舞い落ちて、消える

松山秋ノブ

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episode.8(2007/3/25)

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2007年3月25日
 
 今日もずっと朝美はアルバムを眺めていた。聞けば昨日からずっとこの調子だと言う。何か思い出したことは? と訊ねても、朝美は少し落胆した面もちで首を横に振るだけだった。朝美に過去を語りはじめて4日目になり、既に時は私と朝美が共に過ごした6年間の半分近くまで来ようとしている。朝美が記憶を取り戻す糸口さえ見いだせていないのは焦りもするが、安心している自分もいる。朝美は僕に当時仲良くしていたグループのメンバーを教えてほしいと言ってくる。僕はこれまでもそのグループの話を中心にしてきたので、改めてになるのだけれど、僕は朝美にアルバムの写真を指して教える。朝美の反応はこれまでと変わらなかった。

 けれど、僕はそのメンバーを全員指したわけではなかった。意図的に数人を外して教えていた。その中には綾瀬知里も入っていた。

 その夜、高校時代の同級生である光浦から連絡が入り、これから飲みに行く約束をした。久しぶりに会う光浦は高校時代の面影は全くなくすっかり変わっていた。春から新聞社に勤めることになっている光浦は、酒も堪能になっていた。学生時代から既に記事を書くアルバイトをしており、取材先や諸々の付き合いで酒が強くなったのだ、と言った。僕もお酒の強さには自信があったのだが、現在の彼には及ばなかった。酒が進んだ頃、光浦が本題を切り出した。
「朝ちゃんの事件のことはお前も知ってるんだよな」
光浦はそのことで僕を呼び出したようだった。自分が関わっている雑誌の記事で朝美の名前を見て、僕なら何か事情を知っているんじゃないかと思ったらしい。僕にわざわざ連絡してくるのだから、何かあるとは思っていたけれど、やはり仕事の話だった。僕は朝美がどうして記憶を失くしたのか、そのきっかけとなった出来事についてはほとんど何も知らない。そのまま光浦に返答した。光浦は少し残念そうだった。普段ならそこで僕も話をやめているのだけれど、お酒が入っていたこともあり、僕は饒舌だった。もしかするとこれも光浦の狙い通りなのかもしれない。僕は光浦に帰郷した理由を告げた。朝ちゃんが? 光浦は驚きはしたが、それなら佑矢が頑張るしかないなぁと一人で納得していた。けれども何も進展が見られないと相談すると、オレも当たってみるよと光浦が肩を叩いた。僕たちはお互いに知り得たことを交換し合う約束を交わした。光浦は「やっぱ持つべきものは友達だよな」と言ったけれど、僕は光浦をそこまで友達だとは思っていなかったし、光浦も僕のことは友達だとは思っていないと思う。

 中学3年の冬。仲の良かった私のグループはあっけなく解体した。原因は簡単だった。秋から付き合い始めた2組のグループ内交際がほぼ同時に終局したためである。1組目は僕が仲の良かった小松新平と綾瀬知里。2組目は桂木と朝美だった。この2組は付き合い始めたのもほぼ同時だった。新平が付き合い始め、桂木は焦るように朝美への交際を求めるようになった。友人ながら恋に奥手な桂木に告白する勇気はないと思っていたし、朝美の男性理想の高さは有名で、桂木は唯一サッカーができるという点しか当てはまらなかった。僕はとても卑怯だった。桂木に相談されて、顔で応援しながら心では桂木を冷笑し、フラれろと思っていた。10月の頭、桂木は朝美の家に行き、告白した。僕もまさか成功することはないだろうが、心配なのでついていった。日の沈みかけた時分、僕は朝美に初めてフられた。返事はOKだった。我が目と耳を疑った。すべての思考が停止した。自分がいる世界に朝美がいない気がした。喜ぶ桂木を見ることができずに、僕は帰った。
僕は未だに思う。知里が新平に交際を求めなければ、桂木が行動に移すことはなかった、と。知里の転入によって、僕たちの未来は大きく変わりだした。
 一度噛み合わなくなった歯車はもう元には戻らない。桂木と付き合い始めたことで、僕の朝美への想いは更に増した。そしてもっと卑怯になった。邪気無い顔で相談する桂木に、故意に朝美が嫌がることをアドバイスした。無理矢理手を繋ぎに行け、や、しつこく電話しろ、等、どれも朝美が嫌がることばかりだった。そうして早く別れればいいと思っていた。自己を正当化するために桂木の嫌なところを大きくし、朝美と付き合う資格の無い人間だと思うことにする。桂木は朝美と付き合うことをブランドと同じように考えていた。朝美が大切なのではなく、自分の恋人として位置づけておくことに重点を置いていた。僕はそれが許せなかった。だから、桂木が朝美の手を握りかけて拒否されたと聞いた時には今までになく笑った。

 しかし、そんなことは所詮負け惜しみでしかなく、心に空洞ができたような毎日だった。

 その時期に一番辛かったこと。それはハッキリと覚えている。2組のカップルは週末にダブルデートに行くことが恒例になっていた。それはまぁいい。僕はいつもそのデートに付き合わされた。大抵、新平が誘ってくる。僕がいる方がグループ内の会話が盛り上がるらしい。僕を何だと思っているのか。渋い顔をすると、決まって朝美が僕のところにやってきて、悪魔の一言を言うのだ。

「来てくれないの? 中村君が来てくれると嬉しいんだけどな」

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