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弐章 親思ふ心にまさる親心
漆話 恋人繋ぎ
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「お待ちどうさん」
「おお! みつ豆か!」
みつ豆。要するに蜜豆。
割と現代でも馴染みのある甘味ではあるが、このままではまだ皆が知るあれには遠い。
「綱吉さん、これはただのみつ豆じゃないんですよ。……店主」
「へい」
店主はとある黒い塊を木匙で掬い取ると、豪快に綱吉さんのみつ豆に乗せる。
「こ、これは……!」
「みつ豆にこし餡を乗せてみました。名付けてあんみつ!」
「あんみつ――――なんて甘美な響きなんだ」
あんみつが一般的になるのは江戸よりもう少し先、明治だとかなんとか聞いたことがあったので、この世界にも広めようと思い店主と密談をしていたのだ。
だが言わせてもらおう。まだこんなのものじゃないと。
「店主、トドメを」
「へいよ」
「――――なっ、それは……!」
店主はあんみつに進化したそれの上に、円を描くような動きでとあるものをかけた。それはこの茶屋でも最近生まれた期間限定のメニュー、パフェでも使う白い悪魔。
即ち、生クリームである。
「これぞみつ豆の最終進化形態、『クリームあんみつ』!」
「く、くりぃむあんみつ……!」
ずぎゃぁん! と雷鳴に打たれたかの如く、綱吉さんが仰け反る。
ふふ、綱吉さんが初めてパフェを食べて椅子から転げ落ちた時から、俺は密かにこの茶屋に通っていたのだ。
洋菓子に驚くのもいいが、やはり綱吉さんには進化した和菓子を食べて欲しかったのである。その苦労がようやく報われた。
このデート自体は偶然だが、まさに今日この日のために頑張ってきたのである。
「綱吉さん。このクリームあんみつはですね、ただみつ豆に餡とクリームを乗せたわけではなく――――」
「上手い! 甘い! 店主、これはいいものだぞ……!」
「ありがとうございます!」
聞いちゃいねえ。
だがまあ、綱吉さんが喜んでくれているのならそれでいい。
「む」
パフェよりも量が少ない分、味わう余裕もなくあんみつはなくなってしまった。その現実を認められないのか、綱吉さんは難しい表情を浮かべて空となった皿を睨んでいる。
「良ければ俺の分、食べます?」
「いいのか!? ……あっ、いやしかし、それでは内蔵助の分が……」
反射的に差し出された皿を受け取ろうとしたが、そんな可愛らしいことを言って躊躇う綱吉さん。
「別に構いませんよ。俺は試作品をいくつも食べていますから」
「そうなのか? では遠慮なく――――はむっ。ふまいぞ!」
「食べながらしゃべらないでください……」
幼い頃、両親は美味しいものを自分で食べず俺にくれていた。それが少し不思議だったのだが、今ならその意味がはっきりと分かる。
美味しいものを食べるよりも、それを美味しそうに食べている綱吉さんを見ている方が何倍も幸せなのだ。
「ふむ……やはり私だけが食べるのもなんだな。これはでぇとなのだ。内蔵助、お前も食べろ」
そう言うと綱吉さんは木匙の上に小さなクリームあんみつを作り、俺の方に差し出してきた。
「えっと……」
これはもしや、俗に言う「あーん」というやつなのでは?
「ねえねえ、あの二人!」
「うわっ、いいなぁ……」
なんだか周囲から視線を感じる。
……無理もない。いつもの綱吉さんも十分に目立つ存在だが、今日の綱吉さんは普段とは別の意味で目立つ。
美人すぎるのだ。そんな人が「あーん」をしようとしているのだから、嫌でも注目されてしまう。
「何をしている? 早く口を開けろ」
「は、はい。……あーん」
あむ、と差し出された木匙を加える。
「美味いか?」
こくこくと頷くが、味なんて何も分からなかった。昨日まで恥じらいすら見せていたというのに、今となっては関節キスをしても平然としている。
もしや甘味に頭をやられて、これが関節キスだと気付いていないのだろうか。いやしかしこの世界では割と普通で、それを指摘したところで「だからどうした? ……なんだ。まだ食べたいのか? ほら、あーん」とかいう感じで二撃目がくる恐れもある。
結局俺は何も言えず、にこにこと笑っている綱吉さんを直視できずに目を逸らした。
「うん、美味しかったな。ご馳走様」
綱吉さんは満足そうに手を合わせると立ち上がる。俺もそれに合わせて席を立った。そろそろ本日のメインである、土産を買いに行くことにしよう。
「それじゃあ、行きましょうか」
「ん? 支払いはいいのか?」
「先に済ませてますので」
クリームあんみつのレシピがその対価である。
「ふむ……こういう時、普通は私が支払うべきだが……男と女であれば、内蔵助に甘えるべきか」
綱吉さんはむむむ、と眉間に皺を寄せながら悩んでいる。さりげなく男と女であることを意識していることを伝えられドキッとした。
「今日はデートですから。次に出かける時は綱吉さんが奢ってください」
「……ああ、それがいいな。また次、必ず来るぞ」
「はい」
納得いったのか、綱吉さんは晴れ晴れとした顔で茶屋を出た。……さりげなく次のデートの約束をした形となり、見守っていた観客というか第三者たちがぱちぱちと俺に拍手を送る。なんだこいつら。
しかしまあ、悪い気分じゃない。俺はひらひらと手を振って礼をし、綱吉さんの背中を追った。
「これからの予定は決まっているのか?」
「はい。荷物になるから最後にしようかと思いましたが、かさ張るものでもないですし先に土産を買おうかなと。露天商が引き上げてしまったら困りますから」
「それはそうだな」
綱吉さんの了承も得たことで、俺たちは西門の方を目指して歩く。
西には上方があり、東にはまた別の国がある。東の国とはもう数百年戦争をしていないが、それでもその数百年前は血で川ができるほど殺しあった国家。白国は言わば最前線の地で、ここより東には小さな集落や村、砦しかない。
そのため一番賑やかで人通りも多いのは西門の近くなのだ。
ちなみに上方と白国……その関係はかなりややこしいものなので割愛する。ただ一つだけ言えることは、上方には本物の神様がいるということ。
もしかしたら俺がこの世界に来た理由が、もしくはその原因が上方でなら分かるのかも知れないが……今さら元の世界に戻りたいなんて考えていない。というか、そもそも最初から俺はこの世界を歓迎していたのだ。だから上方にそれほど興味はなかった。
「――――すけ」
とはいえ上方には白雪様の母君がいる。そういう意味ではやはり多少の興味は――――
「内蔵助!」
「うわ!? はい!」
突然耳元で名を呼ばれ、ついでに手が柔らかいものに包まれた。
「……お前はこれがでぇとだと分かっているのか?」
じと目で見られ、俺は思わず呻いた。
右手を包む柔らかい……綱吉さんの手にぎゅっと力が入る。
確かに今、俺は綱吉さんを放置して一人で考え事をしながら歩いていた。デートなら有り得ない行為だろう。
「……すみません、今日は綱吉さんのことだけを考えますね」
「う、うむ……じゃない! 今日はお雪殿の土産を買うのだろう!? 私はついでだ!」
なんだかさっきと言っていることが違う気もするが、それはただの照れ隠しというやつだろう。
確かに今日はお雪さんの誤解を解くことがメインだが、綱吉さんとのデートもまたメインなのだ。
「それじゃあ、せっかくなのでこのまま手を繋いで行きましょうか」
「あ、ああ――――な!?」
このままとは手を繋ぐ行為のことを指しているが、誰もこの状態でとは言っていない。
俺は綱吉さんの白く細い指に自らのそれを絡ませ、綱吉さんの手を引いた。
「く、内蔵助、貴様……!」
恥ずかしいのか怒っているのか、その顔は昨日のように茹でタコ状態になっている。しかし彼女が無理やり手を振り解こうとしないのをいいことに、俺はそのまま露天商を目指して歩いた。
「おお! みつ豆か!」
みつ豆。要するに蜜豆。
割と現代でも馴染みのある甘味ではあるが、このままではまだ皆が知るあれには遠い。
「綱吉さん、これはただのみつ豆じゃないんですよ。……店主」
「へい」
店主はとある黒い塊を木匙で掬い取ると、豪快に綱吉さんのみつ豆に乗せる。
「こ、これは……!」
「みつ豆にこし餡を乗せてみました。名付けてあんみつ!」
「あんみつ――――なんて甘美な響きなんだ」
あんみつが一般的になるのは江戸よりもう少し先、明治だとかなんとか聞いたことがあったので、この世界にも広めようと思い店主と密談をしていたのだ。
だが言わせてもらおう。まだこんなのものじゃないと。
「店主、トドメを」
「へいよ」
「――――なっ、それは……!」
店主はあんみつに進化したそれの上に、円を描くような動きでとあるものをかけた。それはこの茶屋でも最近生まれた期間限定のメニュー、パフェでも使う白い悪魔。
即ち、生クリームである。
「これぞみつ豆の最終進化形態、『クリームあんみつ』!」
「く、くりぃむあんみつ……!」
ずぎゃぁん! と雷鳴に打たれたかの如く、綱吉さんが仰け反る。
ふふ、綱吉さんが初めてパフェを食べて椅子から転げ落ちた時から、俺は密かにこの茶屋に通っていたのだ。
洋菓子に驚くのもいいが、やはり綱吉さんには進化した和菓子を食べて欲しかったのである。その苦労がようやく報われた。
このデート自体は偶然だが、まさに今日この日のために頑張ってきたのである。
「綱吉さん。このクリームあんみつはですね、ただみつ豆に餡とクリームを乗せたわけではなく――――」
「上手い! 甘い! 店主、これはいいものだぞ……!」
「ありがとうございます!」
聞いちゃいねえ。
だがまあ、綱吉さんが喜んでくれているのならそれでいい。
「む」
パフェよりも量が少ない分、味わう余裕もなくあんみつはなくなってしまった。その現実を認められないのか、綱吉さんは難しい表情を浮かべて空となった皿を睨んでいる。
「良ければ俺の分、食べます?」
「いいのか!? ……あっ、いやしかし、それでは内蔵助の分が……」
反射的に差し出された皿を受け取ろうとしたが、そんな可愛らしいことを言って躊躇う綱吉さん。
「別に構いませんよ。俺は試作品をいくつも食べていますから」
「そうなのか? では遠慮なく――――はむっ。ふまいぞ!」
「食べながらしゃべらないでください……」
幼い頃、両親は美味しいものを自分で食べず俺にくれていた。それが少し不思議だったのだが、今ならその意味がはっきりと分かる。
美味しいものを食べるよりも、それを美味しそうに食べている綱吉さんを見ている方が何倍も幸せなのだ。
「ふむ……やはり私だけが食べるのもなんだな。これはでぇとなのだ。内蔵助、お前も食べろ」
そう言うと綱吉さんは木匙の上に小さなクリームあんみつを作り、俺の方に差し出してきた。
「えっと……」
これはもしや、俗に言う「あーん」というやつなのでは?
「ねえねえ、あの二人!」
「うわっ、いいなぁ……」
なんだか周囲から視線を感じる。
……無理もない。いつもの綱吉さんも十分に目立つ存在だが、今日の綱吉さんは普段とは別の意味で目立つ。
美人すぎるのだ。そんな人が「あーん」をしようとしているのだから、嫌でも注目されてしまう。
「何をしている? 早く口を開けろ」
「は、はい。……あーん」
あむ、と差し出された木匙を加える。
「美味いか?」
こくこくと頷くが、味なんて何も分からなかった。昨日まで恥じらいすら見せていたというのに、今となっては関節キスをしても平然としている。
もしや甘味に頭をやられて、これが関節キスだと気付いていないのだろうか。いやしかしこの世界では割と普通で、それを指摘したところで「だからどうした? ……なんだ。まだ食べたいのか? ほら、あーん」とかいう感じで二撃目がくる恐れもある。
結局俺は何も言えず、にこにこと笑っている綱吉さんを直視できずに目を逸らした。
「うん、美味しかったな。ご馳走様」
綱吉さんは満足そうに手を合わせると立ち上がる。俺もそれに合わせて席を立った。そろそろ本日のメインである、土産を買いに行くことにしよう。
「それじゃあ、行きましょうか」
「ん? 支払いはいいのか?」
「先に済ませてますので」
クリームあんみつのレシピがその対価である。
「ふむ……こういう時、普通は私が支払うべきだが……男と女であれば、内蔵助に甘えるべきか」
綱吉さんはむむむ、と眉間に皺を寄せながら悩んでいる。さりげなく男と女であることを意識していることを伝えられドキッとした。
「今日はデートですから。次に出かける時は綱吉さんが奢ってください」
「……ああ、それがいいな。また次、必ず来るぞ」
「はい」
納得いったのか、綱吉さんは晴れ晴れとした顔で茶屋を出た。……さりげなく次のデートの約束をした形となり、見守っていた観客というか第三者たちがぱちぱちと俺に拍手を送る。なんだこいつら。
しかしまあ、悪い気分じゃない。俺はひらひらと手を振って礼をし、綱吉さんの背中を追った。
「これからの予定は決まっているのか?」
「はい。荷物になるから最後にしようかと思いましたが、かさ張るものでもないですし先に土産を買おうかなと。露天商が引き上げてしまったら困りますから」
「それはそうだな」
綱吉さんの了承も得たことで、俺たちは西門の方を目指して歩く。
西には上方があり、東にはまた別の国がある。東の国とはもう数百年戦争をしていないが、それでもその数百年前は血で川ができるほど殺しあった国家。白国は言わば最前線の地で、ここより東には小さな集落や村、砦しかない。
そのため一番賑やかで人通りも多いのは西門の近くなのだ。
ちなみに上方と白国……その関係はかなりややこしいものなので割愛する。ただ一つだけ言えることは、上方には本物の神様がいるということ。
もしかしたら俺がこの世界に来た理由が、もしくはその原因が上方でなら分かるのかも知れないが……今さら元の世界に戻りたいなんて考えていない。というか、そもそも最初から俺はこの世界を歓迎していたのだ。だから上方にそれほど興味はなかった。
「――――すけ」
とはいえ上方には白雪様の母君がいる。そういう意味ではやはり多少の興味は――――
「内蔵助!」
「うわ!? はい!」
突然耳元で名を呼ばれ、ついでに手が柔らかいものに包まれた。
「……お前はこれがでぇとだと分かっているのか?」
じと目で見られ、俺は思わず呻いた。
右手を包む柔らかい……綱吉さんの手にぎゅっと力が入る。
確かに今、俺は綱吉さんを放置して一人で考え事をしながら歩いていた。デートなら有り得ない行為だろう。
「……すみません、今日は綱吉さんのことだけを考えますね」
「う、うむ……じゃない! 今日はお雪殿の土産を買うのだろう!? 私はついでだ!」
なんだかさっきと言っていることが違う気もするが、それはただの照れ隠しというやつだろう。
確かに今日はお雪さんの誤解を解くことがメインだが、綱吉さんとのデートもまたメインなのだ。
「それじゃあ、せっかくなのでこのまま手を繋いで行きましょうか」
「あ、ああ――――な!?」
このままとは手を繋ぐ行為のことを指しているが、誰もこの状態でとは言っていない。
俺は綱吉さんの白く細い指に自らのそれを絡ませ、綱吉さんの手を引いた。
「く、内蔵助、貴様……!」
恥ずかしいのか怒っているのか、その顔は昨日のように茹でタコ状態になっている。しかし彼女が無理やり手を振り解こうとしないのをいいことに、俺はそのまま露天商を目指して歩いた。
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