悪徳貴族に救われたので悪の道に堕ちます~武士道とは死ぬ事と見つけたり~

佐々木 篠

文字の大きさ
23 / 23
弐章 親思ふ心にまさる親心

捌話 方便

しおりを挟む

「っ」

 時折絡めた指に力を入れたり、比較的可動域の広い親指の腹で綱吉さんの手のひらをくすぐると、彼女は顔を赤くして震えた。だけどデートだからだろうか。綱吉さんはやはり何も言わなかった。

 俺はそれを勝手に「許し」だと解釈して、軟らかな肌の感触を堪能する。

 やがて。

「内蔵助」

「はい」

 相変わらず疎らな人々の隙間から、露天商の姿が見てとれた。夕餉には少し早いが、天ぷらや寿司を扱う屋台も準備をし始めている。

「まあ、手は離しませんけどね」

 指を絡めたまま見ることを宣言すると、多少なりともその覚悟をしていたであろう綱吉さんは、小さくため息を吐いたが拒否しなかった。綱吉さんは多分、押しに弱い。俺の辞書にそんな言葉が追加された。

「何かお探しで?」

 押し車にこれでもかと商品を詰めた露店の主が、俺たちの視線に気付いて声をかけてきた。

 もちろん以前出会ったあの店主だという奇跡があるはずもなく、俺たちはなんとなくそこに近付いた。もとよりここ以外に露店がないわけだし。

「勝手に見るんで遠慮なく」

 前回のようにいろいろ言われても困るし、こっちはデート中なんだから空気読めよな、という意思を瞳に乗せて伝えると、店主は「何かあれば声かけてくだせえ」と品出しに戻った。

 売れ行きが良くないからか、それともライバルのいない今こそ勝機だとあくせく働いているからか、展示された品に欠けは見受けられない。選り取り見取りというやつだが、果たしてここに綱吉さんが満足する品はあるのか。まあなくてもここで選ぶしかなさそうなんだが。

「やっぱり血色の良さそうな真紅に近い紅ですかね」

 貝に塗り固められた赤い紅を手に取る。綱吉さんの格好にあまり真紅は似合わない気がしたが、たとえば血の雨が降る戦場で血より赤い色はさぞかし映えることだろう。まあここ数百年戦争のない世界で、どれだけ人と斬り合う機会があるわかは不明だが……しかしだからこそ、とっておきの化粧として持っておくのもありだろう。

「そうか? こちらの薄い桃色の方が似合うと思わないか?」

「いや、今の格好にはそっちの方が似合うと思いますけど、刀を振る時はこっちの方が良くないですか?」

「ん? 何故刀を振るうのだ?」

「え?」

「え?」

 お互い微妙に話が噛み合っておらず首を傾げる。

 だがすぐに、綱吉さんはお雪さんのことを言っているのだと気付いた。

「ああいや、今選んでいるのは綱吉さんの分ですよ」

「……え?」

「元々そういう話だったじゃないですか。今日のメインは綱吉さんですよ」

「なっ……いや、だがお前はお雪殿の土産、そのついでだと……」

「ああ、あんなの方便ですよ」

 あんなの、というのは失礼な話ではあるが、俺は敢えてその言葉を使った。だって今日のために着飾って、髪結い屋で丁寧に髪まで結ってきてくれた綱吉さんがついでだなんて、そっちの方が失礼だろう。

「方便ってお前……」

 どこか呆れたように綱吉さんが言う。だがその顔は満更でもなさそうだ。

「じゃあ紅はこれということで、次は簪ですね」

「簪も買うのか!?」

「そりゃそうでしょ。簪の方が普段から使うでしょうし」

 綱吉さんはあまり化粧っ気のない人で、朝もキンキンに冷えた井戸水で豪快に顔を洗うような人だから紅を使う機会は少ない。だが簪なら毎日使うだろう。やはりプレゼントした側としては使っているところを見たいわけで、簪を買うことは確定事項なわけだ。

 それにお雪さんもそうだが、綱吉さんにも随分とお世話になった。だから俺は、二人の間であまり差は付けたくなかったのである。

「……今日はまあ、内蔵助に全て任せる。オナゴとはこういう時、そうするものなんだろう?」

「そうですね」

 一概にそうとは言えないが、間違いというわけでもない。それに俺としてはそっちの方が有り難いため、特に否定はせずに頷いた。

「……ふむ」

 数十種類はある簪を眺める。

 幸い白雪様から金子はいただいており、値段は気にせず買える。そのため単純にそれが綱吉さんに似合うか否かで考えることができた。

 候補は……二つ。

 一つは朱を散りばめられた華やかな簪。もう一つは紺を基調としたシックな感じの落ち着いた簪。

 今の格好なら当然前者である。しかし普段使いを考えるなら、綱吉さんの紺色の和服に合わせて後者の方が合うように思えた。

 昨日までの俺なら当然後者を選んでいたが、綱吉さんの女性らしく可愛らしい一面を見た今だと前者も捨てがたく思える。

「うーむ……」

 わずかに今、天秤は紺色の簪に傾いている。だがこれを受け取った綱吉さんはどう思うだろうか。

 何せ俺は今、両方を買うと決めている。

 つまり綱吉さんに渡さない方をお雪さんに渡す簪とする予定なのだ。

 であれば、だ。綱吉さんに地味な色を渡し、お雪さんに女性らしい華やかな簪を渡すことになる。

 もしかしてのもしかしたら、綱吉さんは傷ついてしまうのではないかという危惧があった。

 ……悩んだ末、俺は一つの結論を出す。考えてみれば、悩む必要はなかったのだ。

「店主、これください」

 いくつかの簪と紅を見せ、金子を支払う。

 綱吉さんの分はそのままで、残りの土産は懐に仕舞った。そしてどこかそわそわと落ち着かない綱吉さんに向き直って、買ったばかりの紅と簪を差し出す。

「……綱吉さん、あなたのことを考えて選びました。受け取ってください」

 俺は真紅の紅と――――少し地味な、紺色の簪を差し出した。

「……ああ、いただこう」

 それを綱吉さんは複雑そうな表情で受け取った。俺には彼女が何を考えているかは分からない。本当に紅と簪を送られて困惑しているだけかも知れないし、先ほど想像した通りかも知れない。だがまあ、そんなものはどうでもいいのだ。

「この簪は、いつもの綱吉さん用ですから、普段はこれを使ってくれると嬉しいです。――――それと、今のような格好に似合う簪は、次回また一緒に買いましょう」

 そう俺の思いを伝えると、綱吉さんは驚いたように目を見開いた。

 また一緒に茶屋に行く約束はしたが、その立場は部下と上司のものかも知れない。だけど簪を買いに行くのであれば話は別である。

 その考えが分かったのか分かっていないのか……それこそ俺には分からないが、綱吉さんは小さく笑い、

「ああ、そうだな」

 と了承してくれた。

「……それじゃあ、そろそろ帰るか」

「もうですか?」

「目的は果たしたからな。あまり遅くなるとお雪殿も家に帰ってしまうだろう?」

 思わず出た本心の言葉に、綱吉さんは童をあやすような声色で言う。

 だがまあ、確かに今日の目的は果たした。それでももう少しデート気分を味わいたいのは、男として当然のことだろう。

「……だがまあ、帰るまではその………………ほら」

 綱吉さんはそっぽを向き、俺に手を差し出した。わずかに見える耳は真っ赤に染まっている。

 俺は彼女も意識してくれているのだという喜びと嬉しさを押し隠しながらも、その手をそっと握った。もちろん指を絡めて。

「……綱吉さん」

「なんだ」

「今日、楽しかったですね」

「……まあ、そうだな」

「絶対また来ましょうね」

「……ばか」

 それから会話は途切れ、俺たちは無言のまま屋敷に帰った。

 だがそれは気まずさというよりも、単に言葉なんていらなかっただけである。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。 しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。 彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。 一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

処理中です...