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松山秋ノブ

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 相変わらず伊藤の質問は小説に関係ないことばかりだった。小学校の名前は?クラスは何クラスあって?男女比は?遠山はその質問のすべてに丁寧に答えていった。もちろん初めての取材で、取材というもの自体がどんなものであるかを知らなかったということもあったろう。しかし、遠山はそれでなくても、きっとこうして全て答えていただろう。目の前の伊藤は何か遠山の小説とは別のところに興味があるらしかった。伊藤の質問は完全に取り留めの無いものだったけれど、目だけは一切冗談を言う目をしていなかった。この何でもない会話から遠山の全てを見透かしてやろうという野心に充ちた目だった。



 遠山は自分というものが分からなかった。そもそも自分というものが分かっている人間がどれほどいるだろう。ずっと一緒にいるのに一番分かっているはずで一番分かっていない、それが自分。小説を書くという行為はその自分を客観視することに近いと思う。自分の考えていることや価値観をたどる旅のようなものに似ている。遠山はきっとそうした作業が嫌いではなかったのだ。遠山は自分のことを知りたいと思った。けれども、ひとりで考えることは結局主観が入ってしまい、おおよそ客観視できるものではない。もちろん他人が自分のことを分析してもいいだろう。でも所詮それは他人の主観を基とするもの。これも客観的とは思えない。しかし、目の前に鏡があればどうだろうか。自分の言葉を無機質なものに変えて、その真意だけが残る漏斗があればどうだろう。きっとそれは自分のフィルターも他人のフィルターも通って、しかも余計なものが漉し出されたそれこそ「客観視された自分」ではなかろうか。遠山はその理屈に懸けてみることにした。目の前の伊藤の野心が、自分のことを映し出す鏡になろうと。



「遠山さんは、アレですね」

いくつか質問が終わった後で、コーヒーを口に含んだ伊藤が煙草を吸い始めた。遠山はそれを無感情で諭した。自分は目の前で煙草を吸われるのが好きではない、と。伊藤は失敬失敬、と慌てて灰皿で火を消した。最初、灰皿も見つからずにコーヒーカップで消そうとするので、それも諭した。

「自分の中に絶対的な『正義』があるんですよ」

またその行為を確認し、納得したように伊藤は言った。

「『正義』ですか」

と遠山は少し疑問交じりに答えた。もちろん正義感の端くれは持っているつもりではあるが、遠山には自己犠牲という言葉がない。失くしてしまったのかもしれない。だからやることなすことは自分のためであり、そこに相手への『正義』なんてないのだ。結果として相手の為になったことはあるけれども、それは結果論の話であり、原因ではなかった。

「いや、そういう意味ではなくてですね」

伊藤はまたコーヒーのおかわりを頼んだ。一体この人は何杯コーヒーを飲むつもりなのか。

「『正義』というのは良い行いの話ではなくて、遠山さんの中にある『価値観』の話ですよ」

『価値観』という言葉を聞いて、少し構えてしまった。これまで小学校やら中学校のくだらない質問が続いていたのに、いきなり核心を突くような用語が出てきたからだ。

「遠山さんにはどうやら『許せるもの』と『許せないもの』があるらしい」

そんなものは誰にでもあるだろう、と構えたまま答えた。

「いやね、普通の人にもそういったフィルターはありますよ、でもね、遠山さんは一言で言うと徹底してるんですよ」

「徹底とは?」

「普通の人にも許せないものはある。でも社会で生きている限り、それを仕方なく受け入れないといけないこともある。そっちの方が楽だから」

遠山にはいまいち理解が出来なかった。

「でも遠山さんにはそこで妥協するつもりがない。許せないものは一生許せないままなんですよ」

やはりこの記者は只者ではないと実感した。なんとなく、いや、かなり遠山のことを分かっていた。

「だからこそね、」

伊藤がぐっと身を乗り出してきた。遠山はまた一歩引いた。

「その徹底さがいつ、何が原因で形成されてきたかを知りたいのですよ」

思わず声が出てしまったのか、店員さんと不覚にも目があった。恥ずかしいのでこれまで以上にのけぞると、さすがに伊藤もその迫力に気付いたのか、もとの席に付いた。

「でも私には何がきっかけでこうなってしまったのかが、全く想像できない。当てもない」

砂漠の中から飴玉を探すみたいですね、と笑うと、全くその通りだ、と伊藤も大きく笑った。余り面白いことを言ったつもりもないのに大笑いされたから、また恥ずかしくなった。伊藤は構わず笑っていたが、遠山は居たたまれなくなって、また自分に質問をするように伊藤に促した。
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