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episode.17(2007/4/14)
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2007年4月14日
一昨日、横浜に戻ってから初めて朝美からメールが届いた。正直ずっと送られて来なかったから内心イライラしていた。朝美にとって僕は何なのだろう。メールが送られて来ない意味をずっと考えていた。僕に迷惑をかけないためかもしれない、と良い方に捉えようと思った。けれど、それはとても難しいことだった。それは良いことではなかった。朝美には自分の記憶も何もない、頼れるものなど何もない。それで僕に遠慮をすることに何の意味があるというのだろうか。頼りたければ頼ればいいのだ。僕は頼って欲しいのだ。それが自尊心を満たすことにもなり、そして朝美にとっての「中村佑矢」を更新していくことになるのだ。それなのにこの状況は、再開する前の関係と全く変わらない。頼らない、のか、頼れない、のかの違いなんて関係ない。連絡が来ないことは、何もないことと一緒なのだ。
だから僕は一昨日のメールに飛び上がって喜んだ。大学の合格通知が届いた時と同等であったように思う。往年のアニメで猫がネズミを捕まえてしまったように。その着地音はきっと階下に届いたことだろう。メールの文面は長かった。これまでに自分が何をしてきて、どうなったかが日記の如く細々と書かれていた。その文面の長さは想像以上だった。ちょっとした短編小説くらいはあった。面倒な女との別れ話のメールくらい長かった。でも僕はそれを物語を読むようにではなく、また、入試の評論文を読むようにでもなく、何か大切な手紙を読むように何度も何度も繰り返し読み返した。事細かに読めば朝美の裏の言葉が聞こえてくるような気がしたのだ。
結果からすれば、そんなものは全く読み取ることができず、朝美は何の手がかりを掴むことができていないし、進展もなかった。けれど、そのメールから、朝美がどういう生活をしているのかは知ることができた。連絡を取っていなかった前の関係とは大きな違いだった。
「すみません、私、何か嫌なことしちゃいました?」
ピアノの前でさくらが気まずそうにしている。僕はふと我に還り、そんなことはない、と言った。
「それならいいんですけど」
僕はそんなに不機嫌そうにしていたのだろうか。さくらに問いかけてみる。
「昨日は可笑しいのかな、て思うくらい上機嫌だったから余計に気になりますよ。今日はずっと怒った風な顔して」
それでも、本当に自分のせいでないと言うのなら良かった、と彼女はほっと胸を撫で下ろす仕草を見せた。僕は、本当に違うから、と念を押して言った。
「やっぱり若い子と恋愛すると、感情も振り回されちゃうんですね」
「何だよそれ」
「昨日だって、鈴ちゃんと楽しそうに授業してたじゃないですか、鈴ちゃんの目、ハート型でしたよ」
今どき女子の目にハート型なんて使う人がいるのだろうか。死語じゃなかろうかと思う。確かに昨日は僕も朝美の件で上機嫌だったし、それでいて鈴はこの間の誕生日の件でやはり上機嫌だったように思う。自分のことでいっぱいいっぱいで、全然実感していなかったのだけれど。
「遠山さんはともかく、オレは恋愛してないよ」
本当ですか、と疑いの目を向ける。どれだけ向けられても、僕は鈴に恋愛感情を抱いていない。
「気をつけたほうが良いですよ。若すぎると、相手にするだけで体力を消耗しちゃいますから」
言っている意味がわからずにキョトンとしていると、
「変な意味じゃないですからね」
と慌てて訂正された。言われてから気がついたので彼女の取り越し苦労なのだが、訂正されて改めてそれが精神的な消耗であることを理解した。朝美との日々も知らないうちに消耗していたというのだろうか。今や若返ったに等しい記憶をなくした朝美に、確かに僕は振り回されているのだった。久しぶりに来たメールに喜び、そして昨日、バイト帰りに改めて考えを巡らせて、結果僕は落胆した。メールで朝美の近況を知るということは、同時にメールでしか知ることができないということである。文面は文面でしかない。僕は目の前でそれをみることができないし、感じることもできない。反応をしてあげることもできない。けれども向こうでは向こうの時間が流れていて、文面には出てこない時間があり、人物があり、行動がある。僕はいつの間にか全部を知りたくなっていた。文面だけで知れることなんてどうでも良い。文面で知らないことを知りたかったのだ。そして、それがどうしようもないことにもわかっていたのだ。
それで僕は落胆した。この落胆は失恋のそれとは全く別のベクトルであったけれど、失恋以上に僕の心に重くのしかかった。まともに歩くこともままならないほどだった。僕は家に帰ってギターを手に取った。こういう時は言葉やメロディーに変えないと自分がなくなってしまいそうになる。上手くはないギターにセンスのないメロディラインではあるけれど、これでしか僕は暗い気持ちを昇華させる術を知らなかった。
僕は気を取り直してさくらと昨日作った新曲のコードを確認していった。さくらとは週末にこのバーでペアを組んで演奏している。もともとさくらが別の人と組んでやっていたのだけれど、そのパートナーが急に辞めてしまい、僕が誘われたのだ。さくらにとっては別に誰でも良かったのだと思う。塾で話をしているうちに、さくらは僕がギターをやっていることを知り、歌っていることも知り、都合が良く僕を当て嵌めたのだと思う。バーは落ち着いた雰囲気でアコースティックギターとピアノの音が良く映える。僕らは大抵、ビートルズやらビリージョエルやら、有名でないシンガーソングライターの曲やらを演奏した。客層もバーの割には落ち着いた客が多く、酔っ払いに変に絡まれることもなかった。ただ、歌を真剣に聴いているか、というとそういう訳ではなく、音と雰囲気全体を愉しんでいるようだった。だから僕はどさくさに紛れて自分の曲を毎回演奏している。コードと簡単なリズムを伝えて、ギターで弾き語ったら、さくらはいつも、わかった、という顔をしてアドリブでピアノのパートをつけていく。さくらのセンスは抜群で、最初の曲の時は細かくイメージを伝えたけれど、それ以降は傾向を掴んだのか何も言わなくても僕が欲しい音を一発で出してくれた。今日もうわの空ではあったけれど、僕が違和感を覚えていないということは、きっと今回の曲も完璧だったのだろう。出来上がった曲を最後にリハーサルして完成させる。昨日の気持ちを曲にしたから、完成度とは別に感傷的な気分になる。そのままの気持ちで歌うか、振り払って歌うか、まだ決まらない。
文字でしか君のことを知らないね
この目で君を思い出にしたかった
笑っている? 泣いている?
何もわからなくて浮かべる
16号線 白い部屋
ヘッドライト 25時
呼吸を落ち着けて
眠りにつくように
君に会えたら春が落ちてくる
君がいなくなって
渡された言葉だけが残って
イメージのままで
愛していく日がまたきっと
一昨日、横浜に戻ってから初めて朝美からメールが届いた。正直ずっと送られて来なかったから内心イライラしていた。朝美にとって僕は何なのだろう。メールが送られて来ない意味をずっと考えていた。僕に迷惑をかけないためかもしれない、と良い方に捉えようと思った。けれど、それはとても難しいことだった。それは良いことではなかった。朝美には自分の記憶も何もない、頼れるものなど何もない。それで僕に遠慮をすることに何の意味があるというのだろうか。頼りたければ頼ればいいのだ。僕は頼って欲しいのだ。それが自尊心を満たすことにもなり、そして朝美にとっての「中村佑矢」を更新していくことになるのだ。それなのにこの状況は、再開する前の関係と全く変わらない。頼らない、のか、頼れない、のかの違いなんて関係ない。連絡が来ないことは、何もないことと一緒なのだ。
だから僕は一昨日のメールに飛び上がって喜んだ。大学の合格通知が届いた時と同等であったように思う。往年のアニメで猫がネズミを捕まえてしまったように。その着地音はきっと階下に届いたことだろう。メールの文面は長かった。これまでに自分が何をしてきて、どうなったかが日記の如く細々と書かれていた。その文面の長さは想像以上だった。ちょっとした短編小説くらいはあった。面倒な女との別れ話のメールくらい長かった。でも僕はそれを物語を読むようにではなく、また、入試の評論文を読むようにでもなく、何か大切な手紙を読むように何度も何度も繰り返し読み返した。事細かに読めば朝美の裏の言葉が聞こえてくるような気がしたのだ。
結果からすれば、そんなものは全く読み取ることができず、朝美は何の手がかりを掴むことができていないし、進展もなかった。けれど、そのメールから、朝美がどういう生活をしているのかは知ることができた。連絡を取っていなかった前の関係とは大きな違いだった。
「すみません、私、何か嫌なことしちゃいました?」
ピアノの前でさくらが気まずそうにしている。僕はふと我に還り、そんなことはない、と言った。
「それならいいんですけど」
僕はそんなに不機嫌そうにしていたのだろうか。さくらに問いかけてみる。
「昨日は可笑しいのかな、て思うくらい上機嫌だったから余計に気になりますよ。今日はずっと怒った風な顔して」
それでも、本当に自分のせいでないと言うのなら良かった、と彼女はほっと胸を撫で下ろす仕草を見せた。僕は、本当に違うから、と念を押して言った。
「やっぱり若い子と恋愛すると、感情も振り回されちゃうんですね」
「何だよそれ」
「昨日だって、鈴ちゃんと楽しそうに授業してたじゃないですか、鈴ちゃんの目、ハート型でしたよ」
今どき女子の目にハート型なんて使う人がいるのだろうか。死語じゃなかろうかと思う。確かに昨日は僕も朝美の件で上機嫌だったし、それでいて鈴はこの間の誕生日の件でやはり上機嫌だったように思う。自分のことでいっぱいいっぱいで、全然実感していなかったのだけれど。
「遠山さんはともかく、オレは恋愛してないよ」
本当ですか、と疑いの目を向ける。どれだけ向けられても、僕は鈴に恋愛感情を抱いていない。
「気をつけたほうが良いですよ。若すぎると、相手にするだけで体力を消耗しちゃいますから」
言っている意味がわからずにキョトンとしていると、
「変な意味じゃないですからね」
と慌てて訂正された。言われてから気がついたので彼女の取り越し苦労なのだが、訂正されて改めてそれが精神的な消耗であることを理解した。朝美との日々も知らないうちに消耗していたというのだろうか。今や若返ったに等しい記憶をなくした朝美に、確かに僕は振り回されているのだった。久しぶりに来たメールに喜び、そして昨日、バイト帰りに改めて考えを巡らせて、結果僕は落胆した。メールで朝美の近況を知るということは、同時にメールでしか知ることができないということである。文面は文面でしかない。僕は目の前でそれをみることができないし、感じることもできない。反応をしてあげることもできない。けれども向こうでは向こうの時間が流れていて、文面には出てこない時間があり、人物があり、行動がある。僕はいつの間にか全部を知りたくなっていた。文面だけで知れることなんてどうでも良い。文面で知らないことを知りたかったのだ。そして、それがどうしようもないことにもわかっていたのだ。
それで僕は落胆した。この落胆は失恋のそれとは全く別のベクトルであったけれど、失恋以上に僕の心に重くのしかかった。まともに歩くこともままならないほどだった。僕は家に帰ってギターを手に取った。こういう時は言葉やメロディーに変えないと自分がなくなってしまいそうになる。上手くはないギターにセンスのないメロディラインではあるけれど、これでしか僕は暗い気持ちを昇華させる術を知らなかった。
僕は気を取り直してさくらと昨日作った新曲のコードを確認していった。さくらとは週末にこのバーでペアを組んで演奏している。もともとさくらが別の人と組んでやっていたのだけれど、そのパートナーが急に辞めてしまい、僕が誘われたのだ。さくらにとっては別に誰でも良かったのだと思う。塾で話をしているうちに、さくらは僕がギターをやっていることを知り、歌っていることも知り、都合が良く僕を当て嵌めたのだと思う。バーは落ち着いた雰囲気でアコースティックギターとピアノの音が良く映える。僕らは大抵、ビートルズやらビリージョエルやら、有名でないシンガーソングライターの曲やらを演奏した。客層もバーの割には落ち着いた客が多く、酔っ払いに変に絡まれることもなかった。ただ、歌を真剣に聴いているか、というとそういう訳ではなく、音と雰囲気全体を愉しんでいるようだった。だから僕はどさくさに紛れて自分の曲を毎回演奏している。コードと簡単なリズムを伝えて、ギターで弾き語ったら、さくらはいつも、わかった、という顔をしてアドリブでピアノのパートをつけていく。さくらのセンスは抜群で、最初の曲の時は細かくイメージを伝えたけれど、それ以降は傾向を掴んだのか何も言わなくても僕が欲しい音を一発で出してくれた。今日もうわの空ではあったけれど、僕が違和感を覚えていないということは、きっと今回の曲も完璧だったのだろう。出来上がった曲を最後にリハーサルして完成させる。昨日の気持ちを曲にしたから、完成度とは別に感傷的な気分になる。そのままの気持ちで歌うか、振り払って歌うか、まだ決まらない。
文字でしか君のことを知らないね
この目で君を思い出にしたかった
笑っている? 泣いている?
何もわからなくて浮かべる
16号線 白い部屋
ヘッドライト 25時
呼吸を落ち着けて
眠りにつくように
君に会えたら春が落ちてくる
君がいなくなって
渡された言葉だけが残って
イメージのままで
愛していく日がまたきっと
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