Clear Color

松山秋ノブ

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Clear Color.40(Side B)

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 この駅に降りるのは引っ越して以来だった。まだそんなに経っていないはずなのに、随分懐かしく感じる。引っ越す前までは少なかったコンビニが増えている。新しく開校した塾に目が行くのは職業病だろうか。変な個別指導の塾だから、きっと大学生をアルバイトで雇うような適当な塾なのだろう。自分が学生の時も塾でアルバイトをしていた。まぁ、今もその仕事をプロとして続けているのだから、それなりに当時も一生懸命にやっていたと思うが、それでも仲間で遊びに行く時は休むことも多かった。それに長期的なプランで指導するなんてことは2、3人に対してくらいだったから、やはりいい加減だったと言わざるをえない。まだ午前中のその場所はひっそり閑としている。まぁ、そうだろう。そんな様子を横目で見ながら、僕はその場所へと足を進めた。商店街を抜け、道路を渡ると細い道に入っていく、その先の階段を僕はすたすたと歩きはじめた。春も半ばに向かうこの時期はまだ階段を上るのに汗がにじんではこない。丁度良いテンポで階段を上がっていく。何年も上ってきたこの階段も、年を重ねると少しずつ息が切れてくる。確かこの階段は煩悩の数と同じ数の段がなかったか。毎日上っているときはそんなことを考えたこともなかった。そんなことを考えるよりも、毎日考えることでいっぱいだった。友達のこと、将来のこと、恋愛のこと、お金の使い道のこと。余りに無心になることが少なくて、煩悩のことなんて考える暇がなかったのだ。そういう意味では僕は煩悩の塊なのかもしれない。そうだからといって、今の僕が煩悩のことを考えることが出来る状態かというと、それも違う。僕は覚悟を決めながらも、彼女がここに僕を読んだ意味、そしてそもそもミサが失踪してしまった理由を考えていた。それぞれにいろいろと考えは巡るけれども、どうしてもそれが一本の線では繋がりそうもなかった。そもそも僕はミサが失踪したことさえも彼女に言われるまでは気がつかなかった。兆候も掴めなかった。昔からミサのことを全く分かっていなかったような気がしていたけれど、やはり僕は何もミサのことを分かっていない。そもそも僕は誰かの気持ちをきちんと分かったことがあったのだろうか。こんな仕事をしていてなんだが、僕は人の気持ちが分かったことがないと思う。指導者として生徒の心を動かしたり、やる気を出させたり、時には泣かせることもあった。でもそれは僕が相手の気持ちを分かった上でやったことであったろうか。いや、違うと思う。僕が思う僕の心が動くようなことをやったらば、生徒の心が動いてくれただけではないか。そんな姿を見て、僕は人の心が分かったつもりになっていただけだったのだ。



 階段を上りきると、今度は下り坂になる。ちょっと広めの運動公園を横切りながらどんどん坂を下っていく。昔は小さな自転車ですいすいと一気に下って行った。今日は自転車がない。ゆっくりゆっくりと下っていく。一歩一歩しっかりと。その一歩が確実にその地に向かわせ、近づく。近づくにつれてどんどんと鼓動が高鳴っていくことが分かった。久しぶりに門をくぐることへの期待、そして彼女の考えていることが分からないことへの不安。そしてもうすぐ分かるかもしれないという恐怖。もうぐちゃぐちゃしてよく分からない中で僕はついに校門の前に立った。そして僕は卒業した大学の門をくぐった。

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