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壱章 切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ
弐話 ギルド
しおりを挟むありきたりな反応ではあるが、頰を抓る。間違いなく痛い。
それに触覚だけではなく、聴覚が嗅覚が視覚がこれは夢ではないのだと訴えている。
だが、夢でないのならばこれは何なのだろうか。何かの間違いで江戸時代にでも飛ばされたとでもいうのだろうか。
大小を佩いている者がいるということは、少なくとも明治以前ということになる。しかし剣術だけではなく生活から思想を学ぼうとしていた祖父とは違い、俺は江戸時代の生活模様に興味はなかった。そのため一目見た程度じゃここが何時代かも分からない。
声をかけてみる、しかないのか。
いやしかし、果たして言葉は通じるのか。まあでも何時代かは不明だが同じ日本人なら伝わるだろうと意を決し、俺は一歩踏み出す――――その前に、硬直した。
橋の上をフルアーマー装備の騎士が歩いている。それに伴うはプラチナブロンドの美女……だがこちらは小袖に羽織りという軽装だ。
「異世界……?」
有り得ない話だが江戸時代に飛ばされたのかも知れない、という考えがそもそも間違っていたのかも知れない。先ほどから着物姿の人間に混じって、あからさまにおかしな格好の人間がちらほら見受けられる。それこそ今の俺の……高校の制服姿が周囲から浮かない程度には。
この状況は読書週間という高校行事で、読む本がなくて困っていた時に金忠から借りた本にあった。いわゆる異世界転生……じゃなくて、転移か。その異世界転移というやつで間違いないだろう。
俺の記憶が正しければ神様だか女神様に特殊な力をもらって……何だっけか。確か奴隷を購入して冒険していたのは覚えているが、その力の実感はないし奴隷にも興味ない。
となるとあの本は役に立たない……いや、待てよ。身分証を作るために、ギルドとやらに行くのがセオリーだと書いていた。身分証は当然この世界でも必要だろう。
だがしかし、この江戸っぽい街並みに冒険者ギルドとやらがあるのか?
「……はぁ」
気は進まないが、通行人に聞いてみよう。どちらにせよ言葉が通じるかは知る必要があった。
「あのぅ」
橋を渡りきった着物の女性に声をかける。灰色にやや赤みのかかった梅鼠色の服がたおやかな雰囲気を醸し出している女性だ。
「どうなさいました?」
帰ってきた言葉は日本語で、ほっと胸を撫で下ろしながら言葉を続ける。
「いえ、つかぬことをお伺い致しますが、近くにギルドなるものはございますでしょうか」
「はて、ギルド……ですか」
どうやらそんなものはないらしく、女性は首を傾げている。
まあこんな女性まで髷を結って歩いている世界でギルドだなんて単語も合わない。やはりここは江戸時代で――――
「ああ、組合(ギルド)ですか。東の方は組合のことをギルドと呼ぶのでしたね。組合でしたらこの橋を渡って真っ直ぐ行かれて、突き当たりを左に曲がると右手に見えてきますよ」
「…………ご丁寧に、ありがとうございます」
俺は動揺を押し隠し、なんとかそう言って頭を下げた。
……………………あるのか、ギルド。
となるとやはりここは異世界ということで確定か。無論寄り合いというか組合というか、そんな感じのものは江戸時代にもあったような気がする。しかし間違ってもそれは組合(ギルド)ではなかったはずだ。
「ギルド、ね」
セオリーに従うなら魔物退治だ。しかし魔物、いるのか……?
疑問符を頭に浮かべながら橋を渡り、大通りを進んで行く。賑やかな街……とは言い難く、閑散としているような気がする。単純に人口の問題か、それとも何か……そう、たとえば戦争でも起きていたりするのだろうか。
まあ戦争が起きているならこんなに呑気に俺が出歩けるわけもないか。不審者として捕まる……前に捕まりそうな輩はたくさんいるみたいだが。
改めて人々を見る。俺の知識でいう江戸っぽい人の方がもちろん多いのだが、かぶいているという言葉では言い表せない人間も多い。
着物に紛れてドレスを着ている人間もいれば、甲冑とプレートアーマーが仲良く茶屋で団子を食べている。
これを傾奇者、と呼ぶには少々世界観が崩壊している。やはり近世の日本をベースにした異世界と思っておくのが一番無難そうだ。
しかし長屋が建ち並ぶ様はまるで映画のワンシーンのようである。京都の観光スポットに似た感じと言えばいいのだろうか。高い建物は皆無……ではないが、遠くに天守閣が見える程度。なんだか空が広く感じる。
「っと、突き当たりを左、だったか」
得た情報に従い突き当たりを左に進む。このまま進めば右手にギルドが見えてくるとのことだが、どの程度進んだ先にあるかを聞くべきだった。
あの時はギルドが存在するという事実に、脳がパンク寸前だったから……とほんの数分前のできごとに思いを馳せていると、他の建物に比べると随分立派な屋敷が右手にあった。
「合組」
と草書体で書かれた看板が飾られてある。右から読むタイプなのか、と変なところで感心してしまった。
取り敢えず入ってみるかと、縄のれんをくぐって開かれた玄関口から中に足を踏み入れる。
「でさー、そこでまさかの小鬼が現れて!」
「ええ!? そっから挽回したの!?」
「今朝また河童が出たってよ」
「ははぁ、えらくきゅうりが売れると思ったらそういうことか」
中に入ると凄まじい熱気と喧騒が俺を歓迎し、思わず一歩下がった。
昼間から酒でも飲んでいるのか、ほとんどのテーブルには細長いやかんのような物が置いてある。
「あれ? お客さん見ない感じだね。今日はどうしたの?」
唖然としながら店内を見渡していると、目ざとい店員がカウンターから俺を手招きする。
何故かセーラー服をベースにした青と白の爽やかな和装に白と紺のベレー帽を被っているが、服装についてはもう気にしないことにした。
「え、ええ……ちょっとギルドってのがどんなものか見てみたくて」
「ははぁん、その身なりに町人のものではない体付き……推理するに君は、元服を済ませたばかりのお坊ちゃんと見たっ。どう? 当たってる?」
「ま、まあ大まかに言えばそんな感じ、です」
全く違うため歯切れが悪くなってしまうが、勘違いしてくれているのならそのままの方がいいだろうと思い否定しないでおく。
「やー! 当たっちゃった!? ごっめんねー! 私ってほら、察しが良すぎて困っちゃうタイプじゃないですかぁ!」
知らないけど。
「うんうん、あんまり身分とか明かしたくないのは分かる。分かっちゃう。何故なら私は察しのいい女だから!」
少し帰ろうかと思案するも、なんだかいろいろと勝手にしゃべってくれそうなので半ば聞き流しながら耳を傾ける。
「そんな坊ちゃんには見学の一環として、討伐依頼書を見せちゃう!」
そういうと店員は「どーん!」と言いながらテーブルに数冊の本を置いた。
表紙には右読みで「い級」「と級」「を級」などの文字があるだけで、非常に簡素な作りである。
試しに「を級」を手にとってぱらぱらと中身を見てみると、ところどころ紙を破った跡があった。どうやら元はもう少し分厚いもので、依頼が達成したのか受理されただけかは知らないが、破って使っているようである。
「えーっと、鵺(ぬえ)の討伐、か。…………鵺!?」
たまたま開いたページに描いているのは、サルの顔にタヌキの胴体、トラの手足を持ち尾は蛇である鵺だった。
言わずと知れた大妖怪で、依頼書には生息地や討伐時の報酬などが書かれてある……が、草書体であるため雰囲気しか分からない。
「ん、坊ちゃん、を級から手に取るとはなかなかにお目が高い! 知ってると思うけどギルドは居酒(いざけ)が本業みたいなところがあって、でももちろん本来の役割である妖退治も忘れちゃいないのよ。一番簡単な小鬼退治とかは『い級』、討伐が困難だったり個体数の少ない伝説級の妖は『を級』みたいな感じで分類されてるわけね」
「………………は、はぁ」
ここは異世界。そう考えていたのに、頭が理解を拒否しているようだった。
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