてわかったことは、未来は場所にはない、ということだった。未来は場所ではなく人であり、心である。僕がここに何かを見出せば、それは未来なのだ。もっともらしいことを言いながら、それでいて僕は尚、この景色に未来を感じることはできない。今日も僕は未来ではなく、過去を見つける為にこの場所を歩いている。過去を手に入れた先に未来があるのかもしれない。けれど、そんな楽観的にはなれなかった。理由は知らねど、忘れてしまうような過去を手に入れることに幸福はあるのだろうか。今や僕はそういう物差しではなく、使命感と好奇心で過去に足を踏み入れている。未来なんて大それたものでなく、僕が忘れている人の輪郭を手に入れるためだけに。
 
 病院へは歩いて10分ほどで到着した。この地域で1番の大病院。僕も幼い時に入院経験があるが、軽い肺炎のため、こんなに大きな病院には入院させてもらえなかった。町医者に毛が生えたような病院で僕は過ごした。だから、ここへは見舞い以外で来たことがない。恵美さんで来た記憶がないので、家族が入院した記憶だけが残っている。それももう僕が幼い時なので、記憶の病院からは大きく変わっていて、入口の場所もわからず右往左往してしまう。ようやく見つけた入口の自動ドアが開く。薄暗い。人がほとんどいない。そうか、気がつかなかったけれど、今日は日曜日だった。自動ドアこそ開いていたけれど、休診、誰もいない。そもそも僕は病気もしていなければ、見舞いで来たわけでもないのだけれど。

 受付の辺りを看護師さんと思われる人が横切る。他に人の気配はない。若そうなその人が20年前のことを知っているわけはないのだけれど、ここで逃したら他の看護師さんに会える確証はない。向こうも僕を見て、不審に思ったのか声を掛けてきた。
「あの・・・本日は休診ですが」
「あ、いえ、外来じゃなくて」
「すみません、感染症拡大防止のために
    今は面会もお断りしているんですよ」
「あ、いえ、そうではなくて」
上手く伝えられないもどかしさと緊張と焦りで言葉が出てこない。出てきたときにはもうこぼれ落ちるものをなんとか抑えるので必死だった。僕は、昨日柳町さんから聞いた恵美さんのフルネームを申し出て、

「20年前にこの病院に入院をしていて亡くなったはずなんです、誰か彼女を知っている人はいませんか」

「・・・亡くなった方ですか? それも20年前に」
「そうです」
看護師さんは僕が何の目的で来ているのかさっぱりわからないようだった。僕もどうしてここにいるのか見失おうとしていた。
「そんな昔のこと・・・それがどうかしたのですか?」
医療ミスでも突っ込まれるかのような嫌な顔をしている。違う、そうじゃない。僕は単純に知りたいだけなんだ、僕が忘れていた恵美さんを。

「僕、彼女のことを忘れたんです、思い出したいんです、もうここしかないんです!」

言いながら力が入っているのがわかった。もう止まらなかった。

「それだけなんです。知りたいだけなんです、本当にそれだけなんです。誰か、知っている 人はいませんか! 20年前のことを知っている人はいませんか!」

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