舞い落ちて、消える

松山秋ノブ

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episode.12(2007/3/29)

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2007年3月29日

 朝美は昨日のことが嘘のように今日はあっさりとしていた。僕は何だか拍子抜けしてしまったけれど、変に後ろ髪を引かれなくて済むな、と前向きに捉えることにした。大学が始まり、落ち着くまでの1ヶ月、僕はGW前に必ず戻ることを約束した。それまではメールで近況を報告すること。何k思い出したり、引っかかったことがあったときも連絡をしていい、と言った。朝美はとても嬉しそうだった。
 それから僕は中学を卒業するまでの話を朝美に聞かせた。僕が朝美と過ごした日々は中高時代の6年間だから、これでちょうど半分になった。けれど、昨日思い出して胸騒ぎがした知里の話は結局最後までしないままだった。


 
 知里は朝美に対する僕の気持ちに完全に気づいている。言葉を失った僕に知里は軽快な笑みを見せた。
「心配せんといて。朝美はもちろん、誰にも言わへんから」
知里の言葉だけが宙に浮かんでいる。そんな言葉をこの一瞬で信じることができるだろうか。
「何やその顔、信じてへんやん。ショックやわぁ」
知里はそんな僕を軽くあしらうように交わしていく。
「せっかく良いこと教えてあげようと思ってたんに」
その言葉に僕は一瞬表情を緩めてしまった。
「でも教えへん」
「何だよ、良いことって」
完全に相手の術中にはまっていた。けれども、それでも僕はその「良いこと」を知りたくなっていた。まぁええわ、と呟くと知里は机の上に腰を下ろした。知里は他の同級生よりスカートがちょっとだけ短かった。都会から来たことを感じさせた。机に座った知里の足が露わになる。けれども僕にはそんなことどうでもよかった。
「この間、朝ちゃんと志望校の話したやろ」
いつの話か、そうか、恐らくあのダブルデートの時だ。桂木に睨まれながら話した、あの時だ。
「あの後な、朝ちゃん、私のところに言いに来てん。『中村君と同じ志望校やった』って。『絶対合格する』んやて。良かったなぁ」
朝ちゃんがそんなことを言ってたのか、僕はもうさっきまで知里のことを疑っていたことなんて忘れて、知里の言うことを鵜呑みにして喜んでいた。もちろん内心でだが。
「田舎だし、志望校が同じなのは珍しくないだろ」
僕は喜びを隠してそれだけ言うので精一杯だった。
「話は終わりかよ」
僕がそう言うと、知里は待ってました、という顔で僕を見た。さっきよりも少し足を広げて座っていて、足はおろか、その奥まで見えようとしている。
「そんなわけないやん」
僕には知里の足もその奥もどうでも良かった。むしろ心配で足を閉じさせようかと思った。それは僕が朝美のことが好きだったということもあるし、知里は新平の彼女であったからだった。友達の彼女を覗き見する法は無い。
「あんな、だから、私も2人と同じ高校を受験することにしてん」
最初、何を言っているか分からなかった。予想外の言葉だった。知里は新平と同じ高校を当然受験すると思っていた。地元の公立では中堅高校。新平はそんなに勉強ができなかったけれど、将来を考えてそこに入れるように必死に勉強をし、そして知里もそこを一緒に受験すると新平から聞いていた。
「いや、新平が」
と言い出すと同時に知里が
「それはな、もうやめてん」
と遮る。きっと僕のリアクションを予想していたんだろう。でも慌てている様子はない。やめた? 僕は呆れるように言葉を漏らしていた。
「朝ちゃんと中村君とおる方が楽しそうやん」
あっけらかんと続ける知里に、僕はもう言葉が続かなかった。それでも小声で、新平が・・・と言ったのも、知里は笑って吹き飛ばす。
「私な、多分、そんなに彼のこと好きやないみたいやし」
軽快な笑顔のままで知里は机から飛び降りた。短めのスカートがふわりと舞った。揺れるスカートを見ながら、僕は知里のことを話す新平のことを思い浮かべていた。新平は思春期特有の斜めっぽさはありながらも、知里のことを話す顔は嬉しそうで恥ずかしそうだった。そういえば今日も知里の話をしていた。新平からは知里と何度も遊びに行ったこと、そこでしたことを聞いていた。順風満帆にしか思えなかった。
「好きじゃないって・・・どういうことや」
知里につられて僕も訛っていたけれど、そんなことも気にならなかった。
「そんなの、そのままやん、好きやないってこと」
「新平言うてたぞ、この間もデートしたんちゃうんか」
「デートはするよ、付き合ってるんやもん」
「それだけやない、キスもしたんやないんか」
「するよ、付き合ってるんやもん」
「好きやないのに、デートもキスも何回もするんか」
いい加減にしてほしいという表情をしていた。僕には知里が何を考えているのかが分からなかった。
「付き合って、デートして、キスしたら、それはもう『好き』やないんか」
アホくさ、呆れながらも笑いながら知里は僕に背中を向けた。
「ほんま、何も分かってないなぁ、そんなんじゃ朝ちゃんとも付き合えんよ」
そして知里は教室を出てもう暗くなりかけた夕闇の中を昇降口に向かって進んで行った。夕闇に消えていく知里の背中を見ながら、僕は吐き捨てるように何度も何度も叫び続けた。

「分からん、付き合ってキスしたら、『好き』なんちゃうんか!」
僕にはまだ何も分かっていなかった。知里のことも、朝美のことも、中学生の女の子のことも、何も何も分かっていなかったのだ。
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